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寝かしつけ

 ツグミは、ただ視線を夜空に向けるしかなかった。

 かつての仲間達がすぐ隣にいる。自分がかつていたその場所に戻りたくても戻れないのはまるで拷問でも受けているかのようだった。別段、同僚達と仲が良かった訳でもない。むしろ、シュヨクに特別に認められ私兵になったツグミは浮いた状態だった。勿論、シュヨクが彼女を女として寵愛することはなかったが、それでも勘違いをされ形見が狭かったのはたしかだ。

 だがずっとこんな思いでいてはいけない。

 仕事をしよう。仕事を。仲間に、否、元仲間に捨てられたと勘違いされないようにせねばならない。

 ツグミはなんとなくヒショウの方を見た。紙を耳にあて、集中して仕事をしているようだ。とはいえ、そんなヒショウを見ても尊敬するとか、見習いたいとか、そういうことをしないのはただのツグミの意地だ。むしろ、ツグミの視線に気がついているだろうに、誇らしげに偉そうに仕事をしているヒショウが憎たらしかった。

「帰りましょう」

唐突にヒショウは切り出す。中にいるホトが合図を出したのだろう。

 相変わらずしょうがないやつだ。

 ヒショウに連れられて部屋を出るホトに、ツグミは悪態をついた。経験からして宴はまだまだ続くだろうに。シュヨクはまだ宴にでるだろうに。

 後ろ髪を引かれる思いでツグミはその場を後にした。再び道案内として来た道を帰っていく。

「僕、驚きました。家族の他愛もない会話って、ああいう話のことを言うんですね。まあ、かなりの悪意は感じましたけど」

「まあね。でも今日はいつもよりも一層しょうもなかったよ。ひょっとすると、私を帰らせたかったのかもしれないね」

「なら呼ばなきゃいいのに」

ヒショウはわかりやすく悪態をつく。

「いやいや、領主は私と話がしたかったから宴を開いたんだ」

「あれで?あんなんでですか?」

「あの人は私に興味があって仕方がないんだ。まったく。いい性格してるよね」

「じゃあなんで早く返されたんですか?」

「お兄様だよ。シュヨクのせい」

「シュ、シュヨク様!」

ツグミは言い慣れたその名に思わず反応してしまった。

「さ、さすがだな。シュヨク様は貴様のことも考えてくれたんだな」

「まあ、自分の為だと思うけどね。それにあんなにあからさまに私を追い出したら、私たちが何か隠してるんじゃないかってみんな警戒するでしょ。全く。結局は詰めが甘いのだよ」

「なっ」

ツグミは振り返ってホトをにらむ。彼の目が見えていないことなどは鼻から頭になかった。

「そう思うなら貴様が手助けをして差し上げればいいのに」

「なんで?私が協力しないといけないほどあの男は無能なのかい?」

「……」

ホトに言い返せず、ツグミはやるせない思いを足に込めて地面を蹴った。

「あなたという人は」

「なんだい?」

「なんというか、ハブられているのはあなたのせいが大きいんじゃないですか?」

「そうかなあ」

「その挑発的な態度、偉そうな態度、そう言うのが勘違いを読んでいるんじゃないですか」

「そんな気はないのだけれど」

「無意識でやっているのなら大問題です」

「えー」

二人の関係は不思議である。ツグミは首をかしげざるを得ない。主従であるのだろうが、これではまるで、まるで、友人のようだ。少なくとも自分とシュヨク様との関係とは違う。慣れない一方でうらやましくもあった。

「あなたからも言ってください!」

「そういう奴には何を言っても無駄だ」

「厳しいなあ、二人とも」

「一緒にしないでください」

「そいつとは違う!」

きちんと否定してツグミはため息をつく。

 ああ、だめだだめだ。妙に感傷的になっている。

 弱みを見せまいとツグミは胸の中でかつを入れるが、うまく隠しきれいない。

「憂いを帯びた少女ほど魅力的なものはないね」

ホトが言った。驚いていると、彼はいつの間にか目隠しを外していたらしい。いつの間にか軍部にたどり着いたようだ。

「き、気持ちの悪いことをいうな!」

ツグミは慌てて目をそらす。幸い、目を見たのは一瞬だったため何も怒っていない、はずである。

「き、貴様からもし、注意しろ」

「いや、注意と言われても……」

ヒショウはあきれたように言う。

「あなた、顔赤いですよ」

「はっ?」

ツグミは慌てて頬を隠す。

「こ、これはその」

「その?」

「シュヨク様のことを少し、思い出してしまって……」

「そうですか……。本当に好きなんですね」

言われてさらにツグミの顔は赤くなる。

「ところで君は、他の人のことを言っている場合じゃないんじゃないかな」

「はい?」

見上げたヒショウの顔を、ホトが強い力でつかんだ。

「は、離してください!」

「君、もしかして寝てない?」

ホトは暴れるヒショウをねじ伏せるように無理矢理目を合わせて聞く。

「え、えっと……」

「あの時みたいに。というか、もしかしてそれ以上に?」

「いや、あの……」

「言って?」

「寝てません」

口が勝手に動いた。この感覚は、知っている。やばいと気がついても、もう遅い。ホトの瞳からは目が離せず、意識が奪われていくのがわかった。

「お、やっぱり効いてるじゃない。もう結構弱ってるってことだね。このままだと死んじゃうよ?顔色も悪い」

「ぼ、僕はまだ」

「はい。おやすみ。いい子は寝むる時間だよ」

ヒショウの体から突然力が抜け、ホトにもたれかかる。ホトは満足げに笑うと、静かにヒショウの頭をなでた。

「いつもはさせてもらえないからねえ。特権特権」

「き、貴様!こいつに何を!」

「眠ってもらった。死なれたら困るからね」

ツグミはその言葉を理解できなかった。ホトの力については知っていた。だが、間のあたりにするのはこれが初めてだった。

「そういうことで、私がこの子を運ぶから、倉まで帰ろうか」

「本当に、そいつはねむっているだけなんだな?」

「そうだよ?確認するかい?」

ホトはヒショウの軽い体を抱き上げると、ツグミの方に向けた。確かに、ヒショウは安らかな寝息を立てて眠っているようだ。

「わかった」

ツグミは冷静を装うと、今まで通りに倉に向った。

「私と二人きりだが、貴様はいいのか?」

「うん。もちろんさ。君は私を殺そうだなんて無駄なことは考えないでしょ?」

「わからないぞ。私は」

「いや、間違えた。君は私を殺せない。君は私の目の力を間のあたりにしてしまったからね。振り返ることも、今はもう出来ないはずだ」

図星だった。恐怖。それがツグミの体の自由を奪っていた。

「まさか貴様わざとそのためにそいつを」

「どう受け取るかは君次第だよ」

 この人とは会わない。

 いや。

 それ以上に。

 この人は――。

「――恐ろしい」

気がつけばツグミはそんなことを口に出していた。

「私はこの目を悪用しないよ。君に対しても、この目は使わないつもりだ」

「だが、その『悪』は貴様が勝手に決めた悪だろ」

「え?」

「貴様は必ずしも正義ではないと言っているのだ」

「それは誰でも同じでしょ。勿論君もね」

「それはそうだが……」

ツグミは少し心を落ち着かせるかのように息を吐いた。

「それはそうだが、そいつには目を容赦なく使ったではないか。そいつは嫌がっていたのにもかかわらず」

「でも、死なれるよりはましでしょ?」

「貴様はどうせそうやって、青いつを日常的に洗脳して支配しているんだろ?」

「日常的にはやってないな。というか、野郎としても、今みたいに弱ってくれないと出来ないし」

つまり、ヒショウが普段はホトの目から逃げているということか?

 ヒショウの力についてしらないツグミはそう理解した。

 昼間ヒショウは、今が幸せだと言った。でも、あの考えがホトに植え付けられた者だとすればどうだろう。彼は気がつかないうちに思考までも都合がいいようにこの男に操作されているのではないだろうか。

「そいつが、あわれだ」

「おや?心配しているのかい?」

「心配ではない。しかし」

「この子もゼンも、全く人タラシで困っちゃうなあ」

ホトはツグミの言葉を遮る。

「君は、それを言って何になるんだい?この子の主は私。私は貴様らよりもこのことの付き合いは長いからね。この子のうまい御し方は知っている。その僕が、今は目を使うべきだと判断したんだ。新参者の君が何を言ったところで、私よりも正しい判断が出来るとでも?」

 部外者は口を出すな。

 そう遠回しに言われたのだとツグミは唇をかんだ。ツグミはホトの部下でもなければ、ヒショウの友人でもない。出過ぎたことを言ったのはわかって射た。

「さて、早く帰ろうか」

ツグミは無限で歩き出す。屈辱的な視線を感じながら、その分背筋を伸ばした。

「君はどこの街出身?」

「急になんだ」

「なんとなく。気になっただけだよ」

ほんの少し前までツグミを脅していたとは思えないほど緊張感のない声でホトが言った。

「西都だ」

「ふうん」

「親御さんは何してるの?」

「農民だ」

「里帰りとかはするの?」

「最近はしない。少しでも長くシュヨク様の役に立ちたいからな」

「珍しい」

「珍しい?どこがだ?」

「そうじゃなくて、君みたいに家族が残っている古雅さ。クークじゃあみんな独り身でね」

「そうか」

ツグミはあえて素っ気なく返した。先の戦争のせいでそういう人はシュヨクの元にも多くいた。そんなことで同情を買おうとしたって、その手にはのるまい。

「西都はいいところ?」

「まあな。のどかでいいところだ」

「私行ったことがないのだよね。ゼンはあるのかな」

「もとから特にめぼしい産業もあそこにはないからな。とはいえ別に不便もない」

「だからこそこの不況下でも生き残っているのかもね」

「変化がないのなら死んでいるも同然だ」

「きついねえ、きみは」

緊張感もなくヘラヘラとホトは言う。

「でもうらやましいよ」

「貴様がうらやましがるようなこともあるまい。私なんかより、よほど恵まれた生活をしてきたはずだ。自分では気がつかなかったかもしれないが名」

「でも、君がそんな風に故郷を思えるのはうらやましいんだ。私も、ゼンも、きっと、この子もね」

「そうか……」

ヒショウの名が出た瞬間、ツグミは口を噤んだ。つやが牢にも、強がれなかった。

「そいつは」

「王都出身ってことになってる。本当のところは話からにけどね」

「でも、おいつも王都出身みたいなこと言っていたぞ」

「それはまあ、こっちの話だから」

「どういうことだ。だって」

「まあ、気にしないで」

ところで、とホトは少し話題をそらした。

「ところでこの子、家族という者に憧れているんだけどね」

「それはうすうす感じてはいた」

「私では彼の期待に応えられないからね」

「私にそいつの家族のまねごとをしろというのか?断る。そんなことさせられるなら、わたしは今すぐ舌を斬って死ぬ」

ツグミはじっとりとした目でホトとついでにヒショウを見る。

「貴様なにを企てているんだ」

「この子の夢を壊さないでほしいんだよね」

「はあ?」

「つまり、この子には希望を失ってほしくないんだよ」

「なんだ。それを餌にしてそいつを連れ回しているのか?だったら私の知る話ではない。貴様のそんな幼稚な考えに付き合う義理は私にはないな」

「義理はなくても、義務はあると思うんだけどね。まあ、いいんだけど、君はいずれ、屈辱的に、彼が希望を持ち続けることの大切さを思い知って私に協力したくなるだろう」

「やけに遠回しな言い方だな」

「だって、君が怒ったら嫌だもの」

ホトはヘラヘラした態度で答える。

「私が屈辱にさらされるとして、そいつになぜそんな過保護になるのだ」

「この子が希望を持っていることがこの国の平和に直結するのだよ。家族の為にこの子は生きている。家族がいなくなれば、この子は命を絶とうとするかもしれない。そうなれば、私との主従関係も途切れてしまいかねない。それはこまるのだよ」

「そいつは、貴様が恐れるにたる力を持っているのか?」

半分はあざ家である。そしてもう半分は、鎌をかけたつもりであった。だがホトは

「もっている」

と、そう断言した。

「子供は、大人には計り知れないような強大な力を持ってるからね。それをうまく、あるいはひねくれたように引き出す、というのが大人の至福の楽しみ、というものだと」

「なんだそういうことか」

ホトは全面的に落胆して見せた。

「それだけか?」

「それにこの子は少し思い込みが激しいからね。思い込みというか記憶まで柿茶生んだからしょうがない」

「言い過ぎではないか」

「彼に限っては事実だから。すぐにだまされてせっかく身につけた糸で抵抗されたら、私では手も足も出ないからね。それに」

ホトはいたずらっぽく笑った。

「私はこの子に同情しているんだよ。それこそまるで父親のように」

「ふざけるのはやめろ」

「真面目だよ。私はいつでも」

ツグミはため息をついた。

「では、具体的に私には何をしてほしいのだ、貴様は」

「友人」

ホトはすぐに答えた。

「君はこの子の友人であってほしい」

「……貴様は過保護な親か」

「友人、というからには、君たちに仲良くしてほしい、というわけではないのだよ?敵対していてもいいから、でもこの子が君になら信頼して協力を頼める、そんな関係になってほしい。この子の一部に、君にも鳴ってほしいんだ」

「馬鹿らしい」

「君はそのために、この子の憧れでなくてはいけない。家族という者に対しての希望を、保たせてやるんだ」

馬鹿馬鹿しい、ツグミはまたそう悪態をついて断るつもりだった。だが、ホトはまるで心を読んでいたかのように、まくし立てる。

「君はさっき、この子を眠らせた私のことを非難したけどさ、このこが長い間眠っていなくて、明らかにつかれていることに気がついて痛んじゃないの?それ絵も君はこの子の意思を尊重して、放置した。あやうくこの子は死ぬところだったよ」

「……つまり、私に、その子を過労死させようとした償いをしろと?」

「どう受け取って貰ってもかまわない」

「……わかった。受けよう」

ここまで話して時間切れだった。倉に到着したのだ。

「異常はないかな?といっても、ここに遊びに来るような物好きがいれば会ってみたいところだけど」

皮肉的な物言いにツグミは思わず顔をしかめる。

「ゼンはまだ帰ってきてないんだねえ。まったく、不良だなあ、彼は。花街に行くなら私を誘ってほしかったよ」

「あいつはおそらく、花街にはいっていない。隙があると仕事をさぼろうとする貴様とは違うのだ」

「ねえ、君って私に対してだけ厳しくない?」

ツグミは無視をする。どうやらホトも諦めたようでこれ以上は突っ込んでこなかった。

「じゃあ、私はそろそろ寝ようかな」

言い残すと、ホトの寝室がある奥へと入っていく。

「あ、おい」

「なんだい?」

ツグミは眠っているヒショウを指さした。

「ああ」

ヒショウは偉そうにしているが、とはいえまだ少年である。細身で枝のような見た目をしているが、そういうのが好みの奴もいると聞く。それに、ホトはどうしようもない女好きだ。執念にも手を出すかもしれない。

「まさか貴様」

「これあげる」

ホトは懐から何かを取り出し、ツグミに渡した。

「なんだこれ。口止めの賄賂なら受け取らんぞ」

「違うよ。これはさっきはなしていた、この子がなくした手紙。見つけたから君に渡しておくよ」

「見つけたって……貴様いつの間に」

「まあそこは気にしないで。そうだ。私の机の下にでも落ちていたことにしてよ。今みつけたってことにして」

「おい」

「この手紙を使って、この子と仲良くなってあげてよ」

「興味ない。そいつの手紙なんて」

「そう?」

ホトはわざとらしく肩を落として見せると、そのまま部屋の奥へと入っていった。

「おいまて。そいつは?」

「ああ。まあ、大丈夫大丈夫。寝台は一つしかないけど、広いし、それに過労死寸前の部下を床に捨て置く訳にはいかないから」

ツグミはあきれてホトとヒショウの顔を交互に見る。気持ちが悪いほどに気持ちよさそうにヒショウが眠っているのを見て、ツグミは思わず目をそらす。

 どさり、と少々乱暴な音が部屋の奥から聞こえた。

「うわっ。この子いつの間にこんなに暗器を仕込んでいたの?一歩間違えたら、さっき抱き上げたときに刺さっていたなあ。はい、没収!」

金属音がカチャカチャと鳴る。

「休ませてやるだけではなかったのか?」

「なにか言ったかい?」

都合が悪いことは聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか。ツグミは三度ため息をつくのであった。


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