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新天地

 南都。

 ここが尋常でないほどに豊かで、とてつもなく発達した都であるのかは、一目瞭然であった。ヒショウが今まで都だと思っていたものが全て裏返ってしまったようで、開いた口が塞がらない。人々が来ている服も、食べている物も、そもそも人々の顔も、全てが違っていた。みんな笑っていて、楽しそうだ。

 何より、地面に人が転がっていない。

 転がっていたとしても、それは昼間からどこかの店で酔い潰れた客のみであって、すぐに店員らしい人によって回収されていっている。

 路地をのぞいてみても、死体はなかった。そもそも、路地をのぞくことすら困難だった。出店が所狭しに出店していた。のぞこうとして近づけば、気のよさそうな顔をした店主が、食べるかい、と何かを差し出してくるのだ。怖い。怖すぎる。何かの罠かもしれない。

「ゼン様!」

道すがる人にぶつかられた拍子に、ヒショウはゼンに抱きついた。あの村ほどでは二が、めくるめくように人が行き交うこの通りでは、変な行動をすればすぐに迷子になってしまいそうだ。こんな怖いところで迷子になれば、死を覚悟してしまう。

「落ち着け。俺がついているから」

自分がこの都に来た頃はこんなだったのだろか。ゼンは遠い記憶を思い出しつつ、ヒショウの頭をなでた。状況がつかめていないらしく慌てている出店の主人に声をかけ、ふたりで団子の串を買った、勿論、一本はヒショウに与える。はじめこそ食べることを躊躇していたようだが、恐る恐る口に入れると美味しかったらしく、一気に食べてしまった。喉につまらせないか心配だったが、どうやら気に入ったようだ。

「あ、ありがとうございます!とても美味しかったです!」

「そりゃ良かった」

ゼンはあたりを見回して、ホトを探す。出店に興味がないらしいホトは、どんどん先へと進んでいってしまうノで、糸をからめて引き寄せた。

「お前も食え」

「ヒショウ君に買ってあげたのかい?私はいらないよ。君が食べれば?」

「お前、俺がいない間何食ってた」

「別に。ああ、ヒショウ君とたまにパン食べたよ」

「やっぱり」

「いらないよ」

「だめだ」

「いらないよ」

「食、え」

無理矢理にでも、ゼンはホトの口に団子を入れた。

 ホトは、興味があることにしか意識を持たない。特に食事は彼の中で優先順位が低いらしく、強要しなければほとんど何も食べないので、生活に困っていないにもかかわらず病的に痩せているのだ。

「ゼン様はいいのですか?」

「俺はいいよ」

「ヒショウ君、いいかい?こいつはね、見栄を張っているんだよ。このまちで君のようにみすぼらしい格好をしている子供や私のように貧相な人間を放置すれば白い目で見られてしまうからね。こいつは私たちに優しくしていることを周りに見せつけて、体面を取り繕っているのさ」

そんな必要があるのか、と驚いているヒショウを横目に、ホトはあきれたように言った。

「奴隷なんて物はね、ここにはいないんだよ。ああそうだ」

ホトは何かを思いついたように言った。

「正式に私の元に来てくれるのだから、服を買ってあげよう」

「これではだめですか?」

ヒショウはゼンに貰った外套を見せる。

「だめだね。破れているし、血で汚れている。主たる私の品位を保つ為にも、あまり悪目立ちされては困るのだよ」

「僕の主は、ゼン様ただひとりなんですけどね」

言いつつも、ヒショウは少し残念に思っていた。ゼンの匂いがして、この外套を着ていると落ち着く。一人で旅をしていたときもずっと身につけていた物だから、出来れば着続けていたかった。

「おれも、あとでちゃんとした服に着替える。この都にいるときだけだ。旅に出るときは、それを着ていけばいい」

ゼンはヒショウに言った。

「むしろ、俺からすれば、南都から出てもまだそんなに目立つ格好でうろちょろしている奴の方が、心配だ」

「今回は例外。それに、私は服をごまかしたところで、この顔のせいで目立ってしまうから」

ホトが笑みを浮かべれば、すれ違った女性達が喜んで頬を紅潮させる。手でも振れば、黄色い悲鳴が上がった。

「僕がこれ以上迷惑をかけてしまっては申し訳ないので、もう少し目立たない通りに行くのはどうでしょう」

「そう言われても……ここはかなり落ち着いている通りでからな」

「こ、これで、ですか」

「ああ、これでも、だ」

王都の様子からじゃあ想像できないかも知れないけど、とゼンは苦笑いを浮かべて付け足す。

 本当に、言うとおりだ。

 なぜ一国の中でこんなにも差が出てしまうのか。統治者がいるとはそんなにも大きな違いを生み出すのか。王都にいるかつての仲間達はどうしているのだろう。後ろめたい思いにヒショウはさいなまれたが、その思いは都の賑わいの中に埋もれていった。

 南都は、島の上に出来た都市である。

 島の南側に向けてなだらかな上り坂になっていて、最も高い南の端が領主の宮であり、政をする役所だという。軍師として、ホトもそこに使えているのだろう。その宮に向けて、なんぼんも道が延びている。まるで五番の目のように区画で仕切られており、十人や住居の管理がしやすいようになっている証拠だ。宮よりさらに南では、崖が切り立っており、海も荒れている。代わりに穏やかな内海に面している北東側は港になっており他の都だけではなく、他国からも貿易をする為に商戦が訪れてくる。お陰で南都は陸路だけではなく、海路も発達したのだ。

 と、昔、どこかの富豪が言っていた。

 鼻高々に、自分の船もそこに言っているのだ、と。膝の上にのせられ延々と自慢話を聞かされた気がする。奴隷にさえ自慢してしまうほど心が乏しく、金を得た分何かを失ったような奴だった。もう、あいつも殺してしまった。どれもこれも、昔の話である。

 だが、どうやらその話は本当だったようだ。

「これが、海?」

嗅いだことがない匂いに、見たことがないほど大量の水に、ヒショウは戸惑いが隠せなかった。

「港だよ!」

ホトは両腕をひろげ海を背後にして言った。

 ホトの後ろに見えるのはたぶん大きな、船、だ。それが、海、に浮いている?

 大きい。あんなに大きいのに、水に浮いているのは不思議だ。嫌、そもそも、海はこんなにあおいのか。聞いたとおり、いや、それ以上だ。

 船からは、何か荷物が下ろされている。あの荷物はなんだろう。どこからきた船なのだろうか。気になることが多すぎる。

「気になるのはわかるが、まずは役所だ」

「あ、は、はい!」

早足で進んで行ってしまうゼンをおいつつ、見知った顔がいないか警戒しながらも、ヒショウは目を輝かせて海に見とれたのであった。



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