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15 恋の自覚と失恋と

「……事情は警備隊から報告を受けていましたけれど、リコの口から聞きたかったんです。まずは、あなたが無事で良かった。最初に話を聞いたときには、心臓が鼻から飛び出るかと思いましたよ」


 神殿でお世話になったディルクさんが駆けつけて来て、例のパーティー事件について説明をする。ディルクさんは黙って説明を聞き、全てを話し終わってそう言った。


 心臓が口から飛び出るっていう表現は聞いたことがあったけど、鼻から飛び出るって……


「すみません、ご心配をおかけしました」


「本当ですよ、全く。それで、このあり様はどういうことですか?」


 昨日、ギルド長から部屋の退去について言われてから、私は部屋の片づけを始めた。必要な衣類や化粧品の類、今までの貯蓄、買い集めたレシピ本くらいを残して、処分しようと行動していたので……部屋は荒れている。


「いえ、部屋の退去を言われてますから、その準備をしてるだけです」


 ササッと部屋の片づけをしてしまいたいところだけれど、体の調子が思わしくなくて進みが悪い。色々あったから肉体的・精神的な疲れが出て来たんだと思う。


「……ああ、ここはギルド所有の寮でしたか」


「はい」


 両腕を組み、しばらく何かを考えていたディルクさんは「少し西部区役所で仕事をして来ます。また夕方ここへ伺いますので、話しを聞いてください」と言って、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。


「? 変なの」


 ディルクさんが区役所に向かうのを見送って、私は用意していたお菓子の入った箱を手にした。


 箱の中にはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子が詰め合わせてあって、綺麗な包装もしてある。これを持って、ギルドと警備隊には助けて貰ったお礼をしたかった。ディルクさんが戻って来る夕方までに挨拶をして、戻って来ればいい。


 だるさの増す体に活を入れて家を出ると、まずはギルドに向かう。


 ギルド職員さんたちに挨拶をして、お菓子を手渡す。事件のことで沢山心配をかけてしまったこと、今までのお礼も伝える。すると、職員たちだけでなく冒険者たちも「よかった」「あんまり心配かけんなよ」「護衛が必要ならいつでも声をかけてくれ、安くしとくぜ」などと声をかけてくれた。


 ギルドに所属する冒険者と、彼らが利用する食堂の従業員という関係でしかなかったけれど、多少なりとも『仲間』として見て貰えていたことが嬉しい。


 改めてお礼を述べてから、警備隊の隊舎へ。


 警備隊舎の正面出入口は人が大勢いるので、裏口から入ると警備隊事務局に顔を出した。助けて貰ったお礼を述べて、お菓子の入った箱を差し出すと女性事務員が「休憩室に行きましょ。みんな休憩しているし、甘い物も喜ぶわ」と奥にあるという休憩室に向かう。


 木で出来た警備隊舎は、テレビで見た昭和の小学校のような雰囲気が漂っている。中央に廊下があり、左右に四角い部屋が並んでいる。壁にはお知らせや啓発ポスターが貼ってあるのも、小学校っぽさを感じさせる要因だ。


「休憩室の入り口は一つしかなくてね、こっちよ」


「……さ、旨いことやったな、エルガー!」


「こいつー、うらやましいぜ」


 廊下の左手側にある休憩室、その中から大きな声が聞こえる。食堂で聞いたことのある声だ。


「旨いことって、そんなつもりはないが……」


「馬鹿言うなよ。あの闇競売会場摘発で助けたあの子、違人の子だよ、あの子と良い仲になったんだろぉ? 知ってるんだよ!」


「そうだぞ、一緒に夕飯食いに行って……しかも、今流行のレストラン。そのテラス席で告って、指輪を渡したって」


「しかもすぐ受け入れて貰えたんだろ? コノコノォ! 羨ましいぞっ」


「え、えええ!? なんでそれ、知ってるんだよ!」


「レストランで何人メシを食ってたと思ってるんだよ? しかも、大通り側の二階テラス席」


「大通りを歩いてた大勢が目撃したんだよ。演劇みたいだったって、今話題だぞ?」


「なっ……ちょっと……あ、痛っ! やめろって」


 ふざけてじゃれ合ってる気配がする。きっと、エルガーさんが皆に軽く小突かれたり、叩かれたりして、手荒な祝福を受けているんだと思う。


「……」


 私の斜め前にいる事務員さんから、なんだか冷たい気配を感じる。


「けどさ、おまえ、食堂のリコちゃんと仲良くしてただろ? 俺はてっきりリコちゃん狙いなんだと思ってた」


「あー、俺も。年は五歳差だっけ? ちょっと年離れてるけど、良い子だし。遊ぶ相手にゃあ向かねぇけど、嫁にするにはああいう子がいいよな」


「確かに、見た目は地味だけど落ち着くし、性格美人だし、料理も旨い」


「……いや、最初は俺もそう思ってたんだ。リコは大人しくて護ってやりたくなる感じだし、転勤しても一緒に来てくれそうだし。付き合って、結婚して貰おうって思って距離を縮めてた。男慣れしてなさそうだったから、少しずつ仲良くなってく感じで」


「そうだな、俺もそう感じてたし、おまえの作戦は正しかったと思うわ」


「でも……そんな気持ちを一気に吹き飛ばされたんだよ。アメーリアと目が合った瞬間、もう、彼女しか見えなくなった。あの瞳に心を吸い取られたっていうか、本当に彼女のことしか考えられなくなったんだ」


 そういうのを世間では『一目惚れ』って言うことは知識として知ってたけれど、本当にあるなんて、全く思ってなかった。初めて会った瞬間に恋心を抱くなんて、あり得ないだろうって。かっこいいなとか、可愛いなとか、そういう気持ちにはなるかもしれないけれど、それは〝好意〟であって恋ではないと思ってた。


 けど、実際にあるんだ……『一目惚れ』って。


「でも良かったな? 愛しの彼女への求婚は成功したわけなんだからさ。リコちゃんとはまだなんの関係もないんだろ?」


「ああ、友達って関係か。一緒にメシ食ったり、茶したりした……あ、でも、バザールに出かけたな。でも、案内しただけで贈り物もしてないし、具体的なことなんてなにも言ってない」


「んー、なら問題ない、かな」


 胸がチクチクする。ここにはもう居たくない、彼らの話も聞きたくない。


「……あの、すみません。やっぱり私、ここで失礼します。部外者が休憩室にお邪魔するのも、問題かと思いますから」


 小声で申し出ると、事務員の女性は悲しそうな顔をした。


「リコちゃん……」


「皆さんには私がお礼を言っていたと、お伝えください。では、失礼します」


「ごめんなさい、リコちゃん。あなたは悪いことなんて一つもないから、勘違いしないで」


 事務員さんの言葉に無理やり笑顔を作って会釈をしたけど、上手く笑顔を作ることができたかな? 変な顔だったかもしれない。


 私は速足で廊下を移動し、裏口から外に出た。倉庫の並ぶ裏庭を抜けて、鉄製の門を抜けて警備隊の敷地から出る。


 敷地から出れば、そこには夕方か近付き夕食の買い物をする人や仕事を終えて帰宅しようとする人、連れ立って遊んだ友人たちと家に向かう子どもたちなど……西部地区に来てから見慣れた景色が広がっていた。


 変わらない景色にホッとしながら、私は唇を噛む。そうでもしなくちゃ、泣いてしまいそうだったから。


 エルガーさんと私の間には、なにか特別なものがあったわけじゃない。一緒にご飯を食べたり、カフェでお茶をしたりなんて、友人として普通にすることだ。バザールに一緒に行ったことも、案内をしただけだと言われたらそれきりだ。


 だって、お互い胸の内でどう想っていても、それを言葉にだしてはいなかったから。


 アマーリエさんに出会う前のエルガーさんが、私に好意を持って結婚相手として認識していて、私との距離を少しずつ縮めていたのだとしても。


 攫われて売られそうになった私を助けに来てくれたエルガーさんに対して、好意から恋へ私が気持ちを発展させていたのだとしても。


 私たちは友人・知人という関係だったのだ。


 エルガーさんとアマーリエさんは出会って、その瞬間恋に落ちて、すぐに結婚の約束をした。


 私は、ただ自覚したばかりの淡い恋を失っただけ。


「……」


 《雪山の迷宮邸》での仕事をお断りしておいてよかった。この街で新しい仕事と安い家賃の部屋を探そうと思っていたけど、止めることにする。他の街へ移りたい。


 エルガーさんとアマーリエさんには幸せになって欲しいけど、今の私は二人が幸せになってる姿を見るのは辛いし苦しい、心から祝福もできないから。


「初恋は実らないって、本当なんだなぁ」


 足早に自分の部屋に戻る道を歩きながら、何度も何度も鼻を啜りあげていた。

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