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ヤンデレ辺境伯は年の離れた養い子に恋着する  作者: 鷹槻れん
5.あの林檎の木のもとへ
6/9

お願い、助けて!

 あと数時間もすれば太陽が中天へ掛かるだろう時間帯に、ウールウォード邸へ珍しく来客があった。

 普段なら重苦しい沈黙が支配する屋敷に、今は緊張に満ちたざわめきが広がっている。

 重厚な鉄扉を、さして重さを感じさせる様子もなく押し開けて現れたのは漆黒の軍服を纏い、凛とした姿勢で堂々と場を支配する一人の男だった。

 月光を纏ったような銀髪は、鋭さを残すウルフカットに整えられ、その一房が肩口で静かに揺れる。濃紫のアメジストを想わせる双眸がゆっくりと場を見渡すと、それだけで空気が張り詰めた。

 整った顔立ちには柔らかな笑みが浮かんでいたが、不思議とその微笑には温度が感じられない。そこに滲むのは、慈愛ではなく冷酷さ――威圧とも呼べる静かな圧力だった。


 彼は帝都でも知らぬ者はいない、ライオール子爵家の美しき三男坊、ランディリック・グラハム・ライオール、その人だった。家督継承権のなかった第三子の彼は、己の実力だけで王よりニンルシーラ辺境を治める若き侯爵の地位を得ている。

 そんなランディリックの到来は、ただそれだけで空気を変える力を持っていた。



「こちらに、前ウールウォード伯爵のご息女、リリアンナ嬢がいらっしゃいますね?」


 屋敷の玄関口に立ったランディリックがそう告げると、応対に出た女中たちがなにかに怯えたように揃って顔を引きつらせた。

 すぐに、屋敷の奥から足音が響き、派手なドレスを身にまとったエダが現れる。無理やり作り上げた笑顔が、顔の筋肉と乖離(はくり)していて醜かった。

 エダはランディリックの美貌を一目見るなり一瞬恍惚とした表情を浮かべ、頬を上気させる。


「ああ。リリアンナ。確かにおりましたが、先月流行り病であっけなく……」

 そこでグスッとわざとらしく鼻をすすってみせるエダの言葉へ被せるように、そのすぐ後ろから現れた娘のダフネが、「とても優しいお姉さまでしたのにっ」と、うわぁっと泣き崩れた。

 ランディリックはその様を静かに見下ろすと、ゆっくりまぶたを閉じた。その仕草には、爆発しかけた感情をかろうじて抑えこむような、張りつめた緊張が滲んでいて、彼に付き従っている従者たちの空気がピンと張りつめる。

 だが、猿芝居に夢中のエダとダフネは愚かしいことに、その機微に気付けていなかった。


「……そうですか」

 ランディリックは全ての感情を押し殺したように、静かに言葉を返す。そうして目を開き、ランディリックに見惚れて泣くふりすら忘れた様子のエダとダフネを真っすぐに見据える。

 その視線には、温度がなかったのだが、恍惚とランディリックの美貌に見惚れている二人は恐らく感知していない。冷ややかというよりも、むしろ切り裂くように鋭い視線を二人に向けたまま、ランディリックが続けた。


「では、あなた方がこの屋敷にいる理由はありませんね」


 静かなその一言に、場の空気が凍りつく。


「な、何をおっしゃっているのですか!? ウールウォード伯爵家の管理は公的にうちの夫が任されておりますのに……!」


「リリアンナ嬢が亡くなっているというのであれば、彼女の後見人も不要です。領地は国に戻り、正式な手続きの後、王命でしかるべき人間が新たに配置されるのが筋というものでしょう! このままここへあなた方が居座ることは、亡き伯爵家の名を(かた)って屋敷を私物化しているという罪に問われるかもしれないと、お気付きになられないのか?」


 エダのヒステリックな反論を(さえぎ)ったのは、ランディリックの、酷く冷たく低い声音だった。


 その威圧感にエダが怯んだ刹那――。



「……っは、はあっ、はあっ……!」

 裏庭からこちらへ向けて駆けてくるバタバタという足音とともに、息も絶え絶えに瘦せこけた一人の少女が泣きながら玄関先へ姿を現した。

 そんな彼女を追い掛けるように、大分遅れて太った中年男が慌てた様子で()()()()()走ってきた。だが、ランディリック達一行と目が合うなり怯んだように立ち止まる。

 少女が着た、色褪せたボロ布のような衣服はブラウスの前ボタン数個が不自然に着乱されており、まるで誰かから良からぬことをされそうになった気配を漂わせている。そんな彼女の姿を見るなり、ランディリックは瞬時に表情を変えてその身を(ひるがえ)した。

「リリアンナ!」

 その名を呼んで駆け寄ったランディリックの前で、少女――リリアンナ・オブ・ウールウォードは、全身の力が抜けたように膝から崩れ落ちそうになる。

 咄嗟にランディリックが支えなかったらきっと、地べたへペタンと這いつくばってしまっていただろう。

「助けて……。お願い……。助けて……!」

 ランディリックの腕の中、か細い声でそう呟いたリリアンナが、堪え切れないみたいにポロポロと涙をこぼす。

 ランディリックは無言でその小さな身体を抱きとめ、震える肩を優しく支えた。

 その瞳には、燃えるような怒りが宿っていた。


「よく、耐えてくれたな、リリアンナ。もう、誰にもお前を侮辱させない」


 その言葉の端々に、ひた隠しにしていた情が滲む。

 視線の先には今にも逃げようとしているダーレンの姿があった。


 ランディリックの視線ですぐさま背後に控えた者たちがダーレンを取り押さえてエダとダフネの傍へつき飛ばす。


 ややしてランディリックは怯えた女中たちと言葉を失ったダーレンとエダ、そうしてダフネの方をひたと見据えると、声を潜めるようにして告げた。


『ヤン辺』は毎週土曜日の午前0時に更新予定です。

感想など頂けるととっても嬉しいです。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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