親友
――じゃあね、私の一番大好きな親友。また、あとで。
領主の部屋。目の前にそびえ立つ巨大で派手な扉は、見るものの気分を悪くする。
「失礼します」
扉をたたけば勝手に扉が開く。いらないところにも人材を使っているようだ。たった四人でまわしている自分たちでは考えられない措置である。
「入りなさい」
中に広がっているのは、あの倉の何倍もありそうな豪華な部屋である。ホトの殺風景な部屋とは違って、己の力を誇示するような者が所狭しに展示されている趣味の悪い部屋は、いつ入っても反吐がでる。
「待たせて済まなかったな。俺はどうも効率が悪いらしい」
ホトを問い詰めようとした時点で領主からの使者がゼンを呼びに来た。仕方がなくホトを倉で誘導するように近くにいた兵士に頼み、ゼンは一人でここに来た。
「かまわない。もう慣れたことだ」
その言い方が妙に腹に立った。こんなの慣れてもいいことではない。
「たとえ時間はかかったとしても君は結果を残せる。私は君の実力はかなり買っているよ。あいつの所ではなく、私の直属の部下の一人にしたいぐらいだ」
「もう聞き飽きたぜ、その台詞」
「君は頑固だ。なぜこちらに来ない。こちら側に来れば君のしたいことを存分に出来る。褒美も存分に出す。他の大臣からの待遇も良くなるだろう」
「お前は本当に、俺のことを何もわかってねえな。俺は別に、ホトの元でしてえことも出来てるし、これ以上はねえってぐらい満足してる。俺は褒美なんざあこれっぽっちも興味ねえし、待遇も気にしてねえ。周りにうわべだけ認められたところで所詮は誰かに妬まれて終わりだ。そのせいで、俺の仲間に危害が加えられちゃあ気分が悪いし」
領主は机に頬杖をつく。
「勿論、実力があれば誰でも評価はする。第一、あいつだって言い分にしてやったではないか」
「そいつはお前がしてやったんじゃなく、あいつが自分の力で成し遂げたんだ。あいつは正真正銘お前の子なのに、どうして差別するんだ」
「あれはお前が連れてきた、私の子供でない何か、だからさ」
堂々巡りの論だ。いつもこの話になる。埒があかない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「あの時君は、旅人としてあの化け物を連れてここに来た」
「うるせえ。お前の息子だろうが」
「あの時、君がどうして旅をしていたか、教えてあげよう」
それは、いつもとは違う物言いだった。面白おかしそうにそういう貴様はまるで、殻の息子のようだった。皮肉なことだ。
「君は、自分を探していたのではないのかい?」
「……」
「当たっているかな?」
「……」
「当たっているようだね」
「なぜわかった」
「君がここに来たときに調べさせて貰っただが、君についての記録はこの国のどこにもなく、その力の起源もわからなかった」
シュトウの返事は煮え切らない者だった。なんとなく的を射ないその答えを聞いて、ゼンは確信した。
「鎌かけやがったな」
「私なら、その程度出来るかもしれないって思ってね。勿論、君があっちを裏切って私の元へ来てくれたらの話だけど」
「お前の言うことは信じられねえ」
「君のことがわかれば、あの青年の謎も解けるかもしれないね」
「それは今関係ねえだろ」
「いや、あの子が豹変した理由は君にある」
「まるで知ったような口ぶりだな」
「ああ。私は知っているからね」
「な」
シュトウはゼンの言葉を遮るように言った。
「どうする?私に従ってくれるかな?」
「お前のことは絶対に信じねえ」
「そう言いながら君はあの時も私に従うことを選んだではないか」
「あれは……あれはお前に従ったんじゃない。俺が、やりてえから拷問の仕事を受け持ったんだ」
「本当はあの化け物にやらせるつもりだったんだけどね」
「あんなガキに、あんな仕事任せるなんて正気じゃねえだろ。幾らあいつの弁が立つからと言って、あまりにもむごすぎる」
「私側につくか否かは、ここにいるうちに決めなさい。何が君と、君の大切な仲間にとっていいのかきちんと考えることであ」
「ずいぶんと焦ってんじゃねえか」
「焦るべきは君の方なのだよ。君は今の状況を教えてあげよう」
「どういうことだ」
「罪人なのだよ」
「ああ。無罪の北都の連中を拷問したってわけか」
「ああ、言い方が悪かったね。実際に罪に問われているのは、君の僕君だ」
「あいつは生きるために仕方がなかったんだ」
「罪人は全員罰しなければいけない」
おそらく、自分を何かのおとりか見せしめにでもする気なのだろう。ただ捕まえたいのなら、四の五の言わずにつかまえてしまえばいい。勿論そんなことはさせないが。
「君がこちらについてくれれば、あの子の罪は見逃そう。仲間思いの君なら、私が言っていることわかるよね」
「わかってんじゃねえか」
言葉は続かない。答えは出せない。
「さてじゃあきこうか。今回の拷問の結果を」
シュトウの声はあくまで冷静だった。
ゼンは深呼吸する。相手のペースに飲まれてはいけない。これは、駆け引きだ。もう失敗は出来ない。
「あいつらは北部から来た。北部に玄武様の片割れが来ている。ここへ来た目的は、救出。南都にいる朱雀と白虎を救いに来たらしい」
ゼンはまっすぐシュトウの目を見た。
「俺の正体を知っている奴、そいつが白虎なのか?」
当てずっぽうだ。だが、自信はある。この質問できっと、何かが変わる。
「なるほど面白い」
シュトウはそう、余裕そうに笑った。
「君は、朱雀を知っているんだね?」
ホトが倉へ帰ると、すでに入り口の糸はほどかれていた。ほどかれた糸はするするとヒショウの袖の中に戻っていく。
「今帰ったよ~」
軽く言ったが、今はそんな状況ではなさそうだ。ヒショウもツグミも、倉の外で臨戦態勢をとっている。
「何かあったのかな?」
「ああ、ホト様。お戻りですか。先ほど、領主の使者だとうたう官がやってきまして」
「ああ。ゼンを探していた奴らね」
「どうして知ってるんですか?」
「さっきあったんだよ。私がせっかくゼンと話していたのにさ」
「あいつはどこに行ったんだ」
「領主の所じゃないかな」
二人の顔が見る間に青くなる。
「助けに行きましょう!」
「なんで?」
ホトはわざととぼけた声で返事をする。
「貴様はまだわかっていないのか!あいつは今、罪人扱いされているかもしれないのだ。さっきこいつと話していて気がついたんだが、そもそも今回の拷問自体が不自然極まりないのだ。北都の練習が悪巧みをしていると私たちは知っているからいいが、他の奴は知らないはずだろ。北都の奴が来たのは、平和的な理由だと考えるのが普通だ。あいつが襲われた証拠はどうせないし……」
「冤罪でも、ゼン様が処分対象になりかねないのです。それに……いま領主は僕のことも知っている。そのせいでもしも僕をかばってなにかされるようなことがあったら……」
ホトは話を聞くと首をかしげた。
「でもどうだろうね。あいつならそんなことわかってやりに行ったんだと思うけど」
「ええ。だから危険だと言っているんです」
「全くだ」
珍しくホトは二人が言っていることがわからなかった。何を新お会いしているのだろうか。ゼンは、誰にも負けない、自慢の部下なのに。
「あのお方は優しい方です。僕たちの為なら、己を犠牲にしてしまう。すぐに悪役を買おうとしてしまう」
「ああ、なるほどね」
ホトは顔から表情をなくした。
その日、ゼンが帰って来ることはなかった。




