家族というもの
施設内はいくつかの区域に分かれているようだった。場所によって、建物の見た目も、官が来ている服もまったく異なっているようだ。ヒショウが連れて行かれたのは、軍事を担う区域である。必用最低限の物しか置かれていないようで、華美な装飾はないが整った道をヒショウ達は進んでいく。中庭のような所では、がたいのいい男達が話をしているのが見えた。彼らはおそらくは軍人だ。提げている太刀や筋肉の付き方は見事なものだ。ゼンよりもずっとがたいはいいだろう。
だが、ゼン様は彼らよりもずっとつよい。
自分の主が誇らしい。
ヒショウは意味もなく鼻をならすと、ゼンに続いて進んでいく。
この区域の建物はかなり複雑に立っていて、奥が深い。平和であるはずの南都にこんなに軍の為の施設が必用なのか、と疑問に思い、ヒショウはホトに尋ねた。
「一口に軍事と言ってもいろいろあるからね。兵士の訓練や養成は勿論、武器の管理や都の警備、それに他の都や他国の軍備や行動を監視する拠点なんかのも必要でしょ?」
ホトは早口でそう答えた。この世界に今から足を踏み込むのだと思うと飢餓遠くなる。この建物の中で迷子にならないようにするだけでも難しいというのに。
軍師たるホトの部屋は、最も奥に存在している。部屋というか、ほぼ倉のような外観だ。大きく外廊下でつながった建物郡から少し脇道にそれた先にある、いわば離れのような場所である。
入る前からわかっていたが、倉のなかは暗かった。外から見た限り窓はあったが、どうやら陽を入れるためのものではないらしく、足下まで光は届いていない。なんとなく伸ばした手が何かに触れた。見るとそこにあったのは、書物のようだ。それも、綺麗に棚にしまわれており、それがはしごにのらなければ届かないほど高くあった。そんな本棚が所せましにここには並んでおり、おいてある書物の数はきっと、ヒバリの村の村長の家にあった本の何百倍もに及ぶだろう。
棚の間をまっすぐ進んで言った先に、光が見えた。
ホトの執務室のようだ。
机が並んで二つと、それに付属する席が二つ。それに客人用と思われる長椅子が設けられただけの、これまた質素な部屋である。部屋の隅の窓際におかれた机の上は、書類や書物が散乱しているが、中央に置かれた少し効果そうな机の上は至って綺麗である。羽ペンが一本インクとともにおかれているだけで、他には何もない。ゼンが換気の為に窓を開けたことによってその羽がふわりふわりとゆれた。まるで生きているかのようだ。美しいが少し不気味だ。
おそらく、中央の机の持ち主こそ、ホトのものだろう。言わずもがな一目瞭然だった。
そこにヒショウ席はない。
当たり前だ。
僕は新参者なのだから。僕は彼らの日常に割り込んだばかりなのだから。
「ここが私たちの部屋だ。好きに使っていいよ」
そう言うとホトは自分の机に手をおいた。
「机やら何やらはあとで用意させよう。この部屋は無駄に広いからね。好きな場所に机を置いていいよ」
「ありがとうございます」
ヒショウは頭を下げた。
ひとまず荷物を下ろそうと思った。苦痛には感じていなかったが、下ろしてみると体中が解放された気がした。肩をまわして、息を吐く。カチャカチャと刃物が当たる音がした。なんとなく懐にしまってある物に触る。
ついたんだ。
やっと南都に。
つい感傷に浸りたくなったが、ヒショウはぶんぶん頭を振ってその思いを追い出した。今はこんなことを考えている場合ではない。
でも、何をすればいいんだ?
主の旅の疲れを癒やす?茶を出せばいいのか……?
従者としての自信がついた一方で、ヒショウは従者がどんな物なのかわかっていなかった。なにせ今までは従者らしいことをする前に主を殺してしまったのだから。
ホトはというと、そんなヒショウの様子には目もくれず、机の上に積もったほこりを指ですくって確認していた。とはいえ、三週間ほどしか開けてはいないのでそこまで積もっている訳ではない。一方何ヶ月も部屋を開けていたゼンの机の上には明らかにほこりが積もっているのがわかった。ゼンはそれを見て眉をひそめている。
ホトは自分の近くに来やすく人間を置かない。それ故に、この部屋にはゼンやホト以外、ほとんど誰も入ってこない。ゼン意外に仕事を持ってくるような部下なんていないし、身の廻りの世話をしてくれるような官もいなかった。誰も、ホトの元になど近づいてこなかった。
まあいい。
「ヒショウ君、ここの掃除を頼んだよ」
「あ、はい」
ヒショウは緊張したように、だが同時に、うれしそうに答えた。
「さて、いこうか」
ホトが部屋を出ると、ゼンもあとに続く。
「仕事に行ってくる。留守は頼んだ」
「はい!」
なんの仕事か聞きたいのだろう。ヒショウが目を輝かせているのがわかった。
「使い物にならない奴にお仕置きをしてくるんだよ」
ヒショウは息を止めた。振り向いたホトは、ヒショウの目をのぞき込んだ。
「君も気をつけるんだよ」
「……」
ホトは早足で倉を出る。ついて以降とするゼンの服の裾を、ヒショウが遠慮がちにつかんだ。
「あの」
「なんだ」
「僕、頑張ります」
「そうか。ほどほどには」
ヒショウの目にはなみなみならない決意を感じた。今は朱雀の力が弱くなっている訳ではないだろうから、洗脳された訳ではないはずだ。頑張るのは結構だが、一つのことに集中しすぎて世界が狭くなりすぎないようにしてほしい。
倉を出たところで、ホトが待っていた。壁にもたれかかって、妙に格好をつけている。
「からかうのもいい加減にしろよ」
「からかってない。かわいがってるんだよ」
「本当に、物は言い様だな」
ゼンはため息をつく。
「さて、帰ったらお茶の一つでも入れておいてくれるかなあ」
「お前、あいつの茶飲んだことあるか?」
「ないけど?」
「そうか……」
「なんだい?君にしては、濁すじゃないか」
「まあ、お前もいつか知ることになるだろうよ」
「なになに?気になるなあ」
軽い気持ちであるが、気持ちは思い。正直、無能な奴らと会うことすら億劫だった。いや、億劫な気持ちをごまかすのに、わざと足取りを軽くしているのかもしれなかった。
夕刻を回ったころ、ホト達は領主の元へ向っていた。乗り気ではないのは確かだが、逆らったところでどうしようもない。今のホトには逆らえるほどの力もなかった。
財務、刑罰、医療と勉学、そして、防衛。
役所の仕事は大きく四つに分かれている。それぞれに関連する施設が集まった区分が割り当てられており、ホトが統べる軍部は宮の中心たる領主の部屋から構造的に最も離れた所にある。
表向きは、緊急時に速やかに対応するため。もしも都が攻められたときに、軍が出陣したり、国民を避難させたりしやすいようにする為。最もらしい理由でも、これが真実ではないことは、宮の内情を知るものなら誰でもわかった。
この都の中枢を担う連中にとって、ホトは常に疎まれる存在である。才能はともかく、特に忌み嫌われているのは、彼の目である。目が合った相手を従わせることが出来る強大な力は、恐れられ、嫌がられる。悪用すれば国を乗っ取ることも出来る力だ。敵に対して使うことでのみ中枢にとって利益が生まれるからこそ、ホトは軍師という立場にされているのだ。そして間違ってもホトが変な気を起こさないように、軍部は中枢から離れた所に置かれたのだ。
ホトが軍部から出て宮の中心部に足を踏み入れる時には目隠しをしなければ鳴らない。監視もつけられる。その代わりホトの目としてゼンがつくことだけは許されていた。
質素な装飾の廊下を抜ければ、さらに赤みの強い装飾がなされた建物が見えてきた。そういえばあまり気にしたことはなかったが、この装飾にも朱雀の模様が施されて射るようだった。南都は異常なまでに他の都よりも発達しているが、こういう信仰は一応は残っているのか、とホトは心の中で感心する。
「ねえ、ここにも一応は朱雀の信仰は残っているのかい?」
後ろをあるいていたゼンは突然話しかけられ少し驚くようなそぶりを見せた。
「まあ、一応はあるな。何せ、朱雀こそこの国の象徴だからな」
「ふうん」
そううなずいたものの、興味があるという訳でもない。
「そろそろつけるか?」
「うん。頼んだよ」
ゼンが慣れた手つきでホトの頭に布を巻き付けた。この布は領主の魔法によって作られた物で、端から見るとホトは何もつけていないように見えるが、ホト自身からは何も見えないような仕組みになっている。ホトが軍部からでて宮の中の他の区域を歩くときにはこの目隠しの着用が義務付けられていた。
「よし」
ホトは視界が完全に暗闇に覆われたのを確認して、笑う。兵士達を指導するのに外していた笑顔の仮面を、再び自身の顔に貼り付けた。
宴、といっても、やっていることはただの政策会議に過ぎない。ホトの部屋の何十倍も大きな部屋の中にはすでに来るべき人間はそろっているようだった。部屋に入れば、中央に置かれた長机のちょうど対面方向に、領主が座っている。金で刺繍が施された重そうな服をまとい、恰幅の良い見た目が地位の高さを誇張していた。それもそのはずだろう。今や国内で最も栄えた都の領主など、ほとんど一国の国王と変わらないほどの権力を持っているといっても過言ではないのである。他には、坐犬大臣、福祉大臣、刑罰大臣が机の脇に向かい合うように座っている。ホトの席は福祉大臣の前だった。
ゼンはホトを誘導し、席に座らせる。机のうえには豪華な料理や美しい装飾がついた酒杯がおかれているが、ホトの前には何も置かれていない。彼は何も個々では口にしないからだ。念のためもう一度部屋中を見渡し、ゼンは部屋を出た。ホトの目の代わりとはいえ、懐疑の内容を聞くまでは許されていない。なので、ゼンは殺気を放っている物の気配や、持っている暗器の有無などを細かく瞬時に確認すると部屋を出た。あとは、会議が終わるまで衛兵や私兵に混ざって外で待機するのみである。
本当に下品だと思う。
ホトが見えないところで、あいつらは一体どんな嫌がらせをしているのだろうか。そんなにホトを嫌がるのならば、あいつを宴に呼ばなければいいのに。遣いを送るでも、書類でのやりとりでも、何かしら別の方法があるだろうに。機密情報だから、といわれたが、別の理由があることなど、自分にも、ホトにも、お見通しだというのに。
本当に、質が悪い奴らだ。
こんな場所にとらわれていないで旅にでも出てしまえばいいのに。そう切に思うのは自分だけなのだろうか。
部屋の中から聞こえてくる声に集中して、ゼンは空を見上げる。空の半分ほどはすでに暗く、橙と入り乱れ不気味で気持ち悪かった。
夜は長い。そして、静かな恐怖を包んでいる、
ようやく人がそろった部屋は、しばらくの間静寂に包まれていた。最初に口を開いたのは、南都の領主、シュトウだった。
「さて。集まってくれてありがとう。今夜は宴だ。好きに飲み、好きにくつろぎなさい」
その言葉を聞いて三人の大臣は緊張を走らせる。だが、ホトは違っていた。
「そう?じゃあ、遠慮なく」
だらしなく机に突っ伏し頬杖をついた。慣れたことではあるが、部屋中に旋律が走る。ホトは笑顔を崩さない。彼には、冷ややかな目で自分のことを見え他の大臣の顔など見えないのだから。シュトウも、そんなホトの様子を見て口元に笑みを浮かべた。
「思っていたよりも早く帰ってきたな」
「ええ、せっかくあなたにいただいた休暇なのでもう少し満喫したい気持ちもありましたが、私のいない間に南都に何かあっては大変だと、南都の力になれないのは御免だと思うと、落ち着いてもいられず、無期限の休みを切り上げて帰ってきてしまいました」
「遅れてきたが、何かあったのか?」
仏頂面で訊いたのは財務大臣のシュヨクである。
「遅れてはいないと思いますよ。私への使いは、時間を指定してきませんでした。今晩だと言われたので、こうして宵の口に来たではありませんか。空にまだ闇が射し込んできていない、青さが残っている頃に来るのは失礼かと思いまして」
「対岸の村の方で何かあったときいたが」
「ご安心ください。大きな争いが起こる前に食い止めました。少し圧力はかけt起きましたし、これ以上の暴動は起こさないでしょう」
ホトはシュトウがいるのであろう方を向いた。
「あの村で暴動が起きてしまったおりに軍を出してくれたと聞きました。勝手なことをするな、と言いたいところですが、もしあのまま、軍師たる私がいないままあの暴動を放置しておけば間違いなくけが人、あるいは死者が出ていたことでしょう。お手数をおかけしてしまいましたが、ありがとうございました。今回の暴動は橋が落ちたことによる物だったようでしたので、橋は頑丈に架け直して起きました。ご心配はいりません」
「橋もなおしたのか。あの従者がやったんだな」
「ええ。あいつはここにいる誰よりも有能なので」
「どうせ目でも使ったんだろ」
吐き捨てるようにそう言ったのは、福祉大臣のシュソクである。
「使ってないですよ。この目の力で得た絆なんて、信用ならないですから」
「よく言うわ」
シュソクはホトを馬鹿にするように笑った。
「この目のことはともかく、ひとまずはあの村について気にかける必用はありません。ただ、もうあの村には手を出さない方がいいと思います」
「ほう。いつになく弱気な発言だな」
シュトウが豊かに生えたひげをなでて言った。
「弱気も何も、私は警告をして差し上げているのですよ」
「お前の所の兵士はそんなにも弱いのか」
「いえ。私がいる限り、彼らはゼンに次いで最強、敵なしと言えましょう」
ホトは鼻で笑った。
「そもおも、あの村を他の村のような実質支配下に置いたところでどんな利益があるでしょう。 この都に比べれば虫けら同然のあの寂れた村を手に入れたところで、絵有られるものは何も有りません。むしろ、こちらが持っている様々な技術や富が流出していくばかりでしょう。それに頭が固い彼らが、私たちをすんなりと受け入れてくれるかどうかはわかりません。限りなく、可能性は低いと思います。最悪の場合、こちらの軍が武力であの村を制圧せねばならなくなり、村一つを滅ぼすことになりかねない。これではあの愚王と何もかわらないではありませんか。私たちはあの村に手を出すべきではないのです」
「だ、だったら、民をどうすればいいんだ。このまままでは都から人があふれ出してしまう」
おびえた様子で刑罰大臣、シュビが言った。
「ま、まさか、あふれ出た分は追い出す、というのか。この国の南都以外の場所で暮らすのは自殺行為に等しいと聞くぞ」
「言いませんよ。馬鹿馬鹿しい」
ため息ばかりがホトの口からこぼれた。
「場所が足りないのなら、場所を新たに作ればいいのです」
一瞬、部屋の中が静まりかえった。
「作る、とな。なにか案があるのだろうな」
シュトウが言った。
「青龍国では土砂を海に沈め、土地を増やす、という方法をとっている時来ました。あそこは何と同様に海に面している部分も多いので、人口増加に伴い、居住域が減ったときにはそうするとのこと」
「なるほどな」
「詳しい方法が知りたければ、従者に調べさせますが」
シュトウはしばらくの間何か考え込むようだった。するとすかさず、シュヨクが口を開いた。
「その村のことはよくわかった。だが、それは確かな方法なのか」
「だからそれを確かめに従者を派遣するのではないですか」
「調べに行かせる人材はいるのか?あの男には他にも仕事があるだろう」
「もう一人信頼の置ける部下が私には出来たので大丈夫ですよ。もし必要なら、その子にも調査に行かせましょう」
ホトはここぞとばかりに立ち上がった。
「さてどうしましょうか。私から青龍国に視察団を派遣しましょうか?」
シュヨクが何かを言おうとしたがシュトウがそれを遮った。
「いや、遣いはこちらが出そう。蛇の木偶どもをおくる」
「父様!こいつの口車に乗せられては」
「了解いたしました。お気遣いありがとうございます。お陰であなたが手元に置いておきたいほど優秀なあいつは個々にとどまってくれますよ。さて、私はちゃんと宴に参加したことだし、あなたもこれで満足でしょう。では、私はこれで」
ホトが扉に近づくと、わかっていたかのようにゼンが迎えに来た。
「それでは、私の大切な従者が来てくれたことですし、おやすみなさい。良い宴を、お父様、お兄様達」
そう言い残して去るホトのあとを追うのはゼンただ一人だった。




