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真実

 真新しい青龍国の式服に身を包んだセツが腑抜けた顔で朝議に参加し、朱雀とツグミの怒りの鉄槌がなぜか双方に落ちた、数時間後。乱暴に朱雀国の服に着替えさせられたセツは、朱雀から報告という名の取り調べを受けていた。こちらを明らかにいぶかしみ、そしてどこか心配しているような目を向けられれば、セツも笑ってよいのか、泣いて良いのか、わからなくなる。

「セツ、説明して貰いましょうか」

説明もなにもないのだ。引きずり回されて目が回っている隙に、ミズキに着せ替え人形のようにされただけなのだ。

「はあ」

朱雀は大きなため息をはく。よく見れば、白い肌には影が落ち、くっきりとクマができてしまっていて心なしか頬が瘦けてしまっているように見える。

 仕事がきついのか?

「お前、何の仕事をホトとしてるんだ。仕事が大変なのか?疲れているようだが」

「別に。少し早かっただけなんです」

セツに指摘されると、朱雀は訳のわからないことを言って驚いた様な顔をして手で顔を覆う。手を放したとき少しはましになっていたが、それでも疲労感は拭えていない。治癒の力も十分に働いていないのか?

「一日早かった?何の話だ」

「こちらの話です。心配はいりません」

この件については聞いてもぬかに釘だと感じたセツは話題を変えようとする。

「でも、昨日は一晩はかからなかったって聞いた。良かったな」

「青龍ですね。まったく、忌々しい奴だ」

朱雀はいつになくとげとげしく調で悪口をはく。

「俺に手伝えることがあるだろ」

「ないですよ。別に、心配していただかなくて結構です。私が何の神獣か忘れたのですか。疲れているのは……事実ですが、今日は一日ここで仕事ですので」

「それはそうだが……」

こうなった朱雀が頑固で何を言っても聞かないことはわかっている。それに、今日に限っては自分にとっても都合がよかった。

「あ、あのさ。なら、早く仕事が終わったら、今日も青龍のとこ行ってもいいか?」

「またですか?」

朱雀は怪訝そうに眉をピクリと動かした。

「ああ。もう少し学びたいなって」

「いいですよ」

朱雀の返事はあっけないものだった。当然反対される者だと思っていたセツは、信じられないという顔で朱雀を見る。

「自分で言っておいてそんなに何を驚いているんですか」

「お前はてっきり反対するかと。俺を青龍に取られたくないって」

「うぬぼれるのもいい加減にしてください。あなたが一刻でも早く役に立つ駒になればそれでいいという、ただそれだけです」

冷たく言ってみせてはいるものの、それが本心でないことはすぐにわかった。それでも、行くことに関して反対はしていないようだ。

「今晩も戻らないのですか?」

「まあ、そうなるかもしれないな」

「そうですか」

ほんのわずかに、朱雀が安堵したように見えた。

 なんだ。

 なにか企んでいるな。

 セツは確信すると、じっと朱雀を見る。朱雀は知らぬ存ぜぬという顔で、ただし疲労感をむき出しに頭を押さえていた。

「頭が痛いのか?」

「問題はありません。押さえていれば治ります」

朱雀は頭を押さえると、力を使っているのが見えた。

「そうはみえねえ」

セツは言うと、なんとなく、ほぼ反射的に朱雀の頭に手を乗せていた。

「やめてください」

「……」

手をどかそうとする朱雀にかまわず、セツは優しく頭をなでる。すると、朱雀がわずかに目元を緩ませた。本人も気がついていないが、わずかに痛みが弱まっていた。

「お?よくなりそうか?」

セツが満足そうに言うと、朱雀は目を見開いて力尽くでセツを押しのけた。

「心配はいりません!良いから、放っておいてください!」

「は!?急に何だよ!」

朱雀は糸を駆使しつつ、セツを扉の外に出すと勢いよく扉を閉める。

「今日は、休みを与えます!青龍様のところで、よく学んできてください!」

「おい!絶対大丈夫じゃねえだろ!置いていけるかよ」

「良いから。入ってくるな!」

セツは力尽くであけようと乱暴に扉を開けようとしたが、糸で頑丈で閉じられているようでびくともしない。

「早く帰る」

セツは小さくため息をつくと、その場を後にした。

「はあ」

部屋に残された朱雀は、大きくため息をついて寝台に腰を下ろす。

「限界か」

ふらふらと立ち上がると、仕事に手を付けた。今日の仕事は、夜までに終わらせなくてはならない。悲鳴を上げる体にムチを打つと、頭を抱えてペンを手に持った。


「朱雀様が、体調不良?」

ミズキは抱えていた資料の横から顔を出して首を傾ける。

「それはそれは」

「そんなこと、あり得るのでしょうか?」

「ある。たまにだがな」

青龍は少し離れた場所から口を挟んだ。

「そうなのですか?」

「ああ。今日あたりがそうかもな。いくら不死身とはいえ、完璧ではない」

「完璧では、ない?」

「ああ!例の神話ですね!」

ミズキは楽しそうにそう言うと、書類を他の文官に渡し、本棚の方へ走っていく。

「ミズキ様?」

「セツ君、君は歴史に、特に朱雀の歴史に興味があると聞いた」

青龍は机に肘をつくと興味深そうに言った。

「え、ええ、まあ」

セツは真意を悟られないように愛想笑いを浮かべる。

「なら、この話はきっと気にいる。ちょうど良い。ミズキから聞くと良い」

「はい……?」

青龍に視線でうながされ、セツはしょうが無くミズキの方へ行く。白虎は当たり前なのだが、青龍はやはり、かなり頭の働く人間のようだ。わずかなセツの言動からここまで勘付かれるとは思わなかった。それでも、彼らから悪意のようなものは感じられないし、おそらくは好意でそうしてくれているのだろう。ならば好都合だ。

「セツ君、こっちこっち!」

ミズキが立っていたのは、やはり昨日の棚だった。

「この本を読んでみて。こっちも」

ぽんぽんとミズキから本を渡され、積み上がった本はあっという間にセツの顔の高さを超える。おぼつかない足取りのままなんとか席に運んで、腰を下ろす。ミズキはそのまま忙しそうにどこかへ行ってしまった。仕事が終わるまではここでおとなしくしていろと言うことなのかもしれない。ほしい書物が思いのほか簡単に手に入ったセツは、おとなしく本を開いた。


 知りたい記述は、見つからなかった。


 それでも。


 知りたい記述を、理解することは出来た。


「セツ君?どう?わかったかい?」

終業と同時に帰って行った部下を見送ると、ニコニコした顔でミズキは近づいてくる。だが、セツは笑ってはいられなかった。どころか、顔面を蒼白にし、怒りに震えている。

「ミズキ様が見せてくださったのは、かつての朱雀王の伝説ですよね」

「うん。そうだよ。この王は、不死身だったんだ。決して、賢君だったとは言えないけどね」

「愚王ですよ、こんなの」

セツは吐き捨てるようにして言った。

 不死身の王。

 この王がかつてそう呼ばれたのには二つの理由がある。一つには、不死身の神獣である朱雀をいつでも傍らに置き、寵愛していたこと。そして、二つ目は、彼が本当に不死身であったこと。

「記録では、その王は二百年ほど生きている。人間であることに違いは無いはずなのに、さすがにこれはおかしいよね」

ミズキは興味深そうな声で言ったが、セツは不機嫌を隠しきれない。

「朱雀の、血」

「そう。正解。間違いは無いと思うよ」

記録に寄れば、朱雀の末路は悲惨なものだった。王から寵愛を受けていたが同時に、彼は衰弱していった。日に日に弱っていった朱雀は最後には神獣としての威光も見る影もなくなり、最後には生に執着し錯乱状態に陥って、王を殺そうとした。しかし、力を失った神獣はいとも簡単に捕縛され、全身の血を抜かれ極刑に処されその命をとした。

「おそらく、王は常習的に朱雀の血をのんでいただろうね。賢君ならまだしも、彼はとんでもない馬鹿者で、どれだけ血をのんで朱雀の力を奪ったとしても、満たされず、結局は神獣を殺すというとんでもないことをしでかして、なおも生きようとしたんだ。力を失った朱雀は、そのまま亡くなった。そういうことだよね」

「なんでそんなひどいことを」

「さあ。なんとかして生きて成し遂げたいことでもあったのか、それとも、朱雀の力を適任でもないのに得たことで生への執着が暴走してしまったのか」

 ああ、そうか。

 朱雀の力は、亡くなったのではなく、王に奪われたのだ。王は朱雀の力を受け継いだものの、耐えきれず二百年でその人生に幕を閉じた。きっと、体が持ちこたえられなかったのだろう。その苦しみは、セツもよく知っている。

 いや。まてよ。

 朱雀の失った力は、消えるのではなく、誰かに移る。

 ならば、ヒショウが失った力は。

「――」

セツはそっと、自分の手を動かした。思い出すのは先ほどの朱雀とのやりとりだ。朱雀に手を添えたとき、わずかだが朱雀の苦しみがほんの少し安らいだように見えた。

 まさか、本当に、俺に朱雀の力が宿っているのか?

「すみません。俺帰ります。急用を思い出しました。失礼します」

セツは、ミズキに軽く礼を言うと、青龍に軽く頭を下げて青龍の執務室を飛び出した。向かう先は、勿論朱雀の待つ執務室だ。

 本当に、朱雀の力が宿っているのなら。

 本当に、今の自分に癒やしの力があるのなら。

「待ってろよ」

朱雀の苦しみを払うことが出来るかもしれない。

 視界の端に写る空はすでに紫がかっていた。夜のとばりは、静かに王宮を包んでいった。


 風のようにさって追ったセツにしばらくの間あっけにとられていたミズキだが、しばらくすると安心したように深く息を吐いて、席を立った。出した書類を綺麗に元に戻し、昨日セツが手に取った書物に手を伸ばすと、愛おしそうに頁をめくる。

「ふふっ。青龍様」

その本には、青龍の伝説が書いてあった。青龍の力については、記述が乏しく、知っている者は数少ない。ミズキは誰よりも彼の力について詳しいが、それを他の人に知られたくはない。

「ミズキ」

声をかけたのは、青龍だった。

「セツ君のことが気にいっているのはいいが、少しからかいすぎだ。俺は、そこまで危ない橋を渡れとは言っていないはずだが」

「セツ君に僕について教えようとしたことですか?それとも、この本を読むように少し誘導したこと?申し訳ありません。いつになく取り乱す青龍様を見ているのが面白くて。しかし、彼はもうきっと、この本のことなんて忘れていますよ。」

「全く。君が優秀なのは認めるが、これで良くも忠実な従者が演じられているものだと感心してしまう」

「お褒めいただき光栄の限りです」

「注意しているのだが」

「そうですか?しかし僕は、己の役割に従って、秩序を少し整えているだけなのですが」

「秩序か」

青龍はかみしめるようにくり返す。

「あの子を、ホト様の元に置いておくことは秩序を守る上で必要だ」

「はい、そうですね」

「あの子は、玄武国と朱雀国の復興、そして、友好の象徴となるだろう。あの子がいれば、いずれ生まれるであろう二国のわだかまりは起らず、秩序は守られる、そう考えたんだ」

「その通りですよ。さすがです。そうだ、覚えていますか、青龍?」

たんっ、と軽い足音がしたと思うと、いつのまにかミズキは青龍のすぐ傍らに立ち、耳元でささやいた。

「僕は、はじめ、あなたに友人がいないという秩序の乱れを直すために生まれた、親友、なのですよ」

秩序を司る青龍の力とは、秩序を正すこと。その方法は器が変わるごとに最適なものにかわるようだが、現在の青龍はその力が人という形で顕現した。初めは、幼い青龍が自分に友人がいないことなどおかしいと感じたことだった。次の瞬間、彼の目の前には見たことのない、しかし、とても親しみ深い青年が立っていた。それが『ミズキ』である。

「心配はいりませんよ。お任せください。このミズキが、あなたの秩序を守って差し上げますよ」

「まったく。困った友人を持ったものだ」

青龍はわずかに微笑んで見せた。彼の優秀でいたずらな友人は、次の瞬間には忠実な従者に化けていたのであった。


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