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休暇

 いつまでも帰ってこない仲間の為に、三人から笑顔は消えていった。

 一週間がたつ。

 気がつけば、三人だけで切り盛りすることになれてしまっていた。宴につれて行くのだって、ホトに仕事をさせるのだって、気がつけば慣れてしまっていた。心なしか仕事も減っている。裂け目の報告がなくなった今、ちょうど三人で切り盛りできるぐらいの量にはなっている。そう、ちょうどなのである。

 おそらく、シュトウの計らいだ。

 ちょうどいい仕事、というのは、ちょうど良く一日で終わる量と言うことだ。内通者兼護衛となっていたゼンがいなくなってしまったことを考えると、彼らは北都に向けての活動がほぼ出来なくなっていた。

 明らかな挑発、ヒショウは何度も何度も、シュトウの元へ行こうとした。ゼンが今どこにいるのかもわからない。ゼンが何をさせられているのかわからない。はやく、ゼンを返してほしかった。一刻も早く、ゼンを感じたかった。

 しかしそれは、所詮、ただの願いで終わりだった。

 今は我慢の時だ、とホトに言われた。

 今行けば相手の思うつぼだとツグミに言われた。

 だから静かにしていた。ただ仕事をこなし、今置かれて射る状況になれようとした。適応するのは慣れている。

 なのに。

 なのに、である。

「ねえねえ、花街いこ!」

目の前の青年はそうくねくねとヒショウにせっついていた。

「……」

「つーかーれーたー。息抜きをしないと破裂しちゃうよ」

「破裂して死んだ奴なんて見たことがないです」

「唯一の頭脳たる私が倒れたら、君たちは負けちゃうよ」

「武力ゼロの貴様を過保護に守らなくてはならないこちらの身にもなってくれ」

「ということはきみたちも疲れているってことでしょ?だ、か、ら」

「いい加減にしてください」

ヒショウは気がつけばそう叫んでいた。

「休めるわけないでしょ!あの方は今だってきっとつらい目にあっているんです。だったら僕たちもがんばらなきゃ。あの方を助けるんです。領主を出し抜くんです。あなたはまだその時ではないと言いました。じゃあ、その時に僕らはいつでもったかえる用に万全を期して待たないと」

倉の中は静まりかえる。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 言ってやった。その思いの方が強い。

 ヒショウはいらだっていた。今はその時ではないと言いながら、ホトがゼンのために何かをしているようにはみえない。そんなホトが腹立たしい。そして、彼に頼らなければ何も出来ない自分が腹立たしかった。

「今はその時じゃないって……じゃあその時っていつですか。いつまで待てばいいんですか。一週間ですか。一ヶ月ですか。一年ですか。いつまで僕はあの方を見放せばいいんですか。これ以上何もしないなら、僕は一人で動きます。何をすべきかはわからないけれど、でもあの時のように、あの方を追いかけたあの日々のように、なんとかしてみせる。なんとか出来るはずなんです。こんなの、無責任すぎる」

「……」

ツグミは沈黙を守る。代わりに答えたのはホトだった。

「さすが。主大好きツグミ君は良くわかってるね。どうにかするって、どうする気?君がつかまっちゃったら、あいつにもう会えないどころか、君の王都のお仲間をすくえないどころか、君がずっと会いたかった両親にも会えないんじゃないの?それに君は僕たちを見捨てるのかい?」

「で、でも、僕たちがあの方に手を差し伸べなければあの方は」

「人は自分で助かることしか出来ない」

ホトはつぶやいた。

「私たちはこの言葉の元に集まったんじゃなかったっけ?」

「……はい」

「私が待っているのは、あいつが勝手に助かることだ。あいつは必ず、私たちの元へ帰って来る。そうやって私たちは自分で助かるんだ」

ヒショウは言い返せなかった。

「あいつは案外、平気でいると思うぞ。死んでいるわけもないし。意外と快適に仕事していたりしてな」

「そのとおり。君たちは似ているんだ。あいつもきっとすぐにその場に適応してしまうんだよ。あいつは意外にひょうひょうとしているし。きついって思っても、そう、君のように、案外うまく現実を理解して生きているんじゃないかな」

「貴様は客観的に物事を見られないのか?貴様はあいつの気遣いにも気がつけないのか?やはり貴様はまだまだだなあ。それとも貴様は疲れているのか?」

その言葉にあっけをとられたからか、少し反応が遅れた。ツグミはホトを羽交い締めにした。

「な、なにするんですか!離してください!」

「無理だ。というか、本気も出していない私から逃れられないなんて、貴様やはり相当疲れているのではないか」

「私は部下は一人も失いたくないんだ」

ホトは静かにヒショウに近づくと、嫌な予感はすぐに実現した。

「花街に行くよ。疲れをとりに」

ヒショウは力なくうなだれた。様子を見て、ツグミはため息をつく。

「いくらあいつの為とは言え、敵にわざわざ乗り込む必要はあるのか?」

「あるよ。ものすごく。だっていちゃされるじゃないか」

「言っておくが、私もついて行くからな」

「本当はお留守番しておいてほしいんだけどねえ。こればかりは仕方がない」

「楽しんでいる間にさされても知らんぞ」

「げんなりするのは君の方だと思うけど……」

 その後、三人は街に降りた。

 ホトやヒショウにとっては久しぶりの外出であることはともかく、ツグミにとってはものすごく久しぶりの外出である。少し心が舞い上がっていたのは確かであった。

 ホトが訪れたのは、以前ホトとゼンと訪れたお気に入りの宿屋である。豪華に着飾った女達とともにホトが入っていった部屋の前で、二人は待機している。

「楽しくないぞ、こんなの全く」

ツグミはこの場所に来てからずっとうめいている。

「あいつの楽しそうな声と女のこびるような気持ちが悪い声を聞いて何が楽しいんだ。こんな女臭い、目がチカチカするところで、なぜ心が安まる。意味がわからん」

「しょうがないですよ。ここはそういう場所です。それにあの人は多分、母親が恋しいんです。幼い頃に母親はなくしているそうですし、それに、昔の僕の主でもそう言っている人もいました」

「ふうん。そうか」

会話が続かない。原因はヒショウにあるとツグミは自信を持っている。

「いつまで落ち込んでいるんだ、貴様は」

「……だって」

かわいい、とはいえないが、完全にふてくされているヒショウは心なしか幼く見えた。いや、これが年相応の態度なのかもしれない。

「貴様も少し息をぬいた方がいいぞ。私に捕まり、あいつの目の餌食になるぐらいなら、いっそやすんだ法が身のためだ」

「あなた達はいつの間にあんな連携を」

「あいつは天才だ。やり方はいくらでもある」

「僕はずっと起きていたはずなんですけど」

「起きていても気がつかないなら、よほど限界だったんだろうな」

そんなことより、とツグミは話を切った。

「私はこの外出を結構楽しみにしていたんだぞ。私とて、もっと遊びたい。買い物がしたかった。なのになんだこれ。休むどころか、疲れがたまる一方だ」

ツグミが壁に寄りかかれば、剣が壁に当たる。本当は剣だっておいてきたかった。鎧も脱いで、女らしい服を着て。

「ここは男性にとっては楽園らしいんですけどね。僕も、ゼン様も、よくわからなくて。あんなのの痛くて苦しいだけなのに。僕にとってはゼン様の隣でなければどこでも地獄です」

「なんだかすごいな、貴様は。悪い意味で」

「はあ?」

「まあいい。なんか安心した」

ツグミは少し笑って見せた。その仕草に、ヒショウは少し驚く。

「なんですか、急に」

「いや。貴様も私に共感してくれるんだな。なら、わかってくれるよな」

「え?」

「私は今から遊びに行ってくる。というわけで、後はよろしくな」

「え?ちょ、ちょっと!」

ヒショウは引きとようとしたがツグミはそれを軽やかに避ける。

「な、なんで急に」

「いや、だって私も休みたいし。いいだろ、たまには」

「で、でも、今は仕事中で」

「貴様は残りたいなら残れ。私は行く」

「ホト様や僕がもしも北都に襲われたら」

「私に守ってほしいのか?」

「え?」

「私が守ってやらないと、貴様達は負けるのか?」

そこまで言われてしまうと、ヒショウには反論の余地はなかった。

「どうせそうだろうと思った。貴様がゼンと組みたかったのは甘えだろ?本当は強いくせに。甘えられるときに甘えないで、貴様はそうするんだ」

ツグミはそう言い残すとそそくさと出て行く。

「朝には迎えにくるからな!」

「あ、ちょっと!」

言ってもすでに、ツグミの姿はない。彼女が立っていた所には何も……何も……ない?

「あれ?」

そこには紙が落ちていた。保護だろうか。拾うと、紙に糸がまたもついていることに気がついた。単なる塵かと思ったが、ここまで来ればヒショウにもこの紙の用途はわかる。

「なるほど」

おそらくツグミはこれを使ってホトと密談をしていたに違いない。

 ヒショウはいつかの思い出をかみしめて紙を丸めると、そっと耳につけた。あんときは、あの時は、あの方の声が聞こえた。だが今日は――。

『聞こえるか?』

『久しぶりだな、ヒショウ』

ぶわり、と熱がこみ上げた。ヒショウは反射的にホトのいる部屋の方を振り向いた。扉を挟んで奥にいるホトがほくそ笑んでいるのが見えた気がした。

「ああ、楽しい、楽しい。今日は。朝まで帰るつもりはないなあ。私にはかわいい女の子達と、隠れて私を見守ってくれている優しい騎士君がいるから、それで十分だなあ」

わざとらしい演技。

「皆さん、優しすぎますよ」

ヒショウは大きく息を吸った。

「言ってきます!」


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