元仲間
ホトに目隠しをつける。
ホトの手を引く。
ホトを連れていく。
「あはは。慣れたことなのに変な感じがするね」
「だまってさっさと歩け。気色悪い」
先導をするツグミは吐き捨てるように言った。
「厳しいなあ」
ホトは笑うが、その目には光がない。改めてヒショウの目にはホトがあらわに映った。
「ところで君、初めて見た私の顔はどうだい?つい見とれてしまうでしょ?」
「黙れ。貴様に興味はない」
「あはは。これじゃあまるで囚人になったみたいだなあ。ヒショウ君、助けておくれよ」
「あの、僕気になっていたんですけど……」
ヒショウは話の腰をわざと折った。
「宴で今どんな話をしているんですか?ここ最近、毎晩召集されていますが」
「しょうもない話だよ」
「あの、もう少し、詳しく」
「いやいや、本当にどうでもいい話。あんな腹の探り合い、ただの時間の無駄だよ」
「え?」
「腑に落ちないと言う顔だね」
「いや、顔、見えていないでしょ」
ヒショウはわざとホトの目の前で手を振ってみせる。当たり前だが、眼球は動かない。
「まあ、さしずめ、早急に決めなければいけない緊急事態がここ見たいな平和な場所では怒りづらいから当たり前か」
ツグミは独り言のようにつぶやく。
「じゃあ行かなくてもいいじゃないですか……」
「私ははじめからそう言っているでしょ?というかそんな残念そうに言わないで」
「あなたと同じことを考えているというのは避けたいことなので」
「……」
「ね」
「……」
ヒショウはもう一度念を覆うとしたが、ツグミが口を挟んだ。
「無駄な話が出来る相手こそ、家族ではあるのだけどな」
「……」
今度はヒショウが黙らざるを得なかった。
家族。
その言葉はヒショウの中に重くのしかかる。今は感傷的な思いにひたらないように気を紛らわしていると、ヒショウはあることを思いだした。
「手紙!」
「急に叫ぶな。うるさい。斬るぞ!」
ツグミが言った。いつもなら口を塞ぐ所だが、ヒショウは慌てて口を塞いだ。中央の役所に近づいてきたので人も増えてきた。その視線の多くがヒショウに注がれていた。
「あ、あの、手紙見ていませんか?」
「手紙?私は見てないよ」
「蛇に襲われた日に書いていたんです。でもごたついているうちに、そういえば亡くなってる」
「ふむ。なるほど」
ホトは興味深そうにうなずいてる。
「あなたも見てないですか?」
「みてない。そんなもの見つけたら、貴様を、ヒショウをからかわないわけがないだろ」
「そうですか……」
少し残念だ。あんなに書いたのに。
「申し訳ありませんが、もう一度紙をわけていただいてもいいですか?」
「いいよ。それは全然」
でも、とホトは指呼し声を低くして言う。
「手紙を書いたら少し放置しておいて。そうすると、もっと楽しいことが起こるはずだから」
「興味だけに従って行動していいことなんておきない――」
言いかけてツグミは急に周りをきょろきょろ見回し始めた。そして何かを見つけ、目を丸くする。
「どうかしました?」
「い、いや、なんでもない」
ヒショウは不思議そうに首をかしげ、ホトは意地悪に笑った。
「ところで、なんだけどね。君に少しだけ頼みたいことがあるのだよ」
「なんでしょう?」
頼み、という言葉にヒショウの体がこわばる。
「私が帰ろうとしたらさ、宴の途中であっても、私を連れて帰ってほしい。なるべくかっこよく帰りたいんだ」
「なぜあなたの格好つけに僕が協力しないといけないんですか」
ヒショウは不満を丸出しにして言った。
「部下の仕事だよ。ゼンはいつもやってくれるよ。だから、ね?」
ヒショウはゼンの名前を出され大きく舌打ちをした。
「わかりました……でもそのためには中の様子を知っておかないといけないですよね。でも、会議をしている部屋に僕は入れないだろうし……」
「それについては、私に案がある」
ツグミが自信ありげに言った。
「さっきのからくりを使えばいいのだ」
「さっきの?」
「糸電話だ。糸を使って、中の声を盗聴するんだ」
「なる、ほど……でも、紙を使うのは目立ってしまいます。かわりに」
ヒショウはホトの方を見た。
「ホト様の首に糸を直接巻いてしまいましょう」
「なるほどな。それなら声も拾える」
「ちょっと待って。それ、一歩間違ったら私の首がしまらない?」
「層かも入れないですね。でも、ゼン様のやり方もあなたはどうせしらないでしょう?だからしょうがなく、僕は僕なりのやり方でやらせて貰います。それとも、格好をつけないで帰りますか?」
「いやいや、待って待って。絶対他のやり方があるよ。君確実に、私への今までの恨みここで腫らそうとしてるよね」
「部下の無茶ぶりに答えるのも上司の役目ですよ」
「ちょっと私が」
「まあ、あなたの為ですので」
ヒショウはホトを部屋のなかに押し込み、方をなで下ろした。
「助かりました。ありがとうございます」
「まさかそれは私に言っているのか?」
「はい」
「やめろ。なれなれしくするな。反吐が出る」
「素直じゃないですね。この僕が珍しく感謝しているのだから、ありがたく思ってほしいんですけど」
「元から私の方が貴様より上なのだ。貴様が感謝するのは当然だろ」
「あ、また、貴様って言いましたね」
「貴様は、貴様だ!」
「こら、静かにしなさい」
そう注意をされて初めて二人は我に返った。
「もうすぐ宴が始まる。礼儀をわきまえろ」
「……」
「すまない」
ツグミは謝るが、ヒショウは謝ることもなく、相手を観察する。見たことのない官だ。中にいる大臣のうちの誰かの従者なのだろう。
そういえば、とヒショウはあたりを見回す。
扉の周りには服や見た目の雰囲気が異なる人タッチが多く集まっていた。一定の数で求まっているところを見ると、どうやら各大臣の従者や護衛達のようだ。他の集団にも距離を置かれ、少数で扉の前を陣取っているのがヒショウ達、ホトの従者。最も大きな一段はきっと、領主の者だ。その周りで小さくまとまっているのが、シュソクとシュビの者だろう。それから少し離れいるまとまり、すなわち今こちらを指摘してきた官が所属しているまとまりは、シュヨクの者のようだ。たしかに、護衛のための兵らしい集団はツグミと同じ鎧を着けていた。
ヒショウはツグミを見上げる。
ツグミは、ぼんやりと虚空を見つめていた。何を考えているのだろう。声をかけようとして、すんでのところでやめた。言ったところで何になる。状況はかわらない。
ヒショウはため息をついてもう一度シュヨク達の一段を見た。ヒショウの視線に気がついたらしく、様子をうかがうようにこちらを見ているが、それ以上の元は何もない。無駄な衝突は避けたいのか、あるいは、無駄な接触を避けたいのかもしれないが、ツグミにはまったく目もくれない態度はあまりにも素っ気なさ過ぎた。
これが元仲間の対応か。
その冷たさは、ヒショウにかつての仲間を思い出させた。自分もいつかまたかつての仲間に出会ってしまったら、こうするだろうか。彼女たちは、裏切リ者の自分に冷たい目をむけるだろうか。当たり前とも言えるその状況に、自分が耐えられるかはわからない。今のツグミを見ていると、不安になる。寂しさの裏返しの強がりにも、悲しさの裏返しの笑顔も失うほどに、苦しむことになるのだろう。かつての仲間をいつまでも捨てきれず引きずっている自分は弱いと思う。自分の立場が揺らいでしまうことはわかっている。今自分に出来るのは彼女たちが自分で助かる方法を提供するだけなのだ。手紙を出し、軍が迫ってくるかもしれないことを伝えて。
「それしかできない」
今の自分身出来る精一杯をするだけなのだ。
ヒショウは仕切りなおして糸がつながる紙の筒を先ほど同様に耳にあて、中の様子に集中する。己の役割をただ全うするのであった。




