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流行病

 最近、南都のある区画で病がはやっている。

 前触れはなかった。突然流行しはじめた病の原因は不明であり、医者でも治しようがない。お手上げ状態だった。

 そんな噂をゼンが聞いたのは昨晩のことだという。

「兵士達がうわさしていた。おそらく、これはあ俺が行くべき案件だろうな。ここをあけている間に、相当仕事がたまっちまったらしい」

「南都でも裂け目は生まれてしまうのですか?」

「ああ。光が強けりゃあ、影は濃くなる。それはどんな場所でも変わらねえ」

ヒショウはほんの少し落胆せざるを得なかった。まだ南都に来て三日しかたっていないというのに、キラキラとした華やかな雰囲気に飲まれている途中で影を見てしまった。

「早速ふさぎに行こうと思うが、お前も来てくれるか?」

ヒショウは驚きに満ちた目でゼンを見上げた。

「はい!もちろん!」

「私も行きたいなあ」

「お前はここにいろ。仕事がたまってんだろ」

ゼンはホトの机の上に山積み担った書類の山をのせた。彼が不在の間にとどけられ処理を待つ書類達である。

「ひどいなあ」

ゼンは聞く耳を持たず糸でホトを椅子に縛り付けるとヒショウを連れて倉を出た。軍部も出て、街へと降りる。

「いいんですか?お一人にしてきてしまって」

「別に、今はあいつは目の力使えるんだし、大丈夫だろう」

「でも、もし誰かが襲ってきたら……勝てますか?」

「一人じゃあ、瞬殺されるだろうな。でも、あの倉の周りには兵士達がいる。あそこの兵士は、上司に何かがあれば命を捨ててでも守ってくれる」

「そうなんですけど……」

ヒショウはなんとなく腑に落ちなかった。

「あいつはそんなに信用ならないか?」

反射的に否定しようとして、ヒショウは一度口をつむんだ。

「はい。少し」

ヒショウはうつむいた。上でゼンが驚いた顔をしているのは見なくてもわかった。

「おびえているんです」

「あいつが、か?それとも、他の奴らが?もしかして……お前が、か?」

「みんなです。みんな、おびえている。僕も……少しだけ……二日間、あそこで僕が留守をまもっていたでしょう。あの時に思ったんです。誰も来ない、来られないんだなって」

ヒショウの倉は言うまでもなくせますぎるし、あまりにも奥まった所にある。ホトのことだ。好んでそうしているというかもしれないが、だとしてもまるで何かから逃げているようだった。そう思われても仕方がないと思った。そしておそらく、ホトはそれをわかりきった上であそこに居座り、人からあえて避けられようとしているようにも思えた。

「それに、ここに来てからというもの、ホト様の感じが変わってしまったように思うのです。いい意味でも、悪い意味でも、あの人は己の好奇心に従って遊んで楽しそうにしていました。でも、ここにきてからというもの、ものすごく退屈そうに見えるんです。特に、宴の後は。それが、怖い。あの人はいつか、退屈しのぎだと言って何かをしてしまいそうに思うんです。僕の時だって、暇だったから僕とあの殺し屋の戦いに首を突っ込んだと行っていましたし」

「まあ、心配するな」

ゼンはヒショウが続きを言えないようにヒショウの頭を該当ごと乱暴に頭をなでてやった。

「というか、不可抗力だ。あいつがどう思っていても、俺は裂け目を防ぎに行かなくちゃ言えねえし、お前は患者を治さなくちゃなんねえ。あいつだって、あそこから動けないことぐらいわかってるだろうよ」

ヒショウは不思議そうにゼンを見上げた。

「昼間から南都の重鎮たる軍師様がぶらぶら街を歩いていたら面目が立たないだろ。あいつはあんな感じだからいろいろな意味で有名だからよ。俺や、お前みたいな、一歩間違えれば犯罪者みたいな奴とも本来はつるんでちゃいけないご身分の方なんだ」

「確かに……でもゼン様は裂け目を塞いでくれる偉大な方なのに」

「俺は基本的にここにはいないからな。俺のことなんて、誰も知らねえよ。別にいいけど」

そういうわけで、とゼンは話をまとめる。

「あいつは一人にして大丈夫だ。慣れているからな。息抜きは適度にさせるつもりだ」

ほんの一瞬、ゼンが何かをごまかしたように感じた。だが、その思いはヒショウの中ですぐに溶けて消えていった。信頼する主が言うのだから心配する必要はない。心はすでにそう成り代わっていた。

「まずは仕事だ。そのあとで服やら何やらをそろえよう」

「はい!」

 南都の街は整理されているとはいえ、いざ歩いてみると、意外に入り組んでいる。人口増加に対応するために建物を増やした結果こうなったらしいが、昔は王都もそうだったのかもしれない。わずかに漏れ聞こえる生活音に耳を傾けながら、ヒショウはそんな感慨に浸っていた。とっくに廃れていたかつての王都の栄華をこの目で見ることはなかったが、きっといつか王都がまた栄えたらあんな風に死体や死にかけの人間が転がっている地獄のような大通りも、迷路のように入り組んだ裏路地も、こんな風に生気にあふれた物になるのだろうか。故郷を思うと胸が痛んだ。

 どこまで行っても街の喧騒を感じていたのに、突然、周りが無音になったのを感じた。人気がない。気配がない。

「ここでしょうか」

「ああ」

ゼンの横に並んで立っていると、せわしなく動いてる一人の女が前を通って行った。女は気がつくと怪しむような目でこちらを見ていたが、何かに気がつくと、こちらに駆け寄ってきた。

「ホト様の……」

「あいつの命で来た。病が流行していると聞くが」

「ああ、やっぱり。先日、ホト様が従者達をつれえ都に戻っていらっしゃったという噂を聞いたのです。良かった。あの方が助けてくださる」

「ああ」

ヒショウは思わずゼンと女のかを交互に見た。

「橋もあの方が架けてくださったと聞きました。赤毛で外もお医者様を呼べる。感謝をしているとお伝えください」

女の顔は希望に満ちている。ヒショウは橋をなおしたのはゼンだと訂正しようとした。だが、主はそれを良しとはしなかった。

「そういうことなんだが、病人を見せてくれませんか」

「い、いえ、滅相もない。うつってはいけませんので」

その時、通りの先の家から男が出てきた。

「はやくしろ!なにしてるんだ!」

女をせかしているらしい。切羽詰まった様子が伝わってきた。

「し、失礼します。は、母が」

女の顔が一気に青ざめる。

 ヒショウは走っていた。まるで、何かに促されたようだった。

 女が静止するのも振り切り、男は押しどかして家の中にかけこんだ。そしてすぐに、足を止めた。

 どうやらこの家は、病人を集める為の場所になっているようだった。入ってみると大きな家であったが、部屋という部屋の寝台の上には病人がよこたわっている。およそ十人ぐらいだろう。ヒショウは、なかでも最も十種であると見える患者のもとへ向った。衰弱の仕方も、場所の重々しい雰囲気も、全てがあの時と同じだった。ヒバリと同じ。目の前の人間こそ、裂け目を作った本人だと言うことがわかった。

「母さん……」

殺気の男と女が部屋になだれ込んでくる。本当はヒショウを止めに来たのかもしれない。だが、ヒショウの様子を見て、理解したのだろう。ヒショウの邪魔をしないように、少し離れて止まった。

 見た目だけでは女か男かもわからない、抜け殻のような人間に、ヒショウは震える足で近づいた。近づくな、とだれかが行ったのかもしれない。だが、そんなことは耳に入らなかった。

 これは、僕の使命だから。

 このために、僕は生きているのだから。

 ヒショウはその人間に触れた。目を閉じて息を吐く。体中が暖かくなったのを感じた。


 時を同じくして、ゼンは目の前の暗闇に対していた。

「まあまあだな」

ゼンには、世界の裂け目が見えていた。思い出が動いている。南都で裂け目が出来るのは珍しいことなので理由が気になったが、調べて見ても、たいした理由は見当たらなかった。おそらく、寿命を間近にして己の人生でも振り返ったのだろう。その中で人生を呪ってしまった。思い出の中で鮮やかに着色された記憶の積み重なりが、人生をくすんで見せてしまったのだ。

 ゼンは糸をだす。慣れた手つきで順調に穴を塞いでいった。

 裂け目がなくなってから、ゼンはやっと家の中に入った。家の中の状態から、ヒショウの行動はすぐに予測が出来たがそれを止める気もない。老婆が横たわる部屋にたどり着いて、ゼンはヒショウの集中を切らさぬように気配を殺す。

 神秘的な光景だった。

 淡く発光するヒショウは、この世の物とは思えないほどに美しい。加えて、息をのむほどの覇気を放っていた。あれは、いつものヒショウではない、そう、ゼンは確信していた。むしろ、いつか見たあの女に似ている。ヒショウを殺したあの日、ヒショウを守るように現れたあの女に、今のヒショウは酷似していた。あの女の正体が予想できない訳ではない。だが、あえて答えをだそうとも思わなかった。

 ちょうど、ヒショウの光が失せ、老婆が目を覚ました。

「母さん……」

「え……?」

ヒショウは戸惑いの声を上げた。 老婆はヒショウの首を抱くようにして身を起こした。

「ぼ、ぼくは」

「ばあさん、そいつはあんたの母ではない。現実を見ろ」

ゼンの言葉を聞き、夢見心地だった老婆の目に勝機が戻った。ヒショウを、ヒショウと認識したらしく、力なく再び寝台に横になった。

「ゼン様」

ヒショウは目を伏せてゼンの方を見る。

「そいつは医者だ。特殊な方法で病をなおす」

「ゼン様?!」

「ありがとうございます。母の、命の恩人です」

女は泣きながらヒショウの手を握った。ヒショウは混乱の末、口をつむぐことにした。実際に病を治したのは、ヒショウの力だけではなく、ゼンの力だ。だが、ここで否定をしてもしょうがないことぐらい、ヒショウでもわかる。それに、主の気遣いをむげにするような裕樹もヒショウは持ち合わせていなかった。

「そんな、滅相もありません。その方が、ご自分で戻ってきてくださったのです。僕の力だけでは、出来ないことでした」

「母さんの姿が見えた。母さんが、アタシを連れ戻したんだ」

老婆がつぶやく。

 ヒショウはヒバリの言葉を思い出す。死にそうなときには、本当に会いたい人が現れる。おそらく今、老婆は自分を己の母にみえたのだろう。やっとこの力の仕組みが見えてきた気がした。

 他者の心をなおし世界に希望を持つとはとは、おそらくそういうことなのだ。あくまでも、自分で怪我や病から回復しているのであって、ヒショウはそれに本の少しだけ助太刀しているに過ぎない。まさに、自分で自分を助けて射るのだ。

 ゼンの言うとおりだった。

「さ、次だ次。次の奴を治してやろう」

ゼンは素っ気なくそう言うと、足早に部屋を出て行った。

「あ、待ってください!」

ヒショウも老婆達に軽く会釈をするとすぐ後に続いた。



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