閉ざされた村
村を出る人の人数は、徐々に減ってきている。だが、南都への道が開放されているという訳ではないらしい。南都へ行くのをやめた人が増えてきているというのが現状のようだ。ホトの話に寄れば、足止めが始まってからかれこれもう二週間ほど経っているらしい。
南都は発達している都だと聞いていたので、ヒショウはこの現状に違和感を覚えていた。それは、南都の人間であるホトも同じようだ。
「なんでまだ治らないんだい。南都の土木技士はこんなに無能なのかい?それとも、私の指示がなくては失敗しか出来ないどこかの馬鹿大臣のせいかな?」
ホトはいらだって言う。
「俺にもわからない。そもそも、隣の村のもんが閉じられちまってて中にも入れねえんだ。あそこの端が堕ちたらしいし、仲に入れれば俺が糸でなおしちまうんだけどな」
「隣の村と言えば、あの朱雀様を信仰しているって言う?」
「ああ、そうだ」
「侵入しちゃえば良かったのに」
「入って橋をなおしたとしても、門が閉まってちゃあ意味ねえだろ。あそこの奴らが意図的に閉めてるんだろうし、俺じゃあ説得は困難だ」
ヒショウは思わず顔を伏せた。ゼンが勘違いをされて毛嫌いされているのはどうやら本当らしく、心が痛い。だが同時に、南都への橋と言えばおそらくは立派なものであるだろうから、それを一人でなおせてしまうゼンは、やはり自慢の主なのだと改めて感じた。
「でも、なぜ門を閉ざしてしまっているのでしょうか?」
「さあな。俺にもわからん。あそこの奴らは思い込みも激しく排他的で、警戒心も強いからな。たまにはあることなんだが……」
「でも困るねえ。これじゃあ交易もろくに出来ないじゃないか。ましても要人が閉め出されてしまっている」
ホトも悩ましげにうなずいた。白々しい、とゼンは悪態をつく。
「こうなったら、私の権力を行使してしまおうか。最終的には目を」
「でも、それじゃあ」
「冗談だよ。さて、困ったねえ」
ふと、ヒショウは見知った影を見つけた。すぐに駆け寄って事情を聞きに行く。
「無事で良かったです」
急に声をかけられた女は一瞬おどろいた様子ではあったが、声をかけて相手がヒショウとわかると唯一見えている目元を柔らかくした。
「ええ。あの程度の火事では私達はどうにもなりません」
「今はどちらに?」
「ぼろ屋ではありますが、空き家を見つけましたのでひとまずはそこに。それより」
女はあたりを見回した。何かに追われてでもいるのかとヒショウは一瞬身構えたが、どうやら彼女が探していたのはゼンとホトのようだ。二人の姿を見つけるやいなや、女は見るからに不機嫌になった。
「あなたとあそこの人が襲われたと聞きましたが、あの人もまだ生きていましたが」
「ま、まあまあ」
「それにあの男もいる。ああ、恨めしい」
奴当たるように女は叫んだが、ヒショウににらまれていることに気がつくと、その気迫に押され、怒りを口にすることをやめた。
「皆さん、南都へ行くのですか?」
「はい」
「残念ですが、それは出来ません。今すぐ引き返して、どこかの港へ行くべきですね。ここの門はしばらく、いえ、決して開かないかもしれません。私たちも故郷に帰れなくて困っているのです」
「なんでそんなことに?」
「南都のせいですよ」
何も知らないヒショウに女はあきれたように肩をすくめた。
知り合いがいた、と突然走って行ったヒショウを見てゼンはただ驚いていた。あんなにも行動力にあふれた子だっただろうか。それに、何度見ても、あの村の人間が他人と親しげに話しているのは不思議な光景だった。同じ朱雀の力を持つ者同士馬が合うのかもしれないと思うと、なぜか少し寂しく思えた。
「おい、あいつ、あんなに人と話せるようになったんだな」
「うらやましいよね。あの女性、私にはあんなに厳しいのに。せっかく美人なのに、冷たくて、素っ気なくて、なかなか魅力的な女性なんだよねえ」
ゼンはホトを軽蔑するような目で見る。ホトの目が基本女性にしか向いていないことを忘れていた。
ホトのことはさておき、あの村の者の一部が村を離れて暮らし始めたというのはゼンにとってもかなり気がかりなことであった。あそこは血縁を重視する閉塞的な村のはずなのに、一部の村人まで閉め出すようなまねをしているのは理解に苦しむ。
いや、待て。
閉め出しているのか?
村の入り口にある門は、村人を守る為に設置される者だ。村人だけを大切にするような人間達が村人を追い出すようなまねをするとは思えない。これではまるで、わざと村から出すことで、彼女たちを守っているように思えた。
見ると、女がこちらをにらんでいる。
あの村の者が自分を嫌うのは筋違いであることは良くわかっている。だが、今更同行しようという気持ちはなかった。ホトに寄れば、彼女たちはゼンを悪者にし嫌うことで、自分たちのせいで仲間のひとりが心を病んでしまったという事実をねじ曲げ、心の傷を塞いでいるらしい。今更何かをすることによって彼女たちの心を病ませてしまう方が、ゼンにとっては避けたいことだった。
「君も気の毒だね。あんなに魅力的な女性に目の敵にされるなんて」
「よく言う。お前だってどうせ、あの様子じゃ毛虫みたいに扱われてたんだろ」
「それがまたいいのだよ。私はね、彼女に」
「おい変態、それ以上言うなよ。あいつの教育に良くない」
ゼンはため息をつく。
「おやおや、怒ってる怒ってる」
おかしそうにホトが言っているので見ると、今度はヒショウが怒っている。おそらくは無意識だろうが、こちらが引くほどの殺気を放っていた。
「どいつもこいつも」
こうして見ると、ヒショウも年相応のわがままな子供のように見えた。ヒショウもホトも、ゼンからすればまだまだ若造に過ぎない。子供らしいのはいいことだが、頭を抱える回数が今よりも減ることを願う。
しばらくすると、ヒショウは怒りながらも女に頭を下げてこちらへ走って戻ってきた。
「何かわかったのかい?」
「わかりました。わかりましたよ。でも」
ヒショウは少しいいごもる。
「あなたのせいだって、言うんです。正確に言えば、南都のせいだと」
「なるほどね」
ホトは大して意外でもなさそうにうなずいた。
「どういうことですか。まさかとは思いますがあなたまさか僕に会う前に村で悪事を」
「してないよ」
ホトはうれしそうに言った。
「はめられた、か」
ゼンが大きなため息をついた。
ヒショウは目の前にそびえ立つ開かずの大きな門が、信じられなかった。
自分の身長の何倍も大きなその門は扉をピタリと閉め、人をまったく寄せ付けない。朱色が綺麗に塗られていたが、この気迫の前ではもはや警告色としか見えなかった。
ヒショウはうなだれる。
事情を知ってしまっただけに同情をせざるを得なかった。ここまでの道すがらぺらぺらと己の推理を話ホトの声がよみがえった。ああ、耳を塞いでしまいたい。
「さて、じゃあ暇つぶしに、なぜ門は閉じられて閉まったのか、それを考えるとしようか。彼女たちは、自らの村から離れて共同生活をおくっていた。彼女たちはよほどのことがなければ村を出ることはないのにもかかわらずだ。よほどやむを得ない事情があったのだろう。ここで、思い出してほしい。あそこにいたのは、誰だった?女、子供。でもあの中に男はいなかった。つまり男は村に残っている可能性が高い。追い出された、とは考えにくいね。彼女たちが何よりも大切にしているのは一族なんだ。それなのに、女子供だけを追い出すなんて、考えられない。では、なぜだと思う?なぜ、あの子達は村の外に出されてしまったのだろう。答えは、戦い、だよ。戦いから女子供を守るためだ。生命や血縁を大切にする村の人間ならなおさらだろうね。ヒショウ君、君にはあまりなじみがないかもしれないね。先王の時代は戦いもよくあったんだけど……まあ、いいや。そんなのは、昔の話だ。ともあれ、そうそう、戦い。どこに?それは勿論、南都とさ。ゼン、驚かないで。君もおそらくは知っているはずだよ。最近、南都は発達しているだけあって流入してくる人が多くてね、人口が増えてしまって、土地が足りなくなってきている。だから、南都の狸どもはあの村も南都の庇護下に取り込んで、領土を増やそうとしていた。私は勿論反対していたよ。まあ、一応あそこは合議制だから、私が賛成しない限り決行はされないはずだったし、このところめっきり議題に上がってなかったから諦めたのかと思っていたけど、油断してしまったなあ。ついつい、もっと面白そうなその奴隷君のことで頭がいっぱいになってしまっていてね――」
ようするに、悪いのは南都。南都のせい、というのも間違いではないし、ホトの正だという主張もわからない訳ではなかった。勿論、彼女は詳しい事情を知っている訳ではないのだろうが。
「この扉、開くよ」
声のする方を見れば、何食わぬ顔でホトが扉を開けている。
「わ、罠とかでは?」
「違うな。人がいない」
ゼンがホトをかばうようにして先に中をのぞき、糸で探った。だが、村人が待ち構えているような様子もなければ、何かが仕掛けられているような証拠もない。
「入ってみよう」
面白そうにホトが言った。
「いつもなら見張りの子がいたのかもしれないけれど、今はそれどころじゃない。緊急事態って感じかな?」
ゼンに続いて、ホト、ヒショウは村の中に入っていく。
第一印象として言えるのは、ここが実に美しい村だと言うことだ。手入れが行き届き綺麗な花が咲き乱れている様を見ると、まるで楽園のようで、住んでいる者の心の豊かさがわかった。ここでなら確かに、長い時を過ごすのも悪くないと思うのもわかる。それに、丁寧に手入れがされているのは、彼女たちの生への執着がうかがえた。あの綺麗だった庭園もきっと、他者の命を大切にする彼女たちの心意気が現れて言うのだ。その思いには共感せざるを得ない。だが、花に手を伸ばそうとしたヒショウの手を、ホトが止めた。
「危ないよ」
「えっ?」
ホトが示す指の先を見れば、ヒショウが手を伸ばした花の周りには鋭いとげのついた茎が絡まっていた。他の花を見てもそれは同じであり、まるで触られることを拒絶しているようだ。
「相変わらずの異様さだな」
よく見れば、この花々は生け垣のようだ。ここは村の端に当たるようだが、村のなかは生い茂る植物のせいでのぞけないようになっている。
「人がいないとはいえ、油断するなよ」
「はい」
ヒショウは気を引き締めなおし、周囲を警戒する。その時、前方の異変に気がついた。
あれは、なんだ?
道を塞ぐように壁が出来ていた。いや、あれは壁じゃない。おそらく――。
「人?」
ヒショウはつぶやいた。
「人?どこにいるんだい?」
「この先ですよ。ほら壁みたいに」
ホトもゼンも気がついたようだ。気がつき、顔をしかめる。
不死身の人間が、壁のように、否、壁として連なる。
なるほど。
ここは、人間の要塞なのか。




