保護
「王都での手続きはお前の指示通り全て終わってるよ、ランディ。ダーレン・アトキン・ウールウォードから剥奪した後見人の権利も、お前が正式にリリアンナ嬢の後見人になるって形で、新たな王命も下りてる。……もう、あいつらには一言の反論も許されない」
ランディリックは無言で頷き、腕の中のリリアンナの薄い背中をそっと撫でた。彼女の身体はまだ小刻みに震えているが、それでもランディリックの胸に縋るように身を寄せている。
「ありがとう、ウィル。……お前が、あの時すぐ動いてくれていなければ、今こうして彼女を助けることはできなかった」
「信じてたからな、お前が動くのを。……それに俺も、あんな姿のリリアンナ嬢を見ちまった以上、見過ごすわけにはいかなかったんだよ」
ランディリックはしばし黙し、腕の中のリリアンナの髪をそっと撫でながら、再びウィリアムに目を向けた。
「……それから、もう一つ、頼みたいことがある。リリアンナの両親がご存命だった頃、この屋敷には信頼できる古参の使用人たちがいたはずだ。叔父一家の横暴で皆、辞めさせられたと聞いている」
「ああ。あらかた調べはついてるよ。何人かは王都に身を寄せているらしい。俺の屋敷の連中にも声をかけて、接触を試みさせてる」
「ありがたい。出来れば彼らを再びウールウォード家へ迎え入れてやりたいんだ。……リリアンナが、心から安心して暮らせる場所を整えるためにも」
その言葉に、ウィリアムはふっと目を細め、肩をすくめて笑った。
「思ってた通りだ。お前がそう言い出すのは分かっていた。任せておけ。俺の名を使えば、連中も耳を傾けるさ」
ウィリアムの金色の瞳が、一瞬リリアンナに向けられる。その眼差しはまっすぐで、けれどどこか痛ましさを含んでいた。
その視線に気づいたのか、リリアンナがかすかに顔を上げる。だがすぐにまた目を伏せ、小さく震えながらランディリックの胸元に額を寄せた。
「で、お前は? これからどうするんだ?」
「……今日はお前のところで厄介になるが、明日にでも彼女とともに自領へ帰るつもりだ。もう、誰にも彼女を傷つけさせない場所で、この子が成人するまで守り育てるつもりだ」
そう呟いたランディリックの声には、いつになく強い決意が込められていた。
***
ランディリックだけならば、その足ですぐ自領ニンルシーラへ向けて旅立つところだが、帰りはリリアンナが一緒だ。
ウィリアムの厚意に甘える形で、リリアンナとともにペイン邸を訪れたのは、午後も半ばを過ぎた頃だった。
リリアンナはひどく衰弱していたものの、屋敷へ到着すると汚いままペイン家へ滞在するのが恥ずかしかったのか、「湯あみをさせてください」と小さな声で申し出た。長らくそういうことすらまともにさせてもらえていなかったのだろう。
当然のように侍女が風呂へ付き添おうとすると、リリアンナは申し訳なさそうに小さく首を振った。
「自分で洗えます。あの、ひとりで……」
叔父一家が乗り込んでくる数年前までは、侍女から洗われることに何ら抵抗のない貴族らしい生活をしていたはずだ。
だが、今のリリアンナはそういうことに不慣れだと言わんばかりに自分のことは自分でしたいらしい。
ランディリックは彼女の意思を尊重し、そっと頷いた。
リリアンナにペイン家の侍女頭のマルグリットが用意してくれていた小ぶりの白いドレスは、柔らかな手触りの布地で仕立てられており、襟元には林檎の刺繍があしらわれていた。ミチュポムの木を想起させるような、控えめな意匠だった。
マルグリットがリリアンナの髪を優しく梳きながら、「こちらはうちの奥様が若い頃に好んでなさっていた刺繍です。きっとリリアンナ様にも似合うと思って」と、鏡越しに温かく微笑んでくれる。その言葉に、リリアンナは一瞬驚いたように目を見開き、こくりと小さく頷いた。
入浴後、頬に仄かに赤みの戻ったリリアンナがそのドレスに身を包み、髪を綺麗に結わえて現れた時、ランディリックは思わず言葉を失った。そこにいたのは、確かに伯爵家の令嬢リリアンナ・オブ・ウールウォードだ。けれどその瞳の奥には長く凍えていた心が隠れている。
何よりもドレスから覗く手足が細すぎる。
同年代の令嬢たちがもっと張りのある瑞々しい手足をしていることを思うと、リリアンナの過酷な日々を彷彿とさせられて、ランディリックは切ない気持ちになった。
そっと差し出したランディリックの手に恐る恐る載せられた手も、手荒れが酷く、ブラウスの袖に隠れて見えなかった部分には、あちこちに痣があった。
それを隠すように、リリアンナはぎこちなく笑って見せた。
ランディリックは、そんな彼女をやさしく見下ろして、静かに言った。
「リリー。明日、僕と一緒に町へ出よう。キミに必要なものをすべて買い揃えるんだ。……もう何も、我慢する必要はないからね?」
あえて〝リリアンナ〟ではなく、幼い頃に彼女が名乗った〝リリー〟という愛称で呼び掛けると、リリアンナが懐かしそうに一瞬目を細めた。だが、すぐさま不安そうに瞳を揺らせる。
「でも……」
心配そうにこちらを窺うリリアンナに、ランディリックはあることに思い至ってハッとした。
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