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白昼夢

あの日の事は、今でも鮮明に覚えているんだ。


「お久しぶりです。ヒバリさん」

 その貴人が村に来たのは、まだ空が闇に包まれた、夜明け前のことだった。

護衛、いや、見張りの兵に囲まれて現れたその貴人は、目立つ赤い髪をもち、顔には大きな朱雀の刺繍が施されていた。否応なく目を引く見た目をした彼は、それを隠すことさえ許されず、わずかに鈴の音を響かせて現れた。

「よくぞいらっしゃいました、朱雀様。いえ。また会えてうれしいです。ヒショウさん」

貴人はほんの少し頬を緩ませた。

「あなたに、お願いがあってきました。あなたにしか頼めないことです」

だが、その顔に張り付いた絶望は、決して消え去ることはなかった。

「ええ。何なりと」

ヒバリは優しく微笑んだ。

「この子を、この村で育ててほしいんです。この子に、幸せな生活を、決して世界を呪う必要なんてない幸せな生を、与えてほしいんです」

彼が指示すると、兵士は背負っていた籠の中からまだ幼い少年を抱き上げた。眠っているらしいその少年をそのまま、ヒバリの方へ差し出す。

「二つだけ、聞きたいことがあります」

ヒバリは少し声を低くしていった。

「ヒショウさんには、それは出来ないことなのですか?ヒショウさんと離れることが、この子にとっての最大の絶望ではないのですか?」

彼は、しばらくの間口を開かなかった。ようやく開いたわずかな隙間から漏れ出した声は、か細く、震えていた。

「僕は――ヒショウという人間は、今日、死にます。だから、もう、僕はこの子とは一緒にいてあげられない。この子のためにも―、僕のためにも」

ヒバリが息をのむ声が聞こえた。

「そう、ですか……。ならば、任せてください。必ず、幸せにします」

ヒバリは、何の迷いもなく少年を受け取り、抱きかかえた。彼女は決して、これ以上何も聞くことはなかった。ただ悟ったように、静かに、自信に満ちた目で貴人を見つめた。貴人はその様子を見て驚き目を見開いたものの、すぐに納得したように目を伏せた。

「よろしくお願いします」

彼は立場に合わず深く頭を下げる。

「はい」

ヒバリは、強く少年を抱きしめた。強い決意が、その腕には宿っていた。

「朱雀様、そろそろ」

兵士が彼に耳打ちをする。

「はい。わかっています」

貴人は消え入るような声で答えると、震える足を一歩、少年の方へ踏み出した。伸ばした手が温かい少年の頬に触れると、わずかに肩をふるわせる。

「さようなら」

ゆっくりと離れた手から、透明な糸がこぼれ落ちる。すがるように伸びた糸は何にも絡むことはなく、静かに宙を舞い、さもそれがあるべき姿であるかのように、去りゆく青年の袖の中へ戻っていった。


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