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同じ轍

「せんせーい!これ見ろよ!めっちゃ綺麗だ!」

玄武をかたどった金細工を見てはしゃぐセツを見て、ヒショウはほっと息を吐く。昨晩の事件のせいでわだかまりが残ってしまってはいけないと思っていたが、どうやらそんな様子もないようだ。そうだ。当たり前だ。ここ最近は、セツのことをないがしろにするのは当たり前のことなのだから。セツだって今更気にはしないだろう。案の上、ホトの部屋から戻ったときにはすでに熟睡していた。

「本当だ。綺麗ですね」

「だろ?」

二人は顔を見合ってクスクスと笑う。

 幸せだ。

 だからこそ、あのことを知られてはいけない。

 昨晩、セツから聞かされた先代の朱雀の悲劇。力が流出していることは感じていたが、それがセツに宿っていることも、ましてそれが彼をむしばみかねないことも気がつかなかった。やはり、セツをもうこれ以上近くに置いておいてはいけない。彼は、もう人間なのだ。人として、幸せに生きてほしい。おそらくはこの力のせいで強くなった思い込みもなんとかしなければ。さもなくばきっと――。

「せんせー?……ヒショウ?」

「気にいったのなら、買ってあげましょうか?」

「いや、いいよ。見ているだけで十分だ。それに、この像はきっと、ここでいろんな人に見て貰うことに意味があるんだ。俺が独り占めしちゃだめだ」

 きっと、ホトが手放しはしないだろう。ゼンの面影をもつこの子に自分が執着しているように、ホトだって執着をしている。そうなってしまえばきっと、セツはもう大切な人のところへ帰れなくなってしまう。

「そうだね。そうしようか」

 セツとここを訪れるまで知らなかったが、今日は移民達の歓迎の祭りらしい。王都の住民達も来ているようで、広場はいつも以上に人でごったがえしている。こんな祭りが開かれるのは今回が初めてであり、どうやら自発的に催されたものらしい。これはきっと、復興の兆しだ。王都の民と移民達の交流が進むのは、両者の繁栄の相乗効果となるだろう。素晴らしいことこの上ない。

「なあ、先生。ここの復興についてなんだけどさ」

セツが改まったようにいうので、ヒショウもセツの方に向き直る。

「やっぱり、俺は、ここで朱雀国を復興させても、意味は無いと思うんだ。いや、違うな、意味が無いわけじゃねえんだけど、やっぱり、これ以上ここを拡大すれば、朱雀国の奴らも不満を抱えるだろうし、衝突は避けないとおもう」

「……」

「ここまで復興したんだ。やっぱり、続きは玄武国でやるべきだ」

「あの国は雪に閉ざされ暮らしも大変だと聞いています。今あの場所に追い返すなんて、見捨てるようなものです」

「でじゃあ、いつになったらこいつらはあそこに戻れるんだよ。このままじゃ、ずるずるとここにいすわらせることになるぞ」

「でも」

「どっちみち、ゆくゆくはあっちで生きないといけないんだ。やるなら、俺や、お前がいる今しかねえ」

セツは自分の手を見ると、軽く動かす。

「俺たちもあっちに行くんだ。なにか問題があれば、俺たちが手を貸してやればいい。そうやっているうちに、こんなに生命力の強い奴らだから、きっとあっちの暮らしに順応してじきにやっていけるようになるさ」

「でも、それだと」

「俺は玄武国の民を信じているんだ。いや、俺が信じてんのは、玄武様の加護それ自体なのかもしれねえけど。玄武様が守っている国の奴らは、俺の考えを軽く超えてやってくれるって。かつて、俺の神様はよく言っていた。自分を救えるのは自分だけだって」

「それは」

他でもない、ゼンの言葉だ。

「今の玄武国移民にたいしても、同じことを俺は言いたい。いつまでもここでぬくぬく暮らしていたって、救いはねえ。奴隷だったお前がその世界から抜け出そうともがいたように、お前と二度と会えないと言われていた俺がお前に会いに来たように、こいつらにも、自分で助かる努力が必要だ」

ヒショウは、一度口を開いたがすぐに閉じた。大きく息を吐いてから、唇を小さく震わせる。

「そうですね。言う通りだ。あなたが言うなら、ゼン様だってきっとそういうのかもしれませんね」

ヒショウはセツの目を見ることは出来なかった。

「ああ、そうかもな。ゼン様もきっと、朱雀国に迷惑はかけたくないだろうし、玄武国の民を信じているさ」

「そうですね」

ゼン様のことを差し引いたとしても、セツの言うことには確かに一理あった。自分がしたくても出来なかった、玄武国の民を信じるという行為。それに、自分が玄武国に赴くだなんて考えられなかった。荒唐無稽なようで、現実的だ。かけてみる価値は十分にあるだろう。

「セツ、学んだかいがありました、ね?」

横を向くと、セツの姿がない。

「セツ?」

また何かを見つけて無邪気に走って行ってしまったのだろうか。ヒショウは慌てて立ち上がると周囲を見渡す。しかし、セツらしい影もなければ、声もしない。

「セツ!どこですか!?」

まさか、迷子になったのか?人流に流されてどこかに行ってしまったのか。

「セツー!」

応答がない。

 妙だ。胸騒ぎがして仕方が無い。

 ヒショウは糸を取り出すと、周囲に張り巡らせる。民衆に気がつかれないように、しかし、セツなら確実に気がつけるようにしゃんしゃんと鈴の音をわざとならし人の声に溶け込ませる。

「セツ……」

早く見つかってほしい。嫌な予感がする。

 ヒショウは衣を翻すと、人流の中に飛び込んでいった。


 不意うちだった。

 強く腕を引かれたと思うと、体はいつのまにか人混みの中に飛び込んでいた。

「なんだよっ」

腕を突然つかんできた人物は人混みに紛れていて検討が就かない。しかし、その腕は振りほどこうにもあまりに強い力でつかんでくるので、振りほどくのも困難だ。敵ならば後で締めて、すぐにヒショウの元へ戻れば良い。そんなの自分にとっては造作も無いことだ。諦めたセツは、おとなしく引かれるままに人混みの波を抜けた。

「やっとか」

さてどんなやつがこんなことをしたのか、とにらみつければ、そこに立っていたのは見覚えのない青年だった。しかし、彼は衰弱しきっており、とても健康であるかのようにはみえない。しかし、こちらに向いている目は必死そのもので、いまの力はその必死さから魂をすり減らして出たものだ。セツはあふと、男がおびえていることに気がついた。男からは恐怖は感じるものの、悪意は感じない。セツは慌てて殺気をしまうと、軽く深呼吸をした。

「それで、お前は何が目的だ」

男はぼそぼそと口を動かしたが、乾燥した唇からは乾いた音だけがでる。

「なんだ?いたずらって訳じゃねえんだろ」

「……ください」

「え?」

「助けてください!」

男は、セツにすがりついていった。あまりの勢いにセツは思わず後ずさる。

「助けてって……何をだ?」

「娘と妻が……!」

セツは息をのんだ。

「娘と妻が、死にそうなんです!病気でもないのに、どんどん衰弱していって!あんた、先生の弟子なんだろ!たすけてくれよ!」

間違いない。この人達は裂け目の影響を受けている。この前来た移民の一人だろうか。それともこの町で裂け目を作ってしまったのか。

 いや、そんなの後回しだ。今は――。

「待っ。なら、先生を連れてくる。俺よりもまず先生に治療を」

自分も確かに治癒の力はあるが、自分が変に処置をするぐらいならばヒショウに助けて貰う方が確実だ。

「待ってろ、今」

ヒショウのことだから今頃きっと糸を張り巡らせて自分を捜しているはずだ。だから――。

「待っていられない!頼む!助けてくれよ!お前も、直せる力があるってきいたぞ!」

「どこでそれを!?」

セツは大きく心臓が飛び跳ねるのを感じた。

「そんなのどうでも良いだろ!逃げるなよ!怖じ気づいてんのか!?」

「そんなわけあるか!わかった、わかったからつれて行け!」

売り言葉に買い言葉だった。目の前の男は焦っているせいか話を聞く気はないようだ。こうしている間に彼の妻子が死んでしまってはしょうがない。セツは大きく舌うちを打つと、男にひかれるままについていった。

「追い!連れてきたぞ!」

男が叫んだ先には、家の前で倒れている妻子の姿があった。

「ああ、神様」

「お助けください!」

神様、その言葉に思わず足が止まるが、頭を振ってあり得もしない想像をかき消す。錯乱状態にあるのであれば、危ない。セツの目には、大きな裂け目も映っていた。

「お助けください!」

「わかった。やってみるから、お前もおとなしく休んでろ!」

セツは叫ぶとそっと子供の胸に手を当てる。ぼっ、と橙色の光が出るが、すぐに消えてしまう。

 くそっ。やっぱりだめか。

 昨晩うまくいったのは、ヒショウの治癒の力あってのことだったのだろう。

 どうしよう。どうすればいい。どうすれば誰も死なずに。

 その時。一つの考えが浮かんだ。精査する暇もなく、セツは落ちていた石で手首を傷つける。

「頼む。のんでくれ」

あふれでる血を子供の口に注ぐ。初めこそ抵抗して吐き出していた子供だが、観念したように飲み出すと見る間に顔色が良くなっていった。思った通りだ。

「次っ!口開けろよ!」

セツは力尽くで女の口を開けると、血を注ぎ込む。女の顔色が良くなるとすぐに、男の口にも注ぎ込んだ。

「ごふっ」

「吐くな!飲み込めっての!」

セツは男に注ぎ終えると口を閉ざして飲み込ませる。男は血色のいい顔で眠りに落ちた。家族を丁寧に壁に寄りかからせて寝かせると、ゆっくりと立ち上げる。

「よし」

立ち上がると、視界が揺らいだ。血が足りないのだろう。それでも――。

 セツは歯を食いしばって、足を踏ん張り直す。眼前には大きく口を開いた穴があった。

「後もう少し」

セツは己の髪を一本抜くと、手で長く引き伸ばす。頭をたたいてかすむ視界を治すと、穴を塞ぎはじめた。静かに閉じていく穴は、最後に強く風邪を吹かせて跡形もなく閉じてしまう。

「うわっ」

風に押され、セツはそのまま地面に倒れる。かぶっていた外套がはだけ、露わになった頭がそのまま強く地面にうち付けられる。セツはそのまま意識を手放した。


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