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朝帰り

「僕はあなた達の正体を知っています。その上で、この手紙を送ります」

そんな言葉から始まる手紙だった。

「近い将来、南都が王都を侵攻します。はやくにげてください。できるだけ遠く、南都の手が及ばない場所へ。これは僕からの忠告です。僕はもう誰も、あなた達も、殺されたくはないんです。これが今の僕に出来る精一杯の償いなのです」

 丁寧に手紙を閉じる。空が白み始めた。一人きりの静かな夜はあけようとしていた。いつもならもう仕事を始めるであろう働き者の少年も、今は上司とともに寝台の上である。起こすのも気が引けるし、昨夜の寝顔には不覚にも同情してしまった。

 そう、不覚にも。

 不覚にも、なのだ。

 無意味なまでに何かを隠している手紙だ

正体、とはなんだ。なんの償いなんだ。奴らはヒショウのなんなのだ。

 不自然極まりない手紙だった。気味が悪い。

「なんだこれ。忠告ってなんだ」

 南都の侵略。

 そんな計画があったとは知らなかった。南都に壊滅させられるような集団とは、何をしているんだ。

「死んでほしくない、か」

そんなこと、今まで誰にも言ったことがない。

「ここにいるのは変人ばかりなのだな」

わかりきっていたことをもう一度口に出して身に刻む。

「そういえばあいつはどうなんだろ?」

あいつ、というのはゼンのことである。

 ツグミがゼンについて知っているのは、彼が糸遣いであり、ホトの護衛であって、ヒショウの主であること。そして彼には、世界の裂け目とやらを塞ぐ力があること。ヒショウから聞くゼンは、ずいぶんと素晴らしく、ずいぶんと立派な男のようだった。話を聞いている限り、まるで聖人である。故に一層、不思議に思う。どうしてここまで、周囲に白い目で見られているのだろうか、と。

 勿論、特殊な性格で、境遇、肩書き故の偏見というのは大いにあるだろう。でも、他にも理由はあるのだろうか。ヒショウでさえもいらない、知らされていない彼の姿があるのでは兄だろうか。

「だめだ、だめだ」

まるでゼンの肩を待つかのようなことを考えるだなんて、ありえない。

 あくまでも、敵として。

 そうあくまでも期限付きの仲間として、ここにいいるのだ。

 手紙は適当に机の上に置いておくことにした。自分が直接渡すよりも、そっちの方がヒショウは素直に受けとルであろうからである。

 再びいつものように外の偵察に戻ろうと視線を外に向けたところで、ツグミは気がついた。

 噂をすればなんとやらである。

「なんだその服」

「お?」

伝説、あるいは英雄視されているはずの男は間抜けな声で返事をした。

「珍しいな。お前が第一に声をかけてくるだなんて」

いつもはヒショウが全力で走ってくるのに。

「あいつじゃあなくて済まなかったな」

「あいつはどこだ。俺が帰ってきたことに気がつかないだなんて、よほどのことがあったんじゃないか。それに、ホトもいねえじゃねえか。まさかあいつお前を残して遊びに」

「二人は寝てる。奥でな」

ツグミはそう素っ気なく言った。

「へえ、寝てる。あいつが。いつぶりだろう。信じらんねえ」

「そんなにあいつは不良なのか?」

「まあ、その感じで一回死んでるからな」

「死んだ?」

「あ、いや、その……」

ゼンは見るからにうろたえた。

「死んだみたいに倒れた。寝てしまって仕事もそっちのけ。少し困ったんだ」

「とことん迷惑な奴だな」

ツグミは吐き捨てるように言った。

「でも、寝ているのなら好都合だな」

「貴様はまずその服をどうにかしろ。ここに包帯や薬類はあるか?あるなら私が手当をするが」

「心配するな。これは、返り血だ」

血まみれの服を来たゼンは当然であるかのようにそう答えた。それは少し、馬鹿にするような態度であった。

「貴様人を殺したのか?」

世界の裂け目なるものを塞ぎに言っただけではなかったのか。それなのになぜ。どこに殺しの必要がある。

「人は殺していない。捕まえるのに少し手こずっただけだ」

「捕まえる?なにをだ?」

「それは言えないな。それについても後であいつらに聞いてみないとわからないな」

ツグミはいぶかしげにゼンを見た。

「そんな大量の敵に襲われたのか?」

「攻撃は最小限にした。傷つけるために糸を使うのは、気乗りしない」

「そうだな……」

ツグミは少しいいごもる。

「私も同感だ。だが、あいつはどうなのだろう」

「あいつ?」

「ヒショウだ」

答えると、ゼンは目を丸くした。

「そんなことも話したのか?」

「いや。間接的に、感じただけだ」

するとゼンは腕を組んで考え事をするような姿勢をとった。誰であっても人を殺すことを何も思わずに出来る奴はいない。あいつも苦しんでたぜ」

「苦しんでいたのだろうか」

「どういうことだ?」

「貴様やあの男が、あるいは私が、あいつに人殺しは苦しいことだと押しつけているだけなのではないんだろうか。大方貴様達はあいつのそういう弱みにつけ込んで仲間に引き込んだんだろ?私だって意図せぬ形であいつに同情された。まるでだましているようだ」

「そんなこと悩んでどうするんだよ」

ゼンはそうはっきりと言い放った。

「だまし、だまされるのは世の常だ。きっと、ヒショウだってこっちに隠していることはある。勿論俺にだって大いにある。でも、だますのも、だまされるのも、全部自分で決めたことだ。それに口出しいてもしょうがないと俺は思う」

「そうか。愚問だったか」

珍しく素直に引いたツグミに、ゼンは改めて目を丸くする。

「ではなぜ、あいつは私にあんなことを頼んだのだ」

「あいつ?あんなこと?一体何の話だ」

「やはり貴様も知らないのか」

「なんだ?またあいつが悪巧みでもしているのか?」

 悪巧み。

 単なる悪巧みならいいのだが。

「あいつの、ヒショウの、友人になれだそうだ」

「は?なんだそれ。親かあいつは」

「親、と自分は言っていたが、それ以上に、兄、ぐらいの気持ちなのではないか」

「へえ。それは知らなかった」

知らなかった、という部分を妙に強調して楽しそうにゼンが言う。

「あいつ、それについてなんか言っていたか?」

「私があいつと仲良くすることがこの国の為になるとか大口たたいてたな」

「ははっ。なんだそれ。まあでも、俺もそれには賛成だな。あいつの友達になってやってくれよ。あいつも仕事ばかりじゃあ、見えるはずの者も見えなくなっちまうし、無理しないように、でも互いに邪魔はしねえように、適度に仲良くしてやってくれ」

「貴様もあいつと同じようなことを言うのだな」

「そうか?それはなんか嫌だな」

「今度はヒショウと似ている」

 ひどく似ている主従だと心から思う。なんだかそれが、うらやましかった。

「とにかく、あいつらが寝ているのは好都合だな。あさがえりにこんな姿じゃあ、怒られちまう」

「敵の襲撃と言っていたな」

「ああ。だが、俺にもわかんねえんだよ。なんで俺があんなに狙われたのか。後で本人達に聞くけどな」

ゼンは面倒くさそうに頭をかくと、やっと倉の中にはいってきた。寝室の入り口に立っているツグミの近くまで来ると、足を止める。

「ああ、そうそう。言い忘れたから言っておく」

ツグミの頭の上に、何か大きく暖かい者が優しく乗った。

「な、なんだ。私に、さ、触るな!」

身をよじってツグミは離れようとするが、思いのほか大きい手と体に遮られる。

「よろしくな、いろいろと」

「よろしくって。私はあくまでもお前らを監視するために」

「監視でも何でもいい。お前が俺たちといてくれることに違いはねえだろ」

「……ああ」

「だから、ホトやヒショウのこと、良くしてやってくれ」

「なんだその言い方。それじゃあまるで――」

――まるでいなくなってしまうようではないか。

 そうツグミが言い終える前に、ゼンはツグミんの横を通過して寝室に入っていた。

「って、なんだこれ!お前ら、何してるんだ!」

ゼンの怒号が倉に響き渡った。


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