青年軍師
「なぜ素直に南都の庇護に入らない!お前達の村の、隣の村も、その隣の村も、王都までの全ての村が、今や事実上南都の一部となった!うちの一部となれば、もっと豊かに暮らせる!村のことやお前達の子供のことを考えてみろ!なぜ素直にうちの庇護に入らないんだ!」
村の対岸、すなわち、南都がわの崖から一人の男が叫んだ。この男は、周囲の兵士よりも豪華な鎧を身につけ、見せつけるようにして叫んでいた。
彼は、南都の将軍である。
村との間にはのぞき込むだけで全身の怪我逆立つように深い谷が広がっている。ここにかかる橋が局地的な大雨に流されてから早二週間。領主の命で部下を率いてここまで復旧作業の指揮をしに来たものの、いっこうにお役目にとりかかることが出来ていなかった。
橋をなおそうと礎を組んだ頃はまだ良かったのだ。だが、いざ橋をかけようとしたところ、対岸の村の人々が矢を射ってきたのだ。警告を旨とした攻撃ではあったものの、矢におびえ職人が逃げていってしまったために、仕方がなく作業が中断となり今にいたる。
正直に言って、村人達が邪魔で仕方がなかった。先に攻撃を仕掛けたのは村人の方だ。それを理由に武力で攻めたいところだが、橋がなければ近づくのは容易ではない。なすすべがない、というのが現在の状況だ。それ故になくなく、今は説得という無力な手段に出ている。
だが、これ以上陸路が滞れば弊害は今よりもさらに顕著に出てくるはずだ。南都は豊かだ。だが、豊かになりすぎてしまった為に、この都は物資面に大きな弱みを抱えることになってしまった。このままでは多くの南都の人間の命が失われかねない。
しょうがない。多少の犠牲なら――。
その時だった。
ごろごろと意志が転がる音がする。
勿論、兵士の誰かが動かしているのではない。見れば、兵士達もまた、耳をすまし、目の前の光景に釘付けになっている。
石が、ひとりでに動いていた。
それは宙を飛び、ただしい位置へとやがて積み重ねられていく。一つ、また一つとと動いた石は、ついには何百個もが一気に動き、みるみるうちに橋は元通りになっていく。
村人の一人がおびえたように矢を射った。
その矢は進むにつれ正しい軌道から外れ、まるで何かに絡まったかのように停止する。何本射っても、どこから射っても、それらはむなしく止まってしまった。
こんなことが出来る人間は、たった一人に限られている。
完成した橋の上を、一人の人物がゆっくりと歩いていた。
将軍は、まぶしそうにその人物を見た。待ち焦がれていた。やっと、敬愛する自分の上司が来たのだ。これで万事うまくいく、そういう思いがした。
彼らが敬愛する青年軍師の横には、外套を深くかぶり、短剣を構えて立つ一人の少年がいた。何者かはわからないが、きっと護衛として新たに雇ったのだろう。少年の正体がなんであれ、優秀な少年軍師が来てくれたのだから、問題はない。きっと彼は、自分たちを助けに来てくれたのだ。この膠着状態を打開するために。
将軍は、助けをこうような目で、青年軍師を見た。
青年軍師は、将軍達ひとりひとりと目を合わせるようにして見回した。彼はいつもこうやって自分たちを助けてくれるのだ。
見回す彼の目は冷たかった。一瞬背筋が凍るが、いつものことだ。この人が笑っているのを見たことはないのだから。
「ここで何をしているんだい?」
言い方こそ優しいが、そこには耐えがたいほどの覇気を感じる。
「私は出陣の許可は出していないはずだけど」
「しかし、領主様が」
「あの人のことはどうでもいい。私はこの件について軍を出すことに一度も賛成したことはない。私を含め各大臣の全会一致の末にこの軍は動くはずだ。それとも、その法に逆らうというのかい?」
「いえ、そういうわけでは。領主様から勅令が下りましたので全会一致したものかと」
「していない。したとしても、私以外の人たちだけだ。私はその間、どうやら蚊帳の外に出されてしまったらしいからね」
「王都への視察に行かれたと聞きましたが」
「違う。それは部下にいかせた。私は宮から追い出されたんだ」
鎧をまとう屈強な男達が動揺しているすがたは見るに堪えない。青年軍師はあきれたように肩をすくめた。
「とにかく村へ帰り給え。言い訳はそのあと存分に聞こう」
青年軍師の鋭い視線が兵士達に注がれる。
言われるが早いか、兵士達は皆その場にひれ伏し去って行った。将軍もまた、例外ではない。青年軍師の言うことは、絶対であると体が覚えているようだ。
不思議とそれを嫌な気がしなかった。青年軍師は厳しく恐ろしいが、言っていることは絶対に正しいのだ。
今回だって、心のどこかではずっと戦うべきではないと思っていた。気がしてきた。やはり、あの場で、青年軍師は正しい判断を下したはずだ。後で言い訳を聞く、というのが怖いが、ちぐはぐに足取りは軽かった。
村の方を振り向いた青年軍師は、満面の笑みを浮かべていた。村人のうちの何人かは、それを見て毒気を抜かれたように弓を下ろした。
だが、油断してはいけない。
そう思ったのは、初めに矢を射った男だった。
青年のことは、ほとんど何も知らない。知っているのはあの若い男がそこそこ偉い人間で、あの男をつれているということ。いくら青年軍師がこちらに友好的な態度をとろうとも、この男の近くに葉必ずあの男がいるのだ。大切な『家族』を奪ったあの男。絶対にゆるせない。あんなことは二度とおこってはいけない。今朝、南都の兵士の緊張感が急に増し、こちらも臨戦態勢となった。丈夫な村人は全員招集されこの場にそろったから、きっとその時に門番がきちんと門に錠をしないできたのだろう。故に侵入を許してしまったのかもしれないが、これ以上の干渉は御免だった。
「あまりあいつの目をみるな。操り人形にされるぞ」
隣にいた男が言った。そうだ。噂で聞いたことがある。あの青年軍師の目は特殊で、目が合った相手の意識を乗っ取れると聞いたことがある。朱雀の力を持つ自分たちには聞きにくいはずだと聞いたことはあるが、まったく通じない訳ではないだろう。
「私たちは君たちに危害を加えるつもりはない。弓を下ろし給え」
家族のうちの何人かが正気のない目で弓を下ろした。やはりだ。血も枯れている我々では、この青年軍師の力は作用してしまう。
「危害を加えるつもりはない?な、なら、あの男をどうにかしろよ。どうせ、この近くに隠れているんだろ。いますぐあいつをこの村から去らせろ」
「ああ、なるほどね。でも、それは出来ないなあ。でも、彼の意図が邪魔ならやめさせようか?」
青年軍師が指を鳴らした瞬間に、からん、と軽い音を立てて矢が端の上におちる。
それとほぼ同時に、誰かが矢を射った。あまりにも突然の出来事だったので誰が射ったのかわからない。
気がつけば、その矢の起動に男は釘付けになっていた。
矢は何にも妨害されることはなくまっすぐ飛び、青年軍師の方へと向っていく。風の影響だろうか。矢の軌道が少し逸れた。それにより矢の切っ先は青年軍師、の横にたつ少年のほうへ向っていった。外套を見にまとうその少年は、短剣を構えた。自分の方に矢が飛んでくることは予想外だったようで、短剣ではじこうとするも、もうおそい。
矢は、少年の顔をかすめていった。鮮血が彼の白い肌を染め上げていく。
「お前。おい!」
男は反射的に矢を射ったものに対して叫んでいた。
「おちつけ!今の矢の動きから見て、あれはあいつらの自作自演だろ」
家族が叫んだ。
そうか、たしかに。
男は、少年を見た。少年は、いたって冷静なように見えた。顔色一つ変えず、血を手で拭っている。血が出たことで慌ててしまったり、怖がったりして、発作でも起こさないか心配だったが、今のところ心配はなさそうだ。立ち位置からして、青年軍師の護衛か従者なのだろうか。だとしても、子供は子供。敵味方関係なく、理屈なしで守るべき対象である。むしろ、そんな子供を従者として連れている青年軍師には激しい憎悪の気持ちしか湧かなかった。弓を握る力が強くなる。
青年軍師はちらりと少年の方をみて、少し言葉を交わしたようだったが、特に手当をしてやっているようにも見えない。
「――大丈夫です」
少年の声がかすかに聞こえる。
痛いだろうに。
今すぐ手当をしてやりたい。その思いは村の人間であれば誰もが思うことだろう。
青年軍師の手が少年の頭に伸びた。外套の上から頭をなでられた少年は少し嫌そうな顔をしてその手をはたこうとする。手が引っかかって、外套がとれた。ヒショウの珍しい白い髪があらわになる。
男達は、少年に釘付けになった。少年の顔には、傷がなかった。
矢がかすったように見えて、実は当たっていなかったのだろうか。嫌、そんなはずはない。血が見えたではないか。
ということはつまり。この少年は――。
「卑怯者め」
気がつけばそう、口に出していた。
「卑怯?面白いこというね」
青年軍師はこちらの殺気を感じ取ったはずだ。その上でなお、まったく悪びれずに笑って言っている。
「私はあの兵士達を帰らせたじゃないか。それに、橋も直してあげた。門も閉めて、橋も直せないようにしていたみたいだけど、結局は不便でしょう?こんな生活、これ以上は続けられないって君たちもわかっていたはずだ。南都からの物資も、結局は君たちの生活に欠かせなかったってわかっただろ?次にまた軍が攻めてきたら、またいつまでも籠城するのかい?それでほんとうに、君たちは家族を守れるのかな?」
「南都の元へ下れ、そういうことだな」
「ちがうちがう。そんなことを言ったら、私はあの無骨な兵士と同じになってしまうじゃないか」
ありえない、と言わんばかりのいいぶりだが、この男は南都の重鎮だったのではないのか。
「交換取引といこうじゃないか」
緊張で、背中を汗が伝う。
「さて、てっとりばやく終わらせてしまおう。さしあたって、まずは君たちの利点の方を述べておこう。第一に、君たちの力は公言しない。そうならないように、この村の処置はもう少し領主達と検討してこよう。南都の人口増加には対応しなくてはならないが、ここには手をつけないにする。底は任せておき給え。最悪、奥の手を使ってもいい」
奥の手と言うのが彼の目であることは言われずともわかる。
「この件ででた被害も、私の有能さを持ってすればすぐにしずめられる。何度も言うけれど、橋も直してあげたんだ。君たちは望んでいない、頼んでいない、というかもしれないけれど、結局はこんな橋君たちではなおせなかったんだから、どうせ南都にたのむことになっていただろう。それほど屈辱的なことをしなくて良かったのは、十分すぎる利益だったはずだ」
確かに、もしこの申し出が本当ならば、かなり魅力的な申し出である。
「そちらの要求は?」
「簡単なことさ」
青年軍師はうさんくさい笑顔を顔に貼り付けて言う。
「私の友人にかけられた冤罪を許してほしいんだ」
友人。従者ではなく、彼はあえてその言葉を選んだ。
「この条件をのめないなら、今すぐにでも君たちの首をはねるけど、いい?」




