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白蛇

「こんばんは」

絡みつくような声で、男は言った。抱き込むように絡みついた男の腕は、徐々にヒショウの体を締め上げていく。月光の元に白く光る体も、体温を感じない冷たさも、人間ではない蛇のそれだった。

「こんな遅くにお一人でいらっしゃるだなんて、危ないですヨ。まるで襲ってくれとと言わんばかりではないですか」

「なんのつもりですか」

「はい?」

とぼけたような声を出す男に、ヒショウは殺気を強めていく。

「僕をどうするつもりですか?」

腕が痛んだ。片手を拘束されているせいでかみついたままの蛇はもう放っておくことしか出来ない。糸をろくに使えているのだろうか。ヒショウは男にばれないように指先で糸を操っていた。

「領主様のところへ連れて行きますヨ。そういう役目のために私は作られましたのですヨ」

「僕は、ゼン様の従者です。ゼン様の許可なく僕を連れて行くことは、許されないことのはずです」

「ゼン様の主はホト様。ホト様の主は、領主様ですヨ。あなたは領主様の従者の一人であることはお変わりありませんヨ」

「目的はなんですか」

「領主様はあなたに対そうご興味を持っているのですヨ。私や仲間の命を犠牲にしてでも連れてこいとの命令ですヨ」

「興味?人質としての興味なのだとすれば、間違いだとお伝えください。僕に人質としての価値はない。それに、僕たちにとって人質を取るだなんて無意味なことであると」

そんな汚い手段でホトを従わせられると思うなら大間違いだ。

「人質なんて下品なことを言っている訳ではありませんヨ。領主様はあなたをおよびなのですヨ。さあ、行きましょう」

「いやです!」

男は体の自由がきかないヒショウの足を持ち上げると、そのまま連れていこうとする。ヒショウは思い通りにはさせまいと持ち上げられた足で男の顔を蹴り逃走を図る。男が衝撃で手を離したお陰で地面に落ちるようにして逃げたヒショウだったが、毒のせいか動きが鈍くなっていた腕を掴まれ、また力ずくで巻き込むように男のもとへ引き寄せられた。

「あなたに拒否権があるとお思いですか?聞くところによると、あなたは王都出身のようですヨ。そういえば、王都には人殺しをする奴隷がいるそうではないですか。なんでも、東都の領主はその奴隷を王都で買ってしまって殺されたそうですヨ」

ヒショウはなるべく動揺を見せまいと話を聞いていないふりをして暴れる。

「殺したのはあなた――」

男はヒショウの耳元に顔を近づけると、ささやいた。

「――のご友人、もしくはお仲間ですネ」

「それは……」

声が震えた。

「それは……知りませんでした。東都の領主様が亡くなっただなんて、まったく、知りませんでした」

「そうですか。ならばなぜ、あなたの胸はこんなにも激しく動いているのでしょうネ」

男の手がヒショウの胸に触れる。

「蛇はね、震動には敏感なのですよ」

男はささやいた。

「ど、毒のせいです。あなたのお仲間の」

「まだしらばっくれますか?まあいいですヨ。わかってもらえたようなのでネ。ところで、あなたは糸使いなのですか?あの男の糸のように、この糸は生きた動きをしていない」

「気づいていましたか……」

ヒショウは糸を絞めた。たとえ気がつかれても逃げられないように、糸はすでに巻き付けきっていた。心臓の動きに男が気をとられているうちに、作業を進めていたのだ。今のはわざと気がつかせた。わざと糸を強めたのだ。

「ホト様は不思議な力を持つ方がお好みのようですネ。あの男のの糸遣いは有名ですヨ。兵士でもないくせに、その不思議な力だけで成り上がっている、と。そもそも、どこの国の出身かもわからず、なにもしらない約立たずだと」

「そうですか。僕はもう、その挑発には乗りませんよ。あの方の素晴らしさがわからない人間は愚かだと、ただ思うだけです。僕にゼン様がいるように、ゼン様にはホト様がいればいい」

「その調子ではあなたも相当ホト様に買われているよですネ。どんな力をおもちで?」

「もしかして領主様の興味というのはそれですか?僕はただの小間使いです。あなた隊がホト様を冷遇するから、人手も足りず、僕のような召使いが連れてこられたのです。特別な力もないただの人間だからこそ、僕はあの方の糸に憧れたのです」

「ごまかそうとしても無駄ですよ。あの方が『普通』の人間を近くに置くはずがないことは良く存じておりますヨ。付き合いは長いものでネ」

「付き合いがながくても、知ろうと思わなければわからないことはおおくあります」

「あの方は今、特別な力を必要としているのです」

「なんのために」

「近く、王都へ行きます。南都の救いの手が王都へと伸びるのです。その際、人知を超えた力があると役に立つのですヨ。領主様のお力では、人を増やして労働者を増やすことしか出来ません。だから例えば、さけようはないでしょう戦闘で傷ついた人間を癒やせる治癒能力などがあるといいとおもうのですヨ」

「……」

ヒショウは唇をかんだ。

「王都を救いたいとはあなたもお思いでしょう?あなたが首肯してくれるように、領主様が直々に説得してくれるのですヨ」

「勝手なこと言うなよ」

ヒショウは吐き捨てるように言った。

「なんで今更助けるんだ!何で今まで助けなかったんだ!」

「いえ、ちがいますヨ。あなたが現れた今こそ、その時なのです」

「あの人達は自分で助かります。きっと助けて貰っても、助かりません。自分で助からないと意味がないんです」

「手をだすなということですネ。いやはや、あなたは力もない非力な人間のはずなのにそんなにも自身があるのですね」

「自身ではありません。これは覚悟です」

「そういえば、王都へ赴いた際、その殺人奴隷もスク制するそうです。そうか。治癒能力がある方がいれば、死者は出ないかと思いましたが、これでは小がありませんね。ああ、気にしないでください。なんの力も持たないあなたには関係のない話なのだから」

「……」

ヒショウは、全身の力が抜け落ちたのを感じた。男の拘束も解かれ、そのまま膝から崩れ落ちる。

「協力したくなったら、いつでもおっしゃってください。どうやら、連れて行くことはできないようですネ」


 数分後、ホトのいる部屋の前で立っていたゼンは、一匹の白蛇を見つけた。その蛇に絡みついた透明な何かを見て、彼はすでに走り出していた。

「さて、やっとゆっくり話が出来る」

シュトウは部屋の隅を白蛇が這っていくのを認めると、ゆっくりとそう口を開いた。

「私はそろそろ失礼するよ」

ホトは立ち上がる。だが、すぐに異変に気がついた。扉の外にゼンの気配がない。彼は一体何をしているのだろう。

「帰るよ、ゼン」

「まあ、待ちなさい。座ってもっと話をしよう。もう自分が置かれている状況は理解しただろう?」

ホトは少し不満そうに口を尖らせると、再び席に着いた。状況を理解することは、ホトにとってはたやすいことだった。だが、それを受け入れるとなるとため息がでる。

「人質を取って、何がしたいのですか」

「そんな物騒なことはしていない」

「それに、私からあの子を奪うのは不可能ですよ。私であっても手を焼いているのだから、あなたの作った知能の低いは虫類ではなおさら彼を意のままにするのは困難でしょう。彼に手をだせば、間違いなくあなたはやけどをする」

「それでも私はあの少年に興味があると言ったら、どう思うかな」

ホトは言葉を返さず、ただにやりとわらった。

「親と子、似たものどうしないようですね」

「ああ。まるで本当の親子のようだ」

「あの、その子供、というのはいったい……」

恐る恐る聞いたのはシュヨクである。

「しらんのか?こやつはまた新しい乞食を連れてきたのだ」

「なんですって」

シュヨクはホトをにらみつけた。

「聞いてないぞ、そんなこと。一刻も早くその子を親元に帰してこい。ついでにお前も出て行け」

「彼は元奴隷だよ。誰かの下僕として生きる以外の生き方をあの子は知らない。今更家族なんて見つかるとも思えないし、青空の下に彼を放りだしたって、彼に何が出来ると言うんだい。それはあの子を見捨てて、見殺しにするのと同じなんじゃないかな?」

「そんなわけないだろ。元奴隷ならなおさらだ。だが、この都にきたということはその子はもう奴隷とは離れた生活をしていい、誰かの下部でいることを強要して言い訳がないはずだ」

「彼は望んで私の元にいるんだよ。私が今更何を言ったところで、彼は私の従者であることをやめないだろう。出て行けと言っても、おそらくは言うことを聞かない。彼は出て行かないし、勿論私も自分の家から出て行く気なんてない」

「言うことを聞かないのなら、目を使ってでも孤児院に入れてやれ。お前の目はそのためにあるんだろ」

「目を使ってほしいのかい?君たちもやはり最後は私の目に頼らなくてはいけないということなんだ」

「そうじゃない。が、これはお前が解決するべき問題だからだ。お前がお前の力だけでことを解決するには、目を遣わざるを得ないと言うことだ。お前は、お前一人では以下に非力か、今思い知っているだろ。あの糸遣いがいない今、お前は丸腰だ。大口はたたかないことだな」

「私を心配してくださっているのですか?それとも、おどしているのですか?」

「どちらもダ」

シュヨクはあきれたようにため息をついた。

「目を遣ってでもその子供をここから追い出して自由にしてやれ。下僕として生きる以外の生き方を知らないのなら教えてやれ。それが本来あるべき姿だろ」

「子供、ねえ」

シュトウは反射的に感じ取った。自分の胸の内など、この化け物には読まれているのであろうことを。

 シュヨクが子供をかばってしまうのは、末弟への罪滅ぼしの思いが強い。末弟が消えてしまったのは、こんな化け物に取って代わられてしまったのは、彼に自由のない人生を強いてしまっていたからではないかと思う。何も訴えず、何一つ不満をこぼさないのをいいことに彼の未来と運命を決めつけてしまったが、そのせいで消えてしまったのかも知れない。彼の未来すら奪ってしまったことを今更後悔しているなどという情けないことをホトに見すかされていると思うと、つい自嘲の笑みがこぼれた。

「一ついいかい?」

シュトウはまるで視線を集めるかのようにわざわざ手を挙げて口を開いた。勿論、目の見えていないホトは、声も追わずに虚空を見て言うr。

「その子供に対して君は、目を遣わないのではなく、使えないのではないかい?」

「と、言いますと?」

シュビが改まるようにして聞いた。

「簡単なことさ。君の力は力あるものには及ばない、あるいは及びにくい、ようだね。だからつまり、その子供もまた君のような特別な力を持っている。違うかい?」

「ええ、その通りですよ」

ホトは隠すこともなくうなずいた。

「彼にもまた、世界の裂け目を塞ぐ力があるのですよ。彼の助手として、あの子供を見つけたのです」

「世界の裂け目?ああ、あの男が塞ぐとか言う奴か。お前曰く、そのせいで世界が悪くなるとか言う」

シュソクが言った。

「はい。現在、この国の各地で裂け目は生まれています。私たちは情報が入り次第穴を塞ぎにいっているのですが、荒れて射るこの国では出来る裂け目の数が多すぎて手が回らず、困っていたところ、その子供を見つけたのです」

「彼のその力はどの神に由来する者なのか、わかっているのかい?」

「いいえ。でも別に、何でもいいじゃないですか。役に立つのですから」

勿論この国をよくするために、とホトは笑顔で付け足す。

「世界の裂け目なんて馬鹿馬鹿しい。第一、我々にはそんなものみえないのだぞ。存在しているという証拠もないし、あの男の言っていることは全て嘘だということもあり得る。裂け目のせいで何が起こると言うんだ。だまされないでください。こいつの口車に乗せられてはいけない」

「いやいや、そう決めつけるのは良くないですよ、兄様。目に見えない者を信じない、実に危険な思想だ。我々に見えているのは世界の本の一部にしか過ぎない。君にとって大切なお金の価値は、目に見えているのかい?数字になんの意味がある?きみが見ているのはただの紙切れに、黒い線だけだ。そんな者に我々は意味があると言って、目に見えないにもかかわらず信じて疑わない。でも、あんな価値なんて存在しているかもわからないし、確かめようもない。だから、見えないからと言って信じないのは、意味のないことなのだよ」

言い終わると、ホトはやっとシュトウの方を見た。

「あなた、あの子がほしいだなんて、何か悪巧みをしていますね?」

ホトは疑問形で言ったが、確信をしていた。

「何をする気ですか?」

「王都だよ。王都もやっと助けられる時が来た」

室内が一瞬、静寂に包まれた。

「聞いていません、そんな話」

「俺もです」

「僕も」

「そうだろう。この計画を口に出したのは、今が初めてだからね」

 なぜ今。

 なぜ今更。

 シュヨクはその言葉を己の中で反芻して考える。日に日に増し続ける南都の人口、進歩し続ける技術に対応するのに精一杯で王都のことなどお構いなしだったではないか。南都は豊かであるとは言え、王都にまで食料や物資を供給するほどの財力はない。だが、こんなことが詭弁だったことは自分が一番良くわかっている。所詮は、王都の民を他人として見捨てていたのは事実だ。それはここにいる誰しもがそうだっただろうに、どうしてこんない突然、王都に手を出すのだ。

「確かに、我々には都一つを養えるほどの余裕がある訳でもない。だが、我々には技術がある。南都の進んだ技術を教えて上げれば、王都でも生活基盤が作り出され、人が暮らせるようになる。そうなれば、王都の民が救われるだけではなく、南都の人口問題も、解決できる」

「少し考えさせてください」

シュヨクはそう言った。しかし、ホトは、

「私は賛成だよ」

と明言した。

「お前、そんな簡単に」

「ことは一国を争っている。王都を救えるのなら、一刻も早く救いの手を差し伸べるべきだろう」

「お前が賛成してくれるとは、少し意外だった。しかし、少しは見直したよ。物わかりはいいようだ。自分のおかれている状況次第では、好奇心もおさえられるようだな」

「私は何をすればいいのですか?」

「王都の法整備を整える。その前に、治安を取り締まってほしい」

「了解」

「王都にはどうやら人殺しの奴隷を売っている人間もいるそうだ。是非、粛正してくれ」

「わかりました。ただ、あそこは本当に犯罪が横行しているみたいだから、もしも人口が半分くらいになっても容赦してね」

「その分南都の人間を入れよう」

「完璧だね」

「待ってください。こいつにそんな大切なこと、頼んでいいのですか?」

シュヨクが叫んだ。

「彼だから頼むのだ。彼の統制された兵やあの糸遣いはいい駒になる。それに、彼には先行して王都に行って貰う。だから」

「ちょっと待ってください。それはなしだ。領主様、あなたも一緒に来てください」

「お前!なんて失礼なことを!」

兄たちの顔が見るまに青くなっていく。

「私だけを追い出すのは危険だよ?軍を率いて行っていいのなら、もしかすると私は外からあなた隊を本気で滅ぼすかもしれない。そんなことは竹刀けれど、でもその監視役としてだれかつれていきたい。それに、私が南都の正式な軍師だって信じてもらえなければ意味がないからね」

「監視だと?人質にするつもりだろ。私で手を打て」

「やだ。君じゃ威厳が保てないではないか」

「なに!」

「まあ、落ち着きなさい」

領主は落ち着いた声でそう言った。

「いいだろう。いこう」

「おありがとうございます」

「父様、危険です!」

「私にも私兵がいる。それに、人質もある」

「人質なんてこいつには通用しませんよ!」

「いいや。それは甘いな」

シュトウはホトをみた。ホトは虚空を鋭くにらんでいた。

「ホト、君は私が行くとわかっていたね?」

「あなたに今必要なのはさらなる信用です。王都に行って積極的に救いの手を差し伸べれば、国内だけでなく、国外からも名声は高まる。そうすればさらにこの都の価値は上がり、あなたへの期待も高まる。そしてその期待は、あなたの夢には必要不可欠だ」

ホトは言い終わると席を立った。

「帰ろっと」

「おい、お前は今あの男がいないのだから帰れないだろ」

「帰れるよ。糸は私たちをつないでいるから」

ホトは人差し指をシュヨクに見せつけた。光を反射してわずかにきらめいている何かが、細くしなやかな指に巻き付いている。

「糸……」

「よろしい、帰りなさい。誰も彼に危害を加えてはいけないよ」

シュトウは満足げにそう言った。

「感謝するよ、お父様」

ホトは吐き捨てるように言った。

「頑張ってね、王様への道。誰かにとって変わられないように」

ホトは扉を開け夜の闇へ消えていく。

「私たちも今日はこれで解散だ」

領主の視線がシュヨクにムク。シュヨクはうなずくと、ホトを追いかけた。


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