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悪戯

 どうやら今夜は執務室に戻れないかもしれない、という朱雀の言葉は事実だったようで、朱雀は朝から忙しそうに仕事に追われていた。セツもそれを手伝ったために、昼間のうちに仕事は一段落し、朱雀はホトの元へ、セツは青龍の元へ向かった。

「セツ君!来てくれたのか!」

真っ先にセツに気がついてぱっと顔を輝かせたのはミズキである。

「ええ。今、おじゃまじゃないですか?」

「いつだって大歓迎だよ。さあ、おいで。まずは一応、青龍様に会いに行こう」

明らかに仕事途中であっただろうに、持っていた大量の書類を部下に預けるとミズキは怪訝良さそうに先導をする。仕事を押しつけてしまって大丈夫か心配だったが、ここの文官は誰しもが有能なのでそんなことで目くじらを立てることはないようだ。どちらかと言えば仕事に飢えていて、むしろ良いことをしたと思ってほしいとまで言われた。さすがにそこまでは共感できないので、セツは引きつった笑みだけを返す。

「セツ君。来てくれたのかい」

青龍は、セツの姿を捉えると目を細めて笑った。

「今日は、ミズキについて仕事を知ると良い。後は、打ちの書庫でも見ていくのかい?」

「はい。そのつもりです。邪魔にだけはならないようにしますので、どうぞよろしくお願いします」

「その点は心配していない。任せたぞ、ミズキ」

「はい、青龍様」

二人は目配せをする。こうして見ていると、本当に青龍とミズキの信頼関係には驚かされると思った。ゼンとヒショウほどではないと言え、二人はどこからどうみても素晴らしい主従だ。特に、ミズキの潜在能力には驚かされるばかりである。ヒショウに見合うようにと、自分だって今まで磨いてきたはずなのに、まるでそのために生まれてきた者のように適任で、自分を凌駕するものがあると感じた。

 文官達の主な仕事は、国全体の法整備と経済の管理である。文官達はみなここ数年で整備された大学の優秀な卒業生達で、セツが理解するよりも前に仕事をこなしていってしまう。

「あの、なにかお手伝いできることはありませんか?」

走り回りながら仕事をこなしているミズキの後ろをついて周りながら、セツは聞く。

「ああ、じゃあ、えっと」

頼むぐらいなら自分でやった方がよほど効率が良い。おそらくミズキが考えていることはそんなことだろうと察したセツは、

「いえ。やっぱり、今日は見学で」

と言って軽く後ろへ下がった。今の自分に出来るのは、物言わぬ壁になりきることしかなたかった。

 そういうわけで、やっとゆっくりとミズキと会話をすることが出来たのは就業時間が過ぎてからのことだった。従者が一人しかおらず、それも住み込みのある朱雀の執務室には、就業時間なんていうものは存在しない。常に人手不足であるために、起きていれば常に仕事にさらされる。しかし、青龍の元で働いているのは王都の民達でそれぞれ家もあれば家族もいる。就業時間が終われば恐ろしく正確に、彼らは家に帰って行った。

「お疲れ様でした」

半日の働きぶりを固唾をのみながら見守っていたセツは、感嘆を込めて頭をさげる。

「君の方こそ、お疲れ様」

ミズキは疲れなどつゆ知らずと言わんばかりの爽やかな顔をして、セツの頭をなでる。

「目が回らなかったかい?」

「す、少しだけ」

「そうだろうよ。ここに来たばかりの子はいつもそう言うんだ。大丈夫。あと三回も見たら慣れるから」

逆に三回も見ないとなれないということの方が恐ろしく感じてしまうのだが。

「なにか学べたかい……といっても、今日はついてくるだけで精一杯って感じだったよね」

「……はい。そうです」

セツは少しうつむき気味に答えた。

「まあ、慣れればきっと、どうってことないって思うよ。君なら僕なんて軽く超えていってしまいそうだ」

「あの、ミズキ様は僕のことをずいぶんと買っていただいているようですけれど、それはなぜなのですか?」

セツは思い切ってそう質問をした。セツのことをミズキが気にいっていることは明確でここで何を言っても嫌われないような気がしたし、気にいられている理由をしれば今よりもさらに青龍に取り入ることが出来るかもしれないと考えたからだ。作戦はうまくいったようで、ミズキは目を輝かせてセツの手をつかむ。

「セツ君は、とてつもない可能性を持っているからだよ」

「か、可能性……?」

「はい。あなたには可能性がある」

「それはどういう?」

「え?だってあなたは」

言いかけて、ミズキはぱっと目を閉じると口を噤んだ。

「おっと。これはまだ秘密なようです」

「秘密?」

「ええ。それは、僕から言ってはいけないようだ。自分で気がついた方がきっと、君はもっと成長できると思うし」

いたずらっぽく笑うと、セツをうながして書庫の方に向かった。まあいい。何度か足を運んでさらに親しくなればいずれ世間話程度にでも話してくれるだろう。

「さあ、調べ物があるんだよね。僕も手伝うよ。何の本をさがしているのかな?」

「え、あ、えっと……」

セツは正直に口に出すかを今更になって迷った慌てて朱雀に行ったような麗句を並べて返す。

「ああ。なら、入門編で良い奴をいくつか見繕ってあげるよ。一緒に読んであげるから、少し勉強してみようか」

「はい。是非お願いします!」


 セツは、ミズキの話を聞きつつ、本棚に目を配り書籍を探していた。彼がここに来た新の目的は、朱雀の死について欲知るためである。少なくとも、白虎に教えて貰っただけでも二回、朱雀は過去に力の流出によって死んでいる。あの村での出来事については伝承でしか知らず、二度目についてはほとんど知らない。些細なことだとあの時は思ってしまったが、一晩考えた結果、当時のことをよく知ることが今後の力の流出を防ぐために必要なのではないかという考えに至った。そのため、セツが今視線で探しているのは、当時の歴史書や伝承について書き記した本である。

「セツ君……?」

そんな声が、ふとはじかれたように入ってきた。

「あ、はい」

いけない。少し、本を捜すのに集中しすぎていたようだ。なにせここは書物の数が尋常ではない。一つ一つの背表紙を追うのにはかなりの集中が必要だった。

「どうしたんだい。ぼーっと遠くをみて」

「いえ、その」

「ああ。疲れてしまったのか。そうだよね。こんなにやればさすがに集中力が切れちゃうか」

そう言ってミズキがポンポンとたたいた本の下にはすでに五冊以上の[本が積み重なっている。ミズキは教え方がうまく、ながら義気をしていたセツでも、その本の多くを理解することが出来るようになっていたが、それにしてもすでにこんなにたくさんの書物を[学んだとは思わなかった。時間も相当経ったことだろう。今は夜半ごろか。朱雀はどうしているだろうか。

「一回休憩にする?」

「はい。そうですね。お願いします」

「わかった。じゃあ、茶と、すこし腹の足しになるような者を持ってくるよ。頭を使ったのだから、何か食べないと」

「ありがとうございます」

ミズキは軽やかな足取りで部屋の奥の方へ消えて行った。セツはその姿を見送るとすぐに立ち上がって、座っていた位置からは目視出来なかった書物に目を通しに行く。

「歴史書……歴史書……。ここら辺か?」

書物の年代が一気に古くなった気がする。朱雀の死なんてほとんど聞いたことのないはなしなのだから、おそらくはかなり昔のことであろう。記録が作られるよりも前の出来事だと不味いが、そうでないことを祈って、セツは指先で背表紙をなぞっていく。

「……神話?」

そんな文字が目に入った。上の部分はかすれてしまって射手欲見えないが、おそらくは、世界の成り立ちか、神獣について書いたものなのだろう。そうときまれば、セツは手を伸ばす。もしかすると、朱雀に関する情報もここにあるのかもしれない。書物を手に取り、開こうとした、その時だった。

「セツ君……?」

息をのむ音が響く。セツは手に持っていた本をさっと本棚に戻し、何事もなかったかのようにしてミズキに向き直る。

「ああ、すみません。つい、面白そうな本がないか見たくなってしまって」

「ああ、なるほどね。好きに見て貰ってかまわないよ。君は、神話に興味があるのかい?」

「どうしてそれを?」

さっと本は戻したし、ミズキが本の題名を見えていたとは思えない。

「だってそこは、神話関連の書物が集まる棚だから」

「ああ」

そうか。ここはミズキの仕事場だ。どこに何の本があるかを把握していても何ら不思議ではない。

「そうなんです。朱雀様にお仕えするのなら、知っておかないとかなって」

「確かに!とっても良い心がけだね!」

ミズキはとがめる様子もなく、にっこりと笑う。持ってきた茶と菓子を机に置くと、軽い足取りでセツの隣に近づいた。

「僕も昔はよくこうやって学んだものだ。青龍様について知りたくて、この世界について知りたくて、書物を読みあさった。時間が惜しくて、食事も、睡眠もないがしろにしていたから、あの頃はよく青龍様に怒られたな」

「青龍様に……?あの、差し支えなければお聞きしたいのですが、お二人はあの、どのような経緯で主従のちぎりを結んだのでしょうか」

「青龍様が、僕に全てを与えてくれたんだ。何者でもなかった僕に、あの方は『ミズキ』をくれたんだ」

「拾っていただいたとか?」

遠くを眺め、うっとりとした顔で昔を懐かしんでいるようなミズキの様子を見ていると、彼の境遇はヒショウに似ているのではないかと感じた。

「あれ?知らない?青龍様は」

「ミズキ」

低い声がし、セツははっと振り向く。底には、いつのまにか青龍が立っていた。

「青龍様」

「今何時だと思っている。朝議の用意をしなさい」

「え?」

セツは驚いた様な声をあげ、キョロキョロと周囲を見渡した。本が痛まないようにとミズキは言っていたがこの部屋には窓はない。外の景色が見えないせいで、朝も夜も同じような感覚になってしまうが、もうそんな時間なのか?てっきりまだ夜も更けた頃だと思っていたが。

「ああ。もうそんな時間に。かしこまりました。すぐにご用意いたします」

ミズキは、

「続きはまた今度ね」

といって片目をつぶると走り去って行った。取り残されたセツはしょうがなく目で青龍を見る。

「青龍様、すみません。ミズキ様のご用意が遅れてしまったのは、俺のせいです。俺が、ミズキ様を引きとめていたから」

「いや。問題は無い。アイツは仕事が早いから、少し遅れたところで支障はない。それに、うちの朝は早い。ただそれだけだ。外交官達はまだ。目すら覚ましていないだろう」

「そうなんですか?」

「だが、この時間だと、ツグミ殿は修練を行っているだろうな。君の主は、君が帰って帰らないことに気をもんで、一睡も出来ていないに違いない」

「朱雀様は昨晩夜通しで仕事があると」

「そうなのか?俺は昨晩会ったが……」

「え?」

「ちゃんと執務室に戻っていたぞ」

「そう、なんですか」

仕事が早く終わったのだろうか。

「青龍様。用意が整いました」

青龍が予告したとおり即座に用意を終わらせてきたミズキは、青龍に目配せをするとぱっとセツの方をみた。

「セツ君、用意をしよっか」

「用意……?」

セツは不思議そうに首をかしげる。いつもなら、朱雀に言われたまま身なりを軽く整えるぐらいだが、なぜか気づきには明らか淫それ以上の気合いが見えた。

「大丈夫。僕に任せて」

ミズキが浮かべた笑顔に、セツは悪寒を感じたがすでに抵抗をしても無駄であった。


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