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朱雀の飛跡~ある鳥の死から孵化まで~  作者: 文張
同属とうさんくさい笑顔
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潜入

 ここに来て、急に軟禁から解放された。いや、急ではない。きっとヒショウがやるべきことを定めたからだ。これまではヒショウがホトについていく形がほとんどだったが、今日は完全に、ヒショウにホトがつきまとってくる形になった。

 ヒショウは迷わずあの屋敷に向かった。今日は短剣も返して貰っている。

 通りに出てみると心なしか昨日よりも人が減っているようだった。おそらく、南都へ行くのを断念したようだ。ゼンはきっと、ヒショウと出会うことを避けるだろうから来た道を戻ることはないと思うが、それでも気が急いてしまう。

 ヒショウは駆け足で屋敷につくと、大きな扉の前に立った。今日も相変わらず掲げられているあの布が欄干でゆらゆらと揺れている。

 まず今日聞きたいのは、なぜゼンがここを訪れたのか、だ。

 ヒショウは念のためホトの方を見た。今日も今日とて道行く女に声をかけまくっているが、まあ、とりあえずは放っておこう。

 目を閉じて大きく息を吐き、ヒショウはまっすぐ扉を見上げた。手を高く伸ばし、思い切り扉をたたく。

「はい」

すぐに返事はあった。落ち着いた足音が聞こえて昨日の女がヒショウの前に現れる。

「おはようございます。あの」

「またあなたたちですか」

女の視線を追えば、ホトがデレデレと笑っていた。

「やあ、おはよう」

ホトは機嫌が良さそうだが、女は不機嫌を丸出しにしている。

「何か御用でしょうか」

「話が聞きたいんです」

「話?」

「あの方が、どうしてここにいらっしゃったのか、知りたいんです」

「その件に関しては昨日話したことが全てです。もう教えて差し上げられることはありません」

女の冷ややかな視線がヒショウに注がれた。話した、と言われても、女が昨日話してくれたのはゼンが来たという事実だけである。ゼンがここを訪れた目的を聞いても、知らない、わからない、と門前払いされてしまったのだ。今日はおとなしく帰る訳にはいかなかった。

 女が勢いよく扉を閉めようとする。

 しかし、ヒショウがそれを防いだ。自分の体を扉の隙間に挟み込んだのだ。かなり勢いよく締めたために、がんっ、と大きな音が響き渡る。

「うぐっ」

「ちょっと!」

女は驚いてほんの少し扉を戻した。その隙にホトが力ずくで扉を開けた。

「あの人が、ここに来たなら、絶対何か目的があるはずだ。教えてほしいんです。あの人について」

口の中が血の味になっている。全身に打撲痕がついただろうが直ちにそれらが服の中で治っていくのを感じた。

「中にお入りください」

唐突に女が言った。

「怪我の手当をしなくては」

女はヒショウを強い力で屋敷の中に引き込んだ。こっそりほくそ笑んだヒショウと一緒に改心の笑みを浮かべていたホトもついて行こうとする。しかし、女はそれを制した。

「あなたはそのままではこれより先には入れません」

なぜかをホトが問う前に女が懐から布を取り出した。

「失礼いたします」

女は素早くそう言うと、ホトの背後に回って優しく、柔らかい手つきで目隠しをつけた。

「あなたがこの先に進むにはこうせざるを得ないので」

「かまわないよ。むしろ大歓迎だ。女性に目隠しをされるのもまた一興だね」

異様な状況にかかわらず、なぜか喜んでいるホトのことはさておき、ヒショウは状況が理解できずにいた。なぜホトだけが目隠しをされ、自分には何もしてこないんだ。

「歩けますか?」

「あ、はい」

ヒショウの返事を確認すると女は屋敷の奥へと進んでいく。ヒショウは目隠しをされたホトの腕を引っ張りあとを追った。

「まんまと中に入れたね」

ホトはヒショウの耳元でささやく。

「その言い方、やめてください」

ヒショウも小声で返す。

「この私に対してあんなに素っ気ない女性は初めてだよ」

「へえ、そうですか」

「ああいう人もまた魅力的だよね」

「あの」

ヒショウはわざとホトの会話を遮っていった。

「なんであなただけ目隠しをされているんですか」

「さあね」

ホトは突然興味をなくしたように答えた。

「あなたに見てほしくないものでもあるのでしょうか」

「私の目が美しすぎてとても直視出来ないだけじゃないのかな。それとも、私の瞳を独占したいのかな。まあでもさ、それより」

ホトは声を弾ませた。

「ここにはどんなものがあって、どんなものが見えるんだい?」

心なしか、声も大きくなった。女に聞こえるように言っているのだろう。

 無言の女について行きつつ、ヒショウはあたりを見回した。ここは村長の家のように興味深いものが山積みになっている訳ではないようだ。無機質な灰色の壁に挟まれた廊下が続く。だが、不思議と暗い印象はなかった。それは多分、廊下の両側の窓から差し込んでくる日の光と柔らかな香りのお陰だろう。

そのことを伝えると、ホトはふっ、と口元に笑みを浮かべた。

「君は少し間違えているね。ここは決してもう建物と建物の隙間にある大きな屋敷の一角ではないんだよ。ここはもう――」

「あっ」

突然目の前に現れたその光景に、ヒショウは思わず声が出てしまった。日に照らされ、緑が茂り色とりどりの花が咲き乱れる庭にはチョウが飛び立っている。建物を背後にして、そこには小さな村が存在していた。どうやら今の廊下はここに来るための入り口だったようだ。

「ここはもう、独立区なのだよ」


「風がきもちいねえ」

誰に言うともなくそうつぶやいたホトの声を風は運んでいく。二人は今、待っていると言われ、庭園の中央にある噴水の周りのベンチに腰掛けていた。

 ヒショウは焦っていた。

 理由は言うまでもない。この場をどうごまかすかである。念のため服の中をのぞいて確認してみたが、怪我は跡形もなく消えていた。ここまでの治癒能力になぜ今まで気がつけなかったのかの方が不思議なほどである。

 ヒショウは大きくため息をついた。

「ここはため息をついてしまうほど美しい場所なのかい?」

ホトがのんびりとした声で聞いた。

「美しいですよ、とっても」

ヒショウはあきれたように答えた。

 確かに、ここは美しい場所だ。落ち着いて見てみればここは大して広いわけではない。だが、綺麗に手入れされた草木や庭園を取り囲むように置かれた小さな小屋のような部屋部屋がそんな雰囲気を醸しているのだと気がついた。

「目隠し、とってあげましょうか?」

「いいよ。私はこのままで」

「いまあの方はいらっしゃいませんよ」

「この感じも結構気に入っているんだ。君がわざわざ私に捕まっている理由がよくわかる気がするよ」

「それとこれとはまったく理由が違うと思いますよ。僕は別に心地良いからあなたと行動をともにしている訳ではないので」

「照れ屋さんだなあ」

「はいはい」

噴水からの水しぶきが定期的に飛んできて冷たい。ヒショウは地面につかない足をぶらぶら動かして落ち着かない心をごまかそうとした。

「どうしよう……」

ヒショウがつぶやいたところで女が帰ってきた。手には大きな箱を抱えている。

「お待たせをしてしまい、申し訳ありません」

女は慌てているヒショウの前にしゃがみ込んで手当をしようとする。

「だ、大丈夫です!」

「でも」

「だ、大丈夫なんです。僕、体が頑丈なのが売りなんですよ。あはは」

ヒショウが必死に訴えても、無駄であった。なにせ、幾ら特別な力があるといっても、見かけ上はやせっぽっちの不健康な子供なのである。

「見せてください」

ほぼ力ずくでヒショウの服をめくった女が息をのんだのがわかった。傷一つない体を曝され、ヒショウは頭を抱え、がっくりとうなだれた。

「どうかしたのかい?」

急に黙ったヒショウと女を不審に思ったのだろう。ホトが心配そうに聞いた。

「あの、えっと、だから……」

ヒショウは容量を得ない返事だけを繰り返す。何と説明すればごまかせるのだろうか。

「何でもありません」

そう答えたのは女の方だった。あっけにとられるヒショウを横目に、女は指を噴水の水で濡らし、地面の石畳の上に文字を書き始めた。

「きつくないですか?」

時折、ヒショウの体に包帯を巻いてやっているかのようにごまかしながら、女はさらさらと指を動かしていく。

『あなたにはちゆのうりょくがありますね?』

字を読むやいなや、背筋が凍った。人差し指を口に当てると、女はさらに字を書いていく。

『あんしんして。わたしたちにもあるの』

女は自分の肌をわざとひっかいた。傷から血がにじんだが、次の瞬間傷は綺麗になくなっていた。

 目で見たことを疑うことは出来ない。

 この女にも、同じ特別な力が宿っている。

 初めて会った。そもそも、自分の能力を知ったのも最近なのに、こんなにはやく同じ能力を持った人に出会えるだなんて。

「あら。服が少し破れてしまっているわ。繕わなくちゃ。申し訳ないのですが、ついてきていただいてもいいですか?」

「それは大変だ。私もいこう」

「あなたは邪魔なので、結構です」

女は塵を見るような目でホトを見ている。

「私、行きたいなあ」

「だめです」

「この子のことは放っておいて、この後是非私と」

「さようなら」

見えないのをいいことに食い下がってくるホトをよそに、女は近くの部屋のなかに入っていった。しばらくして戻ってきた女の周りには子供が群がっている。子供達も女と同様に目元だけを見せているが、目元からだけでもあどけなさが伝わってきた。

「子供達を連れてきました。一緒に遊んであげてください」

「君の子供かい?」

「いえ。とにかく、くれぐれも目隠しは外さぬよう」

「わかってるよ」

「子供達もわかっていますので」

ホトはその言葉を聞くと自嘲気味に笑った。

「あの」

ヒショウはホトに言った。

「僕が、一人で行ってもいいんですよね」

「いいよ。別に」

すぐに帰ってきたその答えにヒショウはなぜか肩透かしを食らったように感じた。

「いいんですか……」

「どうしたんだい?あの女性が怖いのかい?」

「そんな訳ないでしょ」

ヒショウは冷たく言ったが、無意識のうちに拳を握りしめた。

「用が済んだら教えてくれ給え」

「はあ」

ヒショウはあきれたようにうなずく。

「あんなにあの女性に執着していたくせに」

「いいんだよ。私は、賑やかならそれでいいんだ」

ホトの声が、ひどく寂しげに聞こえた。


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