思惑
今日は時が進むのを早く感じた。何かに集中すると時間はあっという間に過ぎていくというが、なるほど、その通りだった。
ヒショウは、昨日とまったく同じ時間に帰って来るゼン達の姿を見守った。ホトはひどくつかれたような顔をしている。それでも笑顔を浮かべているところがいつになく惨めである。一方のゼンはいつもと変わらない涼しい顔をして時々ため息をついている。ヒショウは腕に抱えていた本を強く抱きしめた。もう、後には戻らない。
「ただいまあ」
「お疲れ様でした」
倒れ込むようにして戻ってきたホトをヒショウは片手で支えてねぎらう。
「本当に嫌になっちゃうよ。お金とか、威厳とか、そういうの聞いてると眠くなっちゃうよね」
「でも聞いておかないと。いつ何に役立つかわからないんですから」
「まあね。でも、言われなくても私には全てわかりきっていることだから」
「お前いい加減にしろよ。これ以上ヒショウに甘えるな。今日はもう寝て頭を冷やせ」
ゼンはホトを力ずくで寝台までつれていく。
それからゼンが帰ってきたときがチャンスだと思った。
「すまないな。あいつ仕事をさせすぎたからかもしれないが、今日はいつになくだらしなかったな。あいつの言うことは話半分に来ていりゃあいいから。俺から見ればお前は」
「僕は弱いです」
「いや、俺は」
「だから、糸の使い方を教えてください」
「は?」
ゼンは訳がわからないというように頭をかく。ヒショウのまっすぐな視線から、意図的に目をそらした。
「お前、気にしなくていいんだぞ。あいつがお前を弱いと言ったからか?俺から見ればお前は十分」
「僕は、もっと強くなりたい。あなたの役に、ホト様の役に立ちたいのです」
そう言ってヒショウは腕に抱えていた本を開き、あのゼンのメモがあった頁を開いた。
「いつの間に見つけたんだ」
「先ほど。この倉を見ていたときです。ゼン様はご自分のお力の源をお探しになっているのですか?」
「ああ。おれだけじゃねえ。あいつもそうだ。俺たちは、力と、それに、俺たちの招待を探している」
「ホト様も、ですか?しかし、ホト様にはご家族がいらっしゃるのに」
「いると信じているだけだ。同様におれも、今は一人だと言うことだけを記憶している」
ヒショウはゼンの言っていることがわからなかった。
「俺の場合、記憶があるだけで事実がない。家族がいた気がする。だが、その記憶には背景がないんだ。音もない。色もない。まるで、即興でそれだけ作られてみてえな、不安定みたいな記憶しかねえんだ」
「でも、記憶があるなら、それなら、僕と同じじゃないですか。僕だって記憶しかないし、親にもまだ会えていない……。でも、僕は僕です。だから、ゼン様は、ゼン様でいい。ホト様は、ホト様だ」
「優しいな、お前は。でも俺はそんなに強い人間じゃねえから、確かめねえと気がすまねえんだ。この記憶は本当なのか、俺は一体どこの何者かって」
「ゼン様はお強いですよ。それに……違います」
ヒショウは打ち消した。
「僕は手紙ばかりを出して、何かと理由を立てて、自分を知ることが、親を知ることが怖いんです。僕は両親の存在を信じていますが、でも、同時に僕を捨てたかもしれないっていう妄想も捨てきれない。だから、そういう現実も甘んじて受け入れる覚悟のあるあなたは強くて、そして僕は弱いのです」
「驚いたな。お前は家族に関しては盲目的に肯定的なんだと思っていた」
ヒショウは言われて一瞬口をつむんだが、ひるまずにゼンを見つめ続けた。
「この力がどの紙に由来するものかも、これだけの資料を集めたが、いまいち確信が持てない。俺は字が読めねえから、あいつに読んでもらうか、話を聞きに行くしかないんだ。あの、裂け目の絵を見たよな」
「はい」
「あれは、北部、玄武国の神獣、玄武の絵だ。あれが裂け目を塞ぐ力を示しているかどうかはわからねえが、近いことは確かだ。玄武国に行けばいいんだが、あそこは今、ここの王都以上に荒廃していると聞く。外から来る奴は徹底的に狙われて金やら何やらを奪われるらしい。殺された奴も大勢いる。人は商隊以外、危なくて近づくことを許されていないらしい」
「だったら僕がもっと強くなって、一緒に僕が行きます。僕は字も読めるし役にも立ちます!」
「お前それが意味していることがわかっているのか?」
「わかっています。でもあなたは勘違いしている。僕は人をもう殺さない。糸はそのために使うのではなく、あなたを守るために使うのです」
「じゃあ、やむを得なくなったら、お前は俺の為に人を殺すんだな」
「詰まるところ、そうです。でも、僕は敵を殺さない。僕には、力がある。あなたにもう、自分は人殺しだなんて言わせたくないのです」
「俺はもうお前に人を仮にでも殺してほしくねえんだよ。糸を教えれば、お前はそれを喜んで使うだろう。でも、たとえ生き返らせることが出来るとしても、もうお前には全うに生きてほしいんだ」
「僕は、僕が選んだ道をいきることこそ、まっとうな生き方だと思います。あなたが言ったとおりです。僕は、そうやってあなたに助太刀してあなたに恩返しをすることで、更生したい。そうやって、僕は僕を救いたいのです」
ゼンのため息がヒショウに届いた。
「なんかうまく話を丸め込まれちまった」
そう言いながらも、見上げればゼンは笑みを浮かべていた。
「たしかに、ぐうの音も出ねえ」
「ご謙遜を」
「ただこれだけは約束しろ」
ゼンはしゃらしゃらと音がする糸を一本取りだして、ヒショウの前にかざした。
「糸に鈴をつけよう。そうすればこれの武器としての殺傷能力は微々たるものになる。それでもいいな?」
「もちろん。あなたを、守るための糸なので。それに、威力は僕が修行してつけます」
「俺は厳しいぞ。やるからには中途半端じゃ困るし、俺を超えるまで許さねえからな。いいな?」
「はい」
厳しくは言っているが、ゼンがまんざらでもないのをホトはよく知っている。ホトは一人静かに布団に包まれてほくそ笑んだ。穴だらけのヒショウの論だが、どうやらうまくことが運んでいきそうだ。冷たくあしらっておいていった甲斐があった。まったく、主従そろって真面目過ぎるんだよな。あそこまでのお人良しは、なんというか、開いた口が塞がらない。
今の時点でヒショウが武力的に強くなるのは今後のホトの夢を実現するのに必要な条件だった。夢がかなう近い未来を楽しみに、ホトは再び狸寝入りをするのであった。
ホトが去った後も、宴という名の政策会議は夜半まで続いていた。いや、ホトが去ってから宴が真に始まったと行っても過言ではないだろう。
「なぜこんなにも早くあいつは帰ってくるんだ。これではあいつの功績ばかりが目立ってしまって意味がないではないか」
「落ち着いてください、シュビ。まるであいつに読まれていたようだ」
「実際、そうなのだろう」
シュヨクは自嘲するように言った。
「おそらくあいつにはこちらの意図もすべて読まれている。今回h俺たちにそれを挑発してきただけだろう」
「つまり、あの計画がばれるのも時間の問題と言うことか?」
シュビが食いつくように言った。
「ばれるだなんて人聞きが悪い言い方をするな。俺たちがしているのは人民への救済処置であって、それにあいつがかかわるべきではないということだけだろう?」
「それは、そうだな。あいつがいると何をしてくるかわからない。あわよくば俺たちの計画を潰しに来かねない。あいつは好奇心で俺たちの妨害をしてくることだろう」
「それの何が悪いんだい?」
シュトウはやんわりとそう言った。
「好奇心があることはいいことだと思うがね。彼の行動は我々の今後の為参考に出来ることもあるし、今後一番の障害であろう彼を早いうちに潰せるのはこちらとしてもありがたい。好奇心で首を突っ込んでくるような奴に負けるほど、この都はやわではない」
「それはそうかもしれませんが……」
「何より、彼がいると面白いではないか。あれと話してると、時間がたつのを忘れてしまう」
「父様がそうやってあいつを甘やかすから、あの部外者がいつまでもここにはびこっているのでしょう。彼は家族でも何でもない。他人なのですよ」
シュビの記憶にある末っ子は、無口で、おとなしい少年だった。今のような人なつっこくて腹黒い奴ではなく、今思うと、かわいげもなく何にも関心を示さない空っぽな奴だったと思う。だが、頭だけは良く、利口だったため、将来的には父を助けるいい部下となるはずだったのに、末っ子は豹変してしまった。いや、他人に成り代わってしまったのだ。
ことが起こったのはあまりにも突然だった。
その日、末っ子はなんの前触れもなく姿を消した。都に降りたらしいと言う目撃証言があり、総出で捜索してやっと見つかったのは、薄ら笑いを浮かべ糸使いを従者として従える末っ子に似た見た目の、別人だった。
そいつは南都の、この国の力になりたいといた。
正直に家族じゃないと言ってやっても、あの化け物は入り込んできた。ただ一人、糸使いだけを連れて。
信じられない。
その一言に尽きた。
弟でないホトが未来の障害でしかないことは確かだった。兄弟間でそう決めたのに、それに反対したのはシュトウだった。シュトウは目を輝かせ、面白い、といって笑った。
やはり信じられなかった。
それは今でも変わらない。
「せめて彼に、これ以上の行動を起こさせてはならない」
シュヨクは繰り返しそうつぶやいて視線を泳がせた。その先に、キラキラと光る何かを見つけた。
なんだあれは。
シュトウに了承を得て立ち上がり見ると、それは意図だった。意図をおいていったのはきっと、あの糸使いだろう。シュヨクはとっさに糸を切った。
「盗聴されています。ホトの仕業でしょう」
「面白いじゃないか」
「他にも何が仕掛けられているか、わからないのですよ!」
いずれ、家族の誰かが殺されるかもしれない。
そんなことは許されない。
犠牲はホト一人でいい。
「彼はここに残してはいけないのです。いち早く追い出すべきだとあれほど言っているでしょう!」
しかし、どれだけ必死にシュヨクが叫んでも、父親は一度も首を立てに振らず、末っ子に似た笑みを浮かべるだけなのであった。




