暇つぶし
暇である。
ヒショウは糸の訓練。ゼンはその指導。
誰も私に構ってくれないじゃないか。
ホトは机に突っ伏した。窓の外から聞こえてくる糸をはる音と風を切る音に耳を澄ます。正直に言って、ヒショウがゼン以上に糸の扱いを習得出来るとは思っていない。ゼンの力は神獣由来のものであり、その加護をうけていないヒショウが出来るのは所詮はまねごとのはずだ。だがそれでも、ある程度みについて貰えればかまわない。それがホトの考えである。だから、今はヒショウが糸の扱いを習得するのを待ち、敵の襲来の時期をただ待つのが最善なはずだ。そんなことはわかっている。それでも、ただ、今が退屈で仕方がなかった。
「外に遊びに行きたい。女性に会いたい」
するとふと、ホトの頭の中に一人の顔が思い浮かんだ。ホトはすぐに立ち上がる。
「ホト様」
倉を出たところで、ヒショウに声をかけられた。おそらくはホトの動きに気をとられたからかゼンの糸に絡められ中につるされている様はなんとも滑稽だ。ホトは笑いをかみ殺しつつ、不機嫌になっていくヒショウをみて思わず腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと、笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん。でも、これは……ゼン、君いい趣味してるよ」
「そりゃどうも」
「それで、ホト様、どちらへ?」
「ちょっとね。暇だから兵士達を訓練して来ようと思って。洗脳も強めておきたいし」
「洗脳って……」
ヒショウはいぶかしげな目でホトを見た。ここに来て一週間ほどがたち、ホトに忠誠をちかっている兵士達が下僕のように扱われている姿を間のあたりにしたのだろう。その様子にヒショウは衝撃を感じて心を痛めているようだが、自分のゼンに対する忠誠はそれどころではないことには気がついていないようだ。
「あの、僕が口出しできる立場にないことはわかっているのですが、その洗脳は必要なのですか……?」
「たしかに、出過ぎた物言いだね」
「兵士さん達は洗脳なんてしなくても南都の為に戦ってくれているんですよね?あなたの洗脳は絶対なのに、そんないn幾重にも、幾重にも重ねて」
「意味はない。けれど損もないでしょ」
「でも、力による忠誠なんて……」
ヒショウはホトの鋭い視線に言葉を詰まらせた。
「その人達の人生に何か支障が出てしまったりはしないんですか?何か矛盾が生まれて、それでいつかはそのわだかまりがあなたに及ぶなんてことは」
「ないよ。私のこれは絶対だから」
「それ、本当なのでしょうか?」
「どういうこと?」
「いえ、なんとなくです。なんとなく……心配で」
ヒショウはどさりと地面に落ちた。ゼンが糸を切ったらしい。
「痛っ」
「確かじゃないことは口にするな。それじゃあ、ホトに言いくるめられて終わりだ」
「すみません」
ヒショウは体の打った部分をさすっている。
「それに、主を無駄に心配させるようなことも言うべきではないな。あいつは無駄に力を使うほど心配性なんだから」
「人聞きが悪いよ。用意周到って言ってほしいな」
「どっちも一緒だろ」
ゼンはため息をつく。
「すみませんでした」
ヒショウはホトにふてくされたように言った。
「行ってらっしゃいませ」
「うん。行ってくる」
「できるだけ早く戻れよ」
「了解」
ホトは体の向きを変えようとしたが、体が固まった。しゃりん、という鈴の音と同時に、急に動けなくなってしまった。
「糸?」
ホトはゼンの方を見たが、ゼンもまたふしぎそうな顔をしている。
「君か。すごいね」
この場においてヒショウが糸を操っていることは明白だった。ホトの体に一重にしっかりと巻き付いたいとは陽の光を反射してキラキラと光っている。
「お褒めいただき光栄です。つい、本気を出しちゃいました」
「ゼンもさすがだ。こんなに早く上達させるなんて」
「ま、まあな」
状況を察したらしいゼンは苦笑いを浮かべてている。彼にとっても予想外の上達だったようだ。
「一人で行く気なんですか?」
「うん。まあね」
「僕が、僕がついて行きます!僕がだめなら、ゼン様が!」
ヒショウは振り返ってゼンの方を見る。彼は顔をそらしていた。
「なぜ急にそんな気になったんだい?」
「え?」
「私が一人でいることを君は急に気にしだした。理由は?」
「……」
「私を心配させまいと黙っているのなら、それは正解だ。どうせ君は、私のどうでもいい身の上話を聞いたのだろう」
ヒショウは目を見開く。
「気にしなくていいよ。私は気にあいていない。家族は、家族だ。私に何かしたりはしないし、出来ないよ」
「でも、目隠しを強要されているって。それに、家族じゃないと言われたと」
「まったく、ゼンは一体どんな風に君に話をしたんだい。あの人達が私にそういう態度をとっているのは、私の強さと確固たる存在を認めているからだ。家族とはそういう物だ。家族という強い執着がなければ、私はこうもしつこく家族にかまってもらえないだろうからね」
ヒショウは何も言えなかった。
「すまねえ。俺が悪かった。だから、これ以上はもう言うな」
ゼンは会話に割り込むようにしてホに言った。
「ヒショウも糸をしまえ」
糸は緩む。ヒショウは顔を伏せた。
「んじゃあ、行ってくる」
「ああ」
ゼンが何か言いたげにこちらを見ていたが、ホトは無視をすることにした。言いたいことはわかる。
家族のこととなると柔くなるのは、自分もヒショウも同じだ。自分のことながらつくづく面白い。八つ当たりなどと言う幼稚で馬鹿げたことをまさか自分がやるとは思わなかった。
ホトは慣れた足取りである場所へと向っていく。
すれ違う兵士には、自分がここにいたことを黙っておくように伝える、年には年を入れることがくせに鳴ったのはいつなのだろうか。
徐々にすれ違う兵士の数も減り、明かりも少なくなっていく。壁に掛けられたランプのわずかな光を頼りに、地下へとつながる階段を下っていった。足音が狭い洞窟に反響する。進んでいくと、前に分かれ道が現れた。通行を規制するように兵士が立っていた。だが、そんなことはホトには関係がないことである。
「どいて。そこで誰か来ないか見張っておいてよ」
所詮はホトの下僕。洗脳はすでに済んでいる。ホトは特に抵抗するようなそぶりも見せない兵士を押しのけて、奥へと進んでいった。道の終着点で、ホトはやっと足を止めた。
「やあ」
相手の姿は見えない。なぜなら相手とホトの間には大きな鉄の扉があるから。それでも声だけは聞こえる相手にホトは話しかけた。
「会いに来ちゃった」
「知ってる」
「知ってた?」
「私をばかにしているの?」
「質問を質問で返すのは良くないんじゃない?」
「そっくりそのままあなたに返す」
ヒショウはなつかしいその女の声にただ耳を傾けた。
「朱雀を、見つけた」
「知ってる。おめでとう」
「相変わらず淡泊だなあ。もっと祝ってくれてもいいのに」
「しょうがない。朱雀の居場所を伝えたのも私だから。それに、私は人じゃないから」
「まあ、そうなんだけどねえ。その声で言われてもねえ。まあ、いいけど」
扉の向こうから聞こえてくる声は、ホトがまだ乳飲み子の頃になくなった母親の物だった。
「じゃあ、本題に入ろうか。北都の荷が来たらしい。港に着いた商隊が載せてきたようだ」
「北都が?あそこは今貿易が出来るようなものは何一つないはず。王都よりも荒れ、人はほとんど住んでいない」
「そう。不思議でしょ?今更北都の復興に手を貸すような余裕がある者もいないだろうし。もともとあそこは玄武国への玄関口として栄えていたから、観光業がなければめぼしい産業もなかったはずだ」
「玄武国……今あそこはどうなっているか知ってる?」
「わからない。十分に港が整備されている訳でもないし、行政も動いていないから国交はないも同然なんだ。なにせあそこは雪で覆われている。軽い気持ちで行くと死んでしまうと聞くから、もはや手の出しようがない」
「昔は北都も、玄武国も、とてもいい国だった」
きこえてくる声が一段と低くなった。
「あそこの布は、とても美しかった。雪があるせいでこの国のように畑や小麦は出来ないかもしれないけれど、それでもかまわないほどに美しかったのよ。さびしい環境にいるからこそ、民が団結していてすばらしかった」
「玄武国の王が倒れたのは」
「五十年前」
「たった、それだけか。急がないと時期に、この国もあそこのようになってしまうのかい?」
「なる」
「歴史は繰り返すんだね」
「繰り返してはいけない」
「ああ、そうそう。そういえば、朱雀の子が北都の連中に狙われているみたいだよ」
「そう」
「彼ら曰く、彼を助ける為らしい。私の元にいる地獄から自分たちの上野本へ連れ地って解放してやる、そんな感じだったかな」
「神……そう。やっと姿を表したのね」
「さすがは君だ。説明の時間が省けてありがたい。大方、その神様が彼らをけしかけて操っているのだろうね。それに、荷物って言うのは」
「あなたの想像通りよ」
「やっぱり。考えていることは同じか」
ホトはまだ見ぬ扉の向こうの相手の顔を思い浮かべて目を閉じる。
「私もこんな所にとらわれていないで、その人達につれて言って貰いたかった」
「無理無理。もう私が先に見つけてしまったから。早い者勝ちさ」
さて、とホトは話を区切ると扉に背をつけるようにして座り込んだ。
「じゃあ、私は何をすればいいんだい?」
「さあね」
「つれないなあ」
「じゃあ、私の願いをまた叶えてちょうだい」
ため息が鍵穴から漏れ聞こえてきた。




