主従の証
「裂け目は塞いだし、原因を作った奴はお前が治したから、裂け目に引っ張られて体調が悪くなった奴もじきに良くなるだろう」
「いいんでしょうか。僕のこれは医療でも何でもないし、ゼン様が塞いでくださったお陰で治ったのに、僕がやったみたいになっていて」
「じゃあ力をばらすのか?」
ゼンはヒショウにそう、問いかけた。
「いつどこで、またお前が狙われるかわかんねえんだ。念には念をかけておかないと。当分は医者だって言って身を隠せ」
「ありがとうございます」
ヒショウはゼンを仰ぎ見るとうれしそうに笑った。
「まずは、身なりを整えないとな」
「ええ」
治療を終えた二人が向ったのは、服屋が並ぶ通りだった。大通りからは外れているものの、活気にあふれた声が飛び交っており、賑わいはまったく負けていなかった。
「お前は赤が似合いそうなんだけどなあ。どんなのがいい?」
ゼンは店を一つ一つ物色する。試しに手に取った赤い服をヒショウに当てて見せた。服など選んだこともないヒショウは何をすればいいのかわからず、ただゼンにされるがままになっている。確かに、ヒショウに赤い服は似合っていた。髪が赤いままならより似合って射たのかもしれない。
だが、店員が鏡で赤い服をあてられた姿を見せたその瞬間、ヒショウがおびえたように後ずさりをした。
嫌だ。
嫌だった。
ものすごく嫌だと思った。
なぜかは自分でも良くわからない。だが、ぼんやりと、前にも同じような格好をした自分の姿を見たことがある気がした。それがどこで、いつのことだったかは頭にもやがかかっているように思い出せない。だが、おもいだしてはいけない気がしてならなかった。
ゼンはそんなヒショウの様子を少し怪訝な目で見ていたが、すぐにいつもの様子に戻ると何事もなかったかのようにヒショウの肩に一時的に脱がせていた外套をかぶせてやった。ヒショウには何も言わず、店員にただ、
「赤は気に入らなかったらしい」
と言い残すと、ヒショウの手を取って別の店へと向った。
「大丈夫か?」
「は、はい……すみません……」
そう言いつつも、ヒショウの心はまだ落ち着いていなかった。胸の激しい鼓動が収まらない。禁忌を犯してしまったような気分になるのはなぜなのだろう。
「なにか、赤い服に嫌な思い出でもあるのか?」
「い、いえ、特は、多分……」
ないと、思いたかった。
「も、もしかすると、ずっと嫌いだった赤い髪やあの刺繍を思い出してしまったのかもしれません。お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、気にするな。たしかに、考えて見ると、赤ってのはお前の髪と合わせて目立っちまうな。何しろあいつが白を着ているから、部下として合わせた方がいい。白っぽいのにしよう。主従とは、そういうものだ」
そういうゼンは、ヒショウの方を向いてはいるが、ヒショウの見ていないように思えた。まるで、他の何者かをヒショウ越しに見ているかのようだ。そして、そんなゼンの姿が、少し寂しげに見えた。
ふと、ヒショウは気がついた。ゼンはこの都に来てから、確かにちゃんとした服に着替えている。だが、そのどれもが黒っぽい服なのは、なぜなのだろうか。ゼンがホトの部下なのであれば、それこそ白っぽい服を着るべきではないのか。どうしてなのかはわからない。だが、今の寂しげなゼンの様子とも相まって、心配がヒショウの心の中に積もっていった。
「白……いいですね!ゼン様も白っぽい服にしないんですか」
ヒショウはあえて、何もわかっていないかのように無邪気に聞いた。
「俺はあいいよ。白は似合わねえ」
ゼンは、優しくそう答えた。
「そうでしょうか」
「ああ。俺はすぐに汚しちまうから」
ゼンは笑って言うと、今度は宮の方を見た。ヒショウもまねをしてみたが、やはり、ゼンが何を見ているのかはわからない。
「何を見ているんですか?」
ヒショウは思い切って聞いてみた。
「ゼン様の目には、何が映っているのですか?」
「別に。何も。ただまぶしいなって思ってな」
「空ですか?」
確かに今日は晴れている。照りつける太陽の光がぽかぽかと暖かい。
「ま、そんなところだ」
「でも、太陽を見ていると目を痛めてしまいますよ!昔あったんです。一日暇で太陽ばかり見ていたら、何も見えなく鳴ってしまったこと」
おそらく、失明していたのではないかと思う。力のお陰で治ったけれど。
「確かに。そうだな。まあ、目をやられたらお前に頼むよ」
ヒショウは使命感を抱き、首を大きく立てに振って見せた。だがやはり、ゼンの顔はどこか寂しげに見えるのであった。
「それにしても人が多いですね。すごいなあ」
「多すぎて困ってんだから仕方ねえ。それに旅人も来ているみたいだからな。たまったもんじゃねえ」
「皆さんはやはり、この都を夢見て旅をしてきているのでしょうか」
何を隠そう、自分がそうだった。南都へ行けば、何もかもどうにかなるかもしれない、とそんな根拠のない夢に誘惑されたこともあった。
「さあどうだろうな。旅っつってもいろいろあるからな」
「ゼン様は」
ヒショウは一度そう口に出して、ゼンの方を見上げてからもう一度言い直した。
「ゼン様はどうして旅をなさっているのですか?ホト様に頼まれた仕事をする為ですか?」
「まあ、そんなところだ」
ゼンは曖昧な返事をした。
「なにせあいつはこの都を長くはなれる訳にはいかねえし、頭と目以外はとことん弱い奴だから、勝手に外に出て死んでもらっちゃあ困る」
「南都は大きくて立派な街です。だから今更攻め込まれるなんてことはないのではないんですか。この都には、とてもかなう気がしない。それに、ここには領主様もおられる。軍や軍師なんて必要なんですか?」
「領主に様は不要だ」
ゼンは吐き捨てるように言った。
「あの時、領主が勝手に軍を出したところで危うく死者が出るところだった。あんな奴一人に都を任せられねえだろ」
ゼンの珍しい冷ややかな声に、ヒショウは思わず身をこわばらせた。
「あいつを自由にさせてやりたい気持ちはある。だが、それは、いまのままじゃあかないようがない願いなんだ。あいつの夢がかなうまで、このままだな」
「夢?」
「ああ、夢だ。前にも話したよな」
夢。何度もホトやゼンから聞かされたその言葉は、彼らにはあわず妙に幼稚な物のように聞こえる。夢を持つなと言うわけではないが、大国の軍師が言うようなことではないとも思ってしまう。ホトは本当につかみきれない人間だ。
「そうそう。俺の旅のことだったよな。あいつから受ける仕事は大体が各地の裂け目の情報を元に閉じに行く奴だな」
「じゃあ、僕の時も?」
「いや。あの時は……」
ゼンは少し声を潜めた。
「お前を殺しに行っただけだ」
「そうでしたね」
笑えないことだが、ヒショウはどうしても笑みがこぼれてしまった。あの時の自分と今では雲泥の差がありすぎてあまりにも滑稽である。
「そういう仕事も良く受けるのですか?」
ヒショウは聞いた。もしそういう仕事があるのなら、自分も少しは役に立てると思ったからだ。一度殺しかけて、また生き返らせる。そうすればきっと大体の奴は改心するだろう。そうしなくても、牢につなげることは出来る。自分がいる以上、ゼンにはもう人を殺してほしくなかった。
「いや、お前が特別だった。わずかだが、お前の刺繍の情報から、もしかするとあの村の奴みたいに力があるんじゃねえかって思ったんだ。なら、お前をここへ連れてこようと思っていた。朱雀の力を持った人間は、あいつの夢を叶えるのに必要だからな」
ホトからは聞いていたが、ゼンの口から聞くと、さらに身が引き締まるような思いがした。
「そういうわけだ。あいつも、俺も、お前に期待しているんだ。だからまずは服を整えて、あいつの部下として恥ずかしくないようにしろ」
「はい!」
「いい返事だ」
ゼンはヒショウの頭をなでた。
一人の店主が声をかけてきた。すでに白い服を手に持っている。
「あいつも白い服がお前にはあってるってよ」
ひらひらと店員が見せている白い服には所々に赤い指数が施してあった。少しだけ抵抗感を感じたが、ゼンは気にいったようなので、ヒショウも気に入ることにした。ひらひらとしたデザインで通気性も良く、細身のヒショウなら暗器も仕込みやすい。
「ここはちゃんとした店だし、官服としても申し分なさそうだ。じゃあ、決まりだな」
ゼンはこの服の他にも何着か似たような物を店員に見繕わせ、買った。
「ほほう。なるほど。大層な所を目にしてしまった」
不意に、近くにいた商人が訳のわからないことを言い出したので、ヒショウは首をかしげた。
「今時、主従関係を結ぶこんなに神聖な瞬間を見られルだなんて思いもしなかった」
警戒するヒショウをよそに、ゼンは特異そうに笑って見せた。
「残念だが、俺たちはとっくに主従関係は結んでんだ。この外套をこいつにやったおきからな」
「おお、言われみれば確かに」
「主が従者に物をやること、あるいは従者が主の物をうけとることはすなわち忠誠を誓うこと根はなるが、こんな安い物でやってると思われちゃあ困る」
「それもそうですなあ。いやはや、素晴らしいお話が聞けた」
「そんなことより、お前、出身は?」
ゼンが言ったところで大きな音が港中に響いた。
「船、か」
入港を知らせる為、港に着いた船は砲撃をならすのが南都の習わしである。
「商隊ですな。私はあそこの出です」
商人は港の方を見ていった。
商隊というのは国籍を持たず国々を船でめぐって商売をしている集団のことである。国籍が不要なため身元を確かめられることもなく、過去に重荷を背負った物が隊員の多くを占める。
「港か。行ってみよう」
ゼンは商人に別れを告げると、ヒショウを連れて坂を下っていった。店が見えなくなったところまで行くと、ヒショウは服を広げて空にかざす。くるりと回って、胸に抱きしめた。
「ありがとうございます。この服、宝物です!それに、知りませんでした。この外套に、そんな意味があったなんて」
「嫌だったか?」
「滅相もない」
ヒショウはぶんぶん首を横に振った。
「ただ、僕、もっと早くそのことを知っていればよかったなってほんの少しだけ思ってしまいました」
「今知ったんだから、それで十分だ。まあ、俺としちゃあ恥ずかしいし、隠しておきたかったんだが……まあ、いい。それに、主従のちぎりなんてほとんどの奴は知らねえんだ。それなのに知ってるってとこは、さすがは商人としか言い様がねえ」
視線の先にはキラキラと光る海が見える。
「商人はなんでも知ってないと出来ない仕事だからな。あ、そうだ。ちなみに、大通りは旅人の為の店が並んでるから高い。足下を見られるから気をつけろよ」
「なるほど……。ホト様がこういう取引や商売なんかも管理しているのですか?」
「いや、あれは財務大臣がやっているはずだ。あいつも結構めざといんだよな。ホトのライバルって感じかもしれねえ」
「南都には優秀な方が多いのですね」
「多いっつーか、血だな」
「血?」
「あいつらは兄弟だから」
もう一度、大きな砲撃が響いた。大きな音に驚き、羽を休め止まっていた鳥たちは勢いよく羽ばたいていく。
「今の領主があいつの父親。四人の大臣はあいつ含め、みんな兄弟だ。財務大臣が長男、それでもって、ホトが末っ子だ」
驚いた。
ホトはなんとなく、天涯孤独なような気がしていた。
寂しがり屋の割には一人でいることを好んでいるような態度を見せるホトは、まるで生まれつき孤独になれている人間のように思えていた。家族がいてもああなのだろうか。いや、家族がいるから、ああなのだろうか。いずれにせよ、家族を求め続けるヒショウには、とても理解できないことであった。
「会ってみたいな。その方達に」
失礼なことはわかっている。自分のような下僕が会って言い身分の人間ではない。だが、抑えきれない好奇心があるのも確かだった。ホトの加速にもあの目のような力があるのか。そして、家族とはどういう物なのか。見てみたかった。
「やめた方がいい」
ゼンは静かにそういた。
「あれは、お前が夢に見ている家族じゃねえ」
「でも、血はつながっているんですよね。なら」
「家族に、目隠しを共闘するんだぜ、あいつら」
ヒショウは言葉が出なかった。
「あいつ以外の奴はみんな普通の人間だから、奴の力を恐れる気持ちはわからなくもない。でも、あいつはその昔、軍師になるとき、家族に誓ったんだ。家族には目を使わない。絶対に。もし使ってしまったら、この都から追放される、ってな。なのに、誰もあいつのことを信じなかった。あげくには、あいつを家族じゃないとまで言ったんだあいつ今ではずっとヘラヘラしていて、強がりだからなんの弱音も吐かねえけど……でも家族だぞ?誰か一人でもあいつの言葉を信じるべきじゃあなかったのか?俺はあの時、もうあいつのそばにはいたんだが、あいつは家族に信じてもらえないってわかったあと、何言ったと思う?」
ゼンは言葉を詰まらせた。
「私の味方は初めから君しかいなかったって、あいつはそう言ったんだ」
在りし日と同じ、濃い潮の香りがゼンの鼻をくすぐっていった。




