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事情聴取

 目が覚めると、視界に映ったのは見覚えのない天上だった。

「ここは……」

見たことがないほどに立派な寝台だった。欲目をこらせば、天幕に何から刺繍されている。あれは一体……。

「目が覚めましたか?」

突然かけられた声に驚き、ヒショウは肩をピクリと震わせる。その声には聞き覚えがあった。だが、誰で、いつ聞いたものかはおもいだせない。ヒショウは体を起こして老婆の方をみた。顔も背景もぼんやりしてしまっていて、何もわからない。

「あの、僕は」

「お疲れでしょう。あんなにも力をお使いになったのですから」

「力?遣う?あの、僕は一体」

ここで何をしているのだろうか。

「あら。まだ意識が混濁しているようですね」

「え?それは一体どういう」

「さあお眠りなさい。おそらく、もう少しおやすみになった方がいいのです」

「でも」

老婆の思いのほか強い力に負けて、ヒショウは再び寝台に横にされる。

 そして。

 目が覚めた。またも見覚えのない天幕。そして体に覚えのない柔らかな触感。しかし、なんとなくわかる。これは夢ではない。

「やっと目が覚めたか」

今度は聞き覚えのあるぶっきらぼうな声が聞こえた。

「なんであなたがここにいるんです?」

ここは明らかにホトの寝台である。そこにツグミがいるのは明らかに異常事態だった。

「貴様はまず自分の心配をしろ。お前は今、どうしてここで寝ていたのか覚えているか?」

 待て。

 そうか、自分はなぜここで寝ていたんだ。

「昨晩のこと、どこまで覚えているんだ」

言われてヒショウはすぐに思い出した。そして一気に、血の気が引いた。

「思い出したか。まあ、あれは貴様のせい半分、あいつのせい半分、といって所ダッカらあまり気にするなと言ってやろう」

「いえ。僕が油断していたのがいけないんです」

 目を見させられたのも。

 ホトの力に圧倒だれてしまうほどに力が弱っていることにも気つかなかったことも。

「貴様も大変だな、いろいろと。これが日常では、私なら身が持たない」

ツグミはおそらく自分の力のことを知らないのだと、ヒショウはすぐに理解した。こうなることは南都に来てからはこれが初めてであり、そうあることではないのだが、それを教える義理もないとヒショウは軽く返事をしただけだった。

「あの、僕はどれくらい眠っていました?」

「案ずるな。一晩だけだ」

ヒショウはほんの少し胸をなで下ろす。

「そうですか。一晩ぐらいならホト様の寝台を借りていても大丈夫ですね」

元はといえばホトが無理矢理寝かせたのだから問題はあるまい。

「それについても心配はいらない。あいつは貴様の隣ですやすや眠っていたぞ」

「そうですか……って、え?」

珍しくツグミがいたずらに笑った。

「添い寝されてたぞ。お前、体に何もされていないか?」

「え……え?」

ヒショウは一度立ち上がって見る。

「そういえば、体がすこし、軽いような……?」

「それは疲れがとれたからではないのか?」

「ええ。物理的に、といいますか」

「だが、見た感じの変化はないな」

するとツグミは執務室の方へ叫んだ。

「だ、そうだ」

しばらくの間沈黙が続く。しかし、それは突然だった。

「お前、あいつに触れんなって言っただろ!あいつは大人びてはいるが、まだ子供なんだ!手を出すのははええ、というか、合意もなく手を出すんじゃねえ!」

「私は無罪だよ。ちょっと、ヒショウ君。いい加減な証言はしないでくれ給え!」

数秒の停止の後、ヒショウは慌てて走り出す。すぐにゼンの姿が見え、頭を下げた。

「お帰りなさいませ。ご無事で何より。お迎えするのが遅れてしまい申し訳ありません」

ゼンのいつも通りの姿にヒショウは心から喜んだ姿を見せる。

「お前のせいじゃねえよ。ただいま」

ゼンはヒショウの頭を大きな手でなでた。

「私からすれば君たちがそんな風に仲が良すぎる方が問題だと思うけどね」

ホトのつぶやきにはあえて誰も反応しなかった。

「お前、何かされていないか。大丈夫か?」

「え、ええ。気のせいだと、思います」

「そういえば貴様、そいつが隠し持っていた暗器、あさってなかったか?」

「ギクッ」

「ギクッ」

一気にヒショウとホトが動揺する。

「そ、添い寝をするのに、し、しかるべき処理をしただけだよ」

ホトはあからさまに目を泳がせた。

「没取した暗器は寝台の下のあるよ」

ツグミがすぐに行って、両手に暗器を持ってきた。

「お前は俺に隠れて暗器を隠し持っていたのか?」

「はい……」

主の言葉に嘘はつけなかった。

「申し訳ありません」

少しの間沈黙が続く。

「ほーらね。冤罪だった。体が軽いのは暗器が外に出たからであって、私のせいじゃない。つまり、私の罪は晴らされたという訳だ」

「いや。そうとも限んねえだろうが」

ゼンは言ってため息をついた。

「後で話そうと思ってはいたんだが……まあいい。お前、俺になんかかくしてやってねえか」

「私?」

とぼけた返事をしながらもホトは認めるかのようににやりと笑った。

「私が何を隠していると思うんだい?」

「この手紙。どこで見つけたんだ」

それは、ツグミが机の上に置いたものをゼンが見つけた手紙だった。

「この手紙は、落ちていたんだよ。この机の下に」

「嘘つけ。お前はこれを誰かから貰ったんじゃねえのか?」

「貰う?誰にだい?」

幾らゼンににらまれようとも、ホトは笑顔を崩さなかった。

「この手紙をお前が受け取ったのはいつだ」

「昨日の夜中。私とそいつがここに帰ってきてすぐだ」

「つまり、宴の後だな」

「なら……宴でこいつはその手紙を受け取ったのか?」

「その可能性が高いな」

ヒショウは一人、状況についていけていなかった。手紙が見つかったのはうれしいが、受け取ったとはどういうことだ。自分が書いた手紙を盗んで、ホトに渡した人間がいるということか?

「昨晩の宴の中での話は僕がずっと聞いていました。でも、そんな手紙を受け取ったような感じはなかったと思うのですが……」

「こっそりこいつの胸にでもしのばせたのだろう。話さずとも受け渡しをする方法はいくらでもあるし、そのことを領主に漏した誰かさんがいたらなおさらだ」

「なるほど。早く終わったのも、そのせいか」

「それってつまり」

「私は確信犯でーす」

「やっぱり」

ツグミがあきれたように行った。

「手紙は貴様が持っていったのか?」

「まさか。それは私のせいじゃないよ」

「信じがたいな」

ヒショウはツグミの方を仰ぎ見た。

 もしかして僕、かばわれてる?

 いや、ありえないか。

 僕を特に目の敵にしていたような奴だ。急にてのひらを返されても怪しさしか感じない。一度培われた忠誠心は絶対である一方、味方でない人間への懐疑心は底知れなかった。

「まあでもなにはともあれ、手紙が帰ってきてよかったです。たかが僕の手紙なんて、なくなっても良かったんですけどね」

「でもなぜ貴様の手紙はここからなくなったのだ。風にでも飛ばされたのを拾われたのではないだろうに」

「盗んだんだ、意図的に」

ゼンは声を低くしていった。

「盗む?この手紙をか?ただの子供が書いた者なのに?」

「それがただの手紙だったら良かったんだけどなあ……」

「どういうことですか」

「君はあの手紙に何を書いたんだい?王都の元お仲間達をかばうようなことを書いたんじゃないの?」

「はい……あっ」

ヒショウは叫んだ。ゼンは心配そうな顔をしており、ホトは面白そうにしている。ツグミはそんな様子を見て、倉から出て行こうとした。これは部外者である自分がかかわるべきではない話だと感じたからである。

「待ち給え」

ホトが行った。まさか自分に言っているノではないだろうと考えたツグミがさらに歩みを早めると、ゼンが腕をつかんだ。

「君もここに残って私の話を聞いてほしい」

「私が聞いてしまってもいいのか?私を信用している訳ではないんだろ?」

「状況が変わった。君にも手伝ってほしいのだよ」

「手伝う?何をまたたくらんでいるんだ、貴様らは」

「私たちはこの国で今、もっとも力のある人間を敵に回している」

「だれだ、それは?」

現実味を帯びない話についていけないツグミは思わず聞き返す。

「領主です」

ぽつりとヒショウが言った。

「簡単に言うとね、私の優秀でかわいい部下は領主に目をつけられていてね、でもこの通り、この子は頑固者だから律儀に私の元へいてくれちゃって、領主は歯がゆい思いをしているってわけ。それで、いつの間にか蛇をここに忍び込ませていたみたいだね。あの手紙の中はもう見たかな?一応説明しておくとね、そのこの元仲間が王都にいることがあちらにしれてしまった。そういうこと。つあり、弱みを握られたって訳だ」

「弱み?貴様は元仲間も弱みなのか?心に決めた主以外には心を傾けるべきではないのではないか」

「人にはいろいろと事情があるからね。この子は幼く見えても、結構大人だから」

ホトはまるで内緒話をするかのように言った。

「思わせぶりな言い方をしないでください!」

いつものようにたしなめるヒショウの顔色は心なしかよくないように見えた。

「弱みではないんです、たぶん。僕にはそんな仲間意識みたいのはなかったんです。だからあそこを捨ててゼン様を追いかける道を選んだ訳ですし……。ただ、死んでほしくはないと思うんです。昔僕と付き合いがあったという理由だけで狙われるのは理不尽じゃないですか」

「死んでほしくないって……貴様ごときの仲間にそこまでするか?大げさだろ」

「お前は優しいなあ」

「君はかわいらしいね」

「甘いですね」

三人の意面が無駄にあった。

「これこそ、事情があるんです」

「それは私が聞いてはいけないことか?」

「はい」

「そうか。なら諦める」

「妙に諦めがいいな」

「好きに言え」

無駄な詮索をしない。それこそがツグミの『仲良くなるため』の手段であることにホト以外は気がついていない。

「さて、どうしたものかなあ。あっちからの接触を待っていても、後手に回るんじゃああんまりやる気がしないなあ」

「やる気ですか……」

「でもこっちが下手に動いちゃって後ろにぴったり疲れるのも嫌だね。足をすくわれることなんて、私にはないのだけれど、少しでもあちらに優勢な状況にはもっていきたくないなあ」

「ここまで、領主は必ず僕に白蛇を贈ってことを起こしています。だからこれからもそうやってくると思うのでその蛇をひたすら潰して行くのはどうでしょう。それなら僕だけで対応可能です」

「だとしても、お前を一人にするのはいよいよ危険か」

「そうだね。それに、王都の方も気になる」

「もしあっちを攻撃するなら先にヒショウに言うだろ。その時でいいだろう」

「そうだね。じゃあ、ここは私が一肌脱いで、領主がどのくらいまで把握しているのか探ってみよっか」

「申しわかりません。ありがとうございます、皆さん」

その時、

「あれ?」

とツグミが声を出した。

「なんか騒がしいな。珍しい」

兵士達に交ざって文官までもが走り回っている。

「あっちには……牢があるねえ」

ホトがおかしそうに言った。

「ああ」

今度はゼンが思い出したように言った。

「北都の連中が捕まったんだ。勿論、俺がやったんだけど」

「え?」

「ええ?!」

「……」

驚くホトとヒショウの顔がおかしくて、ツグミは密かに笑みを漏した。


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