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取引

 部屋の奥にはホトが座る。

 その隣の席にはゼンがけだるそうに座る。

 ホトと向かい合うようにしてシュヨクが長椅子に腰掛ける。

 その隣にヒショウがすましたような顔をして立っていた。

「不便だろうが許してくれ給え。目隠しをするぐらいでこちらの陣に入れたのだから、寛大に思ってほしいところだ」

「入れた?無理矢理連れてきたのだろうが」

「あなたは目的があって私の後をつけていたのではないのかい?君が私にことわりもいれないで軍部の奴と密会しようとしていたのなら大問題になりかねないからね」

「目的はあった。だが、こうなるつもりはなかった。お前一人に話をしてすぐに帰るつもりだったのだ」

「だとすれば、私を見くびったあなたの負け、ということだね」

「ああそうかもな。お前がその目を使って得た操り人形の力を見くびっていたことに違いはない」

「だから、違うといっているでしょ?彼らは私の心からの友人であり、大切な部下だ。まあ、家族には及ばないかもしれないけどね」

ヒショウは目を見開く。軽く唇をかんだ。

「本題に入れ。時間の無駄だ」

ゼンが言った。

「うん。わかってるよ。わかってるけど」

ホトはうなずいたが、話を収める気はないようだった。

「領主は嘘をついたのかい?あなたはあいつの命令で動いているのかい?」

「まさか。あの方は嘘はつかない。これは俺の意思だった。あの方の言いつけを破る許しを貰って、ここまで危険を冒してきたんだ」

「そうか。だから詰めが甘いのか!」

「なに!」

身を乗り出そうとしたシュヨクをヒショウが糸で押さえる。

「まあ、確かに、あの人の計画だとしても小ずるいだけで詰めは甘いからね。それを隠そうとするところが気にいらないけど」

「お前をあえて油断させようとしているのだ、あの方は」

「へえ」

ホトは興味深そうに口元をゆがませる。

「あなたは先ほどから立場を見失っているのかい?話をきいている限りでは、あの人と言うよりも私の陣営に近いようなことを言っているように聞こえるけど」

「お前をかばっている訳ではない。ただ……」

「ただ?」

「俺は別に、父様に従順な訳でもない。無論、あの人はこの都の最高責任者であるから、命令には極力従うが、俺が常に従っているのはぉ連も医師だ。父様の考えが正しければ、従う。だが別に、忠誠は誓っていない」

「つまり、あのお向かいの村を攻めるのに賛成したのも、あなたがそれがいいと思ったから、ということだね」

「ああ。あれが最善だと思った」

ヒショウがぎりぎりと歯ぎしりをする。今すぐ殺してやりたい。でも、それがいけないことぐらい今のヒショウにはすぐにわかった。

「で、今日はあの人の名に逆らってでも、私と話をするのが最善だと考えた、と」

「ああ。だが……」

シュヨクは少し言葉を詰まらせる。

「お前とは一対一で話したい」

「なぜ?」

「この都の存亡にかかわる大切なことを話したいのだ。部外者、特に、変な力をもつ乞食どもに聞かせていい話ではない」

「それは、ちがうなあ」

ホトはあきれたように言った。

「何を言っているんだか」

「本当です」

「どういうことだ。お前らは乞食じゃないとでも言いたいのか」

「そう」

「違います」

ホトとヒショウが交互に答える。

「僕らのような低い身分の人にこそ、話を聞かせるべきなんです。情報が乏しい僕らにとって、それは必要なことなんです。知らないが為に怒りにまかせて大規模な暴動を起こされてはたまらないでしょ」

「理性から来る乞食の反乱ぐらいなら、ここの軍なら押さえられるだろ。なんなら俺たちの軍を貸してやってもいいぜ」

ゼンがいたずらっぽく付け足す。

「えらそうに」

「まあ、今はこちらの方が圧倒的に優勢だからね。それにこいつらは部外者じゃない。南都に来て生きているんだ。この街の人は、この国の人はみんな、私たちの救済相手でしょ?」

「……弁だけは立つ奴め。確かに、お前の言うことには一理ある。だが、今回の話は聞かせられない」

「だからそれは」

「家族の問題なんだ。それがこの都にかかわる」

誰もが口を開かなかった。誰も口を開けなかった。

「もう一度聞く」

ヒショウは身構えた。

「お前は本当に、俺の弟なんだな」

「なんだそんなことか」

ホトは馬鹿にするように言った。

「私はあなたの弟だよ。そしてあなたは、私の兄だ」

「それは確かなんだな?」

「うん」

「絶対に、か?神に誓うか?」

「うーん」

ホトは少し返事を濁した。

「絶対とは言い切れないかな」

「おい、お前」

ゼンをホトは視線で制す。

「家族であるってことの絶対的な証明ってなんだろうね。一緒に暮らして、一緒に生きている。そんなことが家族の証明になるのかい?なら、ここで暮らしている兵士達は家族のかな?出稼ぎに出て行った人は家族じゃないのかな?それとも、家族の証明は血縁で出来る?生まれたって言う事実があればそれでいいの?それに、もしも同じ母から生まれていても、その子供が、本当にその子供であることの証明は出来る?もしも他人と入れ変わっていたらどうするんだい?他にも、外見が親と似ているとか、そう言うのって、全然客観的な者じゃないじゃん。そんなのあてになるのかな?私はそうは思わないなあ。家族であることの証明なんて出来ない。出来るのは、自分がその家族の一員であると信じることだけ。授けられた名に縛られて、その名にあった人間として生きる。ただそれだけのように思うけどね」

ホトはゼンとヒショウを交互に見る。

「私が今与えられている名前は、ホト。シュトウが私にあの日授けた名前だ。他の鳥の巣に托卵するホトトギスからとられたこの人ぴったりに生きているつもりだよ」

「そうか……」

シュヨクはつぶやくようにして言った。

「ならお前は王都に行ってはいけない。それに、これ以降父様にも極力合わないようにしろ。宴にも来なくていい。俺が理由を適当につけておく」

「なんのつもり?また私を除け者にして悪巧みでもするつもりかな?私の目を警戒しているのなら、何度も言うが意味はない。私は家族にこの目を使うことはないとなんと言えばわかってくれるんだい」

「そうじゃない。そうじゃなくて……」

「兄として、お前が心配だ」

「はい?」

「だから、兄としてお前を案じているんだ」

「は?」

ゼンがぽかんと口を開けた。

「……」

ヒショウは無意識のうちにシュヨクの首に糸を巻いていた。

「なんだそれ。なにをするつもりだ!」

ヒショウの鋭い殺気がシュヨクに降り注ぐ。

「今さら何を言っているんだ。何かの作戦か?僕たちを油断させてだまそうとしているのなら、質が悪すぎる。お前はそんなこともわからないのか」

「作戦と言えば作戦だ。でも、弟を守るための作戦だ」

「守る?何言ってるんだ!僕たちを危険にさらしているのはお前らだろ!」

「殺されたいのか、お前らの上司が」

「殺、される?」

「領主様に逆らえば殺される。そんなこともわからないのか」

「殺すって。それはさすがにやり過ぎじゃないの?ありえない。仮にもあの人はこの都の最高権力者だ。それが我が子を殺したとなれば、あの人が築いてきたものが壊れてしまう」

「公にはしないだろうな」

「格下としても、俺たちが知っているのにか?」

「いや、領主様が直接的に手を下すとはわからないだろ。刺客を送ってくる可能性もある。あるいはお前達のうちのどちらかを――」

「そんなこと、ありえない!僕たちがホト様を裏切るだなんて!」

ホトはヒショウの方を見た。

「それに、殺さずともお前の勢いだけをそげればいいのだ、あの人はきっと」

シュヨクは方をすくめた。

「お前がさっき言ってた人質とはなんだ。誰のことを言っていた?」

「人質、だと?まさか俺たちのことじゃないだろうな?」

ゼンが驚いたようにホトに聞く。

「違う。それはね、違うよ」

「では誰だ。お前は誰を、いや、何を隠している?」

「それはね」

ホトは少し黙る。

「君たちには言えない」

「は?なんでだよ」

「私の人質のためさ」

ホトはゼンの方をみる。

「君たちを信用していないわけではない。でも、話してしまえば、君たちを余計な危険にさらしかねない」

「だが、いることは確かなんだな。父様はそのことを知っている、と」

「まあ、私に鎌をかけるだけのつもりだったかもしれないけどね」

「ではお前はそのかまかけにまんまと乗ってしまったのか?」

「わざとだよ。私が彼にとって予想外の行動をすれば、逆に怪しんで行動をすぐには起こさないだろうからね」

「つまり、お前の人質に有効な人間がいることを知っているのはここにいる人間だけということだな」

シュヨクは確認するように言った。

「そうだよ。万が一にでもこのことをこれ以上公言してしまったら、どうなるかわかるよね?」

「ああ。お前の報復は父様のよりも何十倍も怖い」

「それはそれは、お褒めいただき光栄だな」

「でもお前、こいつを『信頼していいのかよ』

ゼンが困惑したように聞いた。

「大丈夫。兄様はわかっているよ。私に牙をむくことの恐ろしさを。それに。この話自体が嘘かもしれないということもね」

「どっちなんだよ。いるのか、いないのか」

「いるよ。でも、本当にいるかどうかは君たちが考えるべきことだけどね」

「あの」

ヒショウが遠慮がちに言った。

「なんだい?」

「領主様はすくなくとも、先ほどまではホト様の人質の存在をご存じなかったと思います。あの人は、わざわざ一人でいた僕を狙って刺客をおくってきた。もしも人質の存在を知っていたのなら、抵抗するであろう僕のことは二の次にして、人質を使ってあなたを取り込み、僕に協力するように命令させれば良かったのです。だからその、領主はまだ、あなたの弱みを握っていなかった。そうは考えられないでしょうか?」

言い方が悪くて済みません、とヒショウは頭を下げる。

「なるほどな」

うなずいたのはゼンだ。ホトはただおかしそうに笑っていた。

「そもそもなぜ、ホト様が狙われているのでしょうか」

「父様にとって、私は邪魔なんだ。正確には、父様の夢にとって、かな」

「夢」

またか、とヒショウはわずかに悪態をつく。

「夢、というより、理想に過ぎないのだろうけどね」

「ホト様はそれが何かご存じなのですよね」

「勿論。とてもくだらないことだけどね」

「なんなんだ。あいつの夢ってのは」

「王様になることだよ。この世界のね」

ホトは素っ気なく言った。

「この世界……?この国ならまだしも、この世界のですか?」

「そりゃあ無理だな。過去史もそういうことをしようとした奴がいたって言う記録はあるが、誰もうまくはいっていない」

「それはそうですよ。だってこの世界には四つの国があってそれぞれに王様がいるのです。その中でたった一人の王になるだなんて認めてくれる人はいないだろうし、そもそも世界の王になんてなってどうするのですか」

「それに、もしかして他の国を攻めて侵略しようだなんて考えてるんじゃないだろうな。今や廃れきっているこの国が他の大国に勝てるわけがないだろうが。犠牲だけが大勢出ちまう。そんな夢、なんの為になるんだよ」

ゼンはホトに突っかかった。彼に当たっても意味がないことはわかっている。だが、我慢が出来なかった。ホトはそれを、笑顔で受け止めた。

「そのとおりだよ。どこから世界を統一できるだなんていう自信が生まれたのか教えて貰いたいぐらいだね。あり得ないことが多すぎて、考えるだけで頭が痛い。無謀以外の何者ではないよ、あの人では」

「だが、お前の情報が正しいとして、父様はまずこの国の王になろうとするはずだ。王都への施しもそのための布石と言うことだろう」

「知っているよ、そんなこと。わざわざ鼻高々に口に出すほどのことでもない」

「はあ!?」

「でも私がこの計画の邪魔になる理由がわからない」

シュヨクは黙った。代わりに口を開いたのはヒショウの方だった。

「ホト様の目だと思います。その目を利用して反旗でも翻されてはこまる。今は夢だけに集中していたのではないでしょうか」

「ばかばかしい」

「権力を得たいなら、初めから自分よりも有能な奴を蹴落とす準備をしておかないといけない、と、僕を昔買った奴が言っていました」

ヒショウはわずかにゼンの方を見た。ゼンには暗い顔をしてもらいたくはなかった。

「確認したいんだが、お前は父様のようになる気はないんだな。万が一父様が王になっても、それを蹴落とす気はないな?」

「もちろん。そんな窮屈そうな仕事したくないからね。この国の未来を切り開くには一刻も早く追うが必要なんだ。まあ、志すぐらいはいいんじゃない?どうせうまくいかないんだから」

「了解した」

シュヨクは静かにそう言った。

「お前が父様の志を邪魔する気はない、そう俺から言っておこう。俺の言葉なら、きっと信じてくれるはずだ」

「そううまくいくかなあ」

「あたりまえだ。俺は、優秀だからな」

シュヨクは立ち上がった。どうやらもう帰る気のようだ。ヒショウはそれを冷たい目で見ていたが、ホトからの指示があり道案内をすることになった。不機嫌なため手荒に糸を引き、ぐんぐんと倉から離れていく。

 倉から出てやっと、ヒショウは他の人の気配を感じた。一瞬白蛇かと身構えたが、近くの柱にもたれかかっていた鎧姿のその男に、ヒショウは見覚えがなかった。

 無論、臨戦態勢は解かない。中にはホトも、ゼンもいる。しかも隣にはシュヨクもいる。彼らに何かあっては面子がもたない。糸を握る手は強くなる。

 小柄な男だった。

 みると腰には立派な剣が刺さっている。

「やはり来ていたか」

っくちを開いたのはシュヨクだった。

「ええ。あなた様の身になにか怒ればすぐにはせ参じます」

「お知り合いですか?」

声からして、男は水分と若いように思える。だが、シュヨクとの関係がわからない以上、ヒショウは警戒を怠らなかった。

「ああ。私はシュヨク様の私兵だ。今回の貴様らの狼藉はあらかじめ予測していたからな。私がここに来ることが出来た」

「想定?」

「宴が終わってもシュヨク様がお戻りにならなければ、軍部にこい、と」

ヒショウは未だ目隠しをしたままのシュヨクをにらみつける。

「貴様らシュヨク様に何もしていないだろうな」

「目隠しをさせただけだ」

「信用できない」

「お前こそ、シュヨク様への用事はこっちも済んでんだから仲良しこよしで早く帰れよ」

「貴様、なんだその言い方は!」

いとこは興奮した様子で剣に手をかけた。

「これ以上シュヨク様を侮辱するようなことを言ってみろ。ここで斬ってやる」

「やってみろよ。僕は簡単には死なない」

「まあまあ。ここで面倒ごとを起こすのはやめろ。俺のことを思ってくれているのならなおさらだ。余計な戦闘をするな」

なだめたのはシュヨクだった。

「今日からお前には、ここに残って貰う」

「え……?」

男の顔が一気に絶望に変わったのがわかった。

「こいつらの動向を探って貰う」

「まだ僕たちのことを疑っているのですか?いったでしょう?ホト様は領主に危害を加える気はない。ましてや、お前になんて」

「もしもの時のためだ。それにこいつがいれば、万が一にまたお前が狙われたとしても守って貰えるぞ。な?」

同意を求められた男は渋々うなずいた。

「シュヨク様のご命令ともなれば」

「守る?僕たちを甘く見て貰っては困りますね。まるで、こちらに諜報員を送り込むようなまねをして、今度はなんの嫌がらせをするつもりですか?」

「そんなことはもうしない。あいつは俺の弟だぞ」

ヒショウは目を見開いて固まった。見たこともないようなシュヨクの姿に戸惑った。

「他の奴もきているか?迎えはそいつらに任せるから、お前はもういっていい。これから先、俺が戻ってこいと言うまでこちらとも接触も最低限にいてくれ」

「はい」

「頼んだぞ」

シュヨクは男に目隠しを外させると肩を軽くたたいて去って行った。

 馬鹿馬鹿しい。

 ヒショウは冷めた目で二人を見ていた。

 なぜあんな男に従うのだ。

 なぜあの男は気がつかないんだ。

 こんなにも自分の従者が苦しそうな顔をしているのに。


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