巣立ち
宮殿内は騒然としていた。
「二週間か。まだ見つからないのか、あの従者は」
シュヨクはいらだちを隠せずにいた。弟たちの目の前であり、同時に権力者の前であってもはばかることもなく彼は声を荒らげていた。
「まったく。あいつも目を覚まさないし……。あんな子供に何を強いているんだ。子供が今の南都で隠れて、どうやって生きているんだ」
「島内を全力をあげて捜索しているとうですが、まだ見つからないようです」
「彼らは本当にまだこの島にいるのでしょうか」
「でも、あんな子供が一体どうやって……」
「お手上げといったところかな?」
シュトウはニヤニヤと笑いながら言った。この状況で笑っているのはシュトウだけだ。
「あの男はいつでも私たちを困らせてくれるねえ」
言いながらもシュトウの目はホトが座るはずの空席に向っている。
「それとも楽しませてくれているのかなあ」
「さすがです父上」
「さすがの余裕ですね」
こんな時にもこびを売って何が良いのだろうか。シュヨクはあきれてため息をついた。
「楽しんでいる場合ではないですよ、父様。しかし、今回の事態は我々だけでは理解しかねます。やはりあいつの頭脳をもってしないと……本当にあいつは目が覚めていないのでしょうか」
「それに関しては君の方が詳しいはずではないか。君の部下をあそこに潜り込ませているんだろ」
「ええ。それは、そうなのですが……」
「おやおや。嫌に歯切れが悪いじゃないか」
「最近、彼女からの報告が途絶えているのです。今までは何かとこちらに接触を図ってきていたのですが、最近はてんでなくなりました。私兵達の中では、人格が変わったかのようだという声もあるようで……」
「私には君が避けているようにみえたかが。彼女が君に愛想を尽かしたのではないのかい?まあ君にとっても伏兵なんて捨て駒に過ぎないのだろうけれど」
「……」
シュヨクは少し言葉を詰まらせた。
「私はなにか間違ったことを言ったかな?何が不満なのかな?」
「いえ。俺はあいつのことを捨て駒だなんて思ったことは有りません!確かに、俺はあいつを避けている。でもそれは、あいつを信じてのことです」
「ほう。それは結構なことだ。だが、人格が変わったとなると、何かあったとしか思えないねえ。自信がついたか、あるいは、何者かに操られているのか」
シュヨクは言いかえせず、思わず口を紡ぐ。
ツグミのことだ。ホトに良いようにされることはないだろう。彼女を信じているからこそ、あの仕事をたのんだのだ。だが、だからこそ気がかりでしょうがない。ツグミの身に何かあったとなれば、今すぐにでも自分の元に連れ戻したいところだが。
「我々でははかりかねます。やはりその女に話を聞いてみてはどうです?」
「どうせ北都の一味が逃げたことにも関係しているのでしょう?」
口々にシュソクとシュビは言ったが、シュヨクは納得がいっていなかった。全くあの糸遣いめ。何をしてくれるんだ。ホトがいなければ、自分たちの志は半ばで途切れてしまうかもしれないのに。どれもホトの自業自得のようなきがするからこそ、シュヨクは頭を抱えた。
「そうだな」
シュヨクは思わずシュトウの方を見た。その声には何か含むことがあるようにしか聞こえなかった。
ヒショウは走っていた。羽織っている外套の下では眠っている少女を背負っている。少女を負ぶったまま、彼は谷を越え人混みを抜けた。
一週間。
長かったような。短かったような。
ツグミと話したあの日の夜、ヒショウは何の苦もなく少女を連れて脱獄し、街に降りた。ホトやツグミを残していくことに多少の抵抗があったものの、ヒショウはツグミのことを信じて走り出した。
ツグミは変わった。
それはまるで何かにとりつかれたようだった。
彼女は自信にあふれた。誰かの為だけに動いていた彼女は、自分の意思で自分の為に動くようになったのである。
だからひしょうはツグミの言うことを信じてゼンを追うことにした。
それにしても、この少女を連れてきて何になるというのだ。ゼンにあったところで一触即発になる気がしない。それに、ホトのことについてヒショウもまだ理解しきれていないのもあって、気まずいのも確かだった。
ゼンに会いたい。
ゼンが向ったのは多分、王都だ。根拠はない。それでも、ただそう思った。ゼンなら王都に行くという自信がなぜかあった。それはもしかすると、前途出会った王都でまた会いたいというエゴのたまものかもしれないが、それでもわずかな根拠はあった。初めてゼンにあったあの日、なぜゼンは噴水の方へ行ったのか。なぜあんな奥まった所に行ったのか。どうしてあの場所に引き寄せられたのか。
僕がそんな場所に行ってもいいのかと、少し疑問に思う。あの方の最後の仕事を邪魔することになりはしないか。
最後、か。
そうはさせない。させたくない。
でも、どうすれば……。
「お母さん……?」
少女の声が耳元で聞こえた。
「ああ」
ひしょうはほんの少し足を止めた。
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん。ずっと起きてた」
えへへ、と少女は笑う。
「お母さん。王都であってるよ」
「え?」
「王都に行けば大丈夫」
「大丈夫?」
「うん。大丈夫。全てが終わるから」
ヒショウは目を見開く。
「心配しなくても良いよ。お母さんにとって、終わりは始まりでしょ」
「それは」
ヒショウはそこまで言って言葉を止めた。
言わなくても、この少女は、いや、少女の形をした神には全てわかっているのだろう。
僕にとっての終わり。
それの意味することとは――。
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」
「どういたしまして」
少女は強くヒショウの背中に抱きついた。
「大好きだよ。お母さん」
「うん。私もだよ」
ヒショウと二人きりでいるとき、少女は穏やかだ。全てが嘘ではないかと思ってしまうほどに。
「おなかすいてない?大丈夫?」
「うん!お母さんといられるからおなかいっぱいなの」
「そう。良かった」
言ってヒショウは笑顔を顔に貼り付ける。少女は、ヒショウのように不死身ではない。何かを食べなくては当然死んでしまう。わずかながらに変えた食料は与えているが、それでも、足りないことは明確だ。だが元気でいられるのはおそらく、依り代としている子供から栄養を貰っているからのだろう。
「さあ、行こうか。早くしないと、追いつかれちゃうかもしれないからね」
「うん。もっと休まなくてもいいの?まだ追いかけては来ないと思うけど」
「大丈夫。さあ、行こ」
ヒショウは少女を負い直して再び足を動かし始める。
止まってはいられないのだ。
思考は止まってくれないから。
これでいいのだ。
たとえこれが終わりの始まりだとしても。
最期を無効にする。それが僕なのだから。
ツグミの心はヒショウが出て行ってからというものの、案外平穏を保っていた。これから訪れるであろう困難も白虎に知らされていたが、だからこそ何も恐れることはないとツグミは信じていた。
月明かりが倉の中に射し込んでいた。照らされたホトの顔は死人のように青白く見える。
「美しいなあ」
ツグミから見てもホトの整った顔だけを見れば女かと思ってしまうほどに美しい。ましてあの邪悪な目がなければより幼く、あどけなく見えるのであった。
「貴様は子供なんだな」
長く一緒にいてよくわかった。
「貴様は頭が良いだけのガキなんだな。でも、人間で良かった」
ツグミは手を伸ばす。ホトに触れたいと、そう思った。
「おい、女」
と、声がしたのはその瞬間だった。
「来たか」
『領主の使い。主が目的』
「ああ。そうだろうな。こいつはもう、苦的として値しない」
ツグミは今度はヒショウを指さす。
『是』
「そうか」
ツグミはため息をつく。
ホトは、このまま力をなくしここに閉じこもればこうも平和に、年相応に暮らせるのだ。しかし、それが彼に戸っての幸せであるかはツグミには輪からない。彼女は祖先、ホトの下部ではないからだ。
「私は私の道を行くしかないな」
ホトにとって何が良いのかはわからない。でも私は私の為にするの。何もかも。
「まさか貴様、目が覚めているんじゃあるまいな」
ツグミはホトにそうささやくと部屋を後にした。
倉の入り口にはやはり領主から差し向けられた使者が立っていた。それも領主の側近の護衛のようだ。ツグミが抵抗することを警戒しているのだろう。滑稽な話だ。
「何のようだ?」
「お前に用がある。ついてこい」
「わかった」
ツグミがすぐに答えると、護衛は不適に笑い出した。
「嫌に物わかりが良いな」
「まあな。きさまらの行動など、手に取るように読めるのでな」
「えらそうに。どうせ、ホト様の力でも借りたんだろ?」
「行っとけ。後で後悔するのは貴様だ」
まるで子供のけんかだ。ツグミはあきれながら護衛を押しのけて倉の外に出る。
「私を案内しろ」
「あ、ああ」
護衛は拍子抜けだったようで気後れするような態度を示したが、ツグミの腕を軽く縄で縛ると引いて歩き出した。
「ところで私の用とは何だ」
護衛は答えない。
「領主様は何を企んでいる?」
「はあ」
護衛はあからさまにため息をついた。ツグミは明らかな悪意を感じ、護衛をにらみつける。
「何だ。私が滑稽か?」
「ああ」
護衛はうなずく。
「俺たちが来ることは見越していたようだが、そんなこともわからないんだな」
「そんなこと?へえ。貴様は己の主がやっていることを理解しやすい単純な考えだと理解しているのだな」
「な、なにを」
「やはりあの領主にあるのは地位だけのようだ。部下から信頼されているホト様とは違うな」
「お前良くもそんなことが」
「言える。あいつのあれは単に目の力のお陰だけじゃあなかった。親子そろって性格は悪いが、ホト様の方が人間味があって……まあ、シュヨク様が最も優秀でかっこいいお方だけどな」
「それぐらいにしr」
「ほう?シュヨク様が以下に素晴らしいかもっと聞きたいのか?」
「虚勢を張るのもいい加減にしろといっているんだ」
「……」
「よくしゃべる小娘だ。俺亜お前の好みやら何やらに全く興味はないが、これだけはいっておく。あの方の前ではそれはやめておけ」
「虚勢なんかではない。私は」
「下手をするとあの方に気に入れられかねない。そうなったら、お前はどうなるだろうな。あの少年の二の舞にだけはならないといいな。あいつもか練り虚勢を張っていたが、最期には懐柔されていた。あの男もそうだったな」
「そんな訳あるか」
「だとしても、だ。お前とあのガキは違うだろ?」
「私が女だからといいたいのか?」
護衛は何も言わない。
「せいぜい気をつけることだな」
「私を気遣っているのか?なら」
「お前をじゃない。昔、そんなのがいたからな」
「は?」
「いや、気のせいか。なんでもない。とにかく、生き抜くためには忠告に従うことを勧める」
ツグミは言葉を聞いてため息をついた。
「あのなあ、私は、頑固なのだよ」
「だから」
「私は貴様が私に重ね合わせた誰かを元に己を決められるほど柔軟な人間ではない。他人の為に自分の意思を変えることなど、まっぴら御免なんだ」
一方その頃、静まりかえった倉の寝室にはもぞもぞと動く影があった。大きくのびをして、その男――ホトは口元を緩ませた。
「狸寝入りになれていて良かったけど、これを一日中となるとさすがにこたえるね」
ホトはそう言って己の目にまかれた包帯をとる。ソノしたにはあの美しい緑色の目はない。
鮮やかな手口だった。目をとられるのは初めてではない。二度やられても、痛みも何も伴わないゼンの手口はあまりにも見事であり、それに見入っていたホトに昏睡状態に陥るような一瞬の隙も与えなかった。
「後は、ツグミちゃんがうまくやってくれるのかだけど」
それはきっと心配いらないだろう。ツグミには白虎がついている。そして白虎は自分をも利用して大ばくちをうとうとしていたことにも今更ながら気がついている。白虎国の安寧のために朱雀国を利用しようとしていることなど、しらない。自分は彼女に願った、本当に欲しいものをもう貰った。寂しがり屋の自分の心を満たすような心を知り、そしてそれを簡単に手放せるほどホトは物わかりが良くないし、利口ではない。そして、それをやってのけるだけの自信がある。
「私の役目は、ひとまずは終わったかな」
後は時期を待って自分のなすべきことをするまでだ。
ホトは小さく息を吸うと大きくはいて再び包帯を付け直すとまた寝台に沈んだ。そうしてホトは今度は、本当に昼寝を始めるのであった。




