置き土産
遠ざかっていく主の姿を見送って、男はため息をついた。
「どうかご無事で」
誰に向けた言葉なのかもわからないまま、男は隣に立っているヒショウをにらみつけた。勿論、ヒショウはそれよりもずっと前から男をにらみつけている。
「なんだ。何か言いたいことでもあるのか」
「ある。今すぐここから出て行け」
「無理だ。私の使命は貴様達を守ることだからな」
「お前のような鼠がいては、守る者も守れない」
「私が邪魔だと言いたいのか?」
「そのとおりだ」
「私を除けようとする貴様は、シュヨク様に逆らう者とみて斬っていいな」
「それはお前の勝手な判断だろ。むしろ、お前が僕を殺せば、足下をすくわれるのはお前の主の方だと思うけど」
「……」
男は何も言わない。
「話は糸で聞かせてもらった。立ち話もなんだし、入ってこいよ」
突然姿を現したのはゼンだった。ゼンの思いがけない言葉に、ヒショウは目を丸くする。
「いいのですか!?この人、何をするかわからないし、入れるべきでは……」
「私兵の一人や二人、というか、何人いたって。俺とお前なら勝てる」
「そうですね!」
ヒショウは場に合わず、喜びで笑みを浮かべた。少しは自分の強さが認められている。それだけでうれしい。
「そういうわけだ。心のひろいホトに感謝しろよ」
しかし男は動かない。
否、小刻みに震えていた。汗が顔を伝っている。目はこれでもかと見開かれていた。
「大丈夫ですか?」
たとえ心を許していない相手であっても、心配をせざるを得ない異常さだった。
これは、緊張だろうか。
それとも、恐怖だろうか。
「大丈夫ですか?」
返事がないのでヒショウはもう一度繰り返した。
「あの」
もう一度聞こうとしたところで、男が動いた。一歩一歩、踏みしめるようにして倉へと進んでいく。
「あ、ちょっと」
ヒショウは少しあきれながら後を追いかけた。
倉の奥の光がもれる部屋。
部屋の入り口にはホトが立っている。その少し後ろで、ゼンが仁王立ちしていた。
とはいえ、二人の様子に先ほどまでのような緊張感はない。だが、異常なのはやはり兵士の男の挙動だった。部屋を前にひざまずき、頭をかるくさげている。おそらくはホトに経緯を示しつつ、目を見るまいという石の表れだろう。男からはせられている痛いほどの緊張がヒショウには伝わってきていた。
「ようこそ」
ホトは笑顔をこぼさず、優しい声で言った。
「そんなに緊張しなくていいよ。ここは他と比べて緩いから。いじめたりもしないし、馬車馬のように使うってこともないから。まあ、適度に気をぬいて、暇つぶし程度に警護に当たってくれればいい」
「お心遣い感謝いたします」
男ははっきりとした口調で言ったが、声が震えている。
「君のことは、まあ一応あいつの私兵という訳だから、完全に信用する訳にはいかないけれど、それなりに信頼している。だって君は私を殺そうだなんて思っていないものね」
「……」
「そりゃあそうさ。だって私の力を、私の目のことを、君は知ってしまっている。知ることは何と恐ろしいのだろうね」
ホトは笑顔を解き、まっすぐ男を見る。
「知っているにもかかわらず、私の目の監視下にいられる君は素晴らしいよ。でも、この距離が、その態度が君の限界だ。自分の力を過信しないのはとてもいい心がけだね。大丈夫。この距離を保ってくれれば、私の仲間も君にちょっかいは出さないはずだ」
「承知しました」
「二人ともわかったかい?」
「言われなくてもそうする」
「……はい」
「それは良かった」
ホトは再び笑顔を貼り付ける。今度は男を上から下までなめるようにして見た。
「それにしても君はすごいね」
ホトの言葉に男は小さく震える。
「君は女でしょ?」
「……」
ヒショウは慌てて男、いや、男の姿をした兵士を見上げた。
この人が女?
言われて見れば声は女らしく高いが、見た目ではわからない。紙も短く切られており、華奢で小柄な若い男だと言われれば疑いようがないように思えた。
「は?」
兵士のかわりに返事をしたのはゼンだった。
「こいつが女?どう見ても男だろ?」
「ヒショウ君が隣にいるからわかり憎いんだよ。例えばシュヨクや他の兵士が横にいればわかりやすいんじゃないかな」
「何がだ」
「おやおや、君であってもわからないのかい?彼女はどう見たって可憐で初々しい女性なのに?」
「匂いとかですか?」
ヒショウは兵士に近づこうとした。女性は特有の香りをつけていることが多いとヒショウは経験から知っている。
「ち、近づくな!」
兵士は興奮した面持ちで、ヒショウを手で払った。
「ヒショウ君、今のは紳士としていけないな。匂いとか、そういうことじゃなくて、もろそうというか、見た目もそうだし、声とか、雰囲気とか仕草とか。逆に君たちは何でそんなにわからないんだい?」
「わかったわかったもういい。ヒショウ、こいつの言っていることを理解しようとするなよ。これは男として最悪の姿だからな」
「わかりました」
「わからないでよお」
ホトは楽しそうに突っ込んだ。
「で、君、どうだい?私の勘は当たってる?」
「……」
「だんまりはよくないよ」
「私は、女です」
兵士は恐る恐る答えた。
「普通女性は兵士になれないはずだけど」
南都の法では兵役につけるのは成人した男だけと決まっていた。
「シュヨク様のご厚意で、私兵としておそばにおいていただけることになったのです」
女はふっと息を吐くと、頭を上げホトの方を見た。
「あ、おい」
ゼンの制止も耳に入れず、女は凜とした声で言った。
「申し遅れました。私はツグミと申します。出身は西都。シュヨク様への忠誠を示すために、あなたに一時的にお仕えいたします」




