05 野菜の皮むく異世界生活
冒険者ギルドと警備隊事務所(正確には西部地区第三警備隊)のすぐ近くで運営している食堂、《雪山の迷宮邸》は、昼十一時半から十四時までは店舗営業。ギルドと警備隊の人たちへの夕食と夜食はケータリング形式、という変則的な運営方式をとっている。
ランチ営業の主な利用者はギルド所属の冒険者と警備隊のメンバーだけれど、誰でも利用できる。リーズナブルな値段でボリューム満点の食事が食べられる街の食堂だ。
私は今この食堂で働いている。
住まいは冒険者ギルドが管理している単身者用の集合住宅の一室。日本でいうところの1DKの間取りの部屋は、寮の部屋と同じくらい一人暮らしには十分だ。食堂までも歩いて数分と、近いのもいい。
毎日その集合住宅から食堂へ出勤して、食堂の裏側にある厨房で野菜、果物、肉、魚など食材の下拵えをしている。大勢の人の昼と夜の二食を用意するから、下拵えの食材はとても多くて忙しい。
でも、私がこの食堂に就職するまではたった一人の女性が切り盛りしていたというのだから、驚きと共に尊敬する。
食堂の主で私の上司でもあるアラーナさんは、四十代後半のマダムだ。旦那様は十五年前に亡くなり、私と同じ年頃の娘さんと二人暮らし。その娘さんはなんとか言う難しい病気を患っていて、去年から入院しているとのことだ。
朝から昼夜の準備をして食事を作り、お昼の営業をこなしてから夕食と夜食を作り上げてギルドと警備隊へ納品し、入院中の娘さんの所へ行く。
朝は早いし、夜は娘さんのお世話と、物凄く大変な生活だ。
それなのに「娘のため、あたしの作るものを美味しいって食べてくれる人たちのためさ。みんなの笑顔が見られたら、それがあたしの幸せさ」アラーナさんはそう言って笑う。本当に凄い。
自分がアラーナさんの立場だったら、同じようにできる自信はない。
私が下拵えや簡単な調理を手伝うことで、アラーナさんの負担が少しでも減るといい。食堂のごはんを食べてくれる人の笑顔が、ずっと変わらずに続いていけばいい。
そうして、いつか、私のことも認めて貰えるといい……今の私はまだ「異世界からやって来て、女将が好意で雇っている下働きの子」としか認識されていないから。
厨房からは野菜スープの煮える香りや、お肉が焼ける香ばしい香りが漂ってくる。
今日のお昼A定食(焼肉、キャベツの千切り、ニンジンサラダ、スープ、ライスかパン)かB定食(牛丼のようなもの、野菜サラダ、スープ)の二種類。夕ご飯はチキンソテーにコールスローサラダ、焼き野菜のチーズソースかけ、コーンスープの予定だ。
アラーナさんは今日も元気に昼食を作っては、お客さんに提供している。アラーナさんとお客さんのやり取りや、笑い声が聞こえて来た。
食堂は、二種類ある定食を選んで注文しお金を払って、副菜や水は自分で取る。食事を終えたら、返却口に食器を返していくという、セルフサービススタイルだ。
私はまな板と包丁を洗ってから、返却口に溜まった食器を片付けて洗い、定位置へと片付ける。そして、麻袋に入っているトウモロコシを取り出した。五十本くらいはあるかな……まずは外側の皮をむく。
力を入れて緑色の皮部分をむき、先端にあるトウモロコシのヒゲを取り除いてゴミ箱に入れた。中から現れた黄色の実部分をカゴに入れる。これを繰り返していく。
どんどんトウモロコシの皮をむき、ヒゲを取り、皮とヒゲをゴミ箱にいれてトウモロコシをカゴに入れる。何度も繰り返していくうちに、頭の中が空っぽになる。
「……コ、……、リ……」
「!?」
「リコ! 大丈夫かい?」
「え?」
ハッとして顔をあげると、そこにいたのは八百屋のご主人だった。ご主人の後ろには、ジャガイモやニンジンの詰まった木箱を乗せた小さな荷馬車を曳いて来たロバがいて、そのロバも私をジッと見つめている。
「え、あ、大丈夫です。すみません、作業に夢中になっていたみたいです」
「そうかい? それならいいんだけど、無表情で目も虚ろだったし心配しちゃったよ」
「そこまででしたか!? すみません」
八百屋のご主人は「大丈夫ならいいんだよ」と言って、持って来てくれた重たい野菜を搬入場所に積み上げると、「軽い奴は頼んだよ」と次の配達場所に向かってロバと共に去っていく。
「……そ、そんな変な顔、してたのか……気をつけなくちゃ」
どうやら、私はトウモロコシの皮むきに夢中になっていたらしい。
「よいしょっ、と」
青菜の入った木箱を抱えると、青菜を落とさないように気をつけながら倉庫へと向かう。確かに葉物野菜の一つ一つは軽いんだけど、量が入っているので結構重たい。しかも、入っているのは木箱で……箱自身が結構重たいのだ。
「よいしょ、よいしょ」
掛け声を出しながら倉庫に入り、壁に沿う様に定位置に置く。空になっている木箱は外に積み上げておくと、八百屋の御主人が回収していってくれるシステムだ。
二つ目のレタスの入った木箱に手を伸ばした瞬間、目の前にあった二つの木箱は勝手に浮き上がった。
「……え」
「リコ、これはいつもの倉庫でいいだよな?」
「……エルガーさん!」
野菜の入った重たい木箱を二つも軽々と持ち上げていたのは、警備隊の隊員であるエルガーさんだった。
「あのさ、何度もいうけど、こういう重たいものを運ぶ仕事は男に任せるんだ」
「でも、それは私の仕事ですから……」
「リコの力じゃ時間かかるし、ケガの元だ。俺たちに頼めばいいんだよ。誰も嫌がったりしないから」
そういうと、エルガーさんは倉庫に入って行ってしまい、私は慌ててその後を追いかける。木箱を並べ、空っぽの木箱を外に出して積み上げる。二人で作業すればあっという間だ。
「ありがとうございます、エルガーさん」
「別にいいよ。いつも美味しいメシを用意してくれてるんだから」
「でも、私は下拵えしかしてません。料理しているのは女将さんですよ」
「バカいうなよ。女将さんの料理は確かに旨いんだけど、それを支えてるのがリコだろ。もっと自分のやってることを誇れよな」
エルガーさんは倉庫を出ると、笑いながら私の肩を優しく叩く。
「……ありがとう、ございます」
赤茶色の髪に光が当たってキラキラして、いつも以上に〝太陽みたい〟だと思えた。
お読み下さりありがとうございます。
イイネ、ブックマーク、評価などの応援をしてくださった皆様、ありがとうございます!
皆様の応援が励みになっております……感謝です。
引き続きよろしくお願い致します。