02 異世界転移のお約束
私たちは、異世界へと転移した、らしい。
生まれて今まで生活してきた世界から、こちらの別世界へとやって来た、らしい。
何度説明されても、私は受け入れができないでいる。
暮らしていたアパート近くにあるコンビニにいたはずなのに、車とトラックがダイナミックな入店をしてきて……それからの記憶がない。気が付いたら、この世界にいた。
同じコンビニにいた女子高生二人と、バイトくんの三人は「マジでー!?」とか「本当に!?」とか言いながらも嬉しそうで、すぐに自分の身に起きたことを受け入れたようだ。漫画や小説で人気のジャンルとして、広く受け入れられているから同じように受け入れているみたい。
もちろん私も有名な漫画や小説を読んだことがあるし、アニメだって見たことがある。面白いと思ったし、続きが気になって電子書籍で続きを追いかけたものもあった。
でも、あれは物語だから楽しかったんであって、実際に自分が体験したいって思ったことはない。
私たちは甲冑を着た人たちに保護され、王様のいる首都に行くと馬車に乗せられた。要するに、捕まえられて、護送されたのだ。
幸い言葉は通じるし、書いてある言葉を読むこともできるし、こっちが書いた文字も読んで貰える。そこは助かるけれど、この先どうなるんだろう? 私はとても不安で、怖くてたまらない。
女子高生たちは「王様がいるの? 王子様に会える? 王子様って年幾つ?」とか「どの立場になるのかな、聖女? 巫女?」とかワクワクしていたし、コンビニバイトくんは「王女様と運命の出会いしちゃうかな?」だの「魔法か剣で無双系? ハーレムパーティは絶対だよなぁ」だのとソワソワしていた。
――え、不安なのは私だけ?
知らない街に行ったときだって、ドキドキして不安になるのに、他の国でもなく他の世界の知らない国なんだよ? 怖くないの? 私はめちゃくちゃ怖いんだけど!
私以外の三人はとても楽しそうで、……納得いかない。
***
大きな馬車に乗せられて、私たちは国の首都である街に連れて来られた。
道中馬車の通った道は土を踏み固めて出来た感じで、大きな街道にだけ石畳が敷かれている。全体的に自然が豊かで、途中にあった家は丸太で出来たログハウスみたいだ。雰囲気的にはヨーロッパの田舎村が一番近い気がする。
首都だという街は立派な石造りの城壁に囲まれていて、クリーム色の壁に赤茶色の屋根の乗った家が沢山並んでいる。街の中心部分に大きなお城があって、そこに王様がいるのだと聞いた。
私たちは甲冑を着た人たちから説明を受けながら、街の北側にあるという神殿に保護された。違う世界から人間は、最初に神殿預かりになるのが決まりなのだそう。
この世界における宗教は一つだけで、世界を創りあげた創世神を唯一の神様として崇めているそうだ。神殿は大小合わせて世界中に沢山あって、誰でも利用でき、困った人の駆け込み場所も担っている。私たちも〝困っている人〟にジャンル分けされているらしい……実際困ってるけど。
神殿の食堂でパンとシチューという食事をとったあと、私たちは現状についてこの神殿に所属する神官だという中年女性から説明を受けた。
「皆さまは、こことは違う世界から何らかの原因でもってこちらの世界にやって来られました。皆さまと同じようにやって来た人たちのことを、我々は《違人》と呼んでおります。皆さま方、違人は不定期に数名我が国にやって来ます。恐らく、他国でも同じような状況でしょう」
「私たちみたいの、珍しくないんだー?」
「いえ、珍しいです。我が国ではここ三年、違人の確認はできておりません。ですが、受け入れ態勢につきましてはすでに確立しておりますので、ご安心を」
神官はそういって、笑った。
この世界にも大きな海があって、大小様々な大陸と島で出来ている。その大陸と島を分け合うように沢山の国が存在しているところは、元いた世界と同じだ。違うところは、国の多くが王様を中心にした政治を行っている……つまり、王族、貴族、平民と身分のあるところが多いということ。
魔法やら魔道具やらがあり(でも万能ではないらしい)、薬草から作られる変わった効能の魔法薬があり、普通の動物が魔力を浴び過ぎて変化したという危険な魔物という生き物がいる。その魔物を狩ったり、魔物の生息域になっている森、山、迷宮と呼ばれる場所に入り込んで、珍しい薬草や鉱物などを採取したりする、冒険者や採取人という危険行為を職業にしている人もいる。
神官の話しを聞いて、ファンタジー系のロールプレイングゲームに近い世界なんだ、私はそう理解した。モンスターがいて、冒険者という職業があって、魔法使いがいて、便利な魔道具がある。単純な連想だけれど、そんなに的外れでもないと思う。
「私たち、元いた世界に戻れますか?」
女子高生の質問に対しての神官の答えは「ノー」だ。
他の世界から物や人は来るものの、その原因や法則性はわかっていない。違う世界同士をどのように越えてきているのかもわからないし、世界を越えて来た私たちにもわからない。そのため、送り返すこともできないのだと。
この世界はいろんな世界と隣接しているらしく、なんらかの事情で隣接している世界から人や物が落ちてくることが珍しくないらしい。
大半は大きな金属の塊、建物の一部らしき建材、大量の土砂と割れた木々、砂、雪なのだけれど、時折その中に人が混じっているのだそう。人が一緒に落ちて来ることは一年に二、三回。その回数が多いのか少ないのか、私にはわからない。
「皆さまには、これから先この国の国民として人生を全うしていただくことになります」
私たちはこの国、ケルテシュ国の国籍と一般平民としての身分(ただの平民ではなく、〝特別一般平民〟という別世界から来た人間専用の身分/特別なの? 一般なの?)が与えられる。そして、この国の国民として人生を歩む……ことになってしまった。
「ご不安に思うこともおありでしょうが、しっかりと支援させていただきますのでご安心ください。まずは、こちらでの生活に慣れ、先のことを前向きに考えていただきたいと思います」
この世界と国のことや、生活に必要な知識、生活魔道具の扱い方、授かったギフトとその活かし方まで、こちらで生きていくために必要なことは全て教えてくれるし、仕事も斡旋すると神官は約束をしてくれた。学習が終わるまでは、衣食住の全てを神殿がまかなってくれることも。
とりあえず、今すぐ放り出されて右も左もわからずに路頭に迷うことはなさそう、とわかって、私は僅かながら不安が解消されてこっそりと息を吐いた。
まあ、この先のことを考えて不安に思っていたのはやっぱり私だけで、女子高生たちとコンビニバイトくんは「そうなんだ、よかったー」だの「平民なんだ、貴族にはなれないのね。ざんねーん」だの「こっちの人の恋愛観はどういう感じっスか?」だのと好き放題質問を始めていたのだけれど。
大まかな説明が終わったあと、私たちは神殿の中にある大きなホールへと移動した。そこで測定を行うという。
測定とは、私たちが持っている魔力の量と神様がくれるギフトと呼ばれる才能を調べることらしい。調べるとはいっても実際にやることは、ホール中央にある大きな透明な球に手を当てるだけ。透明な球が全てを教えてくれるらしい。
この世界では魔法があって、魔法使いも大勢いる。でもって、私たちのように違う世界からやって来た人間は、魔力量が多く、特別なギフトを持っていることが多いとか。
特別なギフトなんてなくていい、就職に有利なギフトがほしい。一般市民として生きていくためには、仕事が必要なのだ。神様、よろしくお願いします。
「はい、アミ・ヤマザキ嬢。魔力量は大の下、ギフトは……攻撃魔法の才能です。特に炎魔法、雷魔法の才能があります」
「わあ、私、魔法使いになれるの!?」
女子高生の一人は大きな球から手をはなすと、ピョンッと跳ねて喜んだ。魔法使いか、確かに憧れの職業だよね。
一緒にいたもう一人の女子高生は同じくらいの魔力量に防御や補助魔法の才能があって、彼女は神官になれるそう。
女子高生二人はすぐに魔法学校への入学が決まった。これから二年間、魔法の使い方とこの世界について学校で学んでいく。その後は、魔法使いや神官として活躍する、らしい。活躍の場は色々あって、王宮や魔法学校、神殿に所属してもいいし、冒険者ギルドに所属してもいい。
女子高生二人は「どうしよう? ゲームみたいに冒険者になるのもいいよね」とか「ええ? 王宮所属になって、王子様と出会うとかの方がよくない?」と楽しそうだった。
コンビニバイトくんは魔力の量は中程度だったけれど、音楽の才能があることがわかった。魔道楽器と呼ばれる特別な楽器を演奏することができるそうだ。その才能を生かすため、彼は音楽学校に入って勉強と練習をし、その後は魔道楽器を扱う楽団に入ることになるそう。
魔道楽器楽団は世界中で人気があり、公演ツアーで引っ張りだこ。団員たちはモテモテだと聞いたコンビニバイトくんは、心の底から嬉しそうだった。剣と魔法で無双はできないけれど、音楽を通して世界中の美女と出会ってハーレムを作るとか考えてるんだと思われた。
「では、最後にリコ・マツイ嬢、こちらに立って水晶球に両手で触れてください」
「はい」
私は大きな台座に乗っている巨大な水晶に両手を当てる。水晶球は透き通っていて台座の向こうが見えていたけれど、中央に煙のようなものが浮かび上がり徐々に真っ白に変わった。水晶の中で白い煙のようなものがぐるぐると回っているのが見える。
「……ふむふむ、はい、リコ・マツイ嬢。あなたの魔力量は下の上、ギフトは…………」
「? 私のギフトは?」
「……あなたのギフトは、調理補助、です」