なぞなぞ
一日がたっても、ゼンは現れなかった。
「ねえねえお母さん、ひまー」
「はいはい。遊ぼうね」
子供は元気だ。よく寝て、よく遊ぶ。それはいいことなのだが、場所が場所だけに、それはまた少し異常なようにも感じる。少女はずっと、夢見心地なのかもしれない。
「遊ぶって言ってもなあ。何もないし」
ヒショウはため息をつく。朝からズッとこれだ。
「じゃ、じゃあなぞなぞをだすよ」
「わーい!」
「第一問。朝登って夜はかくれちゃうもの、これなーんだ」
「えっとねえ、えっと……おひさま!」
「正解。じゃあ、第二問。暖かくて力強くていい匂いがして、僕たちが生きるのに必要な者、なーんだ」
「えっとー、おかあさん!」
「え?」
「だって、お母さんあったかいよー。力強いし、いい匂いがする!それに、もう私、おかあさんとはなれたくなーい!」
少女はヒショウに抱きついた。ヒショウは思わず目を伏せる。
そう言ってもらえるのは、なんだかうれしい。だが同時に、目が当てられない。まるで、今の少女は、かつてのヒショウのようだった。なぜか罪悪感だけが胸の中に募っていく。
ゼンもきっと、こんな気持ちだったのかもしれないな。
「残念。答えは、火だよ」
ヒショウは声を絞り出した。本当の答えは、違う。でもそれを口には出せなかった。
「わたし、火、きらーい!」
「そうなの?なんで?」
「だって、火、こわいじゃん」
「たしかに、火は危ないこともあるけど」
「だってさ、雪とかしちゃうし、暗闇を明るくしちゃうんだよ。寒さをなくしちゃうんだよ」
「じゃあ僕は、君が嫌いな火と似てるってことなのかな」
ヒショウは少し、意地悪に言った。少女に当たっても意味がないことなどわかっているのに。
「ちがう!ちがうの!」
少女はどんどんと足で床をならしていった。
「おかあさんは、あったかくて、ちからづよくて、いい匂いがするけど……心の奥は冷たいし、まっくらだし、凍っているよ」
「そう、かな……」
子供は不思議だ。笑顔で真実を言う。
「じゃあ、第三問ね」
ヒショウはなるべく声を震わせないようにして答えた。
「どうしても……どうしてもほしい人がいるとき、君ならどうする……?」
「ほしい人?」
「うん。友達になりたい、とか。仲間にしたい、とか」
「えっと……」
馬鹿馬鹿しいと思う。こんなことを聞いたって、子供が何かを知っているとは思えないのだ。
「殺すよ。だって、死んじゃえばどこにも行かないし、いつまでもそばにいてくれるよ」
「そ、そうかなあ」
「でもね、あいつには反対されたなあ。かなしかった」
「あいつ?あいつって誰?」
「あいつはあいつだよ。糸でぐるぐる巻きにされて怒られて、すっごくいやだったの!」
糸、だと。糸を使う人間なんて、ヒショウは自分以外に一人しか知らない。
「ねえ、それっていつの話?」
「えっとね……むぐっ」
「ごめんね!」
その時、ヒショウは少女の口を塞いだ。
何かの視線を感じる。
どこだ。
誰だ。
ヒショウは意識を集中させる。
「やっぱり」
鉄格子に白い蛇が絡みついていた。これは明らかにシュトウの遣いだ。盗み聞きをされていたか。
「あっちへ行け。蛇やろうめ」
糸があればすぐに糸で締め上げてやるのに。にらんでいるうちに蛇はするすると消えていったが、視線は依然感じる。全く。しぶとい奴だ。
「お母さん蛇、きらい?こわい?」
「大っ嫌い」
「ひっ」
少女は小さく悲鳴を上げる。
畑とヒショウは我に返った。
しまった。
今自分はどんな顔をしていた。人殺しをしていた頃のような顔をまさかこの子に……。
「ごめんね。こ、怖くないからね」
「おかさん、あの蛇にいじめられてるの?」
「う、ううん。ち、ちがうよ」
「そうなの?じゃあ、おかあさんは、あの蛇さんを操っているひとがきらい?」
「え?何で知って……、いや、なんでそうなるの?」
この子は何でそんなことを知っているんだ。
「あ、やっぱり!蛇さんが言ってたもん。お母さんをきょうもいじめないといけないのやだな、こわいなって」
「君、蛇と話せるの?」
「うん。私はなんでも話せるよ。蛇さんとも、猫さんとも、鳥さんとも!」
ヒショウは苦笑いした。子供ならではのかわいい妄想だろうが、なかなかに興味深い。
かつん、かつん、と足音が聞こえた。見廻りの兵士か何かが来たのだろう。
「あ、ごめんね。僕、寝たふりするね」
ヒショウは膝に乗っていた阿呆序をどかして横になる。
「えー!おかーさんおきてー!さびしーよー。あそぼーよー!」
静かにいて。頼むから。
「そうだよ。早く起きてよ、お母さん」
「む?」
つい変な声を上げてしまった。だって、小さいが変な声が聞こえたから。
「やっぱり狸寝入りか。質が悪い」
「寝てますよ。だから話しかけないでください」
「答えている時点で起きているだろうが。ばかばかしい」
「僕なんかに構っているあなたの方が馬鹿馬鹿しいです」
「早くー起きろよーおかあさーん」
「それやめろ。なんですかその声。そう言うのはシュヨク様に行ってください」
ヒショウは仕方がなく起き上がった。ツグミの方を見ると顔を真っ赤にして立っている。
「はあ!?言うわけないだろ!そんな無礼なこと!」
「はいはいそうですか」
ヒショウはため息をつく。
「それで、なんおようですか」
「決まっているだろ。見廻りだ。貴様達がおとなしく捕まっているかを身に来たのだ」
「昨日の夜はあんなに逃げるとか言ってたのに」
「言っていない。そんなこと。嘘をつくな」
「いやでも」
ツグミは言葉を遮るようにしてするりと剣を向くと、牢の中に射し込んだ。
「なんのつもりですか」
ツグミはヒショウに答えるように人差し指を口の前につけた。
「発言には気をつけるんだな」
ツグミは放しながら視線を動かす。ヒショウも同じように視線を動かせば何か白いものが動いた。おそらく蛇だろう。
「そいつに異常はないか?」
ツグミは剣先で少女を差す。
「いえ何も」
「ずいぶん楽しそうに話していたようだが」
「遊んでいたんです」
「そうか。異変がないのなら問題はない。じゃあな。常に見られていると思って、品行方正に過ごすように」
ツグミはそう言い残すと、倉へ帰っていった。
案の定倉に帰ってみると、ホトは眠っていた。仕事は未処理のまま彼の横に積まれているし、どうせさぼりだろう。それとも、寝たふりをして計画でも立てているのか。
まあどちらでもいい。
ツグミに、ヒショウの元へ行くように行ったのはホトだ。だからどうせ起きている。
起こすのも面倒なので、ツグミはホトから距離をとって独り言のようにつぶやいた。
「なあ、今日もあそこに白蛇がいた。あれは領主様のものなんだろ。でもどうやってあれを操っているんだ。あれを教えた奴は、だれだ」
「君はしっているはずだよ」
「……白虎か?」
「うん。そう。大正解」
「あの北都の子供は、それを知っているようだったぞ」
「私はそんなことあの子に話していないし、ヒショウ君も話すとは思えないね。どうして知っているんだろうね」
「でもあいつらは神獣を狙ってきているのなら、知っていても不思議ではない気もする」
「たしかにね。でも、あんなに小さい子供にも共有しているのは、驚きだねえ。そこまで彼女は、知る必要があったのかなあ。ただ洗脳すればいいだけなのに」
「確かに……次行ったら、聞いてみるか」
「話してくれないと思うよ」
「でも所詮は子供だ。ヒショウに頼めば」
「どうかああ。あっちの方が上手だったりして。子供は無限の可能性を持っているからねえ」
「なにか隠している言い方だな」
「ばれた?」
ホトはいたずらっぽく言った。
「玄武はまだまだ何かをしようとしているね。まったく、困ったものだ」
「なぜそう言える?北都の奴らはほとんど捕縛したではないか。貴様も無力化出来たに等しいと言っていたではないか」
「だって、私ならそうするもの」
ホトは立ち上がった。目を見せないようにしてツグミの背後に近づくと、少しかがんで耳元でつぶやいた。
「頭を潰さない限り、蛇は動き続ける。違う回?」
この言葉の意味をツグミが知るのは、これから数日後のことである。




