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ぬくもりの冷たさ

 王都への訪問は、これでもう十回目になる。

 王の凱旋と、そこに朱雀様が同行するという話を宿屋で聞いたのはもう一年も前のことだった。普段は王宮の中で姿を見せず、王の登極以来式典の時でさえ姿を見せない朱雀様にお目にかかれるめったにない機会だと、旅人達は盛り上がっていた。なんでも、青龍国への訪問は四神関連のものらしく、それでしかたなく朱雀様も同行する、とのことだ。行きは混乱を避けるため、登極後に海運の発達のために作らせた水路を伝って極秘に出発するそうだが、凱旋の際には、わざわざ王都の入り口から王宮までは、大通りを歩いて民の近くに来てくれるそうだ。だからこそ、今までの十回は全て、この日のための下見と調査につかった。どこからならヒショウの様子を確認できるのか、どこからならヒショウを奪還できるのか、どうやって逃げるのが最善か。ありとあらゆる事態を想定した上で、幾度となく検証を行い、完璧に計画をくんでこの日に臨んだ。

「よし。もう一度、作戦を確認しよう」

 人混みの雑踏から少し離れた裏路地。かつて以上に狭く、暗くなった路地の奥で、セツ達は小声で会議を開いた。

「まず、調達は全部済んで、余計なもんは宿に全部置いてきたな」

「うん!」

「もちろん!」

「もちろん!」

作戦の決行後は速やかな逃走が必須である。作戦中も身軽に動けるように、身につける者は最小限にすることが求められた。

「じゃあ、これ。一つずつもって、持ち場についてくれ」

そう言ってセツが差し出したのは一見するとただの紙切れであった。しかし、その中央には糸がついており、髪を丸めることによって通信に使うことが出来る、これもまたヒショウから教えて貰った代物だった。

「細かい指示は逐一これを使って俺が出す。前から言っているように、お前らの仕事はアイツの様子、服装、位置をアイツの姿を見つけ次第俺に連絡すること。アイツと接触するのはあくまでも俺で、お前達はなるべく隠れて監視を行うだけにしろ。いいな?」

「本当はもっと手伝いたいんだけどね。なにせ、私たちにはセツ君みたいな事は出来ないただの農家だから」

「そうだ。僕たちが変に手をだして足を引っ張るわけにもいかない、な、ズク」

「そうだ。僕たちは僕たちに出来る最大限をさせてもらう」

「ああ。みんなありがとう」

各々、紙を手に取り握りしめた。

「みんな持ったな」

セツは確認すると大きくうなずいて笑って見せる。

「俺たちが力を合わせればきっとうまくいく。絶対に、アイツを、俺のヒショウを

取り戻そう!」

「おー!」

四人の声が重なり、拳が高くつき上がった。

「頑張ろうな」

そんな言葉を交わしつつそれぞれが持ち場に移動し始めたその時、スズメがセツの袖を引っ張った。

「セツ」

真剣な声に、セツは首をかしげて振り向く。

「なんだ?作戦でわからないところでもあんのか?」

「いえ。そうじゃないの。あの、ほんの少しだけ時間いい?」

「ああ」

恥ずかしそうに顔を伏せて、スズメは落ち着かない様子で手を動かしている。

「あのね、セツ。この作戦が終わって、村に帰ったら、あなたに伝えたいことがあるの」

「伝えたいこと?別に、村にかえってからじゃなくても、別に今聞くが?」

「ううん。この作戦が終わってからがいい。本当に、大切な、話だから」

ほんの少し上を向いたスズメの視線がまっすぐにセツを見た。わずかに紅潮した顔を見て、セツの顔も気がついたように赤くなる。

「あ、ああ。わかった。これが、終わったらな。終わって、村に帰ったら、話を聞こう」

「ありがとう」

スズメがセツに抱きつく。今までだって抱きつかれることは何度もあったが、なぜだろうか、今日は心臓の鼓動がやけに早まってしまう。らしくもなく動揺して固まっていると、頬に柔らかい感触を感じた。瞬時に我に返ったが、その時にはすでにスズメは離れていた。

「じゃあ、また。絶対に、成功させようね」

「……」

スズメの積極的な行動に固まって動けないセツを置いて、スズメは人混みの中へ消えていった。

「絶対に成功させよう、か」

セツはスズメたちが消えていった方をみて、一人ごちる。

「そうだな。成功して、あいつと、みんなと、絶対に村へ帰ろう」

 その時、王の到着を告げる船の汽笛が王都に響いた。


 王の帰還ともなれば、都はかつて無いほどの盛り上がりを見せていた。

 なにせ、今の王は民からの信頼も、尊敬も厚い。彼が王座について以来、無法地帯と化していた王都の町は一気に整備され、かつては当たり前だった通りの死体や死にかけの人間を見ることなど全くもってなくなった。裏路地にいた貧民達には家とまっとうな暮らしが与えられ、支援の手も手厚い。王都はかつての装いを完全になくし、通りには出店が立ち並び、裏路地は住民達の憩いの場となっていた。

 大通りには王の到来を待つ者達が今か今かとひしめき合っている。王の姿を一目見ようとやってきた旅人達、王に一言感謝を伝えたいと集まった住民達、そして、王に一矢を報いようとする若者達――。

 セツは人混みの中に姿を隠して、息を潜めていた。王を待ちわびる人々の歓声も、噂話もどうでも良い。耳に入ってくるだけ不快だ。

「朱雀様は献身的に王をお支えになっておられるのでしょう」

「朱雀様は素晴らしい方を王に選んだ」

「王様の見目麗しい姿を一目見たいわ」

こいつらは所詮、ヒショウのことだって、ホトの事だって何にも知らないと言うのに。そう愚痴るセツの頭には今、ヒショウを取り戻すことしかない。

「ヒショウ、今助けるからな」

セツはヒショウから譲り受けた透明な糸を、静かに指に絡めて握りしめた。

 動きがあったのは、予想していた定刻からほんの少し遅れたあとの事だった。

「来た」

セツが港の方を見た瞬間、指にわずかな震動が届いた。セツは慌てて紙を丸め、耳に当てる。

「来たわ。ヒショウさんは、王の後ろに控えていると思う」

もっとも港の近くの場所で待機していたスズメからの連絡だ。

「了解。朱雀の周りに護衛は?どのくらいいる?」

「いないわ。多分」

セツはその言葉に息をのむ。

「いない?」

「ええ。多分。ヒショウさんの周りには、誰も。王の周りにはたくさんいるけれど、ヒショウさんは少し離れて後ろに控えている」

「そう、か……」

「じゃあ、また後でね」

「ああ」

どういうことだ。なぜ、護衛がいない?ヒショウは十分強い。一人でも大丈夫だからわざとつけていないのか。それともホトの命令か――。

 まあいい。なんにせよ、こちらにとっては好都合だ。

「ミミ、ズク!そっちの調子はどうだ?ヒショウは見えるか?」

「見えてきたよ」

「こっちも!状況はさっきと同じみたいだ」

「わかった。俺の所まであとどのくらいだ?」

「えっと、あとじゅ」

 ブチッ。

 突然、ミミからの声が途切れた。

「ミミ?だいじょ」

スズメからの声も途切れる。

「おい?お前ら大丈夫か?何かあったのか?応答しろ!」

「セツ!大変だ!い」

ズクからの声も途絶える。

 さすがに何かがおかしい。

 セツは確かめるように糸を引いてみた。

感触が、軽い。さては、風か鳥のいたずらで糸が切れたのか?

セツがそう思い、もう一度糸を張り直そうとした、その時だった。

「ぐっ」

突然、激痛が走った。体の自由がきかない。

「なんだ、これ」

もう王の一行は目と鼻の先まで来ている。このままではヒショウを助けられない。それに、はっきりと姿が見える忌々しい王を殺せない!

「このっ」

まるで金縛りにでも遭ったかのように動かない体を無理矢理動かそうとして腕を動かしたところで、またも自分の意志とは関係なく、体が後ろに引かれた。まるであらがえないほどの力をもつ何かにつながれて引かれているようだ。抵抗も出来ないまま、体を裏路地に引き込まれる。こんな時に限って、ごろつきに目をつけられていたずらでもされているのかと憤っていると、首に鋭い痛みが走った。まるで首に一本の線を入れられたようなその痛みで、セツは全てを理解した。

「まさか」

「何をするおつもりでしたか?暗殺者さん」

背後にいつの間にかあらわれたその人間は、まるでセツを抱き込み動きが取れないようにするかのように、夢の中と同じぬくもりをもつ両腕で包むと、耳元でそう、冷酷な声を響かせた。

 その声が、ぬくもりが、セツの全てだった。

「ヒ、ショウ」

呼びかけても、背後の男からは何も応答はない。

「ヒショウ……。やっと会えた。やっとまた……。また会えて良かった」

ヒショウのぬくもりを感じられる。それだけでセツの緊張の糸は切れ、涙がこぼれ落ちた。

「早く村に帰ろうぜ!ヒバリもあんたを待ってる!俺、ちゃんといろいろ準備したんだぜ。ホトにももう捕まんねえように、念入りに。だから絶対、今度は大丈夫だ。今度こそ、アンタを助けられる。だから一緒に―」

「何を抜かすのかと思ったら……よくもそんなべらべらと嘘が吐けるものですね」

「は?」

ヒショウの声は、まるで、敵に向けるような冷酷な者だった。

「嘘って……。本当だ。念入りに組んだんだ。ホトだってきっと、アンタと俺を探せないような作戦を」

「あなたの目的は、ホト様の、国王様の暗殺ですか?」

「は……」

ヒショウには、全く話が通じていない。セツがそう悟るのも、もはや時間の問題でしかなかった。

「俺はあんたを助けに」

「私を、助けに?笑わせないでください。私を何から助けるというのですか?」

「ホトからに決まってんだろ」

「まったく、何をおっしゃっているのやら。ヒショウ?私は朱雀です。私を誰かと勘違いしていらっしゃるのですか?それに、ヒバリ?村?帰る?何を言っていらっしゃるのやら。私にはさっぱりです。私がホト様から『逃げる』だなんて馬鹿馬鹿しい。もとより、その必要はありませんし、逃げるというのなら、あなたのような危険な反乱分子の元からはいち早く去りたいものですね。まあ、私はただの反乱分子なんかには負けませんけど」

「何いってんだ。おい、ヒショウ、俺の話を――」

「あなたの話を聞いた限りでは、王様に反逆をおこそうとしていらっしゃるようだ。調べた限り、あなたは暗器は持っていないようですし、今回はただのいたずらをするつもりだったのかもしれませんが、このままにしておけばいずれ大きな間違いをしそうなので、ここで釘を刺しておかねばと思いましてね」

「ヒショウ、まさか、俺のことがわからないのか?セツだ。俺は、セツだよ。お前が五年前、あの村に預けたんじゃねえか」

「セツというのですね、未来の暗殺者の名前は。次にあなたが捕まったとき、速やかに罰せられるように、お望み通り、忘れないように、その名を胸に刻んでおきましょう」

「なに、言ってんだ……」

まるで、別人のようだった。そんなわけはないのに、別人のヒショウと話しているようだ。

「記憶が、ないのか?それともまさか、消されたのか……?」

「何を言っていらっしゃるのやら。その想像力を、これからくれぐれもありもしない陰謀や幻想への陶酔に使わないようにするのが身のためでしょうね」

「そん、な……。まさか……」

別人だなんて事は絶対にあり得ない。しかし、今のヒショウは本当にセツのことを認識していないように思える。まさか、朱雀の力の代償が記憶に作用したのか?今のヒショウにとって、自分との記憶は生きづらさの原因になってしまったのか?そんな環境に、ヒショウは今置かれているのか?

「私もはやくあの列に戻らなくてはいけないのでね。無駄話はこれくらいにしましょう」

チクリ、と首元に痛みが走った。

「服で隠せるでしょうが、反逆の印をあなたに彫らせていただきました。今後、王宮の人間との一切の接触を禁止し、それを破った場合は即捕縛させていただきます。お仲間の皆さんにもよろしくお伝えください」

ヒショウの腕が離れると、セツは放心状態のままその場に崩れた。セツには目もくれずに去り、またすぐに姿を消すと、次の瞬間には王の背後に控え、神獣らしく歩くヒショウの姿が目に映った。

「なにが、起こっているんだ……」

セツは立ち上がることもできず、地面に手をつき、呆然と王の一行が去って行くのを見ることしか出来なかった。


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