訪問者
「この前さぼっちまったんだから、ちゃんと働け」
日課のごとく召集されるようになった宴に、今晩もホトはあ連れて行かれた。また一人留守番になったヒショウは、特にすることもなく四神の資料を読みふけっているばかりである。
「生と死の神、朱雀」
資料に描かれた絵巻には、どれにも大きな朱雀が空に羽ばたく姿が描かれていた。いつか、空に舞っている姿をこの目で見てみたいと思う。その大きく優美な姿はきっとこの国のどこからだって、この世界のどこからだって見ることが出来る美しいものであるはずだ。朱雀の姿を見れば、どんな人だってこの国に希望を持つことが出来る。ゼンにも、ホトにも、ヒバリにも、見てほしい。王都の仲間達は見られるのだろうか。
それに、両親にも見てほしかった。
国に平和が訪れると思うと、いつか捨てた子供のことを思い抱いてくれるのだろうか。それとも、平和な世界にはそんな奴はいらないのだろうか。
ヒショウは少しうつむいた。
そういえば最近手紙を書いていない。最後に手紙を出してから、もう一月ほどはたってしまっている。ヒショウは周りを見回した。反故にした紙はもうなくなってしまった。手持ちであるのは、懐にある紙一枚のみである。これから先、手紙を書くために紙も手に入れなければいけない。懐の紙を床に置き、ヒショウは筆を手にした。
「何、かこう」
書きたいことはたくさんある。
南都はヒショウにとって未知の世界だった。見たこともないもの、海や船を目にした。あふれんばかりの人も、入りきらないお店も、何もかもが新しい。それに、と主管や学校、公共施設も充実し、先日は南都の夜の顔も見てしまった。
ホトやゼンの目的も知ってしまった。
糸も身につけようとしているし……。
一枚の紙にその全てをおさめるのはなかなか至難の業である。
「何、書こう……」
両親の顔を思い浮かべた。
なにせ幼いころの記憶である。少しあやふやな記憶しか残っていないが、でも両親の声も顔も姿も愛も、優しさも、体で覚えていた。両親に会いたい、行きたいという気持ちで一心に人を殺してきたころに比べれば、今ではもうさらにあやふやになってしまった気がする。
幸せすぎて目がくらむ。
一番恐ろしいのは、家族との幸せが風化し色あせてしまうこと。
それは避けたいけれど、絶対に避けるだなんて僕に出来るのだろうか。手紙にこんなに幸せなことしか書いていない僕は、今しか見えていないのではないだろうか。そんな奴の手紙をみて両親は喜ぶのだろうか。生意気だと怨まれ、だから手紙が返ってこないのだとすればどうしよう。いや、さすがにあり得ないか。親の愛は無限な、はず。
「どうしよう」
そうつぶやいたとき、ヒショウは気配をかんじた。わずかながら、誰かにのぞかれていた気がする。
ヒショウは糸を操る。
とはいえ技術はまだまだなので誰かがいるかを探るぐらいしかできないのだが。糸の先に間もかが触れ、あわよくば糸が絡まってくれればいいと思った。
「あれ?」
糸に何かが絡まってしまった。
何かいる?
ヒショウは身構え、糸をばれないように張り巡らせて言う。人気のない静かな夜が少し恨めしかった。
ヒショウは相手の動きを待ったが、何もおこらない。気がつけば殺気は感じた手応えが今はなくなっている気がした。時が流れれば流れるほど、自分の勘違いではないかと思えてくる。
意を決して糸をたぐってみる。
糸はかえってこない。何かに引っかかっているのは事実であるようだが、おそらくは草や石だろう。
「なんだ」
ほっと息を吐いて、ヒショウは糸を回収しに向った。自分はまだまだ技術がたりない。狙った相手に糸が届いたのは以前の昼間のただ一度のみである。相手にばれないように糸を絡みつかせられるようになるのは、まだまだかかりそうだ。
このとき、緊張が緩んでいたのは確かだった。
糸をたどって外に出て、建物の影で暗くなった地面を探る。糸はやはり何かに引っかかっているようだった。はずそうと手をかけると、冷たく堅い感触がした。
……石?
「うわっ」
突然、腕に激痛が走った。まるで何かが刺さったかのように鋭く痛い。腕が熱い。これは――。
「蛇!」
しかもおそらく、毒蛇だ。
毒は最悪どうにでもなる。治癒の力があれば、おそらく怖いものではないだろう。しかし、治癒の力があっても、痛いものは痛い。思考が鈍る。
ヒショウは毒蛇をはずそうと手で引っ張った。幾ら引っ張っても蛇は放れない。ヒショウは血の気が引いていくのを感じた。牙で破られた皮膚がすでに再生している。つまり、そう簡単には抜けないのだ。
えぐるしかないか?
でも、それは出来れば避けたい。今後の攻撃にかかわるから。
混乱の中でヒショウは必死に蛇を引っ張った。引っ張って、引っ張って、蛇の全身が伸びてしまうほどに引っ張った。
ブチッ。
鈍い音ともに、生暖かい者が顔に飛ぶ。
蛇との格闘の中、気がつけばヒショウは月光の下へと出てきていた。月光にてらされてわかったことは三つ。
今顔に飛んだ温かいものは、赤い液体だったこと。
宙を舞う長いものは、伸びきった白蛇の胴体だということ。
そして蛇の頭は、ヒショウの腕に残ったままだと言うこと。
急にちぎれた反動で、ヒショウの体は大きく後ろに傾く。
一瞬の出来事は恐ろしく長く感じた。それはきっと、本能的な恐怖を感じていた殻だろう。
「おやおや」
ヒショウの体を優しく、絡みつけるように抱き留めたそれは、人の形をした蛇だった。




