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夢と現

 風が吹いていた。

 一瞬、ヒバリに教えてもらったあの野原にいるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 ここは、どこかの露台。

 僕はそこから、何かを見ている。いや、多分、そういう夢を見ている。

 不思議だ。空も、下の景色も、全てが白い。まるで消されてしまったかのようである。しばらくの間ぼんやりと景色を眺めていたが、何も変わらない。どこからともなく吹いてくる風にただ当たっていた。

 退屈だ。

 そう思って僕は、露台の手すりの上に腕を置き頬杖をついた。ふと見えた手すりの装飾には見覚えがある。あの屋敷で見た、あの装飾だ。

 ならばここはあの屋敷か?

 いや、おそらく違う。

 見るからに、あの質素な家にはない立派な露台である。所々に朱と金の装飾が施されており、あの屋敷には似合わないような作りだ。

 今までにこんなところに来たことがあっただろうか。

 出会ってきた、否、殺してきた富豪の数は数え切れない。都の有力者、大商人、人身売買に手を染め大金を得た者……。しかしその中の誰の家でも、こんな場所はなかったはずだ。

 僕は体を起こして、腕を見た。

「なんだこれ」

見ると、自分が着ているのはいつものようなみすぼらしい服ではない。ゼンに貰った服だけあってお気に入りでいつでも着ていたのに、今自分が着ているのはいかにも高価そうな絹の服だった。朱色の生地に、金の糸で朱雀の絵がこれでもかと刺繍されている。趣味が悪い。それが第一印象だ。こんな服は見たこともなければ、着たこともない。何よりも、嫌悪感しか不思議と湧いてこない服だった。

「まさか」

おもむろに髪の毛をぬいてみると、見事に赤かった。

「どういうことだ」

ゼンがせっかく白色にしてくれたのに、これではまるで――。

「   様、どうかなされたのですか?悪い夢でも、ご覧になられましたか?」

「は……」

ヒショウが慌てて振り向けば、そこには見知らぬ人間が立っていた。なぜか、上半身はまた白く濁っていてよく見えない。声からして相手は老婆であり様子からしてきっと自分に危害を加えるつもりはないだろうが、気配を気がつけなかっただけに心臓の鼓動が早まるのを感じた。

「悪い、夢……」

そうだ。これは夢なのだから、心配をする必要はない。それなのに……どうしてこんなに現実感があるんだ。妙に生々しいせいで、まるでこれが現実で、ゼンに出会ったことが夢のようにも思ってしまう。勿論、そんなはずはないとわかっていたとしても。

「早く中にお入りください。玉体を壊してしまいますよ」

「あの」

「ああ、申し訳ありません。あなたが体を壊すことなどありませんでした」

老婆が粛々と頭を下げたのを感じた。

「い、いえ、そんな……そんなことはいいんですけど、その、僕は一体」

「本日も  様がお待ちです。昨日のように貧血で倒れてしまわないように、しっかりと栄養をとってから望みましょうね」

「え、ちょっと、あの」

老婆は話を聞くこともなく部屋の中に拝領促してくる。

「あの!」

僕は叫んだ。

「あの、僕は一体何者なのでしょうか!」

そんな質問が口をついて出た。すると女はやっと足を止め、不思議そうに言った。

「どうなさったのです?まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?あなたは、いえ、あなたこそ――」


 幾ら不本意に滞在させられたとは言え、離れるとなるとどこか後ろ髪を引かれる思いがあるのは確かなことである。荷物、ということも出来ないような少量の私物をまとめながら、ヒショウはそんなことを考えていた。

 ヒショウの体調も万全に回復し、ゼンにも出会えた。ここに残る理由もない。そういうわけで、三人で南都へと向うことになった。ちなみに、あの二人はすでに出て行った。ヒショウは自分の荷物を外套に入れて持ち、二人分の荷物を背負うと、部屋の扉に手をかけた。

 なんとなく部屋を競る前にもう一度見回す。思い出という思い出が別にあるわけでもない。強いて言うなら、とヒショウは誰に聞かせるという訳もなく前おきをつける。

「あの寝台は寝心地が良すぎて僕には合わない」

そのせいで寝覚めの悪い夢もみてしまったのだ、きっと。

 宿屋から出る前に女中に手紙を預け出して貰うように頼むと、ヒショウは軽い足取りで二人の元へむかった。

「ところで、なんでお前がこの村にいるんだよ。南都の重鎮たるお前が軽々しくあそこをでられねえから俺が代わりにこうやって外で仕事をしてんのに、俺がひとりで静かに留守番してろって言ったのが聞こえなかったのか?せめて、南都から出るなっていつも言っているだろ」

「だって、あそこは君がいないと息が詰まってしょうがないんだもん。君はいつにも増して長旅に出ちゃったし、だったら、私もその隙に羽を伸ばそうって思ってしまうのはしょうがないことじゃないか」

「羽を伸ばす?お前なあ」

「だって、魅力的な女性に少しでも多く会いたいじゃないか」

「南都の花街でいいだろ。いつもはそこでどんちゃん騒ぎしてるくせに、どうしてこうなるんだか」

「君がさっさと帰ってこないのが悪いんでしょ。まあ、いいじゃないか。私はここに来たお陰で綺麗な女性にも会えたし、ヒショウ君とも遊べた」

「からかったのまちがいだろ」

「まあえ。それに、朝議には当分来るなって言われてたし。これは正真正銘私にとっての休暇だったんだよ」

「体よく追い出されてるじゃねえか」

「そうとも言う」

「あっちに戻ったとき、何もおこってないといいが」

「まあ、何かを起こすために私を出したんだと思うけどね」

「じゃあ、出てくんなよ」

「ええー。せっかくの休暇がもらえたのに?大丈夫だって。私、優秀だから。私は、逆境をチャンスに変える男だよ」

「つまり、みんなお前の手のひらで踊らされているだけで、結局はお前に利用されんのを待ってるってことか。まあ、お前のことだし、人民に被害が及ぶことはないだろうし、うまくやりおおせちまうんだろうけど」

「まあね。さすが私」

ゼンは怒っているが、本気で言っている訳でもなさそうだ。どちらかと言えばあきれているようだがそれでも、二人の仲の良さは嫌というほどに感じられた。それはきっと長い月日をかけて育んできた主従の傷なのたまものなのだろう。時々、この二人の世界に自分は入り込むことができないとさえ感じさせられてしまうのだった。

 まあいい。僕は僕らしくあればいいのだ。

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

ヒショウが背後から声をかけると、二人は同時に振り返った。

 それにしても驚いたのは、ホトの正体である。羽振りは見るからに良く、見た目や行動、言動からしても身分が良さそうなことはわかっていたが、まさか、南都の軍師とは。監禁めいたことをし、思い切りいたぶられたとはいえ、ヒショウが今までしてきた悪態の数々を考えると、ほんの少し背筋がぞっとした。世の中には知らなくていいことがあるというが、知らないと恐ろしいものも有るものだ。ゼンの主と言えば、王都にいる殺人鬼を取り締まろうとするような人間なのだから、従者たるゼンの真面目な性格を考えても、もう少し厳格な人間かと思っていたが、全くの拍子抜けである。

「ヒショウ、荷物持ってくれてありがとな。こいつの分なんて、こいつに持たせればいいのに。こいつはこんなだから、こいつには特に気を遣う必要なんてないぞ。こいつは本当に、人間の風上にも置けないようなだめ人間だからな」

「ひどいなあ」

「大丈夫です。僕がしたくてやっているので」

「そうか、偉いな。ありがとう」

ゼンが優しく微笑む。二人の間に入れずとも、ヒショウにとってはこれで十分だった。


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