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片割れ

 ツグミは牢の前で立ち尽くしていた。

 そこには彼女が求めていた相手がいなかったからだ。代わりに眠っているのは、見覚えのない小さく痩せこけた今にも死にそうな少年の姿。面こそ食らったものの、ツグミは取り乱すことはなかった。わかっていたことではあったからだ。

「これが、例の」

『是』

頭の中に声が響いた。初めこそ驚いたが、今ではもう慣れてしまった。

「おい。起きろ。ガキ」

ツグミが鉄格子をたたくと、少女の方がむっくりと体を起こした。

「なに?あなた」

少女はこちらをにらんでいた。ヒショウに挙げていた猫なで声とは全く異なる、凍てつくほど冷たい声だった。

「猫ちゃん!?なんでそこにいるの?」

「やはり貴様には見えているんだな」

「それは私の猫ちゃん。返して」

「返さない。これは私のだ」

やはりそうか、とツグミはため息をついた。

 この少女は、玄武だ。

 玄武の、片割れだ。

 白虎が言った通りだった。この横たわる少年こそ、玄武が宿っている人間なのだろう。この神獣は、この子供の体を乗っ取って、寄生するように生きているのだ。本来力を貸すはずの存在が傲慢にも。いや。乗っ取るためにこのひ弱な体を選んだのかもしれない。

「逆に言わせて貰うが、貴様こそその体を返せ」

「いやだ。それに、返すってなに?」

「貴様はなんでその体にこだわっているんだ。何をしたいのかよくわからないが、このままではこの子供が死んでしまう。貴様がつくべきはあの男、ゼンではないのか」

「なにを言っているの?ねえ、猫ちゃん。この人は、何を言っているの?」

らちがあかない。諦めかけていたところで、また頭の中に文字が浮かんだ。

『この玄武がつくべきは、ゼンではない。だが、同時に、この子供でもない。本来誰につくべきかは、誰にもわからぬ』

「どういうことだ」

「違うよ、猫ちゃん!この子は私たちに身を捧げてくれたんだよ!」

「身を捧げた、だと?」

「今玄武国は崩壊しかけている」

「だからなんだ」

「神獣としてはどうにかしなきゃって話していたらね、この子が名乗り出てくれたんだよ。だから、この子の体を貸して貰っているだけだよ」

「なるほど。そういうことか」

ツグミがあきれたように言うと、少女は明らかににらみつけた。

「何」

「いや、今、白虎が全て、教えてくれたよ。お前は、自分の傲慢のせいで片割れの玄武とけんかをしたそうではないか」

「……」

「本来神獣が人間を選ぶのはもっと身長にやるんだろ。だが、貴様が動機不純で選んだ相手は、適任者じゃなかった。だからこそ耐えられなくて貴様が体を乗っ取らざるを得なくなった。だから、どうしてももう一人の玄武や朱雀の協力がほしくて、ここに来た。違うか?」

「……違う。違う、違う、違う、違う、違う!」

少女は震えながら叫んだ。

「ふざけないで!あんなの、殺してやりたい!お兄ちゃんの目を奪ったあいつを!」

「……」

「許さない、許さない、許さない!」

少女は叫び続ける。悲痛なその叫びは、悲鳴といった方がいいのかもしれない。

『そろそろ見張りが来る』

少女の様子にあっけにとられていたツグミは、その字を読みはっと我に返る。

「また来る」

ツグミはそう口に出すと、その場を後にする。白虎の力を借りれば、見張り質の横を通り抜けるのもたやすい。岐路に着きつつも、ツグミは頭のもやが晴れないような気持ちでいた。

「あのガキは何を言っているのだ。目を奪ったとは、どういうことだ」

『否。確かにあの男は目を奪ったのだ』

「訳がわからない」

『玄武の力は目に宿る。だからあの男は目を奪ったのだ』

「あの少年ではふさわしくなかったからか」

『ふさわしくない、というより、耐えられない、であっている』

「目を奪ってしまえば力はつかえない。依り代としても意味がなくなるからだ。だが、今回はちがった。玄武は体ごと乗っ取ったからか」

『是』

「だが、それでなんであの男に、ホト様を狙うんだ。まったくのお門違いのように感じるが」

『否。あの男を狙う意味はある。あの目を、取り戻したかったのだ』

「は?とりもどすだと?」

『あの目は、ホトの目ではなく、あの少年の目だ。そして、ゼンの目は、ホトの目だ』

「はあ?」

ツグミは思わず足を止めた。あり得ないとしかいいようがなかったからだ。

『あの男の糸を使えば可能なことだ』

「そうか。私は勘違いをしていた。やっていたことは、あの男も同じだったのか」

白虎は何も答えない。

「確か、ホトがゼンに出会ったのはこの宮の外、この街だと聞いている。つまり、北国で少年の目を奪ったゼンは、この国までふさわしい依り代を探して逃げてきた。そこで、仮初めの代わりとしての素質があったホトを見つけた。嫌、もしかすると、あの男のことだ。自分から売り込んだ可能性が高いな。あいつは、孤独が嫌いだから……ああ、この話はいい。あいつの腹など探っても意味はない。とにかく、そうやって見つけた依り代を、あの男は利用してきた訳か」

『我らは依り代がなければ体が持たぬ。ゼンは、そう名乗っていた玄武は、ホトの目に宿った。お陰で力を得たようだが、今はもうあやつは目を失っている。力もほぼないに等しい』

 待て。

 ならば今、ゼンはどうしているのだ。

 あの男はこれからどうするつもりなのだろうか。また新しい依り代を……。

 違う。そんなわけがない。

 あの夜の決心は、そんなものではなかった。別のものを用意すればいい、などという様子ではなかった。第一、別の者に取り替えてなにか問題が解決するとは思えない。また新たな依り代を作ればその依り代を探して、いや、その目を探して、少女はまた追い続けるだろう。そうすればまた犠牲が出る。しらみつぶしなのだから、今回以上に死者がでてしまうかもしれない。

 それをあの男が望むとはとても思えない。

「あの男は一体……」

少年の目を盗ったまま姿を消して、何をするつもりだ。

『主、気をつけろ』

「え?」

『朱雀、いる』

「ヒショウが?」

忠告とともに、白虎の気配が消えた。ヒショウに悟られないようにする為だろう。ツグミとしても、白虎に憑かれたことはかくしておきたかった。

 牢から連れ出されたヒショウがシュトウと何を話し、ここに何をしに来るかについては白虎からすでに聞いている。ゼンに惚れ込んでいたヒショウのことだ。ゼンの後釜と聞けば飛びつきかねないともおもったが、ヒショウがそれほどまでに浅はかな人間でないことはよくわかっている。

 まさか。

 まさか、暗殺なんてしないと思っていたが。

「それほどまでにあの男を慕っているのか」

元々は殺し屋だったヒショウは、命令さえあれば人の命を奪おうとすることぐらい、不思議なことではない。

 当然、のことなのだろうな、きっと。

 そう、きっと。

 当たり前のことなのだ。


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