04 異世界就職活動
履歴書を提出して数日後、調理補助をする人材の採用を考えていたという人たちの中で、私の履歴書を見て検討した結果、「雇ってもいい」といってくれた就職先候補が数件あったと聞かされた。
「ほ、本当ですか!?」
「本当ですよ」
私は「雇ってもいい」といってくれるところが一カ所でもあればいいと思っていたのに、複数件あるという。日本で就職活動に物凄く苦戦していた身としては、物凄く嬉しいし、感激だし、信じられない気持ちでいっぱいになってしまった。
「……う、嬉しい……」
「候補が上がっただけなのに、そんなに感激されても……」
ディルクさんは就職先の情報が書かれた紙を机の上に並べながら、苦笑いを浮かべる。確かに、まだ採用が決まったわけでもないのに、こんな感激してるなんておかしな女だと思うだろう。でも、日本で最初の書類審査でお祈りメールやお祈り手紙を貰いまくっていたことを思うと、感激してしまう。
「リコさん。落ち着いて、就職先候補の資料を見てみてください。今出てきているところが気に入らなければ、また別のところを紹介できるようにしますから」
「……あ、ありがとうございます」
さあさあ、とディルクさんに促されて私は手前にあった資料に視線を落とした。
南離宮の厨房・調理補助。第一王子様、第一王女様、第二王女様のお食事、お菓子の作製。離宮で働く職員用のまかないの作製。
東離宮の厨房・調理補助。第二妃様、第三妃様、第四妃様のお食事、お菓子の作製。離宮で働く職員用のまかないの作製。
国立ケテルシュ中央大学の学生食堂・調理補助。大学生、大学職員たちの食事作成。食堂の清掃、食器管理等。
マギシュタ王立魔法学校の学生食堂・調理補助。学生、学校職員たちの食事作成。食堂の清掃、食器管理等。
王族が暮らしている離宮? 国立大学? 王立の魔法学校? なんだか、凄いところばかりが並んでいる気がするんだけど、気のせいかな? 凄いところが手前に並んでいただけだよね?
奥の方に並ぶ資料には、私は知らないけれど首都にあるレストランの厨房という職場がズラリと並んでいる。
「レストランは名前だけではよくわかりませんよね。こちらの雑誌で取り上げられている名店ばかりですよ」
ディルクさんはそう言って、とても立派な作りの雑誌を数冊机の上に置いた。それは、向こうでいうグルメ雑誌とかグルメガイドブックといわれる雑誌だ。美食家が認める名店とか、星の数が三つとか四つとかを貰った名店とかが紹介されているもの。
雑誌をめくれば、コンテストで認められた有名シェフが満を持して開いた店だとか、王様の食事を長年作り王家に愛された味を受け継ぐシェフの店だとか……大変豪華で煌びやかな内容だ。
ん? え? つまり、紹介されているレストランって、超高級レストランってことだよね? お貴族様たちが利用してドレスコードがばっちりあるような、そういうお高いレストランってことだよね?
「ど、どうして……こんな、凄い厨房ばかり、なのですか?」
雑誌のページを捲る手が震える。
現代日本において、一般庶民の家庭に生まれ、両親の離婚とそれぞれの再婚で中学から母方の祖父母に育てられ、高校卒業し短大に入学した年に相次いで祖父母を亡くした……どちらかといえば古風な古き良き日本の教育方針の元で育った私に、離宮だの有名レストランだのというキラキラ輝く職場は合わないだろう。
現在働いている人たちと気が合うとも思えないし、自分が馴染めるとも思えない。もっと庶民的な村の定食屋だとか、社員食堂的な職場はないものか!?
「ああ、それは安全確保のためですよ」
「安全、確保?」
「はい。リコさんのように違う世界からやって来た方は、結婚相手として大変人気があります」
こちらの世界での結婚相手に求められるもの、勿論年齢や身分というものもあるけれど、魔力の量とギフトが重要なのだそう。
異世界からやってきた異人は魔力量が多い人が多く、私のように魔力量が少なめであったとしても生まれる子どもが膨大な魔力を持って産まれることも多いらしい。そのため、違人は結婚相手として人気があるのだとか。
「国としては、異世界からやって来た方に結婚について口出しするつもりはありません。幸せに暮らしていただきたいだけです。想い合った結果として、結婚に至ることは大歓迎ですけれど……違う世界から来た方を伴侶に望み、結婚を狙っている者も少なくないのです。残念ながら強引に結婚を迫ったり、実力行使をしたりしてくる者もおります」
「強引に……?」
まさか、無理やり結婚させられるってことが……あり得るの?
「はい。ですから、リコさんの身の安全が確保できる、そういう職場しか紹介できないのです。まだこちらに来て日が浅いですし、特にリコさんはご自身の身を守る術がありませんので」
「え、じゃあ……一緒にこちらに来た女子高生、じゃない、女の子たちは大丈夫なんですか?」
私は黒い髪に茶色の目、黄色人種の代表みたいな肌色、顔立ちは日本人らしく凹凸の少ないのっぺりした顔立ちで、地味だ。それでも違人だからというだけで結婚対象となるのなら、あの子たちの方が危険だ。あの女子高生二人は凄く可愛い子たちだった。長くて艶々した黒髪に、大きな黒い瞳、真っ白い肌。年齢だって、高校一年生とか言っていたので十五歳とか十六歳と、とても若い。
「ああ、大丈夫です。彼女たちは魔法学校で魔法を学んでいるのですよ? 魔法が使えますから、自分の身を護ることができます。それに彼女たちはまだ若いので、魔法学校の学校長が一人前になるまで後ろ盾になりますし、教員たちもついています。生活も敷地内の寮で生活ですから安心です。もう一人の男性も音楽学校、魔道楽団もどちらに所属しても厳重な警備が敷かれていますから大丈夫です。楽団員は有名人であり人気者なので、警備は強固なのですよ。まあ、それに彼は男性ですので……そう心配しなくてもいいかと思いますよ」
「そう、ですか……」
とりあえずあの女子高生たちが現在安全な場所で勉強していて、自分の身を守ることができるようになるのだと聞いてホッとする。コンビニバイトくんは、まあ、男だし、大丈夫だよね。
私も魔法が使えるほど魔力があればよかったのに。
魔力は誰にでもある、でも、魔法としてそれを使うためには魔力量が中程度以上ないとダメなのだという。私は下の上という魔力量で、中程度には足りていなくて魔法は使うことができない(魔道具は楽に使える)のだ。
私のギフトでは後ろ盾になってくれる人もないし、剣とか体術とか、戦うための才能もないので……私は自分の身を自分で守ることが難しい。身を守るための魔道具を持つくらいしかできない。
だから、ディルクさんの言う「身の安全」が確保できるところでなくちゃいけない、という理由に私は頷くしかできなかった。
「この世界の勉強はほぼ終わりましたし、魔道具の使い方も理解しましたよね。リコさんはこれから、しっかりと身の安全が保障される職場を探すこと、これに集中しましょう」
「はい」
ディルクさんは改めてちゃんと職場案内を確認しろ、とばかりに資料を私の方へと押しやってきたのだった。
新年あけましておめでとうございます!
昨年末にひっそり始めましたこのお話ですが、お付き合い頂きまして本当に嬉しいです。
本年もどうぞよろしくお願い致します。