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ヤンデレ辺境伯は年の離れた養い子に恋着する  作者: 鷹槻れん
3.ウィリアムからの手紙
3/9

虐待

『親愛なるランディへ』


 そんな書き出しで始まった、友ウィリアム・リー・ペインからの手紙は、ウィリアムが男爵位を継いで三年目、ランディリック・グラハム ・ライオールがニンルシーラ辺境伯になって六年目になったころ届いた。


 執務室で執事のセドリックから手紙の束を受け取ったランディリックは、その中へ見慣れた【Pと(ツバメ)】があしらわれたペイン家の紋章を(かたど)った封蝋(シーリングスタンプ)を見つけて、真っ先に開封する。


 サッと内容に目を通したランディリックの眉根が寄せられる様を間近で認めたセドリックが、「いかがなさいましたか?」と控えめに口を開いた。


「――セドリック。突然だが、なるべく早く王都へ出向きたい。予定の調整は付けられそうか?」


 三年ごとに何かが起こるように感じるのは気のせいだろうか。

 約三年前にはウィリアムが家督(かとく)を継ぐ前にとニンルシーラ(こちら)へ出向いてくれたし、今回は看過することが出来ない内容の手紙が届いた。


 今まで領地を出ることなどほとんど皆無だったランディリックの言葉に、セドリックが小さく息を呑んだのは当然だろう。


「差し出がましいようですが、一体何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 セドリックの問いかけに、ランディリックは手にしていた手紙を執事へ手渡した。



***



「久しぶりだな、ランディ」


 ランディリックはウィリアムからの手紙を受け取ってひと月も経たないうち、汽車と馬車を乗り継いで約六年ぶりに王都エスパハレへ降り立った。


 本来ならば真っ先に生家であるライオール子爵家へ出向くのが筋だ。

 だが、今回の帰省に関して、ランディリックはライオール子爵家の家長である父・テレンスには一切連絡を入れなかった。


 元々エスパハレに長居するつもりはなかったし、目的を果たしたらすぐにでも領地――ニンルシーラへ戻るつもりだったからだ。



***



 今まで一度も交流のなかった叔父夫婦が、伯爵家の一人娘・リリアンナ・オブ・ウールウォードの後見人としてウールウォード邸に乗り込んできたのは今から二年前、リリアンナが十歳の時のことだった。


 リリアンナの両親は、食べるのが大好きだった娘のために美味しいものを仕入れてくると市場へ出かけて、運悪く強盗に遭い呆気なくこの世を去ってしまったのだ。

 両親の遺体の傍には、リリアンナのために買ったと(おぼ)しき異国のフルーツや焼き菓子が散乱していたらしい。

 それを知った時からだ。リリアンナは食べ物の味が分からなくなってしまった。

 自分が美味しいものを食べたいといわなければ、両親は今でも健在だったかもしれない。

 その後悔が、リリアンナから味覚を奪ったのだ。


 そんな状態のリリアンナの傷が癒える間も与えないぐらい本当にすぐ。

 叔父夫婦が父母の死後、まるで前もって準備でもしていたかのような異例の早さでリリアンナの後見人としてウールウォード邸へ乗り込んできた。だが、後見人とは名ばかり。

 言葉巧みにリリアンナを養女として自分たちの内側に取り込んでからは、実質リリアンナを召使い同然に扱い、ウールウォード家の一切合切を掌握(しょうあく)してしまった。


 まだ(とお)を過ぎたばかりのリリアンナには、叔父夫婦の横暴に対抗する術がなくて。


 リリアンナを庇ってくれる使用人たちは次々に辞めさせられ、両親の死から二年が経った今では、ウールウォード邸の下働きの数はリリアンナの両親が健在なころの半数以下になっていた。


 残った者らは保身のためだろう。リリアンナが酷い仕打ちを受けていても見て見ぬふり。気が付けば、リリアンナは屋敷内で孤立無援になっていた。


 減らした召し使いの分、邸内の家事が手薄になったことを(いきどお)った義理の叔母エダ・ポリー・ウールウォードから、まるで侍女扱い。次から次へと掃除や洗濯などを申し付けられたリリアンナだったのだが、当然いままでしたこともないことが一朝一夕(いっちょういっせき)で上手く出来ようはずもない。

 ただ、幸い炊事(すいじ)だけは古くからここにいるシェフが何とか首を免れて居続けてくれたため、しなくてもよかったのが味覚に障害が出ているリリアンナには有難かった。もし、食事の準備まで任されてしまったら、味の分からない自分にはまともな料理なんて出来やしないはずだったから。


 とはいえ、他も初めて尽くしで最初の頃、何ひとつまともにこなせなかったリリアンナは、家事がろくに出来ない上、()()()()()()()()()穀潰(ごくつぶ)しの小娘……と(しいた)げられ、叔父一家がやって来て半月もしないうちに半地下の物置小屋へと追い込まれてしまった。


 今までリリアンナが使っていた二階の南側、日当たりのよい明るい部屋は、リリアンナよりひとつ年下の義妹(いもうと)ダフネ・エレノア・ウールウォードにあてがわれた。


 リリアンナの実父母が娘のために買ってくれた家財道具は全て売り払われ、カーテンに至るまでダフネ好みに塗り替えられてしまった。


 かつて自室だった部屋からリリアンナが気に入っていた淡い桃色のカーテンが外され、金糸銀糸をふんだんに織り込んだ豪華(ごうか)絢爛(けんらん)たる重厚なカーテンに付け替えられているのを見た時、リリアンナはとても悲しかったのだ。


 だが、どうすることも出来ず、せめて……と外したカーテンが欲しいと願い出たのだが、半地下にカーテンは必要ないと聞き入れてはもらえなかった。


 そればかりか叔父夫婦は、溺愛する一人娘のダフネをリリアンナの前でわざと見せつけるようにお姫様扱いした。


 ダフネはストレートの黒髪に赤目という、ここイスグラン帝国ではごく一般的な見た目をした女の子で、ゆるいウェーブのあるくすんだ暗め(バーガンディ色)の髪色にマラカイトグリーンの目をしたリリアンナとは似ても似つかない容姿の義妹(いもうと)だった。


 リリアンナの母親マーガレット・エリザベス・ウールウォードが、隣国マーロケリー国の流れを汲む令嬢で、リリアンナはマーガレットの髪色と瞳の色を色濃く受け継いだのだ。


 昔は隣り合った国と言うこともあって国交のあったイスグラン帝国とマーロケリー国だが、十数年前マーロケリーにイスグランが戦争を吹っ掛けて以来、ほとんど交流がない。


 リリアンナの母マーガレットも、その影響で親元へ戻ることが出来なくなって、リリアンナは母方の祖父母や縁戚(えんせき)関係者には一度も会ったことがないのだ。


 幼い頃に旅行先の船内で母からもらった林檎(ミチュポム)の実は、マーロケリー国の特産品で、イスグラン帝国で見かけることはほとんどない珍しいものだと、リリアンナは大きくなってから知った。

 たまたま船内にいた貿易商が持っていた品の中からミチュポムを見つけたマーガレットが、リリアンナにも自分の故郷の味を食べさせたくて買ったのだ。


 結局三つ買ったうちの一つを体調が悪そうだった紳士――確かランディと名乗った――にあげたのだが、幼かったリリアンナはそれ以外のことを余り覚えていない。

 ランディと名乗った男はどこかの統治者になると言っていたが、それが首都(ここ)エスパハレでなかったことだけは確かだ。


 庭に植えられたミチュポムの木は、そのとき食べた果実に入っていた種子を、母親が持ち帰ってきて大切に育てていたものだ。

 どんなに叔父一家にいじめられても、この木のそばに立てば、母親の気配を感じられるようで何とか頑張れたリリアンナである。


 その木が植えられたのはリリアンナが六つの時だったから、庭の若木にはまだ花も咲かなければ結実することもない。だがあと数年も待てば、ルビーのように真っ赤な、愛らしい小ぶりの実を結ぶことだろう。

 


***



 イスグラン帝国には金髪・碧眼(へきがん)の者や黒髪・赤眼(せきがん)の者が多く、リリアンナのような赤毛に緑の目をした人間は殆んどいない。

 マーロケリー国との国交が途絶えて十数年が経った今では、敵国の色味として忌み嫌われる対象ですらある。

 それもあって、リリアンナは叔父夫婦に引き取られてから約二年間、それを理由に迫害され続けてきたのだ。



「本当アンタは役立たずだねっ!」


 養母エダからの叱責には、必ずと言っていいほど続きがある。


「これで容姿がダフネ(うちの子)みたいに恵まれていれば金持ちの貴族に金で売り払うことも出来るものを。母親似のその汚らわしい見た目じゃあ相当なもの好きくらいしかアンタのことを欲しがらないよ!」


 リリアンナとしては亡き母を思い起こさせる愛しい自分の容姿も、エダにとっては忌まわしき対象でしかないらしい。


「お母様ぁ、そんなに言ってはお義姉(ねえ)さまが可哀想よぉ?」


 クスクス笑いながらそばにあったインク壺を手にした義妹(ダフネ)が、リリアンナの頭頂からそれをダラダラと注ぎかけた。

 没食子(もっしょくし)(カシやナラの木の枝にできる虫瘤(むしこぶ))と鉄をワインに漬け込んで作るインクは、基本的には無臭とされているけれど、浴びせかけられたからだろうか。リリアンナはほんのちょっとだけ酸っぱい香りを感じて、うつむいたまま眉根を寄せた。


 インクはリリアンナの赤毛を伝って、ポタポタと床や服に(したた)り落ちる。


 今はそれほど濃く見えない薄墨色をしているそれが、空気と反応して酸化が進むにつれ、黒みを増して紫黒色になることをリリアンナは経験から知っていた。


 リリアンナが持っていたドレスの殆んどは、取り上げられてダフネのものになっている。

 代わりにリリアンナに宛がわれているのは、綿で作られた型遅れのブラウスが三着と、シンプルなロングスカートが二枚だけ。

 インクが乾ききってしまうと汚れが沁みになってしまうのでそれだけは避けたかった。


「ほら、気持ちの悪い緑色の目のは無理でも、髪の色はこうすれば少しは見られるようになりますわっ」


 さも義姉(あね)のために良いことをしてあげたと言わんばかりの口振りで告げたダフネに口ごたえをすれば、さらにひどい仕打ちをされる。


「有難う、……ございます」


 リリアンナはこの場から少しでも早く立ち去りたい一心でうつむきがち。目にインクが入らないよう気を付けながら視線を伏せたままダフネへ礼を言うと、ダフネのすぐそばで一部始終を見ていたエダが、満足げにふんっと鼻を鳴らしたのが分かった。


「感謝の気持ちぐらいすんなり言えないものかしらね。ホント愚図な子」


 エダの嫌味に「申し訳ありません」と一礼すると、エダは満足したように「床が汚れるからさっさと引っ込んでちょうだい」とリリアンナをしっしと追い払った。



***



 ランディリックが、ウィリアムからずっと気に掛けていた少女――リリアンナ・オブ・ウールウォードの現状についての知らせを受けたのは、彼女が叔父一家からそんな扱いを受けている頃のことだった。

『ヤン辺』は毎週土曜日の午前0時に更新予定です。

感想など頂けるととっても嬉しいです。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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