悪巧み
否。これは笑えるような話ではないのである。
ゼンは自分の手柄を淡々と冷淡に話していく。
「異変に気がついたのは、実はこの前ヒショウと初めてこの町の裂け目を塞いだときのことだった。俺には裂け目が出来た原因の記憶を見ることが出来るんだが、あのばあさんの記憶はあまりにもありふれていて、こう言っちゃあなんだが、普通なら裂け目が出来るようなものでもなかった。そう、誰かにそそのかされなければ、な。実は、それ以降に見つけた裂け目もそんな感じのものばかりだった。まるで心をえぐるようなことをお誰かにされてその記憶をふみねじられた状態で思い出さなければ、世界を絶望することが出来ないようなものばかりだったんだ。俺はいよいよおかしいと思ったんだ。これじゃあまるで、もう一人の玄武が力を、裂け目を作らせる力を発揮しているようにしか思えなかった。そこで、思い出すのが、北都の連中だ。港ににも来てたし、南都は今水面下で北都と交易があるようだったから、あいつらがこの町にくることは可能だろうし、もしかすると北都の奴らが玄武様の意思を引き継いで裂け目を作ってんじゃねえかって思ったんだ。俺はヒショウやホトみてえに頭も回んねえから割り出すの大変だったんだけどよ、裂け目はこの町でバランス良くいろんな場所で生まれているにもかかわらず、花街では出来ていなかったんだ。何か匂うと思って行ってみたら大当たり。花街に足を踏み入れた瞬間に攻撃を受けた。俺を執拗に追いかけ回し、明らかに殺そうとしてきた。取り合えず返り討ちにして街に放っておいたからやっと今頃捕まって連れてこられたようだから、話を聞かねえとな。おいおい、心配するな。それに、そんな目で見るな。俺は別に、人を殺してねえから。あいつらには生きておいて貰わねえと困るんだ。もっとも、これからは生きているのと死んでいるのとではどっちが楽かは知らねえけどな」
「どう、しましょう……」
怖かった。
また襲われるかもしれないという恐怖。自分のせいでゼンにまた迷惑をかけてしまった事実。南都が乗っ取られてしまうかもしれないという不安。ぐしゃぐしゃでモヤモヤとした黒い塊がヒショウの心を埋めた。
「どうもこうもないだろ」
ツグミが言った。
「幾ら廃れているとは言え、聞いたところ相手は都一つではないか。貴様一人で大丈夫など到底出来まい」
「それは……」
「私やゼンやそいつがいる限り、貴様の悩みなど取り越し苦労に過ぎないことをしらないのか」
ヒショウは目を丸くする。
「そうですね。ええ、うん」
「なんだそれ」
「いえ。なんか、急に優しくなったな、と」
「い、いや!べ、別に何でもない!た、ただの気の迷いだ!」
「気の迷いって……それを言うなら気まぐれでは?」
「気の迷いだ!」
「なんだか君たち、呑気だねえ」
「有言実行、即戦力だ」
「何を言っているんですか?」
「き、貴様には関係ない!」
「え。あの、僕が寝ている間にないか」
「何もない!何も言われてなどいない!き、貴様、い、いい気になるなよ!」
「なってないですけど……。なにか言われたんですね」
ツグミの同様ぶりを見れば一目瞭然だった。
「僕のことならお気になさらず」
「そ、そういうわけにはいかない!私の意思でやっているのだからな!」
「なんか怪しいですね」
ヒショウの視線から逃げるようにツグミは顔を背けた。
「と、ところでこれからどうするつもりだ?何もしないという訳ではないんだろ」
「ゼン、裂け目は全部塞ぎ終わったの?」
「まあ、一応。まあでも、今後花街で裂け目は出てきそうな感じはあるがな」
「ならそこへ行かせよう」
ホトは当たり前のようにそう言った。
「今後裂け目の報告があったら、ヒショウ君とゼンに行って貰う。北都の練習はゼンの武力があれば十分だし、ヒショウ君だって自分の手でけりをつけたいでしょ、ここで指くわえてまっているよりは。私が今ここを動けばそれを理由に軍とかとられそうだし、私はここを離れられない。わかったね?」
「了解」
「え、大丈夫なんですか、この人と二人きりで」
「大丈夫だよ。彼女は信用に足るようになった」
「そうですか……ならそれにこしたことはないですけど……」
ヒショウはいぶかしげにホトを見る。
「なんだい?私と離れるのがさびしい?」
「いえ、全く。ゼン様と二人きりなんて喜ばしい限りなんですけど」
「それはいいことを聞いちまったな」
見つめ合う二人を見て、ホトはあきれてため息をつく。
「私は何があってもここに残るぞ。シュヨク様からは少しでも離れたくないからな」
「変なことしようなんて考えないでくださいよ」
「しない。そんなことして何になる」
「あと、変なことをされないようにしてください」
「は?」
「何でもないです」
「は?」
「……」
「わかった」
「え?」
「気をつけておく」
「はあ」
ヒショウは曖昧にうなずいた。
「ところで貴様はつかまえた北都の連中に話を聞くと言っていたな。貴様まさかそいつらに」
「ああ」
ゼンはツグミの言葉を遮るようにして行った。
「これは領主が直々に俺に頼んでいる仕事だ。深入りはしない方がいい」
「領主様に?なぜ貴様が?それに」
「これ以上言っちまったら、背信行為になっちまうからな。言えるのはここまでだ」
「さてじゃあ私もお仕事に行ってこようかな」
「貴様も領主様から仕事を?」
「いや。これは私個人の仕事。別名、悪巧み」
ゼンに先んじて出て行くホトをあっけにとられた顔でツグミは見た。ふと聞こえたため息に驚き舌を見れば、出口を強く見つめているヒショウの姿があった。
「貴様は行かないのか」
「いけないですよ、あんなの」
ヒショウのその声は、怒っていた。
「あそこまで言われては手出しが出来ません。どれだけ僕を無鉄砲だとお思いで?北部の連中のことは任せてもらえたんです。だからもう何もおねだりは出来ません」
ツグミは何も言わずヒショウの話に耳を傾ける。
「わかっているんです。あの方は、ゼン様は、僕たちの為に多くは語ってくれないんだって。僕にまだまだ何か隠していらっしゃることがあることだって。僕は別に、それを暴こうなんてことは思いません。知りたいけど、暴きはしない。そもそも、従者が主の秘密を知ろうなんてことはしてはいけないんです」
そういうヒショウが何に怒っているのか、ツグミにはよくわからなかった。




