拷問
「はやいはやい。私をおいておかないでくれ給え」
「置いて行くも何も、お前が勝手についてきたんだろうが」
ゼンの声はわずかにいらだっているように聞こえた。
「あの子達はお留守番していて偉いねー」
「お前もあいつらと留守番するはずだったんだけどな」
「あ、でもさ、あの子達も私たちに隠れてついてきてるかもよ。最近ヒショウ君も君のお陰で強くなってるし、あり得る話じゃない?」
「それはねえ。あいつらは来ねえよ」
「来られない、君はそう言いたいんでしょ?」
何もかもを見透かしたようなホトの目に射貫かれて、ゼンは思わず視線をそらす。
「君さあ、どうしてそんなに不機嫌なんだい?君なら力尽くで私を追い返すことも出来るだろうに」
「今からそうしちまおうかな」
「冗談はやめてよ。君は損あんことはシアに。君は優しいからね。断言するよ」
「……」
ホトの明らかに他の意味を含んだような言い方に、ゼンはどうしようもなく言葉を詰まらせる。
「俺だって、お前を止めようとはしたんだぜ。扉に糸張って、おってきた奴が八つ裂きになるようにした。あいつらは、少なくともヒショウ気がついて怒ってるかもな」
「え。じゃあ私、出るのが一歩遅れてたら、君に殺されるところだったの?」
「無駄にお前ってすばしこいよな」
「でしょ?」
「褒めてねえよ」
とにかく、とゼンは話を切るようにして言った。
「とにかく、俺が今から行くとこは、お前の管轄じゃねえ領主の管轄のとこだ。つまりお前は入れねえし、俺も入れる話形は行かねえから、そこら辺の兵士にでも命じて守っておいて貰え。後で迎えに行くから」
「えー。私も行きたい」
「だめだ。どうせお前が言うこと聞かねえのは俺もわかってんだけどよ……いいから俺の邪魔だけはするなよ」
「わかったよ……」
ホトはわざとらしくうつむいて見せる。
「でもなぜだい?拷問ぐらい隠す必要もないよ」
「っておい」
ゼンは目を丸くして、ホトの肩をつかむ。
「何でしってる?」
「なんでわかったのか聞いてほしいね。まあ、語るほどのことではないのだけれど、ねえ、君はいつから私に隠れてそんな仕事をしていたんだい?」
「最初からだ」
「最初っていつ?」
「最初だ。なにもかもの」
ホトがゼンをここにつれてきたその日から。
「私の為かい?」
「俺の、為だ」
「ふうん」
自分で聞いたくせに、ホトは興味がなさそうに相づちをした。ちぐはぐな行動であることは自分でもわかってる。それでも、これ以上の話はなぜか今は聞きたくないと思ってしまった。領主とゼンの関わりなど、今は知りたくないと思ってしまった。
「おい、お前ら」
ゼンの他人行儀な声でホトははたと我に返る。気がつけば牢の入り口まで来ていた。
「お前ら、ここでこいつを見ておいてくれないか。俺の仕事が終わるまでここに引き留めて置いてくれ。もしもこいつがどこかに行こうとしたら、容赦なく訓練場の方へ引きずって幽閉しておいてくれ」
「はい!」
ホトはゼンの方を見た。あきれあきれた顔でほんの少し唇を動かすと、やれ、と音にならない声で伝えた。
「はいはい。じゃあ、ちょっとごめんねー」
ホトはわざと兵士と目を合わせる。
「私のことを死んでもまもるように……これでいい?」
「ああ。信じてるからな」
ゼンは短くそう言うと、何人かの領主に属する兵士を引き連れて奥へと入っていった。ホトはしばらくの間は言うことを聞いているかのように、兵士とおとなしく待機していた。
「ひえー、恐ろしい。俺もここを裏切れば俺もあの拷問されるのか」
「そうなの?」
ホトは兵士の独り言にわりこむようにして言うと、わざとまた目を合わせた。
「もっと詳しく教えて」
「ゼン様の拷問は怖いって有名なんです。やられたら全部はいちまう、隠し事は無理だって。知って売りゃ津はみんな恐れてますよ。あんな風にされるなら、裏切りなんて考えられねえって。でも、ゼン様がああいう汚れ仕事を全部買ってくれるからこそ、俺たちはあんなひでえことしなくて済むんですけど。だから助かってると言えば助かってるんすけど……」
「ふうん、そうなんだ。拷問って、汚れ仕事なんだね」
つぶやいた声に兵士はぎょっとおびえるような仕草を見せたが、ホトはそんなことは全く気にしていない。
「じゃあ、着替えを用意して上げないとね」
ゼンが今いている汚れきった服を新調してあげよう。新しい服を買って渡すのだ。だってゼンは、他でもない自分の従者なのだから。
「ああ、そうだ」
ホトはゼンの気配が完全に消えたのを買う人してホトが切り出した。
「じゃあ、私はこれで」
ホトは奥へと入っていこうとする。
「待ってください。俺たちはここであなたをお守りしないと」
「待ちたまえ。私が君に命じたのは私を死んでも守れという、命令だったはずだよ。だから別にここにいる必要はないじゃないか。私が奥に行くのを隠して、ゼンがおこっちゃうのから私を守るほうが、君がすべきことなんじゃないのかい」
「ん、なるほど!」
「そういうわけだから。頼んだよ、兵士君」
「はい!」
蛇のような相貌が、いたずらに笑った。
――お前は北都の人間か。
――何をしに南都へ来た。
――なぜゼンを狙った。
――なぜ世界の裂け目を作る。
――連中を束ねているのは玄武様か。
――そいつは今どこにいる。
「ざっとこんな所かな」
分厚い扉を隔てた先にいる女にホトはぼやいた。
「ねえねえ拷問ってさ、何してるのかな。気になって仕方ないから、見てきていいかあ?」
「いくな。馬鹿か」
冷たい声が洞窟に静かに響いた。
「おや、私が恋しくなってしまったのかい」
「そんなわけないだろう。帰れ」
「帰れって言ったり、行くなって言ったり、一体どっち何だい?」
「どちらもだ。帰るべき場所に帰れ。行くべきではない場所には行くな」
「どういうことだい?」
「わかっているのに聞くな」
「冷たいなあ。君との付き合いの方があの子達よりもズッと長いはずなのに」
「あの子達……朱雀と女兵士か」
「そう。よくご存じで」
「私が知らないことなどない。分からずやのために言っておくが、あの子達はなついたからではない。協力したほうが生き残れそう、言うことを聞いた方が生き残れそう、忠実であれば殺されない。そういう欲望の元にいい顔をしているだけだ。気づいているだろう。あの生き物は誰の手にも負えない怪物だ」
私と同じでな、とつぶやくように彼女は言った。
「痛いところをつかないで遅れよ」
「痛くもかゆくもないくせに」
「いやいや、痛いよお。痛くてたまらない」
「ふん。私にはよくわからない話だ。くだらない。感情なんて所詮、病気と同じだというのに」
「それは病気というのは無視できない、という意味をかけて言っているのかい?煩わしいし。幻覚を見せるってことかな?」
「違う。感情は身を滅ぼす。不治の病と似ている」
「そうかなあ。恋をしていると、心は気持ちよくて心地よいのに」
「恋に溺れた貴様の言葉など信用に値しない」
また沈黙が始まった。彼女はこの件についてこれ以上話す気はないようだ。
「一人手なずけたら、一人私の元から離れて言ってしまう。彼は一体、私にどれだけ隠し事をしているのだろうね」
「隠し事など、誰にでもある。それを嘆いてどうする」
「そうかなあ」
「自白剤のような貴様の目が唯一通じないあいつだからこそ大切にした方がいい。暴走を制御してくれるのはあいつだろ」
「私をいじめないでくれ給え。私には私なりのやり方がある。私としては、彼の隠していることは全て知りたいんだ。だから何でも知っている君の所にきたんだろ?」
「一体何を恐れている」
「さあね。君は知っているのだろうけど、私にはまだわからない。わからないことは、なくしたい」
ホトは明るい声で言った。
「君が隠していることを、教えてほしい」
「……」
「ゼンについて、一体何を隠しているんだい」
「……」
女はしばらくすると低い声で答えた。
「脅したところで。今は私をどうすることも出来まい」
「まあね。よくわかっていたっしゃる。つまり、君はまだ隠すってことだね」
「乙女がないかを隠しているに決まっているだろう」
「……」
「どうした」
「なんでもない。やっぱり年の功には勝てないねえ」
「ほざけガキ」
女は大きくため息をついた。
「拷問……朱雀もかつてはあいつに拷問された被害者だが、あのなつきよう。拷問と言うより、洗脳だったようだな」
「彼は優しいから。そうでもしないと、みんな拷問している間に死んじゃうし」
今度はホトが大きく息を吐いた。
「今後あちらの玄武はどう来る?」
返事はない。
「なぜわざわざここで裂け目をつくっているんだろう。ヒショウ君をおびき出す為かな。花街を巣窟としてる可能性が高いし、これから急速に裂け目は増えると読んでいるよ」
「来るぞ」
本のわずか、女の声は興奮していた。
「頭が来る。頭をとらなければ蛇は動き続ける。来るぞ。いよいよ全面戦争だ」
「全面戦争は、嫌だなあ」
その時だった。
「うわっ」
兵士の悲鳴が聞こえる。
「なんだ。時間切れか。じゃあ、また来るね」
「……」
ホトは急いで来た道をもだって行く。
「ああ、ああ、強すぎるよ、君は」
命をかけてもホトを守るように言われていた兵士は気絶して倒れている。だが、その横に立つゼンの服には全く血がついていない。
「それに優しすぎる」
「一応、急に襲ってきたから気絶させたが、お前のせいってことでいいんだな」
「勿論大正解。なんの悪気もない、私の操り人形だ」
「早く洗脳解いてやれ。何を言ったのか知らねえけど、これじゃあ北都の連中とやってること変わんねえぞ。あんまり俺の言いつけを破るようなら、お前に首輪でもつけて四六時中監視するからな」
「君が四六時中私を見てくれるなら大歓迎だよ」
全く反省していない様子のホトをゼンはあきれた目で見てため息をついた。
「それで君の方はどうだった」
「いや、別に。後は得た情報を上に伝えるだけだ」
「上って領主?」
「ああ。まあな」
「私が君の上司なのに」
「あっちの仕事が終われば、お前らにちゃんと話す。裏切り者としてな」
「どっちの?」
ホトは答えが分かりきった問いをわざとゼンに投げかけた。
「どっちの裏切り者?」
「……勿論、俺が領主を裏切るに決まってんだろ」
「そう。だよね」
ホトは満面の笑みを浮かべてゼンを見る。ゼンもまたまっすぐな目でホトを見ていた。
「全く君はよくわからないね」
「何がだ。一応言わせて貰うと、俺もお前の波乱中全然わかってねえんだけど」
「あの子を拾ったときだってさ。ずいぶん時間かけちゃって」
「結果出してるからいいだろって、何回も言っているだろ」
「時間がかかると気持ちが揺らぐこともあるでしょ。敵の、あるいは君自身のね」
「あいつはそんなことしねえ。それはお前もわかってんだろ」
「違う違う、今回のこと。君、拷問した奴ら、生かしているでしょう。血もついていないし。君が慈悲をかけすぎたせいで、こんなに時間がかかったんじゃないだろうね」
「何もかも、あいつの時と同じだ。拷問は、何回やっても気分がいい物ではねえから、ついついだらけちまうだけだ」
「今生かしたところで、どうせ死刑だよ。南都への宣戦布告、いや、侵略行為と行っていいからね」
「いやそれはねえよ」
「え?」
「俺が拷問をしてくまなく情報を引き出す。そして決して殺さず、苦しみを永遠に味合わせる。領主はそういう取り決めをした。俺も、殺さねえのには賛成だ。だってあいつらは操られているだけだろ。玄武にさえ出会わなければ、平穏に生きるはずだった奴らだ」
「でも、生きているとわかったら、それを使って攻めてくるかもよ。仲間を助ける……そんな名目で中枢まで入ってくるかも」
「なんにせよ、今の方じゃあいつらをそこまでばっせられないだろ。他の奴は裂け目のことなんて信じていないし、北都の侵攻もなかったことにされるだろうな」
ゼンは自嘲気味に笑う。
「案外俺たちの勘違いだったりしてな。北都の奴らはこの進んだ南都に助けを求めに来ただけかもしれねえ」
「……」
「なんだ?珍しく静かじゃねえか」
「いや、何でもないよ。君はやっぱり、面白い。興味が尽きないよ」
「なんだ急に。きもちわりい」
「私に興味を持たれるなんて、女性達は飛んで喜ぶことなんだよ」
「俺をなんだと思ってんだ」
ゼンはただあきれるばかりだった。
「ところでお前は何してたんだ」
「ん?私は別に」
「別にって……お前、この奥にいたんだろ、この先って確か行き止まりで霊安室しかねえって聞いたけど、そんなとこで何してたんだ」
「探検、じゃあ納得できないよねえ」
ホトはただにやり、といたずらに笑った。




