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罪人達

 目が覚めた。

 いや、生き返った。

 の、だと思う。多分。

 天井が見慣れたものなら良かったが、やはり初めて見るものだった。ここはどこだ。北都か。それとも――。

「おきた―?」

「え?」

視界に割り込んできたのは一人の少女。こんな少女、僕は知っていたっけ?

「えっと、君は……」

体を起こして確かめようとして、ヒショウは嫌な金属音が聞こえた。おそるおそる手を首に当てれば、冷たくて堅い感触がする。

 首に鎖。そういえば、鉄格子もある。そうか、ここは牢か。

 鎖なんて久しぶりだ。

「だいじょうぶ―?」

「う、うん。大丈夫大丈夫」

長さ的には余裕がある、手足は自由だし、ただ逃げないように、あるいは、逃がさないようにする意思の表れだろう。

一つ残念なのは糸が取り上げられていることだが、まあ、仕方がないことだろう。

「それで、君は?」

「え……忘れちゃったの……?」

少女の目に見る間に涙がたまっていく。

 どういう状況だ、これ。

 どうすればいいんだ。

 「えっと……」

ヒショウは全力でキクをたどる。

「だめだ。思い出せない」

「怖い顔してどうしたの、お母さん?」

「いや……」

この子はなんだ。敵か?それとも……。

 って、え?

 今この子、お母さんと言ったか?

 まさか僕のこと?

「お、お母さん!?」

「うん」

「え?ぼ、僕が?」

「うん」

「え?」

「……」

「……」

「お母さん、なんか変。僕なんえ言ってさ。どうしたの?」

いやいやいや。そう言われても。僕は僕だし。結婚してないし。子供いないし。というか、男だし。

「ずっとずーっと、会いたかったんだよ!べつべつになっちゃって、ひとりぼっちで、っわたし、わたし……とっても寂しかったんだから!」

少女が抱きつく、彼女の柔らかい黒髪が優しく頬に触れた。

「えっと……」

彼女の言うことがもしも本当なら、これは僕の能力のせいでおこっていることなのだろうか。死ぬ直前に会いたい人にあえるとか言う……いやしかし、彼女は別に死にかけている訳でもないし、死にかけてもいない死、見るからに世界に絶望しているような感じもないのに。

 動揺するヒショウをよそに、少女はボロボロと涙を流し、ヒショウの服を濡らしていく。

 そんなに寂しかったのだろか。

 そんなに母が恋しいのだろうか。

 彼女は敵かもしれない。けれど、けれど。

 母を、家族を恋しいと思う気持ちにっつみなんてないんじゃないかな。

 少女をだますことになるのかもしれないけれど、僕が代わりになれるのなら、なってあげたい。後で罵られるかもしれない。怨まれるかもしれない。だけど、気休めでも言い。この子には幸せでいてほしかった。もろく墓に少女の心の隙間を埋めてあげたかった。

 気休めでも、幸せは幸せなのだ。

 だからヒショウは少女を抱きしめた。不器用だけど、優しく。ゼンにやって貰ったように。

「大丈夫。私はここにいるよ」

「はっ。貴様ついに頭が狂ったか?」

唐突に声がした。そしてこの声には聞き覚えがあった。

「なん、で」

みあげれば格子の外にツグミがいた。

「なんで、はこっちの台詞だ。街で貴様の大好きな主と蜜月な毎日を贈っているはずの貴様がなぜ捕まっているんだ。しかも、この南都の牢獄に」

「え?」

「頭が寝ぼけているのか?ここは、うちの牢獄だ。貴様は犯罪者として捕まった」

「え!?どうしてですか!?僕何かしましたか?」

「話にならんな」

あきれたと言わんばかりに、ツグミはため息をついた。

「訳がわからないんですけど……」

唖然とするヒショウと、あきれ散るツグミを交互に見て、少女がおかしそうに笑った。

「いやいやいや、面白がらないで。君、僕がこんなことになってる理由知ってる?知ってたら、教えて!」

「わたし、わかんなーい!」

「ええ……」

「そのガキをだまらせろ。それに、貴様のその猫なで声もやめろ。耳障りだ」

「いいでしょ、別に。子供に威圧的な態度をとるあなたこそ、子供っぽくて馬鹿馬鹿しいです」

「なんだと。いいから。おい、そこのガキ。いいから早くそいつから離れてだまってろ。私は今からそいつとけりをつけるんだ。邪魔だから隅の方にうずくまってろ」

少女の目にまたじわりと涙がたまる。言われたとおりヒショウから距離をとろうとしたが、すぐにうずくまって泣き出した。

「ほら。泣いちゃったじゃないですか!大人げないですよ。ほらよしよし。別に邪魔じゃないよお」

ヒショウになでられると、少女は満面の笑みを浮かべ、再びヒショウに抱きついた。

「貴様だって殺気その子を泣かせていたくせに」

「泣かせてません。失礼な」

「おかあさんだいすきー!」

「うん。私もだよ」

「うわっ。気持ち悪っ」

ツグミはあからさまに引いて見せた。

「お母さん、て、お前いつの間に女になったんだ」

「なってません。というか、なれませんから!僕も一体何がおこってんだかわかんないんですよ」

「貴様はなぜ後逸も面倒ごとを呼び込むんだ」

「主に似ているので」

「彼が聞いたら、苦笑いしそうだねえ」

そう言いながら遅れて現れたのは、ホトだった。

 よかった、とヒショウは肩をなで下ろす。ツグミと話していてもらちがあかないが、ホトならきっと今の状況を教えてくれるだろう。

「ホト様!あの、すみません。僕は」

「謝る必要はないよ。君は、はめられたんだ」

「北都の連中にですか?」

「うん。そこにいる、その幼気な少女を含む、北都の連中にね」

「え?」

少女はニコニコと笑ってヒショウを見上げている。

「じゃあ、まずは、君がなぜこんなところで捕まっているのか。順を追って説明してあげる。君は今、犯罪者ってことになっているって言うのはもう聞いたかな?」

「はい」

「君の犯した罪は、殺人だ」

 ヒショウは、全身が凍り付いたのを感じた。

 殺人。

 過去の罪が露見したと言うことか?それとも僕が覚えていないだけで、とんでもない犯罪を犯してしまったのか?

「僕が」

「いや、君は正真正銘だまされたんだ。今君は、かなり危うい状況にあるからね?君、もしかしなくても少し記憶が混乱しているみたいだけど、どこまで覚えてる?」

「えっと……。北都の連中のアジトみたいな所に間違えて入ってしまって、それで、殺されかけて……」

「どうしてアジトに入ったかは覚えてる?」

「えっと……たしか、ゼン様を探していて……あれ?でも何で探していたんだっけ……?えっと、確か……」

「無理はしなくていいよ。なるほどね。君の置かれている状況はよくわかった」

ホトはにやりと笑った。

「君が発見されたのは、花街の店のなかだった。君を含め、入り口付近に三人。二回に住人。残念ながら、生き残っていたのは、君たち二人だけだった」

「そん、な……。僕は殺してなんて」

「ない。知ってるよ。大方、北都の奴らがあの店を乗っ取るのにつかったんだろう。けれどあいにく、生き残ったのが君たち二人で、それに君は無傷だったから、犯人じゃないかって言われちゃって、ここに連れてこられたって訳」

「なるほど。だから僕はこうして……。でも、僕が犯人じゃないなら、誰がしたんですか?北都の人も死んでいたってことは、北都の連中の中で仲間割れが?」

「そうやって言っている人もいるね。でも、私はそうじゃないって考えてる。怪しいのは主に三人。でも一番怪しいのは、そこの少女かな」

「何言ってるんですか!その子はまだ子供ですよ!」

「人は見かけにはよらないからな」

「そう。ツグミ君の言うとおりだよ。第一、君をあの場所につれ込んだのは、その子なんじゃないの?」

「え?」

「君はあまりの衝撃で忘れてしまったのかもしれないけれどね、その子はなかなかに君の因縁の相手だよ。これはあくまで私の推測なんだけど、君は瀕死のその子を助けようとして、アジトに知らず知らずのうちに案内されてしまった。その子が来ていた服はあそこのものだったし、刺し傷はあったけど、自分でナイフも持っていたし、何よりうまく急所を避けて刺していたからね。お陰でもう元気そうだし。自作自演であることは明白だったよ」

 ああ、そうか。

 これなら、ツグミの発言にも納得できる。だんだんと鮮明に思い出されていく記憶は、今すぐにでも忘れてしまいたいほどに残酷な者だった。

「ごめんね……。僕のせいで……」

この少女はきっと、北都の大人に言われるがままに、自分を刺し、ヒショウをおびき出す餌になったのだ。かわいそうに。ぼくのせいだ。

「貴様が謝る必要などないだろう。そいつは自分の意思で自分を刺したのだ。貴様がどうして負い目を感じなければならない?」

「うるさいなあ」

「そのこの意思かは、少し怪しいね。あちらにも目がある。もしかすると、その子は洗脳されてそんなことをしたのかもしれない」

「つまり、無理矢理……」

「さあ、わからない。でも、その危険がある。だからこそ今、北都の練習を生け捕りにするように兵士に命令している。一歩間違えれば、罪のない人間を殺すことになるからね」

「それは、本心か?」

「本心だよ。そりゃあ、死んでほしくないからね」

「いや、貴様、何か裏があるな」

「どうしてそう思うの?」

「監視役の勘だ」

「なるほどねえ。でも、別に、今回は本当にそれだけだ。あとはおまけとして、私の目を使って、洗脳をかけ直せるかもしれないっているのもあるんだけどね。でもまだ、成功したことがないから、なんとも言えない。そうだ。その子で試してみる?」

ホトは少女を指さした。

「その子と話しているところを見たが、どうやら君を殺すという洗脳はかなり薄れているように思える。もしかするとうまくいくかもしれないよ」

ホトは優しく笑うと、鉄格子の前にしゃがみ込んだ。

「ほら、あの変な人のところに行ってみて。怖くはないよ」

ヒショウが促してあげれば、少女はむっくりと起き上がり、とぼとぼとホトの方に近づいた。牢屋の中に射し込まれたホトの手に少女が触れようとした、その時だった。

「あぶないっ!」

ツグミがホトと少女の間に割り込み、少女を蹴り飛ばし、ホトを押しのけた。

「わああ」

ヒショウは慌てて少女を受け止める。少女はいたかったのか、驚いたのか、ヒショウに泣きついた。

「何するんですか!危ないのはあなたの方ですよ!」

「すまない。だがやはり、そいつは危険だ。北都の連中の一人であることはすだが、それ以上に、こいつは何かを隠している。なぜ貴様だけが首輪をつけられているのかわからないのか?そいつが、貴様が犯人だと証言をしたからだ。そいつが元凶なのだぞ!」

ツグミは少女をにらみつけた。

「貴様は馬鹿か。そいつも犯人として疑われる理由があるから牢に入れられているんだろ?それに、貴様も馬鹿だ!」

ツグミはホトに叫んだ。

「ごめんごめん、ちょっとふざけてみただけだって。そうでもしないと、ヒショウ君はそのこの危険さをわかってくれなそうだからね」

ヘラヘラとホトは笑う。

「そういうこと。その子は要注意人物だから。なんで北都の奴を殺したかもわかんないし、君を犯人だと言った訳もわからない。私はさすがに君をここから出してやることも、他の牢に移してあげることも今は侵入者の身だから出来ないけれど、そのことは肝に銘じておいてね」

ヒショウはつい、少女を抱き留めていた腕の力を弱めていた。こんな子供が、と言いたくなるが、自分が基も解いた環境のことを考えると確かに油断ならない。

「君たちは似ている気がする。すくなくとも、君は今この子に自分を重ね合わせている。君ならきっと、その危険因子を御せるはずだ。頼んだよ」

「はい……」

ホトは暗に、この少女を通して北都の連中についての情報を聞き出せと言っているのだ。

「拷問してはかせたいんだけどねえ……。君もわかっていると思うけど、あいつの拷問はうまいでしょ。でもさ、今はあいつがいないからねえ」

「いらっしゃらないんですか、ゼン様は」

薄々わかっていた。ゼンがいれば、自分が捕まることはないはずだった。捕まったのなら、ゼンはきっとまだ身を隠しているのだ。

「ゼンの居場所について何か知らないかい?」

「花街に行くという置き手紙はありましたけど、あとは何も……」

「珍しいな。貴様はあいつの呼吸の数ぐらい何でも知っていると思っていたのだが」

「違います。僕だって遠慮ぐらい知っていますと」

「それは遠慮か?逃げではなくて?」

「……」

「図星だろ?」

「お好きにどうぞ」

「橋も木の部分がごうごうと燃えてるから幾らゼンでも出られないはずだし、船も全滅させたはずなんですけどね」

「どうして」

「ん?」

「どうして、燃やしたんですか」

思い出してきた。ホトは、橋と港を燃やすことを決行させた本人だ。

「あはは。そのことか」

ヒショウはホトをにらんだ。ホトはいつかと同じ、冷たい目をしていた。

「誰から聞いたんだい?そのことは君には内緒にするはずだったのに。どういう顔の兵士だった?」

答えられなかった。うかつに言ってしまえば死人が出るかも知れない。あるいは、より強力な洗脳をかけられるかもしれない。それは、嫌だった。

「それは……すみません。忘れてしまいました」

「なるほど。かばっているのかな?場合によっては、君に目を使うけどいいよね?」

「あの人は!」

ヒショウは遮るようにして言った。

「姿を消す前、状況が変わったと言いました。僕が街に降りてから、ゼン様はあなたか領主にあってなにかをきいたんじゃないですか。あなたと領主が、手を組んだ、とか」

「えーとね」

ホトは目をつぶってまるで何かを思い出しているかのようなそぶりを見せる。

「いやあ、私はあってないなあ。多分、領主じゃないかなあ。私も会いたかったけど、きっと君に早く会いたくて私に合わないで返ってしまったんだね。寂しいよ。しくしく」

「ふざけないでください。あの人はきっと、それを聞いて何とかしようと奔走しなさったのではないですか」

「さあどうかなあ。またふらりと旅に出ちゃったんじゃない?」

「教えてくれないんですか」

「教えないんじゃなくて、教えられないんだよ」

ね、とホトはツグミに同意を求める。彼女が誰の味方でないことも、誰の味方であるかもヒショウは知っている。だからツグミは嘘はつかない。

 そんなツグミが、ゆっくりとうなずいた。

 その事実がヒショウの心を乱した。

「まあ、その子が犯人と決まったわけじゃない。怪しいのは三人いるって。北都の奴らは総じて手練れだ。だからこそ、たとえ仲間だったからとはいえ、その子が女を殺せたかはわからない。あの時花街にいて、その手練れを殺せたのは多分、君と、そして、ゼンだ」

「ゼン様が?ありえない」

「そう言い切れる証拠はある?ないよね?でも、世間様は私たちに厳しい。こちらが疑われるのは当然だ」

「それじゃあ何で僕がここにいるんです。なぜあの人は僕を置いて言ってしまったんですか」

「それはねえ……。考えられる最悪のシナリオは、ゼンが君に罪をなすりつけたってことかな」

「なんでそんなことを」

「だって君はゼンに忠誠を捧げる下部だろ?当然の利用方法だって言われても、言い返せないはずだ」

冷たい言い方だが、内容は真実。ヒショウはそう脳天気に確信した。涙なんて流れない。だが、心が空洞になっていくのを感じた。

「そんな……なんで……」

「まあ、今の彼の仕事は領主に言われた北都の連中の捕縛もあるからねえ。忙しくて、そのこと一緒に君をここに預けたくなったんじゃない?でもさ、お陰で北都の練習の一人も手に入って君のお陰で手なずけられたみたいだし、作戦は大成功じゃないか」

「作戦……?」

ああ、そうだ。

 なぜ僕が花街に行ったのか。

 なぜ僕が捕まったのか。

「燃やしたのは、そのためだったんですか?」

「そのためって?」

「僕を、この子を、ここに閉じ込めまたあなたの監視下に置くためですか」

ヒショウに言われても、ホトは笑顔を崩さなかった。

「あなたはわざと、橋も港も燃やして、僕がゼン様を頼って花街に行くように仕向けた。そうすれば僕が北都の連中に襲われることを、もしかして、僕がこうして捕まることまで計算通りで、わざと、きっと今ゼン様がここに来てあなたの計画の邪魔をしないように何か労苦を強いて……。でも、こんなことして何になるんですか。きっとこの都の人だってこれから苦しむことになるのに……」

「買いかぶりすぎだよ。私はそこまで計算高くない」

ヒショウはペラペラと紡がれるホトの言葉に耳を貸す気はなかった。

「あのね、私がゼンを苦しめるようなことをするわけがないでしょ。彼は私の親友だ。そんなことはしないよ」

「あなたは何かしようとしてる」

「え?」

「あの人にその姿をみられたくない。止めてほしくないから、あの方を遠ざけた」

「なるほどね。いい妄想だ」

ホトはからかうように言った。

「あなたのせいで、人が死にました」

「あらあら」

「あなたのせいで、もっと人が死ぬかもしれません」

「それはそれは」

「あなたは何をする気なんですか?」

「さあ、なんだろう」

楽しそうにそう言うと、ホトはくるりときびすを返し、帰って行くようだった。ツグミもうつむき、そのあとに続いた。

「あなたは知っているですか」

「……」

ツグミは何も答えない。

「だいっきらい」

唐突に少女が叫んだ。ひしょうは驚いたが、ホトをにらむ少女と同じように、ヒショウもホトをにらみつけた。

「おやおや。女性に嫌われてしまうのは、これが三度目だ」

ホトは振り返る。緑色の目が二人を射貫いた。

「私もだよ。君みたいな女、大嫌いだ」

 無言の時間が続いた。

 まるで糸電話の糸が切れて、何も聞こえなくなってしまったようだった。

「さあ帰ろう。どうせ今頃、大量の北都の連中が捕まっているはずだ。そのうち何人が生きてるかわかんないけど、もし生きてるのがいたら、話を聞きに行く。君は君の仕事をしたまえ」

「ああ」

そう答えたのはツグミであったが、ヒショウにはその言葉が自分に向けられたもののようだと思った。そしてそれならば、返す答えは一つしかない。

 あの目からは、のがれられない。


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