自由
ホトが席に着くと、宴が始まった。幾ら悪態をつかれようとも、意地の悪いことをされようとも、彼には全く関係のないことだった。聞きたいことだけ聞いて、言いたいことだけ言って帰る。しかし、この日は違った。ホトが珍しく、宴の最後まで残ったのである。
勿論、兄たちは動揺が隠せなかった。ホトが異常な行動をすればその腹を探ろうとするが、当たり前のように今回も何を考えているのか全くわからない。意味もなく残っているのも無礼だと後ろ髪を引かれるようにゆっくりと退出していった。
彼らが退出していくのと同時に、ツグミが部屋の中へ入っていった。控えるようにホトの背後に立つ。
「私がいつ入室の許可を出したのかな」
シュトウはツグミを見ると、頬杖をついて言った。
「申し訳ありません。しかし、私の仕事は彼の行動を監視すること。あなたと二人きりにするのは危険だと」
「なめられたことだ。君はもうこいつの毒牙にやられているんじゃないのかい?」
「いえ、決して」
「さあそうだが」
シュトウが指を鳴らせば兵士達が並び出てくる。すぐにホトとツグミを囲んだ。
「物騒だなあ。私は別に何もする気はないよ。ただ少し、親子水入らずでお話ししようと思っただけなんだけどなあ」
「親子水入らず、か。笑わせてくれる」
「私が気にいらないのなら、私を牢にでも入れればいいよ。でも、何をしたってそれは、あなたが私を恐れていることの証拠にしかなりませんよ?」
「いい心構えだな」
「今から私がしようとしているのは、少し先の未来のお話です。だけど、これは絶対怒るよ。私には未来がわかる。あの人と同じだ」
ホトは言うと余裕の笑みを浮かべた。
「なるほど。それなら」
シュトウは言うと、指示を出し兵士達をさらせた。
「その子も去らせなさい。この話がしたいなら」
「しつこいですねえ。この子は私たちの取引の目撃者になるのですよ」
「取引?」
「あの人のことを私がだまっている代わりに。私もあなたの計画に混ぜてください」
シュトウはふっと鼻で笑った。
「計画、と言うのは王都への移民の件かな」
「それと、新しいペットの話ですよ」
「また人聞きの悪い言い方を」
「蛇と、虎と、そして次は、鳥。覇王になりたいならこれらを手なずけることが必要ですもんね」
「というと?」
「聞く必要はありますか?私はあなたの持っていないものばかりを持っています。あなたはさぞ私のことがうらやましいでしょう。私には、この子もいる」
突然指を指されたツグミはまっすぐな目でシュトウを見た。それは、決意に満ちた者だった。
「信用。それが今のあなたに最も欠けているものだといいたいのだね」
「この世界の王になろうとしている方が無理矢理神獣を手に入れるだなんてあってはいけません。あなたはもっと、運命的な出会いをしなくてはいけないのです」
「その他助を君がしてくれるのかい?」
「助けるのではなく、あなたも、私も、自分で助かる、ただそれだけです」
「自分で、とはいかにもあの男がいいそうなことだ」
「勿論受け売りですよ」
「それで」
シュトウは身をのりだす。
「君の望みは何かな」
「話が早くて助かります」
「金か、権力か。いや、お前はそんなものいらないといいそうだな」
「ええ。私がほしいのは」
ホトはにやりと笑う。
「自由です。いつだってかわらない」
「お前はあいつだって自由ではないか。好き勝手に振る舞うわ、私情を職務に持ち込むわ」
「それはあなたもですよ」
「こうしてわがままを聞いて、話をしてやっているだろ」
シュトウは笑う。その顔はやはり、ホトに似ていた。
「まあいいです。そのことは話してもきりがない」
「お前が本当に自由を望むのであればここを出て行けばいいだけではないか」
「おっしゃるとおりですが……しかしどうでしょう。今のあなたは、私という優秀な部下を、あるいは最大の脅威を自分の元から手放したいと思うのでしょうか」
シュトウは何も言わない。
「あなたは勘違いしているんですよ。私が望む自由は私が仕事からも、この家のしがらみからも逃れたいとか、わがままを言っているわけではないんです。私が望んでいるのは国民みんなが自由な世界。主とか部下とか、奴隷とか、そういうしがらみがない世界。あいつが、あの子が、ただの恩人として暮らしていけるようなそんな世界なんですよ」
ヘラヘラと言っているがホトがふざけているようには見えなかった。
「まるで夢物語だな」
「ええ。そう思うでしょうね」
「到底実現できるとは思えないが」
「でしょうね。しかし、王都の治安を嘆いていたあなたなら、私の嘆きも理解できるでしょう。あなたが王になったからには、こんな世界だって実現できるはずです」
「そうやって、お前は自分の友人を多しけようとしてるんだね」
「いえいえ。あいつらは自分で助かるのですよ」
「だが、お前のその夢には一つ欠点がある。たとえ私が王になったとして、それを実現したとき、王はどうなる。王という存在の必要がなくなった世界で、私はどうなるのかね」
「そりゃあ、元々嘔吐して権力をのさぼっていた奴を、私が全力で排除しますよ。っして私が世界を作り変えるのです」
「私を殺すと」
「場合によってはそうなりますね。いいじゃないですか、その時はその時で。やり合いましょうよ。お互い、自由の身で」
「面白い」
シュトウはつぶやいた。
「お前は少数の犠牲で、大勢を救おうとしている。実に合理的な考えで、私に似ているよ」
「合理的?笑わせないでください。これは危険な賭です。なにせ私は、神の遣いを売るという罰当たりなことをしようとしているのですから」
「いや、私たち、だ」
シュトウははっきりとそう言った。
「罰当たりなのは私たちなのだよ」
状況がかわった、と帰宅して早々ゼンは口に出した。何が、とヒショウが尋ねても彼は一口も口をきいてくれない。ただ考え込むようにしてうつむいているだけである。それが、良くないことを示していることは明確であった。
会話がないまま時が過ぎた。ゼンは前よりも家を空けることが多くなった。帰ってこない日もあった。
そんなある日、ヒショウは置き手紙を見つける。
そこには短く、はなまちへいく、とだけ書いてあった。




