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領主の遣い

 南都には奴隷がいない。

 そう、ホトは言っていた。とはいえ、そんなわけはないと思っていたが、彼が言っていてことが真実であることをヒショウは今、嫌でも理解させられている。

 坂を上った先にそびえる宮の入り口で、ヒショウは今検問を受けている。役所に入るのに、衛兵に止められてしまった。身元、出身、なんの用出来たのか、諸々いろいろなことを聞かれたが、元は奴隷だと口にした瞬間に、露骨に嫌な顔をされた。

「やっぱりだ」

衛兵は青ざめた顔で言った。

「奴隷なんて」

その言葉を耳ざとく聞きつけて他の衛兵が来た。二人は何かを反しあったすえに、一人の方が誰かを呼びに行った。奴隷だと言えば警戒されてしまうことは今までの経験でわかっていた。だからこそ、元、とつけたのに、それだけでここまで警戒されるとは思わなかった。

「あの、僕何かしてしまいましたか?」

「してない」

「していないよ」

ゼンとホトは即座に答えた。ちなみに、ホトもまた、どうやら別件で衛兵に止められている。理由を問わず、とにかく中には入れられないそうだ。例の奥の手を使ってでも入ろうとしたが、武力でもって止められていた。ゼンはただ二人の付添として待ってくれている。

「なんで私が入れないんだい?これはもう少し仕事をしないであそんでいてもいいってことなのかい?女性に声をかけてきてもいいってことなのかい?」

「お前はそれよりも先にすることがあるだろうが」

ゼンがあきれた声で返した。

 もしかして、僕が人殺しであることがばれたのか?

 そう思った瞬間に、胸が不安に覆われた。南都の人間は今まで殺してきてしまっている。今は髪色も代わり、入れ墨もなくなっているから、気がつく物はいないはずだと思いたいが、元奴隷の少年、というだけで勘付かれてしまったのかもしれない。ホトが自分を探していたのが、南都の偉い人の命令ならば、ここでも殺人鬼としての自分のを探していても当然なのかもしれない。捕まってしまったらどうしよう。ホトやゼンは、かばってくれるだろうか。

 いや、こうして今かくまってくれて射るだけでも十分新説なのだ

だから、今一番考えるべきは、捕まった後のこと。死刑にでもなった場合、どうしよう。どうせ死刑だが、自分は死ぬことが出来ない。力がばれてしまう。それは、恐ろしい。

「申し訳ありません。僕が余計なことを言ってから、こんなことになってしまって考え事で頭がいっぱいになってしまっていたヒショウは、気がつけばそう口走っていた。

「君が謝ることはない。悪いのはこの衛兵だ。君、見ない顔だね。新入りかい?私にはこびを売った方が後の出世には大きく役立つよ。という訳で、ここを通してくれないかな。あんまりここで目立ちたくないのだよ。嫌な人には会いたくないからね」

ホトはよほどこの状況が気に入らないらしく、衛兵の顔をのぞき込みたくて仕方がない。しかし、衛兵はホトの力を心得ているらしく、断固として目を合わせないように努力している。

「そ、それは出来ません。あなたが帰ってきたら、と、止めるように言われておりまして……」

「誰に?」

「ワタシですヨ」

びくり、とヒショウは肩をふるわせた。

 焦ってたからか、気配をまったく感じられなかった。気がつくと、愛兵の後ろに一人の男が立っていた。中性的な顔立ちをしていて、髪も体にまとわりつくように長く、すらりとしている。

「これはやっかいだな」

ゼンがつぶやいた。

「正確に言えば、領主様でございますヨ」

「私は邪魔ってことだね」

「いえ違いますヨ」

男は即座に否定をする。

「領主様はあなたの帰りをお待ちになっていましたヨ。故にこんやはあなたに会いたい、とのこと。夜に宴を催すので底にくるように、と」

「ああ、そうくるか」

ホトが珍しく落胆したような声で言った。笑顔はすでに消えている。

「用件はそれだけかい?それだけの為に、私をこんなに深いにさせたのかい?」

「いえ、あなたを引き留めている理由はあと二つありますヨ」

男は人差し指と中指を立てる。

「ホト様が外出しなさると必ず変な物を持ち帰って来るので、それを確認しろ、とのことですヨ」

「言いがかりだ。あの人が、価値ある物を見分ける目を持っていないだけだ」

「……」

男は何も言い返さない。その代わり顔色一つ帰ることもない。ヒショウは、この男から言い様のない恐怖を本能的に感じていた。この男には、おそらく感情という物がない。感情を押し殺して生きていたヒショウとは異なり、まるでそもそも感情がないかのようで人間ではない何かと話している用だった。

「では、その子供は?元奴隷だと聞きましたヨ」

男の鋭い視線がヒショウに向けられた。

「だからなんだい?」

「元、とはいえ、奴隷を持ち込まれては困りますヨ」

「なぜ?この子は元、奴隷であって、今はゼンに使えている。それの何がいけないんだい?」

「子供を買って従者にすること自体が、非人道的なのですヨ」

男は冷淡に言った。他人の心など、いっさい考えて射ないような様子で。

 ヒショウは反射的に憤った。今まで何人もに奴隷であったことを指摘されてきたが、なにを言われようと、ゼンにして貰ったことを悪いことだとは思わない。ヒショウは男に言い返そうとした。その時だった。

 男の首が突然、半分ほどの細さになった。一筋の赤い線が男の首に入ったと思うと、次の瞬間男の姿はなくなっていた。

 ヒショウはすぐにゼンの方を見上げた。ゼンが男の首を絞めたことはすぐにわかった。ゼンは気まずそうに目をそらしているからおそらくはやったことは間違いないのだろう。一度ゼンに首を絞められ殺されているからこそわかする。ゼンの犯行事態はあまりに鮮やかで一瞬の物だが、やられればひとたまりも兄。朱雀の力を持たないただの人間なら死んでしまうだろう。

 ヒショウは男の死体を探す。いや、本来はしたいなんて探す必要もないはずなのだ。彼は即死であったはずなのに、死体が見当たらなかった。さすがに、個々で人を殺すのが不味いことぐらいヒショウにもわかる。検問中の今でも、衛兵達や役人は忙しそうに門を出入りし散るのだから。

 ヒショウは助けを求めゼンの方をもう一度見た。だが、彼は至って冷静だ。何事もなかったかのように、衛兵が中に入れてくれるのを待っているようにみえた。落ち着かないヒショウはもう一度、いや、何度も死体を探す。

 ない。

 いない。

 その時、視界の隅で何かが動いた。

 見ればおおきな白蛇である。こんなにも大きいのだ。今まで気がつかなかった訳がないのだが。

「ホト……様……」

衛兵は蛇を見て青ざめたようにそうつぶやいた。

「どういうことですか!」

ヒショウは叫んだ。

「魔法だよ」

ホトがけだるそうに答える。開いた口が塞がらなかった。

「ここの領主は魔法を使うんだ。あの蛇はあの人が作った物。飼っている蛇を、人にして使いを送ってきたのさ」

「りょ、領主様は魔法を使うのですか!?そういう力をお持ちの方なのですか!?」

「細かいことは後で話すよ」

早く中へ入りたいらしいホトは素っ気なくそう言った。

「さて、中に入ってもいいよね」

「いや、でも、しかし」

衛兵はしどろもどろに答える。彼も、目の前で怒ったことが理解できず、どうすればいいのかわからないのだ。

「あの蛇野郎の検分は済んだじゃないか。私をここで引き留める必要がまだあるとでも言うのかい?」

「でもその子供が」

「君もあの蛇のようになりたいの?」

ホトは冷たい声でそう言った。衛兵は、自分の首に何かが真吉手来ているのを感じた。少し視線を落とせばゼンの指先が動いている。これはあ脅しなのだとすぐに悟った。

「それは……」

「嫌なら、私たちを中に入れて」

 瞬殺だった。

 おびえた衛兵は、うわべだけの笑顔を作り、入ることを許してくれた。まわりの衛兵の視線が痛いが、ヒショウはそれを無視することにした。

「彼はいいことをしたよ。これはきっと、彼の将来につながる。彼は僕を自分の意思で通してくれたのだから」

ホトは堂々とそう言い放った。どう考えても脅していたが、そんなことをあえて口に出す命知らずはいない。

「にしても、ゼン。だめっていつも言っているだろ。私の為にかっとなってもすぐに手を下しちゃだめだって」

「あれ?俺は、お前じゃあなくてヒショウが侮辱されたからかっとなったんだけど……まあ、いいか。わかったよ。済まなかった」

ゼンはヒショウの方を見る。ヒショウもすかさずゼンを見上げた。

「あんなの木にするなよ。個々では奴隷が珍しいから、お前や俺たちをああいう目で見てしまうんだ。お前の苦労もしらないで、よく言うよ」

「ええ、わかっています。僕はとっても幸せです」

「お前がそう思ってくれていて良かった」

わざわざ聞かれるほどのことではないのに、とヒショウは少し首をかしげて言った。

「あの、一つ聞いてもいいでしょうか」

ヒショウはホトに言った。

「いいよ」

ホトがくるりと振り向く。

「あの蛇男はホト様を引き留めた理由は全部で三つあると言っていました。夜の宴の誘い、僕のこと、あと一つはなんだったのでしょう?

「それはね」

ホトは少し言葉を考えている。だが、うまい言葉が見たからなかったのか、少し諦めたように笑って言った。

「領主は私が嫌いなのだよ。だから、嫌がらせ」


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