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魔王城 勇者録 ~何も起きないので困っています~  作者: 叶詩


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3/4

勇者は、正義の行き場で立ち尽くす

勇者は、戦うために生まれた。

少なくとも、そう信じてここまで来た。


剣を持ち、

覚悟を背負い、

世界の期待を疑わずに。


だが――

戦う理由が見当たらないとき、

勇者はどこに立てばいいのだろう。


これは、

勇者が初めて

「正しさが静かすぎる」ことに耐えられなくなった日の記録である。

魔王城の廊下は、異様なほど静かだった。


広い。

無駄に広い。

天井も高い。

装飾も重い。


なのに――

圧がない。


(おかしいだろ)


俺は歩きながら、何度もそう思った。


魔王城だ。

世界の敵。

恐怖の象徴。

勇者が命を賭けて挑む場所。


それなのに、

聞こえるのは自分の足音だけ。


(緊張しろよ、世界……)


剣が、背中でわずかに揺れる。

抜いていない剣は、

「まだか」と問いかけてくる。


(待て)


(まだだ)


(……でも、いつまでだ?)


受付の前に戻ると、

相変わらず受付係は書類を整理していた。


落ち着きすぎている。

落ち着きすぎて、腹が立つ。


「なあ」


「はい」


即答。

まるで感情の起伏が存在しない。


「俺、勇者なんだぞ」


「承知しております」


「世界を救う役だぞ」


「記録上、その通りです」


(記録上って言うな)


胸の奥が、じわじわ熱くなる。


「普通さ」


俺は、少し前に身を乗り出した。


「魔王城に来たら、止められるだろ」


「そういう場合もあります」


「脅されるだろ」


「事例はあります」


「剣を抜く場面があるだろ!」


「過去には」


(過去には、か)


今じゃない。

ここじゃない。

俺の勇者人生には、まだ一度も来ていない。


「俺はな……」


言葉を探す。

いや、違う。

溢れそうなのを抑えている。


「覚悟だけ持って、ここまで来たんだ」


「はい」


「戦う覚悟も、死ぬ覚悟もだ」


受付係は、何も言わない。

ペンだけが、紙をなぞる音を立てている。


「なのにさ」


喉の奥が、少し痛い。


「何も起きないって、どういうことだよ」


「今は、平和ですから」


(平和)


その言葉が、胸に刺さった。


「平和なら……」


俺は、拳を握った。


「俺は何なんだ」


声が震えそうになるのを、必死で抑える。


「勇者は、平和な世界じゃ、ただの武装した人間だろ」


「そうとも言えますし」


「言えるんだな!?」


思わず声が上がる。


「正義を振るえない正義が、どれだけ怖いか分かるか!」


受付係は、少しだけ視線を上げた。


「勇者様は、怖いのですね」


その一言で、

胸の奥が、ぐらりと揺れた。


(……ああ、そうか)


(俺、怖いんだ)


戦うのが怖いんじゃない。

負けるのが怖いんじゃない。


何もせずに、役目が終わることが怖い。


廊下の奥から、会議室の気配が伝わってくる。

話し声。

言葉の応酬。

だが、決定の気配はない。


(また、決まらない)


(また、先送りだ)


「なあ……」


俺は、ほとんど独り言のように言った。


「正義ってさ、待ってていいものなのか?」


「分かりません」


「魔王が決めるまで?」


「それも、一つの考え方です」


「世界が決めるまで?」


「可能性はあります」


「……俺が決めるには、重すぎるよな」


受付係は、しばらく黙っていた。


「ですが」


静かな声。


「勇者様は、逃げていません」


その言葉が、胸に落ちた。


逃げていない。

戦っていない。

だが、ここにいる。


剣は抜いていない。

でも、捨ててもいない。


俺は、ゆっくり椅子に腰を下ろした。


(中途半端だ)


(でも……)


(この中途半端さの中で、俺はまだ考えている)


魔王城は、相変わらず静かだ。

世界も、すぐには変わらない。


だが――

勇者の中だけは、確実に騒がしくなっていた。


正義は、まだ抜かれていない。

だが、鞘の中で、確かに熱を帯びている。

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