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婚活の誠意と、七海への想い

鈴木優子からの再会希望。栗原沙耶からの「誠意を持って向き合うべき」という言葉。樋口彰の心は、七海への想いと、婚活の道義の間で激しく揺れ動いた。七海との関係を築き始めたばかりで、他の女性と会うことに、樋口は罪悪感を感じずにはいられなかった。しかし、鈴木優子が自分との関係を真剣に考えてくれているという事実に、樋口は向き合わなければならない。


樋口は、鈴木優子と再会する日を迎えた。待ち合わせは、以前、二人で陶芸体験をした近くのカフェだった。約束の時間より少し早く着いた樋口は、窓際の席に座り、鈴木優子の姿を待った。


数分後。鈴木優子が、カフェのドアを開けて入ってきた。彼女は、以前と変わらない、優しげな笑顔を浮かべていた。


「樋口さん、お久しぶりです」


鈴木優子がそう言って樋口の前に座った。その声は樋口の心を安らげる穏やかな響きがあった。


「鈴木さんお久しぶりです。お元気そうで良かったです」


二人はぎこちない挨拶を交わした。樋口は彼女の顔をまっすぐに見ることができなかった。


「樋口さん、その……今日は、ありがとうございます。会ってくださって」


鈴木優子がそう言って、少しだけ俯いた。


「いえ、こちらこそ。僕の方からきちんとお話したくて」


樋口は意を決して切り出した。


「鈴木さん。仮交際を休止させていただいてから、僕、自分の気持ちとずっと向き合っていました」


樋口がそう言うと、鈴木優子はじっと樋口の顔を見つめた。その真剣な眼差しに樋口は心を決めた。


「鈴木さんは、本当に素晴らしい方です。優しくて、穏やかで、一緒にいてとても安らげます。僕の理想とする結婚相手に、一番近い方だと思っていました」


樋口は正直な気持ちを伝えた。鈴木優子の表情が少しだけ明るくなったように見えた。


「ありがとうございます。私も樋口さんのこと、本当に素敵だと思っています。だから、もう一度お会いしたくて」


鈴木優子がそう言ってくれた。その言葉は、樋口の心に温かく染み渡った。


しかし、樋口は、首を横に振った。


「鈴木さん。本当に申し訳ないのですが……僕、鈴木さんのこと、友人としては大好きですが、恋愛感情を抱くことができません」


その言葉は樋口の喉にひどく刺さった。鈴木優子の表情が、一瞬で凍りついた。


「……そうですか」


鈴木優子はそう呟くと俯いてしまった。その肩がわずかに震えているように見えた。


「本当にすみません。僕、自分の気持ちに嘘がつけなくて」


樋口は、ただ謝罪するしかなかった。鈴木優子はしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。


「いえ、大丈夫です。樋口さんの気持ち分かりました。お話ししてくださってありがとうございます」


鈴木優子はそう言って、無理に笑顔を作った。その笑顔は樋口の心を深くえぐった。


「僕、勝手なことを言って本当にごめんなさい」


樋口がそう言うと、鈴木優子は静かに首を振った。


「謝らないでください。樋口さんが、ご自身の気持ちに正直になられたこと、素晴らしいことだと思います。私、樋口さんとの時間、本当に楽しかったです。樋口さんには幸せになってほしいです」


鈴木優子の言葉は、あまりにも優しかった。その優しさが、樋口の心をさらに締め付けた。


二人はその後、少しだけ他愛もない話をした後カフェを出た。別れ際鈴木優子は、樋口の目を見てはっきりと告げた。


「樋口さん。私、樋口さんのことずっと応援してます。樋口さんが本当に好きになった方と幸せになってほしいです」


その言葉は樋口の心を温かく包み込み、そしてある種の決意を促した。


鈴木優子と別れた後、樋口は一人夜道を歩いた。彼女に辛い思いをさせてしまった。その罪悪感でいっぱいだった。しかし、同時に、自分の気持ちに嘘をつかずにいられたことへの清々しさも感じていた。


「鈴木さん、ありがとう……」


樋口は心の中で、鈴木優子にそう呟いた。


そして樋口の心は再び七海へと向かっていた。鈴木優子の優しさに触れ、自分の気持ちに正直になれた今、樋口は、七海という女性に、まっすぐ向き合おうと決意した。


「俺は七海のことが知りたい。七海のことが、好きだ」


樋口は、心の中で、そう確信した。


翌日。樋口は、栗原沙耶に電話を入れた。


「栗原さん、鈴木さんにお会いしてきました」


「お疲れ様でした。お気持ち、お伝えになられましたか?」


「はい。僕の方から、お断りさせていただきました」


樋口がそう言うと、栗原は、少しだけ沈黙した。


「……承知いたしました。樋口様がご自身の気持ちに正直になられたこと、素晴らしいことだと存じます。鈴木様も、樋口様のご決断を尊重し、応援してくださるとおっしゃっていました」


栗原の言葉に、樋口は少しだけ安心した。


「樋口様。婚活を休止された今、当相談所は、樋口様のお力になれることはございません。ですが、もし、何かお困りのことがございましたら、いつでもご連絡ください。私たちアドバイザーは、樋口様の幸せを心から願っております」


栗原の言葉は、樋口の心を温かく包み込んだ。彼女は、ただの事務的なアドバイザーではない。樋口の幸せを、本当に願ってくれているのだ。


樋口は、心から感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございました。栗原さんにも本当に感謝しています」


栗原との電話を終え、樋口はスマホを手に七海にメッセージを送った。


「七海さん。もしよかったら今度僕のカレーを食べませんか?」


そのメッセージを送った後、樋口は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


七海からの返信は数分後に届いた。


「……いいですよ」


そのメッセージを見た瞬間、樋口の胸にかつてないほどの高揚感が込み上げてきた。


樋口は、七海との新しい関係を自分の手で築き始めようとしていた。それは婚活という「形式」から解放された純粋な恋の始まりだった。


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