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特異点

 港の火が完全に消されるまでには一週間の時を要した。この間にさらに北都の連中の一斉検挙が行われ、現在南都に潜む北都の人間は頭をのぞいてほとんどいなくなったと考えられる。頭だけは見つからないものの、一人では大きな行動も起こせないだろうと推測され、大規模な捜索は打ち切られた。裂け目の報告もへり、北都の脅威は去ったとされていた。

「北都の奴らも捕まって、体調不良を訴える者も減って本当に良かった」

「ああ。ついでにあの目障りな男も消えたしな。職を放って消えるなんて、無責任にもほどがある。まあ、そのおかげでこちらもずいぶんとやりやすくなった」

「小さい方も消えたんだろ。全く、あいつはとことん神に見捨てられているんだな」

そうこそこそと話しているのはシュソクとシュビだ。

「だが、油断してはいけない」

ずっと押し黙っていたシュヨクが急に話し出したので、二人は身を縮ませた。

「気軽に手を出すとやけどするぞ」

訳がわからないというように二人は不思議そうな顔をした。

「こいつには今、番犬がついているからな」

「番犬、ね。美女に対してそういうことを言うから生涯独身なんじゃないの?」

寝たふりをしていたホトが起き上がって聞く。

「それとこれとは関係ないだろ。俺は恋などにうつつをぬかしている暇がないだけだ。さぼってばかりのお前とは違う」

「ああ、はいはい。よくある奴ね。まあでも、今回に関しては同情するよ。扉の外にいる私の番犬ちゃんも、きっと君と同じことを思っているだろうからね」

「なに!」

「どうしたんだい、そんなにおこって。すまないけど、今の私には何も見えないんだ。言葉で説明して貰っていいかな」

「あれは、ツグミは、俺の大切な部下だ。お前にやった覚えはない」

「あれ?私なんかにくれるってことは捨て駒だったんじゃないの?」

「違う!あいつは有能だ。たやすくお前の言い様にはされないと思って潜り込ませたんだ。勝手なことをいうな!」

「へえ、お熱いねえ。離れたからか、それとも」

「勘違いするな。あくまで上司と部下の関係だ」

「あれ?そう言わなかったっけ?何をそんなに動揺して」

「まあいい。変な気を起こせば、お前を殺す」

「はいはい」

ホトは満足げに笑った。

「なんだ。お前。寝たふりをしていただけだったのか。ばつが悪くて、起きられなかったんだろ」

シュソクがからかうようにして言った。

「いいえ。このどうしようもない宴が終わるまで寝ていようと思っていたのですけど、耳障りな川のせいで安眠が妨げられました」

にらまれようとも、ホトは全く気にしない。

「そういうことです。私の周りが手薄になったとはくれぐれもおもわぬよう」

「だが、あの男に見捨てられたのは事実なんだろ」

「さあ。私の命でいつもどこかに隠れているのかもしれませんよ。ほら、あなたのうしろに」

「ひっ」

指を指されたシュビは慌てるが、振り向いてもそこには誰もいなかった。

「あはは。嘘ですよ。彼がどこにいるのか、私にも皆目見当がつきません。まあ彼に本気で避けられたら、私にはどうすることも出来ませんから。私は彼についてあまり知りませんが、彼は私のことについては何でも知っていますからね。私を殺すことなんて、彼にはたやすいことでしょう」

「殺す?仮にもお前らは主従関係ではないのか?」

「その考えが古いんですよ。そうですね。今の私と彼の関係性で一番近いのは敵、かもしれません」

「敵。それは面白い」

「盗み聞きは良くないですよ。お父様」

ホトが言うと、扉が大きく開いた。

「君ほどではない」

シュトウは扉の近くに控えるツグミは一瞥すると、何も言わずに部屋の中に入っていった。それと同時にどこからともなく現れた白蛇がシュトウの腕に絡みつく。

「私のことは気にせず、話を続けなさい。君の唯一の親友たるあの男が敵になってしまったんだって?それは可哀想なことをしつぃまったね」

「別に、あなたのせいではありませんよ。あなたが私たちに出来ることなんて何一つありませんから」

「そうかねえ」

シュトウはどかりと覇者の席に座った。

「彼が消えたのが、私の命によるものだとすれば、君はどうする?」

「問題はありません。彼が聞くのは私のお願いだけですから」

シュトウがおかしそうに笑い出した。明らかにホトを嘲るような笑い。その寮機作のあまり、その間、誰も口を開けなかった。

「では、前置きはこのくらいにして今日も宴を始めようか。まずは港の火が収まって良かった」

「作戦は成功だったようですね。北都の奴らも全員捕まったようだ」

シュビが興奮した面持ちで言った。

「この作戦を考えたのは私ではないよ。我らが軍師様だ」

兄たちは目を丸くしてホトの方を見た。

「あはは。別に言わなくていいのに。心配しないでくれ給え。私は別にこの件で悪巧みはしていないから」

「してる。絶対してる」

シュヨクが慌てたように言った。

「なんでこいつの作戦を……。俺はあれほど反対したのに。あれじゃあ、船の損害が多すぎる」

「かれらの作戦を次の段階にさせて頭を潰すのには必要な工程だったのだよ」

ホトが代わりに答えた。

「あの飽和状態でやり合ってても、敵を一掃するのは困難だ。ゼンにその仕事は任されていたようですけど、彼一人では限界もあった。時間がかかればかかるほど、南都の民への影響も大きくなる。そこで私が最善策を教えて差し上げたのだよ」

「お前が真面目に心配するなんて、天地がひっくり返ったのか」

シュソクが言った。

「だが、その次の段階とはなんだ」

シュヨクがいぶかしげに聞いた。

「考えて見てください。なぜ、ここまでしたのにあちらの頭は捕まらないのでしょうか」

「もう。蛇は入り込んでいる。違うかい?」

シュトウがにやりと笑った。

「大正解。その通りです」

「だから私は軍師殿の作戦に賛成したのだ。ここへ乗り込んできているのなら、被害は最小限にとどめたい。それに、うまくいけばこちらに取り込める」

「さすがですね」

そう答えるホトの声に温度はなかった。

「そこで、だ。どこかに入ってきているのか探すのに、この宮中に蛇をはべらすことを了承してほしい」

ホト以外の三人は一瞬顔をしかめたが、すぐにうなずいた。無反応だったホトは無視され、各々の腕に白蛇が絡みついていく。腕をはう感じたことのない感触に悲鳴のようなものがおこるが、それはかみつぶされた。

「そういうことだ。各々、北都の蛇には気をつけなさい。今夜はこれで」

「一つだけ聞いてもいいですか」

シュヨクが恐る恐る聞いた。

「なんだい」

「北都の頭がここにたとえ入り込んでいるとして、目的はなんだと思いますか」

「君は、なんだと思う?」

「最悪なシナリオは、あなたの暗殺。しかし、あなたを暗殺したところで、何になるでしょうか。あなたを殺したところで次に出てくるのは我が都の軍です。それに一人で対抗することは出来ないでしょうし、この都を乗っ取ることなど不可能に等しい。しかし、軍を倒すには、今度はホトをどうにかしないといけない。しかし、ホトには目があります。うちの私兵もつけていますし、一人で太刀打ちできる相手では」

「君はこのよそ者のことをずいぶんと評価しているようだね。

シュトウは笑いながらも不機嫌そうに言った。

「敵だってそこまで愚かじゃないよ」

ホトが静かに言った。

「さあ、会議は終わりだ。早く帰ろう、私の番犬ちゃん」

ホトは立ち上がると、扉に近づいた。

「失礼します」

見計らっていたように扉が開いた。

「もういいのか?」

「うん。もう、終わり。全部、終わったよ」

その言葉を聞くとツグミはシュヨクから目をそらすようにしてホトの腕をつかんだ。強い力でホトを引くと、足早に扉を閉める。扉が閉まる直前、ホトが一瞬、振り向いた。ゆがめられたその目には、光が宿っていた。

 軍部に入った瞬間、ホトが声を荒らげた。

「殺せ!」

「ああ、蛇か」

「殺せ!こんなもの。気持ちが悪い。はやく、殺しちゃえ!」

ツグミは剣をぬいて、蛇を容赦なく殺す。ホトはほんの少し静かになったが、それでも落ち着きを失っているのはあからさまだった。最近はいつもこれだ。ゼンが消えてからというもの、ホトの精神が明らかに不安定だった。

「これで全部だと思う?」

「どういうことだ」

「私たちがこの蛇を殺すことは予想の範囲内だ。だから私ならもう一匹、どこかに本命を偲ばせる。だから、私の代わりに探してくれないかい?」

「自分で探せ」

ツグミは吐き捨てて倉に帰ろうとする。

「待ちなよ」

ホトはツグミの腕をつかんだ。すぐに振りほどかれたものの、ツグミは足を止める。

「今倉に帰れば多分、思うつぼだよ」

「誰のだ?」

「私たち以外の誰か」

「敵か?」

「さあどうだろう。でも、仕掛けられるならあそこだと思うよ。だってあそこは特別な場所だもの」

ホトはそう、おだやかな声でつぶやいた。

「私たちが会議をしている間は、どうしても少しここは手薄になってしまうからね」

「相手はそれをわかってるってことか」

「もちろん。わかってるも何も……いや、なんでもない」

うつむいてそういうホトを見て、ツグミは首をかしげた。

「なんか……いやだな。私たちのねぐらに無粋な何者かが入ってくるというのは。あそこで戦闘をすれば、あいつが、ヒショウやゼンがつかっていた本棚もきっと壊れてしまう。それは、嫌だ。あいつらがかえってくるまであそこを守りたいなんて思ってしまうのは、私の落ち度だな」

「あそこが君の場所にもなってくれてうれしいよ」

「それで、作戦は?どうやって敵をあそこから誘い出す?」

「作戦はないよ」

ホトは短くそう言った。

「はあ?なんだ?貴様珍しく無策なのか」

「いや違う。あれを倒してしまうと、私たちが先に進むことが出来ないんだ」

「そう、なのか?」

ツグミは、ホトを信じることにした。二人で最近は過ごす時間が多いせいか、ツグミには気がついたことがある。

 こいつは結構お人好しだ。

 今帰らない方がいい、戦わない方がいいというのなら、何でも知っているこの青年なりの気遣いなのだろう。だからツグミはあえて反抗はしない。ホトの言うことに従えばうまくいく気がすると言っていたゼンやヒショウの気持ちが今ならわかる気がした。

「で、どうするんだ。帰らないのなら、何をする?というか、放っておいたら解決するのか、今回の侵入に関しては」

「そもそも、解決する必要がないのさ。今からやろうとしているのは、ただの時間稼ぎだろ。そう連れ場一番平和か。どうすれば一番簡単か。どうすれば一番早いか。どうすれば、一番痛くないか」

ホトは少し間を開けて言った。

「それに少し、確かめたいこともある」

「確かめたいこと?何だ?」

「領主が今日遅れてきたのは知っているね」

「もちろんだ。私をなめるなよ」

「何をしていたんだと思う?」

ツグミは考える。だが、すぐに諦めた。自分の頭ではわかるわけもない。

「お手上げだ」

「侵入者と同じだよ」

「つまり、警備が手薄になる間に何かをした、ということか?」

「正確には目撃者がいないのを狙ったんだ。例えば、牢屋へなるべく隠れて行く必要があった」

「牢屋……牢屋に、白虎がいる?」

「その通り。よく出来ました」

「確かに、牢の入り口に分かれ道があるな。私はいつも片方にしか行かない、というか、兵がいてそちらにしか入れないのだが、そういえば、あっちの分岐の奥には何がいるのだろう」

「私も手を出しかねていたが、気になっていたんだ。やっと決心がついた。行ってみようか」

「行って不発だったらどうする」

「私に限ってそんなことはあり得ないと思うけど。時間を潰す方法は二つある。一つは朝まで北都の連中を拷問すること。私はこれも悪くはないと思うよ。まあでも、私は拷問下手ですぐにだめにしてしまうから、多分結構な数遣っちゃうと思うけど」

「貴様は狂ってるな、やっぱり」

ツグミはあきれたようにつぶやいた。

「もう一つの方法とやらはなんだ」

「ヒショウ君に会いに行く」

「なっ」

「会いたいでしょう、君も」

「なっ、なわけないだろ!」

「だ、よ、ねー」

ぐいとひっぱらっれ、ツグミはバランスを楠下。

 しまった、と思った。

 だが、もう何もかも遅かった。

 目の前にはヒショウの目があった。美しい、緑色の細長い瞳だった。

「初めてみた感想はどう?」

体が動かない。

「き、きれいだ」

口が勝手に動く。

完璧に油断してしまった。いや、動揺させられたのだ。

ホトの目隠しはまだ外していなかったはずなのに。

いや、まてよ。奈良どうして蛇に気がついたんだ。

もしかして、初めから目隠しをとっていた?

「貴様もしかして初めから私を傀儡にする為に」

「そんなこと、しないよ。美しい女性に、そんなこと強いるわけがないじゃない」

ホトはそう言いながらもツグミの後頭部をつかみ、目をそらさせないようにした。

「君には今から、もう一人の特異点になって貰う」

「なにを……言って……」

「君は今から、私に逆らわない。いいかい?」

ホトが力をぬくと、ツグミは生気のない目で、こくり、とうなずいた。


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