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朱雀の飛跡~ある鳥の死から孵化まで~  作者: 文張
小麦の村と夕焼け
3/30

無口な少年

 それから十日がたった。

 二人は王都から離れ、南へと向っている。少年はあれからまだ一言も話していない。質問にも答えることなく、ただ黙々とゼンの荷物を背負って後ろをついてくるだけだった。それでも、険しい山道や川越えも泣き言一つ言わずこなしていた少年には感心をしていた。ゼンに言われたことはこなすし、夜もたいして眠ることなく明かりの火の世話をしているというのは、奴隷として十分すぎるほどによく出来ていたが、うつろな目つきをして決して口を開かない様子は、人間らしいとは、言えなかった。

まあ、ひとまずはこれでいい。

 ゼンは元から一人で旅をしていたような身だ。一人で旅をしていようが、話をしてくれない従者がいようが、あまり変わらない。口をきいてくれない程度のことで怒るほど、ゼンも器量が狭いわけでもない。

「名前は知りたいけどな」

そうぼやいて、ゼンはため息をつく。

「ほら、ついたぞ。ここがひとまずの目的地だ」

二人が立っている丘の先には小さな村が見えた。やっと見えた人里に喜びでもするかと思われたが、少年はやはり何も言わない。風に揺られ、さわさわと少年の赤髪が揺れていた。うつむいているからか、顔は見えない。ゼンは鼻で笑うようにふっと息を吐くと、勢いよく少年の顔をのぞき込んだ。

「なんだ。泣いてでもいるかと思ったのに」

「……」

無言だが、少年は大きく目を見開いた。

「お前も、驚いた顔ぐらいはするんだな」

ゼンが言えば、少年は隠すようにさらに下を向く。

「見てみろっての!」

ゼンは少年の手を引いて走り出した。村に近づくと、聞こえてくるのは楽しげな人の声。活気があるとは言えないが、十分に機能している村がそこにはあった。

「……ぁ」

少年が何かを言ったような気がした。あるいは風の音の聞き間違いだったのかもしれない。いや、ここは少年の声だと信じよう。ゼンは誇らしげに少年のほうをみた。

 少年は驚嘆の声を漏すのも無理はない。機能している村は王都から離れればある程度はあるが、ここまで豊かな村はそうはない。王都が堕ちたた今でもこの村が廃れずにいられるのは、この村が王都に頼らずに元から生計を立てていた、ということがある。ほとんどの物を自給自足で得ているため、他の場所の影響を受けにくかった。それに、この村には長がいる。やはりそのことが、村の発展につながっているのかもしれない。少年は王都とは大違い名この村をみて、どんなことを思っているのだろう。

「なあ、お前は」

「……すごい」

ゼンはあまりの驚きに思わず言葉を飲み込んだ。

「……すごい……何で……?」

初めてちゃんと聞く少年の声は、まだあどけなさが残る子供のそれだった。ゼンは口角を緩ませ、答えてやる。

「すごいだろ。王都とは大違いだ。ここの奴らはみんな、自分で自分を助ける方法を知っているからな」

「自分で、自分を、助ける」

「言っただろ?己は、己しか救うことは出来ねえんだ。お前だって、そうやって自分で自分を助けて俺の所にきたんじゃねえか」

少年は少し考えるようにして、うなずいた。やっと話をする気になったらしい少年の様子をみて得意になったゼンは話しはじめた。

「王都だってこのくらい、緑がありゃな。なんとか食いもんだけはあったかもしんねえのによ。なあ、お前って、王都出身か?」

「……わからない」

「じゃあ親は?どこ出身だった?」

「……知らない」

「そうか。じゃあ……」

言いかけて、ゼンは気がつく。自分たちの方に歩いてくる人影があった。

「話の続きは後でな」

ゆらゆらと体を揺らしながら洗われたのは、一人の老人と、その付添らしい健康そうな若者二人だった。ゼンは慣れた様子で老人の前に膝をつく。

「畏れ入ります、村長」

「いえいえ。感謝したいのはこちらですよ」

村長も背後の二人に命じて頭を下げる。

「ようこそいらっしゃいました、ゼン様」

「やめてくれよ。あいつはともかく、俺はそんなことをされる身分の人間じゃないから」

ゼンは困ったように首に手をおいた。少年は状況が理解出来ず、ゼンと村長を交互に見ている。

「なあ、礼儀とかいいから、まずは宿に案内してくれないか?荷物を下ろしてしまいたいんだ」

「はい。じゃあ、お二人を宿に」

村長は若者達に言ったが、彼らは少年をみると何かを相談し始めた。

「あの、では僕らがお荷物はお持ちしますので」

若者は少年に言ったが、少年は決して荷物を話そうとしない。おびえるように荷物を抱きしめ、逃げるようにしてゼンにくっつく。

「……僕が、持ちます」

「しかし」

「いいよ。たしかに、俺がこいつにこの仕事を頼んだんだ。任せておいてくれ」

ゼンがいうと、若者達は怪訝そうな顔をしたがどうやら宿には連れて行ってくれるらしく、

「こちらへ」

と短く言って歩き始めた。途中何人かの女が少年に声をかけ、荷物を渡すように言ったが彼は断固として首を横に振り続け、終いには無視を決め込むようになった。仕事に熱心なのは結構なのだが、対人関係については少し教えてやる必要がありそうだ。

 とはいえ、また縮こまってだんまりを決め込み始めた少年をそっとしておき、ゼンは久しぶりに訪れた村の様子を見ていた。村の中に入ればさらに、生き生きとした雰囲気が伝わってきた。茅の屋根で出来た簡素な家ばかりだが、村のあちこちを元気いっぱいな子供達が走り回っている。誰しもが子供らしい肉付きの良い見た目をしており、少年の出で立ちとは大違いだった。あまりにもみすぼらしいので、旅の途中で適当に体型を隠せるような服を見繕ったが、それであってもどうしても隠せない手足の細さが彼の今までの過酷な生活を誇示していた。早速あとでいろいろな物を食べさせてやろうともくろんでいると、ゼンは酒場を見つけた。旅の中継地として使われやすいこの村周辺にはこのような場所は多い。経済的にたとえ裕福とはいえなくても、この村が精神的に、身体的に豊かであることがよく伝わってきた。

 そんなことを考えていると、誰かに袖を引っ張られた。少年かと思い一瞬期待したが、実際には村長だった。

「少しお話が」

「なんの話だ?」

「少し、例のお仕事に関しての……」

「ああ。わかった」

村長と止まって話をしていたせいで、少年達は少し先に行ってしまっている。時折心配そうに振り向いてくる少年に、先に行ってくれ、と手を振って見せた。少年はやや肩を落として、また前の二人に続いて進んでいく。案外かわいい奴だ、と心の中で思ってから、ゼンは少し指先を動かす。少年を一人にするのは心配だ。何もないといいんだが。

「話をきかせてもらおうか」

「畏れ入ります」

村長はうやうやしく頭を下げる。そんな様子を、村人達が息を殺して静かに見ていた。


 通されたのは、どうやら村長の家らしい。この町に立ち寄るのは初めてではないので村長とも面識はあったが、家に来たのは初めてである。質素な作りの外観とは裏腹に、中には大量の書物や怪しげな術具のような物が多く置いてあった。

「呪術師をしていましてね。ものが多くて、すみません」

「いや、気にしないでくれ」

ゼンは感心しつつ、用意された村長の席の向かいの席に座る。

「それで、話というのは?」

「その前に、一つ聞いても良いでしょうか?」

村長は声を潜めていった。

「あの少年は、何でしょう?」

何、という表現がゼンのなかでひっかかった。

「何、といわれても。俺の連れだが」

「以前はお見かけしなかったともいますが、王都でお知り合いに?」

「まあな」

「奴隷として買ったのですか?」

「なんであいつについて聞くんだ。なにか問題でもあるのか?」

「いえ問題は、問題なんてございません。とんでもない。ただ、あの少年の正体が気になってしまって」

「正体、だと」

「あの少年のお名前は?」

「名前は」

そこまで言って、ゼンは一度口を閉ざす。

「わからない」

「ご両親は?」

「死んでいると聞いている」

「なぜ奴隷に?」

「知らない。だが、ガキがひとりじゃあ到底生きていられなかったと思う、あの環境では」

「そう、ですか。では最後に。あの朱雀の刺繍はもとからですか?」

「ああ、たぶんな。俺が出会ったときからそうだ」

腑に落ちた様子の村長とは裏腹に、ゼンのなかに言い様のない気持ち悪さが残る。

「で、あいつになにか?」

「いえいえ、途中からは私の興味でして。言いたかったのは、宿のことなのですよ。ゼン様は今回お一人で来ると聞いていたので、一部屋分しか用意しておらず……」

「ああ、それならかまわない。こっちの責任だ。どうにかしよう。こちらこそ変に気を遣わせてしまってすまないな」

「いえいえ。では、仕事の話をしましょうか」

「ああ」

村長の話は、予想していた通りの物であった。慣れた仕事なので、処理の手順も決まり切っている。とはいえ、簡単な打ち合わせをして、あとは実行に移すだけの状態にするのにはそれなりの時間を有し、気がつけば外が暗くなっていた。やっと宿に案内されたころには、ちょうど酒場が盛り上がり始める時間になってしまっていた。

「腹減ったな」

そんな風に独り言を言って部屋の扉を開けたゼンは、固まった。

「えっ……」

 部屋を開ければそこには平伏をした少年がいた。暗い部屋の中で、扉の外から入ってきた明かりがゼンの影を作り、少年の上を伸びていく。

「……どうしたんだ。何かあったのか?」

「申し訳ありません!」

少年の声が部屋の中に響き渡る。

「あなたに対し、いままで働いた数々の非礼をお許しください」

「許す、だと……?」

「あなたがこれほどまでに偉い方とは知らず……申し訳ありません」

「俺は別に、だから、そんな偉い訳じゃあないんだけど……えっと、じゃあ、聞くぞ」

ンは困ったと言わんばかりに頭をかくと言った。

「俺はどんな風に偉いんだ」

「え?」

「言ってみろ。俺はどんな風に偉いんだ?」

「……」

「言えないのか?」

問い詰めるようにゼンは言う。少年の体が震えている。

「それは……申し訳ありません……」

語気は見る間に弱まっていった。

「主がいかに偉いかも言えないのか?」

「……」

「まあ、いい。顔あげろ」

「しかし」

「主の命令に従えないとでもいうのか?顔上げろ。やりにくいだろ」

びくっと少年は肩をまたふるわせた。恐る恐る顔を上げればそこには険しい顔をしたンの姿があった。ゼンの手が自分の方に伸びてくるのをみて、少年は覚悟を決めて目をつぶった。

 次の瞬間。

「え……?」

少年は困惑を表に出して目を開く。それもそのはずだ。ゼンは少年を殴る、こともせずに少年の顔に彫られた刺繍に手を優しく置いただけだったのだ。

「冗談だよ」

ゼンはいうと砕けたような笑顔を浮かべた。少年はまぶしくて、思わず目をそらす。まぶしいのはきっと、部屋の外から入る明かりのせいだ。

「お前が俺のことを知らないように」

ゼンはゆっくり立ち上がる。

「俺もお前のことを知らない。だから」

少年は促されたようにゼンの顔を見上げる。

「お前のことも、教えてくれないか」


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