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繕う男

 背後に二人。遠くに三人。

 確認できるだけでこんなものか。僕がきちんと仕事をするのかを見ているのだろう。信用されていないにもほどがある。僕を甘く見ないでほしいものだ。

 殺すつもりは勿論ない。

 怪我を少し負わせるぐらいでいい。重傷を負わせて、まあ今でも十分重症だけど、とにかくすぐには復帰できないような重傷をおわせて、時間だけを稼げばホトのことだから何か打開策を見いだせるのではないか。少し落ち着いた頃にばれないように治癒させればいい。きっと大丈夫。だって僕は何度も死んでいるのに、今も生きているのだから。

「まずは元通りに」

 当たり前のように通ってた倉の入り口が今はひどく恋しいもののように感じられた。この中に入ったらきっともう、戻れない。どこに戻るのかは、僕にもわからないけど。

「元通りにはならないぞ」

その声に、ヒショウはびくりと肩をふるわせた。

「鈍ったか」

「何を言うんですか」

そうは答えたものの、気がつかなかったのは事実だ。考え事をしていたのはある。だが、鈍っていた訳ではないはずだ。

 変わったのは多分、ツグミの方だ。

 気配も何もなかったではないか。

「牢にいたんじゃなかったのか?」

「あなたこそ。ここにいるものだと思っていましたが。まさか、ホト様が恋しくて急いでもどってこられたのですか?」

「まあそんな所だ」

ツグミはあっけなくそう認めた。

「中にはいれ。外にいる必要もないだろ」

「はあ……」

仕方なさげにうなずいたものの、ヒショウはツグミへの警戒心を強めるばかりだった。

 あやしまないのか?

 それとも、見張りの存在に気がついて気を利かせたのか?

 いつもの椅子に座ると、部屋多くにホトの寝室が見えた。何の動きも、何の音もしていない。ホトが本当にそこにいるのかさえ疑問に思ってしまう。

「あいつは寝ている。あの目をとられてからずっとな」

ツグミは寝室を見ているヒショウの視線にわざと横入りをするようにして言った。

「やっぱり目は」

「とられた。綺麗に跡形もなくなくなっていたぞ。おかげさまで、私はあいつの顔をまじまじと拝めるようになった。まあ、見たいとも思わないけどな」

「あの方は……一体……。いえ、何はともあれ、まずは治さなきゃ」

ヒショウが立ち上がろうとすると、首元に何か冷たい者が当たった。

「何なんですか、急に」

「殺しはさせない」

ヒショウは目を見開く。

「ホト様が眠っているというのは嘘でしたか」

全て見透かされている、そして、それはきっとホトのせいだ、ヒショウはそう煩瑣的に悟った。

「いや。あいつは眠ったままだ。こんな時に、と悪態をつきたいが、まあ、それはいい。とにかく、これを教えてくれたのはまた別の方だ」

「別?それは一体?」

「そんなこと知ってどうするのだ」

ヒショウは思わず息をのんだ。今ツグミが放ってる殺気はあまりにも強すぎる。口答えも出来ないような殺気をはなってるように、見えた。

「貴様の主は、この男ではないのだな」

「ええ。僕の主は、ゼン様、ただ一人です」

「たとえそのせいで貴様の主を悲しませることになってもか?」

「僕は殺す気はありません。領主を油断させてもう少し時間稼ぎをしようと思って」

「貴様は何もわかっていない」

「え……?」

「人は本来、死ぬときは死ぬ。生き返ることなどない」

「……」

「貴様の力は、強大なようだな。貴様に朱雀の力があることはきいた。だがそれは同時に、人から死を取り上げ、生を押しつける奇跡であることを忘れるな。貴様はホト様を治して、またこの場所で働かせるつもりか?いつまでも性悪な軍師としてここに居座らせるつもりか?貴様の力であってもきっと、ホト様の力は戻らない。おんな無力なこいつが、ここで生きていけると思っているのか?」

 力がなくなったホト。

 玄武の力がなくても、ホトはきっと変わらず優秀でずる賢い。それでも、彼についてきてくれる人間は大きく減ってしまうだろう。ゼンもいない今、ホトを襲うことなど赤子の手をひねるよりもたやすいことだ。実際、ヒショウがそう思っていたように。

 だが、今のままではどうだろうか。

 ホトが眠っているままなら、このまま目が覚めずにいれば、この倉にホトをとどめ、ツグミと二人で守っていける。彼が家族という呪縛にがんじがらめにされずにすむ。

「なんで気がつかなかったんだろう」

「全くだ。弱みでも握られたのかも知れないが、落ち着いて考えて見ろ。そんなことでなびかれるな。貴様はもっとしたたかだっただろ?」

「はい……僕を、試すためでしょうか?だから、あんなに、見張りを配置したのでしょうか」

 それとも、新たな弱みを握るためか?

 ツグミの言うとおりだ。このまま流されてホトを傷つければ、きっと自分の多賀は外れてしまう。罪悪阿寒にさいなまれ、今よりもさらに弱くなっておわりだろう。

「それもある。だが一番は時間稼ぎだ」

「時間稼ぎ?」

こちらじゃなくてか?

 すると紬は大きくため息をついて剣をしまった。寝室の壁に寄りかかったものの、警戒は崩していないようだ。

 ああ、やっぱり変わってしまったんだな。

 ヒショウはつくづくそう感じていた。自分にとっての日常がどんなものだったか。今となっては思い出すのもむずかしい。なぜか記憶がゆがんで、思い出せなくなっていた。

「貴様はあの男のこと、ゼンという糸遣いのこと、どれぐらい知っている?」

「どのくらいって、えっと……」

 ヒショウは話した。

 ゼンは旅人だったこと。ホトに使えていること。そして、どうして自分と出会ったのか。

 今更隠す必要もないと感じた。

 だが、これは、真実でも何でもない。ヒショウとゼンが繕った、事実でしかなかった。

「なるほどな。貴様、知りたいか?」

「何をですか?」

「ゼンの正体を、貴様は知りたいかと聞いている」

「……」

ヒショウは全身がこわばるのがわかった。

 主の正体を知る。

 ゼンが嘘をついているような気はなんとなくしていた。今更、怒りや失望なんてない。それでも、知るのは怖かった。

 そんなヒショウの意思をくみ取ってか、ツグミはゆっくりとうなずくと、重い口をやっとの思いで開いた。

「ゼンは、玄武の片割れそのものだ」


 玄武国では一年中雪が降る。だから国中がいつも純白に染まっている。凍えるような寒さは歳を重ねるにつれてひどくなっていった。当然のことながら植物を育てることができないので食料は交易に頼っているが、それも今は耐えている。雪が積もり荒れ果てた港にはとても近づけないのだ。王のいないこの港にはもはやなすすベもなく、人の数は見る間に減っていった。あるものは食べ物を、あるものは暖を求めて、雪の中へと消えていったのだという。彼らがすがれる者はもはや、神だけであった。

 雪景色の中でも、唯一埋もれずにある建物があった。絶対に雪に埋もれることがないよう建てられた高層の廟にまつられてるのはこの国の神獣、玄武である。唯一埋もれずに残ったこの廟は先代の王が己の信仰と権力を民に知らしめるために作ったものだった。王が倒れてもなおこの廟は信仰の中心になっていたが、時がたつにつれ、その数も減っていった。人が減っていったからか、人々の信仰心がなくなったからかは、定かではない。

 最終的に残ったのは、たった一人だった。

 たった一人、毎日廟に祈りに来る一人の少年がいた。少年はいつも切に願うのだ。

「身も心も捧げます。だから、だからどうかこの国を――」

 玄武達は焦っていた。このままでは適任者が見つかる前に国民がいなくなってしまう。そうなれば、自分たちの力を発揮することなくこの国は滅んでしまう。そこで、この少年に目をつけた。彼は毎日毎日廟に来ては『身』も『心』もささげる、とそう誓っていたからだ。もちろんその言葉の意味することが本当に『体』と『心』を乗っ取ってもいい、ということだったかはわからない。

 だが、神はそう解釈した。

 二匹の蛇はそう理解することにした。

 だが、その選択は間違いだった。少年の体は神の力に耐えられず、見る間に衰弱していた。その体では国の中で奇跡を行うことも出来ず、これ以上体を使うことは不可能だと一人の玄武が気がついた時にはもう遅かったのかもしれない。昏睡状態の子供から力の源である目を奪うと、その玄武は次なる器を探して旅に出た。残されたもう一人の玄武は片割れが起こした無謀な行動に激怒し、依り代としていた体を乗っ取ることで力を得て、片割れを探し出し目を取り戻すとともに、子供を治療するための力、すなわち朱雀を探し始めたのであった。

 一方、旅を続ける中で、玄武のかたわれは一人の少年に出会う。まるで彼が来ることを知っていたかのようなその少年は、玄武を説得し、己を依り代にさせると同時にその記憶を罪悪感ごとなくすよう命令した。そうしてできあがったのが、神獣と同一化することも出来ない不安定な依り代と、神としての素質を失った神獣もどきであったのだ。

「そう、だったんですね。いえ、信じられない訳ではないんですけど、でも、あの方がそんなこと」

「神であっても間違えはある。だが、その間違いを正せるのもまた、神だ」

「僕たちは、どうすれば……」

「どうすればいいか、より、今すべき最優先事項は何かを考えるべきなんじゃないか?」

「……ホト様みたいなことを言わないでください」

まるで別人のようだ。態度を急変させたツグミを疑いつつも、ヒショウは毒気を抜かれたように言い返すことも出来ず、ただ静かにうつむいた。

「さっき私は時間稼ぎと言ったが、貴様はそれを甘んじて受け入れていられるほどの余裕はないぞ」

「でも、僕たちだけで何が出来ますか?まずはホト様が回復しなさってからではないと、僕たちはいつまでも領主に逆らえない」

「そんなことはない。それに、貴様のうじうじに私を巻き込むな。貴様はこのまま大切な主を失い、最悪な領主に一生こき使われることになってもいいのか?」

「そんなこと、領主には出来ませんよ。あの方はお強いし、何より僕がそんなとはさせない」

「だが、貴様ではどうにもできないことは世界にごまんとあるのだ。貴様は、ゼンが、玄武がこの世界から消滅するのを止められない」

「は?」

 ゼン様が、消える?

「そんな、わけ……」

いや。考えて見れば、驚くようなことでもないのだ。もともと、玄武は依り代として適正な人間を見つけられていない。だからこそ、体をとどめるだけの力はなくなってきているのだと今聞いたばかりではないか。

 どうすればいい。どうすれば、ゼンの消滅を防げる。

 ああ、そうだ。代わりの依り代を用意するのはどうだろうか。今までだってそうやって形を保ってこれたのだ。もう一度ホトにつくでも、自分でも良い。なんとかして、仮初めの依り代を用意して……。いや、あり得ないか。これが出来たら、初めからホトが姿を消す必要なんてなかったはずだ。ホトは多分、自分の意思で姿を消したのだ。まるで、死期を悟った猫のように。否、あの方は蛇であるが。

「とめ、られ、ない……」

ゼンは完全に諦めている。それならば、ヒショウには主の意思を尊重することしか出来ない。

「ああ。私たちにはどうすることも出来ない」

「でも」

「こればかりはどうしようもならないのだ。どうしようも、ならないのだが……」

ツグミは少し、語気を弱めていった。

「ただし、私たちがすべきことではないが私たちに出来ることはある、と言っている。ああ、いや、あの人はそう言っていた」

「すべきことはないが、出来ること?」

「そのままの意味だ。これをすれば貴様は名実ともに罪人になる。この都を敵に回すことになりかねないどころか、貴様につながる人間が危険にさらされかねない。私は今の状況が気にいらないし、罪人になってでも貴様に協力してやるという気持ちがあるが、貴様はどうだ。その覚悟があるか?」

「そんなの……今更聞いて僕がないとでもいうと?」

ヒショウはきっぱりとそう言った。

「いいのか?貴様はせっかく手に入れた居場所を失うことになるぞ」

「いいんです。あの方をこのまま失うよりはずっと良い。あったら何か打開策が出来るかもしれないですし、それに、僕の居場所はいつだってあの方の隣です。ここに僕の居場所をくれたのはうれしかったですが、でも、僕は最終的には親に会うためにまた王都に行かなくてはならなかった。どっちみちここに一生縛り付けられている訳にもいかなかったですし、これは案外、ホト様の元から逃げ出す良い機会なのかもしれません」

「おっと聞き捨てならないな」

「このことは内緒にしてくださいね」

ヒショウはいたずらぽく人差し指を口に当てて見せた。これが本心でないことぐらいツグミにもわかる。だが、全てが方便でもないことも、痛いほどにわかった。

「了解した。貴様の覚悟はわかった。じゃあ、具体的に教えてやるが、貴様はこれから脱獄と、逃亡をしなくてはならない」

「逃亡は、そりゃあそうでしょうけど、脱獄?僕はもうあの牢に戻ることはないと思うんですけど」

シュトウは暗に、うまくホト達の懐に入り込んでホトを暗殺することをヒショウに命令している。牢に入ることなど、指示されるわけがない。

「貴様が脱獄するんじゃない。貴様は脱獄の手伝いをするのだ」

ヒショウはさらに訳がわからないといわんばかりに首をかしげる。

「貴様になついているあの子供、玄武の片割れを一緒にあの男の元へつれて行け」

「はい?」

「どうした?怖じ気づいたか?」

「まさか。逆です。そんなことで良いんですか?」

「そんなことって……。かなり骨が折れる作業だと思うぞ。そもそもあの牢から脱獄させること自体困難だし、そのあとももともと貴様を刺した人物と一緒に行動するのだぞ」

「あのこと僕は人殺しという点では同じですし、あの子がしたことは許されることではないですけど、でも一方で僕がそれを怨むことも出来ない。第一に、あの子はここに囲われていて良い存在ではないんです。あの子が本当に玄武なら、領主はきっとあの子の力を利用しようとする。そうなれば裂け目が以上に作られることになり、この国は廃れてしまうかもしれない。それに、僕は依り代にされているその子供を助けたい。どうすれば良いのか僕にはわからないですけど、ゼン様に聞けば、きっとわかるはずです。それに、ゼン様とあの子は多分、その子供ときちんと向き会わないといけないんです」

「ふうん」

ツグミは興味なさげに言った。

「貴様は助けたいのか、助けたくないのか、よくわからないことをいうな」

「助かりたいだけですよ、僕は」

その日の晩、一人の忠臣と一人の罪人が姿を消した。どれだけ捜索しても、たった二人の子供は南都で見つかることはなかった。


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