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朱雀の飛跡~ある鳥の死から孵化まで~  作者: 文張
同属とうさんくさい笑顔
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似たもの主従

 ホトは窓に腰掛け眼下の村を見下ろしていた。

 大火災から一夜が明け、村は一層の喧噪にあふれている。更地と化した屋敷のがれきを片付ける人や、見物を見に来た人でごったがえしている通りを見ると、不意にため息が漏れた。

「形有るものは、いつか壊れる。建物も、人も、そこにあって当たり前のものがいつか突然消えてしまう日が訪れる。人の世は無常だね」

無常。その言葉を口の中で転がすと、ホトは静かに笑った。

「いや、不安定なだけか。有と無、正と誤、生と死、善と悪。人間が支配する者は常に揺れ動いている、そういうことだね?」

尋ねた相手からの返事はない。不機嫌になったホトは、外を見るのをやめてゼンの方を見た。そこには、幸せそうに眠るヒショウと、顔を綻ばせて見守っているゼンの姿があった。

「主の声も聞こえないほど、その子を気に入ったようだね」

 主。

 すなわち、ゼンの主人。

 朱雀国南都の軍師の護衛、それがゼンの正確な肩書きである。

 返事はないが聞こえているはずである。その上で否定をしないというのがまた、ヒショウを不機嫌にさせた。

「君が私の元へ戻ってきたということは、頼んだことに合うけりがついたってことだね。失敗に終わったようだけど」

「失敗はしていない」

「でも、成功はしていないじゃないか」

ゼンはにらむわけでもなく、あきれたような目でホトを見た。

「お前が言っていたその連続殺人鬼の奴隷がただの奴隷じゃなかったから生かしてお前のとこまで連れてきた。言われた通りやっているだろ、俺は。お前だって、こいつに興味持ちまくってたじゃねえか」

「あるよ。そりゃあ、勿論、興味はあるよ」

ホトの言い方には明らかにとげがあった。

「その子、王都にいたんでしょ」

「ああ、売られていた。しらねえって怖いな。神獣憑きがあんなところで粗雑に扱われてきただなんて」

「それで、君はその子に一目惚れしたと」

「ああ、気に入ったんだ。でも、どっちにしても、買うつもりではあったんだ。一目見て、あの村の奴らと同じ刺繍もあったし、髪色も記録と合っていたからな」

「へえ、そうなんだ」

「初めは苦労したぜ。空っぽな奴だったけど、本当に、成長した」

「君のお陰?」

「こいつが自分で頑張ったんだ。俺はただこいつに、そのための機会を与えたに過ぎない」

「ふうん」

ホトはどうでも良さそうに答える。

「でもさあ、その子が君になついちゃってるんじゃあ、意味がないんだよね」

「は?」

「だって、僕がほしくて頼んだのに、君の言うことしか聞かないんじゃ、不便じゃないか。君は私の言うこと、その子にあってから全然聞いてくれないし」

ホトはふてくされたように言った。

「その子、私と二人の時は一睡もしなかったんだよ」

「お前と二人きりじゃあ、安心できなかったんだろうよ」

「なんで」

「だってお前、うさんくさいし」

「ひどい!」

ホトは頬を膨らませた。大人のような態度を普段は見せているが、二人きりになるとホトがまだまだ若いことを痛感させられる。要するに、子供っぽいということだ。ホトがこんな姿を見せられるのがゼンの前だけであることは、ゼンも理解しているだけに申し訳なく感じつつも、微笑ましく思った。

「俺に対し、安心するのも違うと思うが。なにせ、俺はこいつをだまして、生き返るとはわかっていても一度殺したんだし」

「ああ、それは」

ホトは途端に面白そうに話す。

「その子の力は、自分の心にも及んでるってことさ。心の傷も、傷と言えば傷でしょ。だからそれを、本人も無自覚のうちに直しているんだ。言ってしまえば、過去のつらかったこと、悲しかったこと、何でも受け入れがたい事実を美化してしまっている、それだけ。まあ、長い命を生きる上ではかかせないことだろうね。君がその子にしたことも、多分、その子にとっては君からの愛の鞭のようになっているんだろうね」

「そう、か」

特別な力には多かれ少なかれ代償が伴う。そのことは、特殊な力のせいで人に拒絶されやすいゼンもホトも重々承知している。強大な力の反面、大きな代償を背負って生きているのは、彼らからすれば不思議なことでも何でもない。

「僕も、あと少しでその子を洗脳出来そうだったんだ。君を追いかけて長い間寝てなかったし、食事もろくにとっていなかったから、弱っていたんだと思う。邪魔さえはいらなければ、うまくいっていたはずだった。そうしたらいい駒になったはずなのに。君にとられちゃった」

ホトは大げさに残念がって見せた。

「今私がその子に触れば、私にも奇跡を起こしてくれるのかな」

興味本位でホトは立ち上がってヒショウに近づこうとする。

「やめろ。お前も知っているだろ。特殊な力を持っている奴同士は力が干渉しにくい。お前がこいつを洗脳しかけられたのはこいつが単に力の使いすぎで弱っていたからだ」

ヒショウが背負っているのはおそらく、自己犠牲をしてしまう、という業。彼は永遠に近い命を持つだけに自己犠牲に躊躇がなく、常に自分の命を危険にさらしてしまうのだ。自分の精神は修復されるため問題はないが、それだけにつらい人生を強いられやすく、それ満足をしてしまいがちなのだ。

「それに、お前なんかが近づいてきたら、警戒してこいつ起きちまうだろうが。く、る、な」

ゼンはホトを追い払うように手を動かした。

「ああ、はいはい、そうですか」

ホトはぶっきらぼうにそう言うと、ゼンに背を向けるようにして、椅子に座った。

「君、本当にその子のこと気に入っているんだね」

嫌みのある声でホトは言った。

「じゃあ、そろそろ。さっきなんで私を脅したとしたのか、言い訳を聞かせて貰おうかな」

「お前、さっきからなんでそう不機嫌なんだよ」

「質問に答えて。これは主からの命令だよ」

「あのなあ……」

「どうせ、私があの子を監禁して無理矢理従者にしようとしていたこととか、わざとあおって危険なことに首を突っ込ませたこととかどこかから聞いて知って、怒っているんでしょ。そりゃあそうだよね。君はあの子が大事で、あの子がわざと私に近づかないようにしていたんだから」

「だから」

「聞いたよ、あの子から。君はあの子を途中の村に隠して、あの子が死んだことにしようとしたね。それはあの子が私に利用されるのを恐れたからだ。そのくせして、あの時私に『ヒショウを守ってくれてありがとう』とか、臭い台詞言って機嫌とって。私はどうせやっかいな力を持っているだけの化け物で、邪魔者だよ」

「おい」

椅子が動いた。ゼンが糸を椅子に絡ませ、それごとホトを自分の方に向かせたのだ。それでもそっぽを向こうとするホトにあきれたようにため息をつく。今度はゼンが立ち上がって、ホトの前に立つと、迷わずにその手はホトの顔に伸びる。顎を優しくつかむと、顔を持ち上げるようにして自分の方に向かせた。

「こっち見てよく聞けよ。お前は俺に対して目を背ける必要はねえんだから」

ホトはふてくされてはいるが、ゼンの言うとおりにする。

「たしかに、お前がヒショウを一瞬でもおびえさせたことについては俺も怒っている。だが、それ以上に俺が怒っているのは、お前が一人で危険な場所に行ったことだ」

ゼンは臆することなく、まっすぐホトの目を見ていった。

「まず、あいつを死んだことにしようとしたのは、お前を警戒してじゃあない。俺にとって、お前みたいなガキは恐れるにたりないからな。ただ、俺が怖じ気づいたんだ。あいつの人生に俺なんかが大きく影響しちまうことに。お前達が何かしていることには俺も勘付いていたし、お前のことだからあいつの今後にとって悪いことをするとも思えなかったし、お前の手にかかれば、きっといい結末になるであろうことも、俺にはわかっていたから、俺は隠れて何も干渉しないつもりだったんだ。ヒショウが俺を追いかけてきたのも、留守を頼んでおいたはずのお前がなぜかここにいることも、何もかも俺にとって誤算だったが、それでも、俺はお前を信頼していた。だが、お前に似た奴があの燃えさかる屋敷の中に入っていったって聞いて肝が冷えた。お前が監視の目をかいくぐって宮を抜け出せるぐらい身軽ですばしこいのは知っているが、それでも、お前らが敵対していたのは手練れだったから、幾らああいう殺し合いになれたヒショウがいても、お前が死んだんじゃないかと思って心配した」

「嘘だね。そうやって調子の良いことばかり言ってその子を魅了したんだ、きっと」

「俺をこいつにとられたと思ってんのか?じゃあ、俺も、あいつにお前の従者の座を奪われそうになったことに嫉妬をしていいんだな」

「それは……。その必要はない」

ホトは言い返そうとして、やめた。こんなの、馬鹿馬鹿しい。わかっている。ゼンの言葉に、喜んでしまっている自分がいるのだから。

 ホトが諦めたように笑えば、ゼンも安心したように微笑んだ。

「よくやった。お前って、うさんくさい割にいい奴だよな」

「君に言われたくないよ、お節介さん」

二人分の笑い声が、密かにこだました。


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