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変わらない人

 セツが次につれて行かれたのは各都ごとに置かれた執務室だった。他の都との連携業務を行うようなときには入り用だからと連れ回されたが、そこの常駐する官の名前を覚えるのも、部屋の場所を覚えるのも、セツにとっては容易なことだった。

「なあ、一つ質問良いか?」

相変わらず人を避けるようにして朱雀がえらんだ廊下を進みながらセツが言う。

「言い方」

「朱雀様一つだけ、お伺いしたいことがございます」

「何でしょう」

朱雀は満足そうに鼻を鳴らすと言った。

「どうして青龍国の神獣である青龍様が、この朱雀国の王宮にいるんだ?てっきり、青龍国を代表してここで仕事をしてんのかと思っていたが、そうではないんだろ。ならなぜ、青龍国にいるはずの神獣がこんなとこにいるんだ」

セツの口調が戻ったことにいらだちと諦めを覚えつつ、朱雀は質問に答える。

「青龍の役目は確かに、青龍国に繁栄をもたらすこと。しかし、そのもたらし方は何も、国のなかから起こるものでなくてもいいのです」

「どういうことだ」

「青龍国は今安定していらっしゃいます。そこで、青龍は、国の繁栄のために今必要なのは、青龍国内部への働きかけではなく、青龍国を取り囲む、不安定な二国の整備であるとお考えになっていたそうです。そんなおりに、青龍国へ埋め立ての視察に行っていたホト様と出会い、意気投合なさった。ホト様は玄武国の回復も視野に入れて政をなさっておられるので当然です。そこで青龍はこの場所で朱雀国と玄武国の秩序を整えるため、その力を及ぼすようになったのです」

「へえ。つまり、この国の治安が異常に早い速度で良くなって、一気に法整備が進んでまともになったのには、青龍様のお力添えがあったって訳か」

「はい、その通りです」

「青龍様はさすが秩序の神だけあってすごいんだな」

「……ええ。そうですね」

セツは目を輝かせている。朱雀は一度何か言いかけたが、思い直したように口を噤むと、何ごともなかったかのようにまた歩きだした。

 最後に朱雀が向かったのは、軍部だった。

「朝議の場所などは明日ともに行くからいいとして、ここが最後の、あなたが来るであろう場所です」

「ふうん。ここが」

この場所は、いつかヒショウから聞いた南都の軍部と似ている。王宮の離れのような空間には、屈強な武人達がひしめき合っていた。

「今の軍部の仕事は主に、王都と国全体の取り締まり。あなたは本来、ここにやっかいになるはずでした。いえ、これからも躍起になる可能性はありますし、親しんでおいた方が残りの人生楽かもしれませんね」

「なるほど。牢はここにあんのか。安心しろ。俺はもう、お前のそばを離れねえから」

セツはにっこりと笑っている。怒ることを期待していた朱雀がふてくされていると、声がかかった。

「朱雀。やっときたのか。相変わらずののろまさだ」

凜とした女の声。セツはこの声を知っていた。

「はあー。僕は別に、あなたに待っていろと言った覚えもないんですけどね」

「かの朱雀様が来たってのに、私が不在じゃあ、非難されるのは私だ。貴様はそれを狙っていたのかもしれないが、残念だったな。私はその手には乗らないぞ」

「深読みしすぎですよ。僕には、あなたのような人間を陥れる暇はないんです。妄想に花を咲かせていられる、あなたと違ってね」

「軍部が平和なのは良いことだろうが!」

出会って早々、朱雀と喧嘩を始めた女は、簡素な鎧を身にまとっていたが、その鎧には朱雀の印がある。忘れもしない。あの日、ヒショウを迎えに来た兵士こそ彼女であり、ヒショウとは長い付き合いになる、ツグミだった。

「僕は忙しいんですけど。あなたとここで意味のない喧嘩をしている暇はないのですが!」

「ああ、上等だ。こちらだって、貴様の様な頑固で悪知恵がはたらく奴にかまっている暇はない」

ふんっ、と鼻を鳴らして二人が背を向けあったのを確認して、セツはやっと会話に入り込んだ。

「ツグミ様、ですよね」

朱雀に確認するように聞くと、代わりにツグミが答えた。

「ああ。国王軍隊長、ツグミだ。よろしく」

爽やかな態度を朱雀に見せつけるようにツグミは言った。

「こちらこそ。このたび、朱雀様の従者となりました、セツです。よろしくお願いいたします」

セツは頭を下げつつ、ツグミを改めて観察する。かつて、玄武の目には映っていたらしい白虎の姿は、今のセツの目では確認できない。しかし、白虎の力は、今のセツにとっては少しやっかいだ。時を超え全知であると言う白虎の能力は、敵側に回ってしまえば計画の邪魔になりかねないし、味方になれば、有益になること間違いない。ツグミの顔には白虎の刺繍のようなものは見えないのは、彼女は正当な器では無いからか、それとも白虎はすでに新たな器へ移ったのか、見た目だけでははかりきれなかった。そこでセツはある作戦に出る。

「実は僕、ツグミ様にはお会いしたことがあるのです。覚えていらっしゃいますか?」

「あ、ああ。だって、貴様は」

言いかけて、ツグミが慌てたように口を塞いだ。虚空を見つめたまま少し空白を置いて、また口を開く。

「いや、勘違いだった。ここ数日、貴様のことを書類で見ていたからな。つい、既視感があると思ってしまった」

セツは返事を聞くと、わずかに口角をあげて

「そうですか」

とだけ、つぶやいた。ツグミは、本当にわかりやすい。今の間はおそらく、白虎からの指示を聞いていたことで生じたものなのだろう。ツグミはおそらく、自分のことをあの時の少年だと認識している。そして、白虎はなぜか、ツグミにセツの記憶があることを隠させたのだ。その意図については考える必要はあるが、白虎がまだツグミについていることも、ツグミはまだ自分のことを覚えていることを知られただけでも、セツにとっては大きな収穫だった。

「あなた、そんなことで勘違いをするだなんて。相当頭が呆けているのですね」

朱雀は挑発するようにツグミに言う。

「なんだと。貴様、ここで決着をつけるか?!」

「またお忘れになったのですか。僕は忙しいのです。あなたの幼稚な喧嘩にかまっている暇はないのです。帰りますよ、セツ」

「え、ちょ」

朱雀はまた、引きずるようにしてセツを連れ帰ろうとする。

「おい!逃げたな、朱雀め」

「人聞きの悪いことを言わないでください。あなたの仕事の邪魔をしないように失礼するだけですよ。それでは」

「まてー!」

いらだつツグミの声は聞こえたが、さすがに追いかけてくることはなかった。ここにいたくないという意識をむき出しにしてずんずん歩いて行く朱雀の後を追いかけながら、セツは笑いをこぼした。

「何がおかしいのですか」

朱雀はいらだった様子で言う。

「いや。相変わらず仲悪いなって思ったら、おかしくなって、でも、お前にも変わらねえことがあるんだって思うとなんだか」

セツの目尻から涙が垂れる。笑いすぎたせいで出たものなのか、それとも別の感情のせいで出たものなのかはセツ自身にもわからない。適当に拭って鼻をすする。

「また訳のわからないことを……」

朱雀はあきれたように言ったが、見かねたように、目をこするセツの腕を止めた。

「あんまりこすると、赤くなってしまいますよ」

「っ……」

セツは驚いたように目を見開いたが、すぐにへにゃりと子供らしい笑顔を浮かべる。

「やっぱり、ヒショウは優しいな」

「私は、朱雀ですけどね」

まるで予測していたかのように早い朱雀の返しに、セツは思わず吹き出すのだった。


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