あの毎日
ヒショウの無期限のいとまは、軍部の中で正式に言い渡された。表向きはシュトウの目をかいくぐる為のものであるが、同時に北都の連中の攻撃が中枢に届かないようにする為という狙いもあった。中枢が落ちれば、なんとも危うくなる。それだけはさすがのホトでも避けたかった。ともあれ、そんな大人の事情はヒショウに告げられる暇もなく、ヒショウは街へおりて行った。北都の問題を解決するという強い決意と大きな使命をせおっていった彼だが、心なしか胸は軽かった。
今はとにかく、ゼンといられることがうれしい。
今この一瞬だけは、その喜びをかみしめたいとヒショウは思っている。街に降りてゼンと落ち合うのさえかなりの命がけだった。シュトウにも勘づかれたくないのもあって極秘で行われたが、それであっても、北都の連中は襲ってきた。その数はざっと十人ほど。あうだけでも疲労困憊になった。そんなにも北都が進行してきていると思うと、胸が痛かった。
だが一方で、無性にそそられたのも事実だ。その自身の出所は自分でもよくわからないが、闘志だけは湧き上がってくるのだ。まるで、ゼンを追いかけると決心したのはあの日のようだ。ヒショウはそんなことを思って、ゼンを仰ぎ見た。
「どうした?」
「いえ。少し思い出しまして」
ゼンが無事で良かったと心から思った。心配こそしていなかったが、それでも安心したのは確かである。
宮から追い出されたゼンは、街に小さな家を借りて暮らしていた。
人口が多い宿屋として使っていた場所も今では借家として貸し出す動きがあるようだ。ゼンもうまくその家にありつけたらしい。
「良かったです。あなたとまた会えて」
「ああ、俺もだ。呼応して二人きりでいられるのはいつぶりだろうな」
「暦の上ではついこの前のことなんですけど、ひどく昔のことのように感じますね」
「それほどまでに、お前の毎日が充実していたってことだな。よかった」
ゼンはヒショウを見ると優しく笑った。
「取り戻そうな、あの毎日を」
ヒショウはうなずくと少し視線をずらし
「僕はこのままでいいですけど」
とつぶやいた。ゼンはそれを聞くと、大笑いする。
「お前は素直だなあ」
「すみません……」
「お前と水入らずでいられるのはうれしいぜ。だが、この生活はいつか終わらないきゃいけねえんだ」
「それは、わかってます」
そう答えたものの、ゼンの言ってることが完全にわかったわけではない。でも、いつか理解してみせる。必ず、追いつくのだ。
「そういえばこれ、みてください」
ヒショウは背中に背負っている籠を指さす。ヒショウ自身を入れられそうな大きな箱である。ヒショウがその籠を下ろせば、寝台しか置いていない部屋がさらに狭く感じた。
「そりゃあなんだ。ずいぶんと重そうだが」
良く背負えるな、と感心してしまうほどに明らかに重そうな籠だ。蓋のせいで中は見えないが、ぎっしりと何かが入っているのだろう。
「じゃじゃん!」
ヒショウは得意げに籠を開けた。
「これは……」
「書物です!まだ読んでいない、四神関連の!」
「お前……もって来ちまって良かったのか!?」
「さあ。でも、どうせ誰も使わないでしょうし、あそこでほこりをかぶったままになるなら僕たちが読んであげた方がいいです」
ヒショウの大胆すぎる行動には毎度驚かされるが、それは今回も例外ではなかった。
「大丈夫なのかよ……」
「もっとほしいところでしたけどね。でも、読んだものはもう頭に入っているので置いてくることにしました」
「つくづく頼もしいな、お前」
ゼンは苦笑いを浮かべた。
「それに、せっかく二人きりなので、糸の練習ももっとしたいです!」
「そうだな。でも、こんなかは狭いから、実践で技磨こうな」
「ええ!楽しみです!」
味気ない日常。いや、非日常に戯れてしまっただけかもしれないけれど。
「私にも移動の命令がくだらないだろうか」
「どうしたんだい?藪から棒に」
ホトは寝ているかと思っていたが、どうやら起きていたようだ。
「いや。貴様の監視が最近退屈でしょうがなくてな」
「つまり、私の為にもっと尽くしたいってことかな?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、ヒショウ君がいってしまって寂しいのかい?」
「そ、そんな訳あるか!」
「君はわかりやすいねえ」
「ち、ちがう!」
ツグミは顔を赤くして否定した。
「はやくあの人の元に返りたい。それだけだ」
「そんなにあいつは魅力的かなあ?」
「貴様よりずっと、な」
「あっそ。つれないねえ」
ホトは大きくあくびをした。
「君はさあ、一時の幸福と、一生の幸福なら、どっちがいい?」
「なんだ。貴様こそ藪から棒に」
「まだ私は君を手放すわけにはいかないかなあ」
ホトは寝言のような口ぶりで言った。
「それは貴様が決められることではあるまい」
「だとしても、私は力尽くでも君を離さないよ」
「なぜそこまで私に執着するのだ」
「だって君がいないと私はここからも出られないし、君がいなくなったら私は一人だ。さびしくて死んでしまうよ」
ホトが言っているのはどうせいつもの冗談だ。
でも、本当に冗談なのだろうか。
「私に何かさせようとしているのか?」
「君にはまだまだやるべき仕事が残っているからねえ」
「仕事?それはなんだ?」
「……」
返事が返ってこない。まだ狸寝入りをしている可能性があるのでツグミは目をそらしながらホトに近づく。
「寝ている……のか……?」
すやすやと寝息が聞こえる。全くもって自由な奴だ。
次の瞬間、ホトはツグミの腕をつかみ机の上に引きずり込んだまま気絶していた。
「危なかった……」
ツグミは無駄にいいホトの寝顔に大きく舌打ちをついたのであった。




