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第二話「敗残の牙」

 七日間、森を歩いた。


 帝国の追手を避け、街道を外れ、獣道と沢筋だけを選んで東へ。


 昼は木陰に身を潜め、夜だけ移動した。


 食料は二日目に尽きた。


 三日目からは樹皮を剥いで噛み、沢の水で腹を満たした。


 四日目に野兎を一羽仕留めたが、十七人で分ければ一人あたり親指ほどの肉にしかならなかった。


 五日目に最年少のリオが歩けなくなった。


 足の裏の傷が膿んでいた。


 渓流で切った傷口に泥が入り、赤黒く腫れ上がっている。


 リオは唇を噛んで立ち上がろうとしたが、膝が折れた。


 「置いていってください」


 十六歳の少年がそう言った。


 声は震えていたが、目は据わっていた。


 自分の足手まといが全員を殺すことを、少年なりに理解していたのだ。


 ヴェインはリオの足を一瞥した。


 「ドルク。リオを背負え」


 「おう」


 ドルクは何も問わず、片膝をついてリオの前にしゃがんだ。


 「だ、ダメです。俺のせいで——」


 「うるさい。お前一人の重さで参るほど俺はヤワじゃねえ」


 ドルクがリオを背負い上げた。リオが声を殺して泣いた。


 ヴェインはそれを見なかった。振り返らず、先頭を歩き出した。


 合理的な判断ではなかった。


 足手まといを背負えば全員の移動速度が落ちる。


 追手に見つかる確率が上がる。ヴェインはそれを誰よりも正確に計算していたはずだ。


 だが、ヴェインは言った。「ドルク。リオを背負え」と。


 ドルクだけが、その矛盾を見ていた。口には出さなかった。


        * * *


 七日目の夜明け前、ヴェインは隊を止めた。


 グリューネヴァルト——ヴェルナ公国の東端に広がる深い森だった。


 ブナとカシの古木が天蓋のように空を覆い、地面には何層にも積もった落ち葉が厚い絨毯を敷いている。


 陽光はほとんど届かない。空気は湿り、苔の匂いがする。


 「ここを拠点にする」


 ヴェインは一本の古木の根元に手を置いて言った。


 兵たちの顔には疑問があった。こんな森の奥で何をするのか。東へ逃げるのではなかったのか。


 ヴェイン自身、当初は東へ抜けるつもりだった。


 だが五日目の夜に街道を偵察した際、帝国軍の補給事情が見えた。


 占領地の広さに対して兵站の線が細すぎる。


 勝った軍隊が犯す、最も典型的な過ち——前線の伸びすぎだった。


 逃げるよりも、噛みつける。ヴェインの計算は、その夜に切り替わっていた。


 ヴェインは地面に枝で線を引き始めた。


 「帝国軍は占領地の治安維持に兵力を割いたせいで、前線部隊への補給線が伸びきっている」


 枝が土に道を刻む。線が交差し、地図が浮かぶ。


 「グランツェルから東部駐屯地への主要補給路は二本。北回りの街道と、南の河沿いの道。どちらもこの森の縁を通る」


 ドルクが腕を組んだ。


 「襲うのか」


 「補給馬車を叩く。帝国軍は占領直後で兵站が脆い。補給路を断てば、前線は干上がる」


 兵たちの間にざわめきが走った。十七人で帝国軍を——正気か。


 「無理だ」


 声を上げたのは、他の小隊から紛れ込んだ兵の一人、グスタフという中年の男だった。


 元は工兵で、太い腕に土木作業の古い傷痕がある。


 「十七人だぞ。しかもまともな武器もない。補給馬車にだって護衛はつく。帝国の正規兵だ。俺たちみたいな——」


 「敗残兵には敗残兵の戦い方がある」


 ヴェインが遮った。声は静かだった。


 「正面からぶつかるなら勝ち目はない。だが、こちらが時と場所を選べるなら話は別だ。敵がこちらを十七人の残党だと——いや、残党がいることすら知らないなら、それは武器になる」


 ヴェインの眼が兵たちを一人ずつ見た。


 「帝国は勝った。勝った軍隊は油断する。それが人間だ」


 沈黙が落ちた。苔の匂いの中で、誰もが息を詰めていた。


 「三日後、南の街道を補給馬車が通る。俺は二日前の夜、街道近くまで偵察に出て轍の深さと間隔を確認した。荷は重い。おそらく武器弾薬と糧食。護衛は騎兵を含まない歩兵のみ、推定十名前後」


 ドルクが目を細めた。


 「お前、いつの間に偵察なんぞ——」


 「眠れなかった」


 それだけ言って、ヴェインは地面の地図に視線を戻した。


        * * *


 二日間、ヴェインは準備に費やした。


 全員に役割を与えた。


 木を伐る者、蔓を編む者、穴を掘る者、石を集める者。


 武器のない者には削った木の槍を持たせた。グスタフの工兵としての知識が活きた。


 ヴェインが倒木を使った障害物の配置を指示すると、グスタフは黙々と、しかし確実にそれを形にした。


 ヴェインは地形を何度も歩いた。


 街道が森の縁を通る区間のうち、最も道幅が狭くなる箇所。


 片側は急な斜面で、反対側は密生した藪。馬車が止まれば前にも後ろにも逃げられない。


 「ここだ」


 ヴェインが言ったとき、ドルクは頷いた。


 「お前の眼には、もう終わった戦が見えてるんだな」


 「終わってない。これからだ」


 ヴェインは街道の土を掬い、指の間から零した。


 乾いた土。雨が降っていない。車輪が砂埃を巻き上げる。煙幕の代わりになる。


 夜、ヴェインは焚火のない暗闇の中で、地面の地図を見つめていた。


 枝の線は暗くて見えない。だが、ヴェインの頭の中にはすべてが明瞭に存在していた。


 馬車の速度、護衛の反応時間、退路を塞ぐタイミング、一人一人の配置と役割。


 「眠れ」


 ドルクが毛布もなしに木の根に凭れながら言った。


 「眠れない」


 「知ってる。それでも眠れ。指揮官が倒れたら、この十七人は終わりだ」


 ヴェインはドルクを見た。


 「俺は指揮官じゃない」


 「お前以外に誰がいる」


 ヴェインは答えなかった。しばらくして目を閉じた。眠れたかどうかは、本人にもわからなかった。


        * * *


 三日目の朝。


 空気が冷たかった。森の中は薄暗く、木漏れ日が地面にまだらな模様を落としている。


 鳥の声がやけに大きく聞こえた。


 ヴェインは街道を見下ろす斜面の茂みの中にいた。


 隣にドルク。斜面の上と下に、残りの十五名が二手に分かれて潜んでいる。


 街道は静かだった。


 朝露に濡れた土の上に、昨日までの轍が残っている。


 「来るのか」とドルクが囁いた。


 「来る」


 ヴェインは断言した。


 根拠は二日前の偵察で確認した轍の新しさと、帝国軍の補給周期の推測だった。推測というより、確信に近い。


 帝国軍の兵站教範には三日ごとの定期補給が定められている。


 それは公国の駐屯地にあった書物で読んだ——いや、それすら読んだことはない。


 ただ、帝国軍の行動パターンを観察していれば、自然と見えてくる周期があった。


 陽が昇り、中天に近づいた頃。


 ドルクの耳が先に捉えた。


 「来た」


 車輪が軋む音。馬の鼻息。複数の足音。規則正しい行軍のリズム。


 やがて街道の曲がり角から、最初の馬車が姿を現した。


 幌をかけた大型の荷馬車が二台。先頭と後尾に護衛の歩兵。


 ヴェインの眼が数えた。


 護衛は十二名。予想より二名多い。


 先頭に四名、馬車の左右に各二名、後尾に四名。


 武装は短槍と丸盾。弩弓持ちはいない。二名の誤差は許容範囲だった。


 隘路で横に広がれない以上、十でも十二でも変わらない。


 隊列が、ヴェインが選んだ隘路に差しかかった。


 先頭の馬車が、街道に転がされた倒木に行く手を阻まれる。


 御者が馬を止めた。護衛の兵が舌打ちをして倒木に近づく。


 今だ。


 ヴェインが腕を振り下ろした。


 斜面の上から石が降った。


 拳ほどの石が、護衛兵の頭上に豪雨のように落ちる。盾を構える暇もなかった。


 先頭の四名が倒れ、馬が暴れて馬車が傾いた。


 同時に、後方で蔓の仕掛けが作動した。


 街道の両側から引かれた蔓が後尾の護衛兵の足を絡め取り、二名が転倒する。


 残りの二名が状況を理解する前に、藪から飛び出した敗残兵たちが木槍を突き出した。


 馬車の左右にいた四名が剣を抜いた。


 だがそのとき、グスタフが率いる三名が斜面を駆け下り、馬車の馬の手綱を掴んだ。


 馬が暴れ、馬車が横滑りし、護衛兵の退路を完全に塞いだ。


 挟撃。退路なし。奇襲による混乱。


 すべてがヴェインの描いた通りだった。


 ドルクが斜面を駆け下りた。


 帝国兵の一人が槍を向けたが、ドルクは素手でその穂先を掴み、力任せに引き寄せて拳を叩き込んだ。兜ごと頭が揺れ、兵士が崩れ落ちる。


 ヴェインは動かなかった。斜面の上から全体を見ていた。


 「左、二名。藪に逃げる」


 その声がドルクに届く。ドルクが首を巡らせ、藪に走ろうとした二名の退路を塞いだ。


 「終わりだ。武器を捨てろ」


 ヴェインが斜面を降りてきたとき、すべては終わっていた。


 開始から収束まで、数えて六十呼吸。


 護衛兵十二名のうち、四名が石の直撃で気絶、三名が組み伏せられ、二名が木槍で負傷、三名が抵抗を諦めて武器を捨てた。


 死者は——いない。


 「殺すな。縛り上げて街道の先に放置しろ。日が暮れる前に味方に見つかるだろう」


 ヴェインの指示に、兵たちが動く。


 その動きは七日前の逃避行の時とは明らかに違っていた。機敏で、迷いがなかった。


 馬車の幌を剥がした。


 中には木箱が積まれていた。


 糧食——乾燥肉、堅パン、塩。武器——短剣と弩弓が十丁。矢筒。毛布。医療用の布と軟膏。


 兵たちの間から、声にならない声が漏れた。


 七日間、樹皮と沢の水で生きてきた男たちの前に、それは宝の山だった。


 リオが松葉杖をつきながら馬車に近づき、堅パンを手に取った。一口齧り、硬い音を立てて噛み砕いた。


 「うまい」


 その一言で、何人かが笑った。


 笑い声だった。逃避行が始まってから初めて聞く音だった。


 ドルクがヴェインの横に来た。


 「やったな」


 ヴェインは馬車の荷を検分していた。弩弓の弦を指で弾き、張りを確かめる。


 「次はもっとうまくやれる」


 声に高揚はなかった。


 だがドルクには見えていた。ヴェインの眼に、薄い光が灯ったことを。


 絶望でも怒りでもない。それは——戦う者の眼だった。


 ドルクは黙って堅パンを齧った。硬かった。だが、七日ぶりにまともな食い物だった。


 「悪くねえな」


 ドルクが言ったのは、パンの味のことだけではなかった。


        * * *


 四日後。二度目の襲撃も成功した。


 今度は北回りの街道。


 護衛は八名。


 前回の報告が届いていないのか、あるいは十七人の敗残兵の存在が帝国の認識に上がっていないのか。どちらにせよ、ヴェインの読み通りだった。


 糧食と武器が積み上がった。


 全員が帝国製の短剣を腰に佩き、弩弓を構えられるようになった。


 リオの足も、鹵獲した軟膏のおかげで日に日に腫れが引いている。


 森の中の野営地には、わずかだが秩序が生まれていた。


 見張りの交代、食事の配分、武器の手入れ。ヴェインが定めた規律を、十七名は自然と守るようになっていた。


 三度目の襲撃の計画を練っていた夜のことだった。


 見張りに立っていたグスタフが、一人の人影を連れて戻ってきた。


 「街道の近くでうずくまっていた。女だ」


 焚火のない暗がりの中に、細い影が立っていた。


 月明かりが木々の隙間から差し込み、その姿をかろうじて照らした。


 十代後半か、二十歳前後か。


 汚れた外套を被り、長い髪は泥と枯れ葉にまみれている。


 頬は痩けて土埃に汚れていたが、泥の下にある輪郭は、農村で陽に灼かれて育った顔ではなかった。


 少女は震えていた。だが、その目はまっすぐ前を見ていた。怯えてはいる。だが卑屈ではなかった。


 「名前は」


 ヴェインが訊いた。


 「——ルシア」


 声は掠れていたが、芯があった。


 「どこから来た」


 「グランツェルの北の村から。帝国兵に追われて——家族は、散り散りに」


 嘘ではない、とヴェインは判断した。


 逃亡民は実際に大勢いるはずだ。帝国の占領は苛烈で、特に公国に仕えていた者たちは粛清の対象になる。


 だが、何かが引っかかった。


 この少女の言葉遣い。農村の出にしては整いすぎている。


 声は疲弊しているが、語彙の選び方に教養の痕跡がある。そして——泥にまみれた指先。爪が短く揃えられている。畑仕事の手ではない。


 ヴェインはそれを指摘しなかった。


 「歩けるか」


 「……歩けます」


 「飯を食わせてやれ」


 ヴェインはそれだけ言って背を向けた。


 「待ってくれ、ヴェイン」


 グスタフが声を上げた。


 「素性もわからん女をそう簡単に——」


 「この森の中でうずくまっていた人間が帝国の間者である確率と、ただの逃亡民である確率を考えろ。帝国はまだ俺たちの存在すら認識していない」


 ヴェインは振り返らずに言った。


 「それに、飯を食わせたところで減る量は知れている。馬車二台分の糧食がある」


 合理的な判断だった。少なくとも、表面上は。


 ドルクはヴェインの背中を見ていた。リオの時と同じだ。合理を口にしながら、その実——まあいい。口には出すまい。


 ドルクは堅パンと干し肉を少女に差し出した。


 「食え。遠慮はいらん」


 少女——ルシアは、差し出された食料を両手で受け取った。


 一瞬だけ躊躇い、それから小さく頭を下げた。


 「ありがとうございます」


 その所作が、またヴェインの視界の端に引っかかった。


 頭の下げ方。両手の添え方。農民の礼ではない。どこかで礼儀作法を叩き込まれた人間の動きだった。


 ヴェインは何も言わなかった。


 今は問い詰める時ではない。


 この少女が何者であれ、今この瞬間に必要なのは、帝国の補給線を断ち続けることだ。それ以外のすべては後回しでいい。


 だが、ヴェインの頭の片隅に、小さな棘のようにその疑問は残った。


        * * *


 翌朝、ヴェインは三度目の襲撃計画を兵たちに伝えていた。


 地面に描いた地図を囲み、十七人——今は十八人が耳を傾けている。ルシアは輪の外れに座り、静かに聞いていた。


 「今度は北街道の橋を使う。渡河地点で馬車が減速する瞬間を——」


 「橋の手前に、古い水車小屋の跡があるはずです」


 声が割り込んだ。ルシアだった。


 全員の視線が集まった。ルシアは一瞬たじろいだが、すぐに続けた。


 「北街道の橋は……以前通ったことがあります。橋の手前で道が折れていて、水車小屋の廃墟が死角を作っている。馬車からは見えない場所です」


 沈黙が落ちた。


 ヴェインがルシアを見た。


 「その水車小屋は橋からどのくらいの距離にある」


 「五十歩ほど。橋の西側です」


 正確だった。曖昧な記憶で語る人間の口ぶりではない。地形を把握している者の言い方だった。


 ヴェインは少女の顔を数秒見つめ、それから地面の地図に視線を落とした。


 「使える。水車小屋の跡に伏兵を置く。グスタフ、お前が四名を率いて——」


 ヴェインは計画を修正した。ルシアの情報を、一切の躊躇なく組み込んだ。


 ドルクが小さく口笛を吹いた。


 あの娘、ただの農村の逃亡民じゃねえな。


 だが、ヴェインが受け入れたのなら、それでいい。


 この若い指揮官の判断を、ドルクは信じていた。七日間の逃避行と二度の襲撃を経て、それは理屈ではなく骨身に沁みた確信だった。


 計画の説明が終わると、兵たちがそれぞれの準備に散った。


 ルシアが一人残った。ヴェインが地面の地図を足で消しているのを、黙って見ていた。


 「あなたは——」


 ルシアが口を開きかけた。


 「何だ」


 「いえ。何でもありません」


 ルシアは首を振り、立ち上がった。


 外套の裾についた落ち葉を払う。


 その動作の中に、わずかに背筋を伸ばす癖があった。


 誰かに「姿勢を正しなさい」と言われ続けた人間の、無意識の所作。


 ヴェインはそれを見ていた。見ていたが、何も言わなかった。


 今はまだ、訊く時ではない。


        * * *


 夜が更けた。


 兵たちが眠りについた後、ヴェインは野営地の外れに座っていた。膝の上に鹵獲した弩弓を置き、弦の張りを確かめている。


 ドルクが隣に来た。いつものように、言葉少なに。


 「あの娘のことだが」


 「わかっている」


 「わかってるなら聞くが、泳がせるのか」


 「泳がせるも何もない。今のところ、害はない。むしろ使える情報を持っている」


 「で、正体は気にならんのか」


 ヴェインは弩弓の照準器を月明かりに翳した。


 「気にはなる。だが、今は優先度が低い」


 ドルクは鼻を鳴らした。


 「お前はいつもそうだ。全部を計算して、順番をつけて、上から片付ける」


 「それの何が悪い」


 「悪かねえよ。ただ——」


 ドルクは言葉を切った。夜の森の静寂が、二人の間を満たした。


 「お前がリオを背負えと言った時、あれは計算じゃなかった。そうだろう」


 ヴェインは答えなかった。


 「あの娘を受け入れたのもそうだ。合理的だと口では言うが、お前は——」


 「ドルク」


 ヴェインの声が低く遮った。


 「俺は合理的にしか動けない人間だ。感情で判断すれば人が死ぬ。この十七人を……十八人を生かすには、正しい判断だけを積み重ねるしかない」


 「本当にそう思ってるなら、お前は自分のことが何も見えてねえな」


 ドルクは立ち上がった。


 「まあいい。明日に備えて寝る。お前も寝ろ。指揮官殿」


 足音が遠ざかった。


 ヴェインは一人、夜の森に残った。弩弓を膝に置いたまま、動かなかった。


 月が雲に隠れた。森が暗くなった。


 遠くで梟が鳴いた。


 ヴェインの指が、弩弓の木の部分を無意識に撫でていた。


 あの朝の粥を掬った木の匙と同じ、乾いた木の感触。


 七日前の朝は、もうどこにもない。


 だが今、ここに十八人がいる。


 明日も生きるために、森の中で息を潜めている。


 この十八人を生かすこと。帝国の喉元に牙を立て続けること。今のヴェインに、それ以外の意味はなかった。


 否。意味などなくていい。


 意味は後からついてくる。今は——牙を研ぐだけだ。


 ヴェインは弩弓を置き、目を閉じた。


 明日、三度目の牙を剥く。

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