03 この世界ではギフトが全て
この世界にやって来て六週間。私は未だ、最初に連れて来られた神殿にいる。
一緒にこの世界に来た女子高生二人は、ギフトがわかった翌日に魔法学校へと入学して行った。
学校には学生寮があって、二人はその寮から学校に通い、魔法使いや神官の卵たちと一緒に生活しながら勉強していくらしい。
もう一人一緒にやって来たコンビニバイトくんは、二週間くらいで音楽学校へ入学していった。音楽学校が首都から遠く離れた南の街にあるそうで、そこでもやっぱり寮生活をしながら音楽を学んでいくとか。
みんな、元気でやっているだろうか。
いや、おそらく心配はいらない……彼らは私よりずっとこの世界を受け入れるのが早くて、すぐに馴染んでいた。今頃楽しく勉強して、周囲の人たちとたくさん交流しているんだろうと思う。
それに比べて、私は……
私のギフトは調理補助、要するに《料理の下拵えをする才能》だ。料理学校はもちろんあるのだけれど、私のギフトが補助であることから才能を伸ばすための学校に通う必要はない、そう判断されたため、入学は認められなかった。
料理の下拵え程度なら実際にやって技術を磨け、そういうことらしい。
因みにこちらの世界の食事は多種多様だ。
パンもご飯も麺類もあって、主食としてパンが四割、ご飯が三割、麺類が三割といった割合で好まれているようだ。調味料はマヨネーズやソースも醤油も、各種スパイスもある。お陰でカレーもパスタもラーメンもあるので、日本でいたときとあまり変わらない食事内容なのがとても嬉しい。
食事が以前食べていたものと近いっていうだけで、心も体も落ち着くものだから。
私は今、神殿でこの世界のことや生活の仕方などを学びながら、神殿で提供される食事の下拵えを手伝っている。
神殿で実際に下拵えを経験するという学びが終わったあとは、飲食店か宿泊施設や寮などの食事を提供する場に就職する……もちろん調理補助要員、調理の下拵え担当者として。
この世界での就職は、ギフトで決まると聞いた。
魔法の才能のある人は魔法使いや神官に、音楽の才能のある人は音楽家に、絵画の才能のある人は画家に、美しい文字を書く才能のある人は代筆屋か役所の祐筆部署へ就職する、などだ。
具体的な職業に直結するギフトを持つことがこの世界でのステータス。特に魔法に関係するギフトがヒラエルキーのトップらしい。
私のように下働きや裏方仕事のギフトは……ハズレと呼ばれている。
神殿で提供される食用食材の下拵えを終えると、私は勉強用に使わせて貰っている部屋に向かう。メモ用紙とペンを抱え、廊下を歩いて行くと女性神官たちが数名集まっているのが見えた。
この神殿は首都にあるだけあって大きな神殿で、所属している神官や神官見習いが大勢いる。魔法学校を卒業してからすぐに所属する人が多く、若い人が多い印象だ。
「ああ、あの違人さんね。調理補助って、おもいっきりハズレギフトだよね」
「メイン料理の才能ならよかったのに、補助、だもの」
自分のことを言われてるって気が付いて、私はすぐに柱影に隠れる。隠れることのできる大きな柱がある廊下で助かった。
「調理補助って、野菜の皮を剥いたり刻んだりすることでしょ? まあ、確かに、料理するのには必要な作業だけどね」
「よかったんじゃないの? レストランとか寮にある食堂とか、食事を提供する場所ならどこでも仕事があるってことでしょ。どこに行っても仕事に困らないわ」
「そういう考え方もあるかぁ、前向き過ぎ!」
「私たちは魔法系のギフトでよかったわね。調理補助だなんてハズレギフトじゃあ、結婚もできそうにないわ」
「そうね、本当に」
そう言って、神殿に勤めている神官を務めている若い人たちは陰で私のことを笑っている。もう何度も聞いているので「ですよね~」とちょっとやさぐれちゃうだけだけれど、最初に聞いてしまったときは、一気に血の気が失せた。
陰でコソコソ言われて笑われるのは、日本で生活していたときにもあったことだ。中学生のときに、話をしたこともない他クラスの女子グループに「あの子きらーい、だって暗そうなんだもん」「そうそう暗そう」「ブスだしね」といわれて笑われていた。
さすがに高校短大ではそんなことはなかったけれど、私が耳にしなかっただけで陰では笑われ続けていたのかもしれない。
「くだらないお喋りはそこまでにするように」
パンパンと手を叩く音と、落ち着いた男性の声が彼女たちの陰口とニヤニヤ笑いを止めた。
「えっ……あ、ディルク様……」
「あの、私たち……そんな、つもりじゃあ……」
「どんなつもりだったのかしりませんけれど、陰口とか、感心しませんねぇ。いくら見目麗しくても、あなたたちの言う当たりギフトを持っていたとしても、他の人を貶めるようなことを言って楽しむような性格ブスの女性はいかがなものでしょう? 見た目の美しさしか見ない、そんな薄っぺらな男にしか選ばれませんよ」
さっきまで楽しそうに私の悪口を言っていた女性陣が息を飲むのがわかった。
確かに、男の人だって性格悪い女の子なんて恋人や奥さんに選びたくはないだろう。でも、それを面と向かって言い切るなんて……凄い勇気の持ち主だ。
私はこっそりと柱陰から勇気の持ち主の顔を見る。そこには、私の知る人物が怖い感じのする笑顔を浮かべて立っていた。
***
「本当にすみませんでした。ああいった神官がいることは我が国の恥です」
彼は私に対して頭を下げて謝罪した。青い瞳が悲し気に揺れ、淡い小麦色の髪がサラサラ流れて、なんだかちょっと好きだったハリウッド俳優を連想する。
「いいえ、大丈夫です」
彼、ディルク・ノイマンさんは、世界のこと国のこと、生活のことなどを私に教えてくれる先生役であり、社会に出るための協力をしてくれている。
本業はお城に勤めている文官なのだそう。
ディルクさんは神官の女の子たちに物申した後、物陰に隠れていた私のところにやってくると、腕を掴んでそのままいつも勉強に使っている部屋にまでやってきた。そして、開口一番謝ってくれたのだ。
「大丈夫なわけないでしょう? リコさん、あなたには全く非のないことです」
ギフトは自分で選ぶことができない。この世界の神様が授けてくれる神聖なもの。
神様が授けてくれたギフトはどんなものであれ平等でハズレなどない、それが神殿の教えだと聞いている。その神殿に所属する神官たちの口からこぼれた《ハズレギフト》という言葉。つまり、建前ではどんなギフトでも優劣はないけれど、実際には優劣があるということだ。
「いいんです、彼女たちも言っていたではないですか。調理補助のギフトがあれば、飲食店で叩けますから仕事には困りません」
「ギフトのことはさておき。そもそも、陰で人の悪口など言うものではないでしょう」
「それは、そうですけれど……」
「彼女たちのことは神殿に報告し、しっかりと処罰を受けさせますから」
「処罰なんて、そこまで……」
しなくても、注意くらいでいいのでは? と言いたかったけれど、ディルクさんが目の笑っていない笑顔で首を左右に振るので「いえ、お任せします」と全権をゆだねることにした。そう言ったときのディルクさんの笑顔は、ちゃんと心から笑っているものになっていた……笑ってるけど、怖い。
「それでも、リコさんがご自身のギフトについて前向きに受け止めていてくださって、とても嬉しく思います」
「いえ、私、このギフトをハズレだなんて思っていないですから」
言葉通り、私は調理補助のギフトがハズレだとは思っていない。元々、料理は好きで自炊もしていた。生活費に余裕がなかったから、というのが大きな理由だけれど。
料理の下処理が上手にできるということは、美味しい料理が作れるということだ。そりゃあ、フランス料理フルコースだの、中華の満漢全席だのといった高級料理は作れないけど、家庭料理を美味しく作ることはできるはずだ。
神殿を出て一人で生活するようになってからだって困らないし、もしかしたら……私と結婚してくれる人がいたとして、その人や子どもに食事を作ってあげられる。
「そうですね、料理はできた方がいいです」
「はい」
ディルクさんは手にしていた書類を机の上に置くと、中から一枚取り出して私に差し出した。
「こちらに記入をお願いします。先日話をしましたけれど、リコさんの就職先候補にお渡しする書類になります」
それは日本でいうところの履歴書だ。名前、年齢、誕生日、魔力の量、ギフト、ギフトとは関係のない特技などを書くようになっている。後日、私を受け入れてもいいと思った就職先候補である職場案内が貰えると聞いた。
この世界の仕事選びはギフトが全てだ。ギフトが活かせる仕事を選ぶ、それがこの世界の常識。
この世界の常識に則って、私の仕事先も《調理補助》のギフトを活かすことのできる場所、厨房がある場所になる。食堂やレストラン、宿泊施設の厨房などだ。
私を雇ってもいい、そう言ってくれるところがあるといい。
日本での就職活動は連戦連敗で苦戦して来たから、せめて、この世界では……就職先がありますように。
年末になってからひっそりと始めました新しいお話をお読み下さり、ありがとうございます。
イイネ、ブックマーク、評価などもありがとうございます、嬉しくて小躍りしております。
2024年の更新は「03 この世界ではギフトが全て」で終わりになります。
2025年の更新は1月8日(水)を予定しておりますので、どうぞ引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです。
皆様、暖かくして良い冬休みをお過ごしくださいませ。
本年もお付き合いいただき誠にありがとうございました、来年もよろしくお願い致します!!